第49話先生と指輪

「レイ君、貴方はこれから自由に羽ばたくべきなのです」


「や、やめてよ先生!?この指輪を外した人は…!」


「ふふ…、そんなに泣かないで下さい。どうせもうこの有様なのですよ?少し天国に行くのを早めるだけじゃないですか」


「でも、でも…!」


 

 そう問答している間にも、先生の胸部から止めどなく血が流れている。



 ジレイオンも内心では、しかと理解していた。人間というものは、心臓付近からあれ程流血してしまえば生存する確率はほぼゼロと言える。


「貴方はいつも空を眺めていましたよね?」


「はい…」


「こんな地下空間では、上を見ても何の変哲もないコンクリートがあるだけなのに。貴方の目には確かに空が映っていました」


「…憧れだったんだ。コンクリートの先には、こんな狭くて面白くもない世界じゃなくて全然別の新しい世界があるって信じてた」


 でも、そんなことはないのだろう。きっと、この地下空間を抜けたとしても、魔術を扱うことが出来る人類が世界を支配しており、魔法使いが安心して生きていける場所なんてものはない。


「色々思う所があったけれど、それでもずっと信じ続けてきた」


「そんな様子を私は陰ながら見守ってきました。だからこそ、この風前の灯火と化した自身の命を君のために使いたいと思ったんです」


 痛いはずなのに、こんな僕の事を放っておいて一秒でも治療にあたれば、もしかして死を免れるかもしれないのに。


 そんなこと露ほど思い至らないと言わんばかりに、先生は僕にいつも通りの笑顔を向けていた。


「僕は、僕は…!」


 ならばこそ、言わなければ。僕の願いを。


 昔の僕は、外に出て自由になることを願っていた。でも今は違う。その願いにもう一つ条件が加えられていた。



「すみません、もう私には時間が残っていないようです。まだまだ私も貴方も伝えたい想いがあるでしょうが、すぐに行いましょう」


「あ、先生…」


 言わなきゃ。早く。何を口籠っているんだ、僕は。頭がまわらない。自分が今どんな状況なのかもよく分からなくなってくる。


「ではレイ君。どうか自由に、そして幸せに生きてくださいね」



 混乱して固まっている僕の手をいつもの彼女にしては強引に掴み、長年魔法使いを奴隷に貶めてきた呪いの呪具である「アテナの指輪」を取り外したのだった。


「さよう…」


 その続きをもう僕は聞くことはなかった。




 僕の目の前で先生は、指輪の呪いにより四肢が霧散してしまった。


 いつまでも瞼の裏には、先生の笑顔がこびり付いて離れない。その笑顔が一瞬にしてこの世のものとはまるっきり異なっていく様も一緒に。


 私は、いつの時も、どんな場所であろうと、彼女の事を想うと泣いてしまう。


「先生。私は、あなたに生きて欲しかった。昔の僕は、外の世界で自由に一人で生きることを夢見ていた」


「でも、先生にあってから次第に変わっていったんだ」


「私は、あなたとともに自由に幸せに生きたかったんです」

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