第48話ローマリのお姉ちゃん

「戦闘だけじゃない。僕は…何もかもがあなたには敵わない」


 ローマリは、ジレイオンの意思に触れたことで、思わず弱音が口をついて出てしまう。


「そこまで自身を卑下するものじゃないぞ、少年よ」


「でも…、気づいてしまったんだ。いや最初から分かってたことかもしれないことだけどさ…僕は空っぽなんだ。この剣を手にした時に死ぬべきだったのは僕であるべきだったんだよ!」


 ローマリは、膝から崩れ落ち、怒号を撒き散らす。


 その怒号の芯は、怒りというよりも嘆きである。


 後悔、悔しさ、絶望。ありとあらゆる負の感情の言葉の端に滲ませていた。


「貴方は凄い。僕には無いものが全部ある。自分、強さ、希望、意思…、皆が尊敬して憧憬されるようなものを全部持っている」


「ふむ、君に私がそう見えるのか」


 ジレイオンは、見下しきったような目線で彼を見つめている。


「もしも第三者が僕たちを善悪で区別するならば、きっと満場一致であなたージレイオンさんが正義となると思います」


「それほどにあなたは、凄い。僕なんかが剣を突き立てていい相手じゃないんだ…」


 ローマリは、もう持つことが出来なくなった剣を感情無く俯瞰した。


「そうだな。自分で言うことではないが、私の意思は偉大だと自負している。誰もが叶わぬと、叶えようとも思わない野望を心の内に宿している」


「そして、君にはそれが全くない。私の目からは、ぐずついたガキがまともな意思も持たずに自棄っぱちで暴走しているように写っているね」


「たは…は…、手痛いですね。返す言葉もないです」


 ローマリは、気持ちの悪い愛想笑いを浮かべ返答をする。


「…くっ!」


 その瞬間にジレイオンは、自分の中の何かタガのようなものが破裂する音が耳に聞こえた。


「ローマリ・グレイシスぅぅ!お前の意志を見せろ!」


「え…」


 ジレイオンは、勢いのままローマリの胸元を掴み叱責した。


「お前の剣はいつもブレている。誰かに言われて渋々振っていることは最初から感じていたんだ。その癖、ガキには似合わない威力を秘めていた」


「……っ!」


「そのツマらぬ剣で殺めた者達が可哀想だとは思わないのか!!?奴らは、奴らなりの矜持を抱いて戦場に出向いていた!それを君は、自身に目を背いたままに、片手間で殺していたのだろう!?」


 ジレイオンは、頬に雫を一筋垂らしていた。


「洗いざらい吐いて贖罪をしろ、ローマリ!」


「それは…」


 ローマリはジレイオンのあまりの覇気により、まともな呼吸すら困難となっていた。


 それとともに、彼の言葉がまさにローマリの正体を露わにしたもので、心のドミノが崩されるようであった。


「僕は、僕は…、本当は誰も殺したくない。でも殺すしかなかったんだ…!」


 ローマリには、もう理性がない。ただ正直に己を吐露するようしか彼にできることは無くなってしまっていた。


「何故殺すしかないんだ?」


「この剣を託して死んでしまったお姉ちゃんに言われたから。生きろって。でもその言いつけを守るのはとっても大変なことで…、そのために殺すしかなかったんだ!」


「本当に生きるには殺すしかないのか?」


「だって、僕には何もないから。この剣が無ければ、まともな魔術だって使えやしない。なら、魔神炎帝で魔法使いを殺すのが一番手っ取り早かった」


「つまりだ。君は、楽をするために魔法使いを殺した、と」


「そ、そうだよぉ!わ、悪い!?だってあっちだって罪の無い人を殺してるじゃないか!?そんな奴らを殺すだけで、僕は、美味しいご飯と温かい寝床が手に入るんだ、きっとこれならお姉ちゃんだって喜んでくれるはずなんだ!」


 ズレていく。言葉と本心が。


 論調も何もかもが喋るごとに支離滅裂となっていく。


 ジレイオンの目には、ただただ痛ましい姿の少年が映り込んでいた。


「ならばなぜ君は、姉の真似をした。生きたいという欲求に従うだけならばそんな猿芝居をする必要などないだろう。ただ無感情に刺せばいい。それだけの話で済んだではないか」


「そ、それは…」


 ジレイオンは、ローマリの心の隙間を的確に刺した。


 そうなのだ。ローマリは、姉の真似をしていた。いや、正確な言い方をすれば、軍人として従事していた姉を勝手に想像して、それに寄せた行動を振る舞っていた。


 本当の彼の姉は、ひたすらに優しかった。


 高等魔術を一つも会得出来ない彼に、姉は、時間さえあれば指導していた。


 それだけ姉の手心を加えられても魔術を会得しない彼は、厳しかった父により何度も暴力を受けてしまう。


 それにより彼は、家の庭の隅に行き一人で泣いていた。それにそっと寄り添って、姉が慰めるのが常であった。




 そんな風に優しい姉を彼は慕っていた。心から。




「君の姉は、君に生きろと願ったのだろう。そんな慈愛に満ちた淑女が、本当に軍人だったとしても虫を殺すみたく人を殺しただろうか!」


「でも君が芝居打つ姉は、眉一つ動かさずに人を殺す!それに対して君は、違和感を持たないのか?僕が昔見た姉はこんな人であっただろうか、とな!?」


「僕は…僕は………。…お姉ちゃんが何も感じずに人を殺すわけなんてないよ。きっとお姉ちゃんは、あなたみたいに自分を持っていて…信念をもって生きていた…はずだよ」


「だろうね、きっと君のお姉さんは、お姉さんなりの理由をもって、敵と剣を交わせていただろうな。まあ私の勝手な妄想ではあるが」


「僕は、大切なはずだったお姉ちゃんを…自分の心を守るための言い訳に使ってきたわけか。何年も何年もずっと」


「それが皆悪い事であると言わないよ。けど、君がしてきた事は、少し死人の冒涜が過ぎてしまったという話だよ」


 そう。ジレイオンは、締めた。


 自分の意見は、言い切ったといわんばかりに、胸倉から手を話す。


「お姉ちゃんは、僕に生きろと行ってくれた。でもそれってカカシのように黙って立ってろって意味じゃなかったと思う。きっと、幸せに生きろって意味なんじゃないかって今は思う」


「少し婉曲的な表現が多いねー」


「まだ分からない事ばかりだから。これからゆっくりでもいいから、お姉ちゃんの言葉の意味について真剣に考えていきたいと思う。それが僕に出来るお姉ちゃんや、僕が意思も無く殺してきた人たちの祈祷であり、贖罪なんだ」


「うん、悪くない顔だ。やっと君の顔を余計な邪念なく見れるようになって私としてもスッキリとした心持ちだよ」

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