第47話気高き意志
「か、敵わない…。僕の全力の攻撃がこんな風に返されるなんて…」
ローマリの体を犠牲にするほどの一撃は、四人へと分身したジレイオンによって跳ね返されてしまった。
この敗北は、ローマリにとってはあまりに重い。
両手とも酷い火傷を負っており、まともに剣を持つことさえ不可能の領域まで陥ってしまっていた。
「僕は…僕は…、何も出来なかった。僕はなんて弱いんだろうか。
ここまで張り詰めてきた緊張の糸がふいに切れてしまったためか、その反動でローマリは心を完全に塞ぎ込んでいた。
「痛い、剣を持つことすら僕は出来ない…。なんて弱い奴なんだろうか」
彼は、役目を全うすることが出来なくなった自身の手を侮蔑したように見つめながら、その目には涙を大量に溢している。
「少年よ。君は、吾輩が憎いか?」
ジレイオンは、問う。
決してこの質問は、誉れ高き意志を持つ老戦士の人生において意味はないものだ。
「に、憎い…。あなたは、村人を苦しめ、その心を伝えることが出来る言葉という武器をも奪った。それに、幼き少女から家族を生活を…何もかもを奪った。あなたは最低の略奪者だ!」
「…幼き少女とは一体どういうことかね?」
「知らないんですか?彼女は、今も村の片隅にある家の中で一人膝を抱え、誰かの帰りを待っている。頼れる大人もなく、小さき身一つで過酷な世界をずっと生きてきたんだ…」
ローマリには、声を出せないながらも魂を全て乗せて自身を表現してくれた少女の姿が鮮明に焼き付いていた。
また、彼女を励ますために精一杯の格好付けを行ったにも関わらず、こんな体たらくをカマしている自分に嫌気をも覚えていた。
「そうか…。村人は、全員確保していたと思っていたのだが、一人見逃していたのか」
ジレイオンは、髭を擦りながら物思いに耽る。
「他にもある。あなたは、自分の部下を囮にし、僕の試金石に使っていた。もしも貴方が参戦していたのであれば、誰か一人の命でも助かったんじゃないですか?まあ殺した僕が言うのも可笑しな話ですが…」
「分かった。君の気持ちは何もかも伝わってきた。ならば、吾輩から少し弁明しようと思う」
「そう…ですか。つまらない言い訳を聞いたってあなたに対する僕の気持ちは変わらないように思いますが…まあどうぞ」
とても首に刃をかけられたような状態の人間の態度ではないが、ローマリとしては投げやりな様態となっていた。
どうせ僕は死ぬ。その考えが頭に支配しているのだからある種当然のものかもしれない。
「まず一つ。吾輩が村人から言葉を奪った理由を説明しよう。彼らは勇敢すぎたのだ。いやより正確に言うと、彼らはあまりにも蛮勇が過ぎた」
「囚われの身にも関わらず、我らを強く非難した。多くの言葉によって。その内容の中には、ひどく魔法使いを差別したものまであった」
「もちろんこのような事態が続けば、部下の中には義憤を抱くものが現れるのは必然。だからこそ吾輩は彼らから言葉を奪った。余計なヘイトを与えて彼らを殺されないようにするためにだ」
「次に、吾輩は確かに部下たちを囮にした。実はこれは予め予定されたものだ。吾輩の戦闘力は、魔法使い内でも貴重でな、意図せぬ出来事により死なすわけにはいかないと判断した部下たちが、率先して自らを囮にするよう提案してきたのだ」
「そして、吾輩は、渋々ながらもそれを許諾したという訳だ」
「こういった事情があったことも少し君に理解してほしくね、つらつらツマラナイ事を話してしまった。それと最後に…」
ジレイオンは、一つ間を空け、大きく息を吸い込み、吐き出した。
「申し訳なかった!!!件の少女を確認できず、その子を危険に晒したことは全くもって吾輩の不徳の致すところであった!!!」
ジレイオンは、天にも届くほどの大声でローマリに向かって謝罪した。
しかも、中央国に伝わるとされている謝罪の最上級行為である土下座まで繰り出していた。
「え…、なんなのそれ…」
ローマリの心中としては、(訳が分からない)といった具合で、それの脳内処理のために頭を猛スピード回転させていた。
(この人は、部下のことも村人のことも真摯に考えていたのか…。最大限彼の周りから犠牲者を出さないために?分からない…)
どんなに思考を費やそうと一向に視界が晴れない。
彼が何を考えているのか。己がジレイオンという男を見誤っていたのか。
考えようとすると分からないことがむしろ増えていく感覚まであった。
(ならば聞かなければ。そうしなければ僕は、後悔してしまう)
根拠は、まるで何もないが、何故かローマリにはそんな使命感にも似たものを抱いていた。
「改めて僕からあなたに聞きたい」
「吾輩が答えられることならなんでも答えよう」
ジレイオンは、土下座の姿勢を維持したまま答える。
「あなたは、村人を殺したくなかったのか?」
「ああ。だからこそ部下によって殺されぬように手を打った」
「あなたは、死にぬく仲間を前にどう思った?」
「勿論助けに行きたかった。しかし、君の能力は吾輩の首に届きうる可能性を秘めていた。そのため今後の魔法使いのためにも、生存を最優先にし、部下の死を犠牲にした。苦しかったが未来の魔法使いのため仕方なくだ」
「あなた…は、本当に村にいる少女について反省しているんですか」
「ああ。もしも吾輩がその子を発見していれば、満足な生活を提供できずとも、飢えを気にせず家族のもとで生かすことができたのだ。悔いても悔いても足らない…」
「…そうですか。…最後にあなたにとって正義とは?」
「万物の正当なる生だ。まあ魔法機関は、魔法使い以外の人類の殲滅を掲げているが、吾輩としてはそれには大いに反対である」
「…」
ローマリは、何も言えずにいた。ジレイオンの全ての言葉に確かな感情が乗せられており、全くの嘘と判断できないでいた。もしも、ジレイオンの言葉が全て本当で、彼の信条が気高きものならば…。
「吾輩の…いや、私の目的を君に話そう」
ジレイオンは、土下座の状態を解き、ローマリに真正面から向き合い、告げた。
「私の目的は、人類と魔法使いの共存だ。そのための手段として、現在は魔法機関を潰そうとしている」
この誉れ高き老紳士は、一切淀みの無い瞳で宣誓した。今の世界情勢から考えてもあまりに無謀と言わざるを得ない夢物語を。
そして、これわ受けてローマリは心から認めてしまった。
自分の未熟さを、自分の覚悟の無さを、自分の弱さを。
何もかもがこの目の前の男に敵わないことを本能的に察してしまうのであった。
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