第50話ミナス中将とは

「では、私はここを去ろうか。やれやれ、少し境遇が似てるからと厄介をしすぎてしまった」


 ジレイオンは、ブツブツとボヤキながら聖装状態を解く。


 これ以上、戦闘をする意思はないという表れでもあった。


「い、良いんですか?このアジトを捨てても…」


「別に構わんよ。所詮は、機関を欺くために一応の体裁を整えていただけだよ。もう、そう悠長にして良い時間では無いみたいだしね」


 彼は、どうにも底が見えないような顔をし、喋る。


「その口ぶりから察するに、これから何か大きく事態が動いてしまうんですか」


「んー、言ってしまってもいいが、これで私が想定するあらすじから離れすぎてしまう可能性があるな。さて、どうしようか」


「いや大丈夫です。人に頼るんじゃなくて、僕自身が探ってみようと思います」


「それは君なりの贖罪という奴かな?」


「まあそれに近いものです」


「良いね」


「ありがとうこざいます!」


 ジレイオンのそんな軽い褒め言葉に舞い上がる自分を感じた。こんな年なのに、子供じみた承認欲求を抱いてしまい、喜びと一緒に羞恥する。


「あの!」


「なんだね?」


 僕は、浮かれていた。何年かぶりか分からないほどまでに。 


 だからこそ、一回では受け止めきれなかったんだ。この次に彼が発する言葉を。


「僕が所属する特捜室に来てみませんか?ミナス中将という方がボスなんですが、あの人ならきっとジレイオンさんの助けに…」


「あー、忠告する。今すぐその特捜室とやらから身を引け」


「え、ど…どうして」


「ミナスという女は危険だ。奴は…」



「もう3日くらい経ったのか。あの子達は、任務を達成出来そうだろうか?」


 ミナスは、宮廷内の自室にて思想に耽っていた。



 彼女は、心底憂う。


「これを失敗すれば特捜室が消えてしまう…。あり得ない、それでは父上の悲願がどうなる?安心してあの人には天国に向かって貰わなければ」


「それが娘たる私の責務だ」


 心を鎮めようとする。でも出来なかった。


「ああ、ガイガ・アレキサンドルという男さえいなければ私がこんな余計も余計、くだらない心配事を抱く必要さえ無かったんだろうな」


「苛つく、とても苛ついてしまう。そもそもで言えば、父上を殺した奴さえいなければ、傀儡に陥ってしまうような幼稚な大将さえいなければ」


 湧き上がる、劣情。普段は強烈な理性によって抑え込んでいるが、どんどんと湧き上がるこの真っ黒な負の感情は、どうやっても消えてやしやくれない。


「私は、自覚があるほどに人より理性が強い。それと同時に劇薬じみた感情も持ち合わせている。これは釣り合いが取れていると思った」




「しかし、どうやら全くその様態は異なっていたのかな?」




「この憎しみは、どうやっても解消しようがないじゃないか」


「折角色んな所を駆け巡って、国を代表するに値する智を掻き集めたんだ。ここで屈するわけにはいかない」




「必ずしも、父が敬愛した誉れ高き鷹の脳を復活させる」


「私にとってそれ以外はどうでもいい事象に等しい」




 思考する全てを口に出すことで、己を見つけ出す。これにより、膨張し続ける感情を発散する。


 ミナスにとっては、昔から当たり前にしてきた日常的行為であった。



 人が空腹を感じたならばメシを食らうように


 人が睡眠を覚えたならば寝床に着くように


 人が欲情を得たならば異性と同衾するように


 ミナスからすれば、それくらいにはこの感情の発散は当たり前の日常と言えた。


 しかし、違和感もあった。


「もう2時間経つのか。日に日にこの理性の補強に時間がかかってしまってるな」



「奴は、鬼だ」


「お、鬼?全く意味が分からないのですが」


「上手く隠してはいるよ。普通の人間が見れば、彼女を常人と認識してしまうのも無理はない」


「普通の人間って…え?」


「私からすれば、よく彼女が人の社会に生きていけるものだと、感心してしまうくらいだよ」


「…」


「きっと精神的な処置を行って感情が伴う行動を抑制しているんだろうな」


「あの、意味が分からなくて…。ミナスさんは、優しくって…、だからこそ僕は救われて」


 そうだ、あの力を持て余して自暴自棄になっていた僕に彼女は寄り添ってくれて。居場所を作ってくれて。


 あの人は、僕の恩人なんだ。


「なるほど、君は彼女によって救われたのか」


「ええ」


「ならば、彼女は鬼ながら凄い胆力じゃないか」


「ジレイオンさんが、何を言ってるか理解できないのですが…」


「ふむ、ならば端的に述べよう」


「はい…」



「彼女は、理性が0.01割くらいしかなく、残り全ては感情で構成されている。しかも、激烈的な感情によってね」


「え?」




「努力をすることで、ちっぽけとも言える理性を活用しているが、本来の彼女は獣であり、鬼なんだ」




「ゆえに私は、人ならざるとも言える危険な存在である彼女の事を信じることは出来ない」




 ゆっくりと噛みしめる、ジレイオンさんが告げた話を。


 本当かどうか吟味をする。


 記憶の中のミナス中将を引っ張り出して、ジレイオンさんか見た事実を照らし合わせる。


 照らし合わせる、照らし合わせる。


 彼女との様々な思い出を照らし合わせる。




 でも何一つ、彼女が鬼であるという話とは一致しない。 


 これで安心だ、きっとジレイオンさんは勘違いをしているんだ。




 …なんて楽観的にはなれなかった。それは、あまりにも目の前の老紳士から放たれる雰囲気が冗談を言っているようには見えなかったからだ。




 だからこそ怖かった。


 こんなにもミナスさんとの記憶があるはずなのに、彼女が鬼であるという片鱗すら見えないのだから。



 ジレイオンさんが感じたはずの違和感を、僕は感じることが出来ない。


 それは、一体どういう意味を持つのだろうか。

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魔法に憧れていた僕はいつの間にか魔術を用いて排除する側に回ってしまったようだ。 とむまろ @tomumaro

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