第28話カルマリ・ピェンサーという男

 は、とても自動的な人間だ。


 いつだって、どんな時でも、事なかれ主義で生きてきた。心をおし殺し、周囲に溶け込む。嬉々としてモブキャラを正面から全うする。


 もちろん、始めからそんなモブキャラに甘んじてきたわけではない。


 理由はある。


 小さい頃、親に捨てられた。そして、児童養護施設を兼ねている修道院に保護されることになった。


 そこは、我がの集まり。


 子供が多くおり、彼らは己の欲望を叶えんと必死なのだ。


 無償の愛に飢えている。


 その空間にいる人間はまともな愛を受けずに放り出された個の集合体。心は満たされず、まるで餓鬼、餓鬼道に落ちた亡者と化している。


 ならば、この飢えを解消するためにどうするかだ。


 それは、人との交流。ぶつかり合い。攻撃だ。


 普通、人は一人で成長出来ない。だから会話をしたり、絆を結んでいく。


 そのせめぎ合いで自分と他者の境界線を見つけ、そのラインの中で出来ることを精一杯やるようになる。これが俗に言う大人になる、ってことだ。


 通常は、そういった儀式を親や友達、周囲の大人と交わしていく。だが彼らは、その通過儀礼をこなさずにある程度の知性を持ってしまった。


 歪む。きっと根深く、そして簡単には修復できない程度には。


「むかつく」「消えろ」「●ね」「●●」「●●●」


 言葉を覚えた餓鬼たちは、互いに攻撃をしあった。或いは、一方的に。



 そんな現状をみかねた修道院一いちのお偉いさん、修道院長が平等で無限大な愛を与え、彼らを救う…


 なんて、ユメモノガタリは起きなかった。


 むしろ、推奨したのだ、この歪な交流を。


「君達の行為は誉れ高き人間ゆえの証なのだ。日々成長を求め続けるのは唯一、ヒトだ。私達はむしろ知恵を貸そうではないか、より高みを志向する君達に祝福を!」

 馬鹿な発想だ。


 どうやら俺はとんだイカれた宗教の世話になってしまったのだなと、絶望した幼少期の記憶は今でも消えてはくれない。





 ただ一部の子供たちは大層喜んだ。


 自分たちは間違っていない。むしろ褒めて貰えるのだなんてつけ上がった。


 見つけちまったんだ、己が満たされる方法を。


 それは他者と交流し、自分を成長させるなんて高尚なものではない。


 攻撃したことを褒められたい。それだけだ。



 より彼らは歪になった。


 俺は、そんな異常な環境の中で育ち、より傷つくことを恐れるようになる。


 そして、自動的な人間であることを求めた。計ったことではないが期せずしてあの院長が理想とする人間とは真反対の人間になったのであった。


「俺は独りでいる。他者とは利用するだけの存在でしかない」


 輸送車にてクーナレドに近づいたのも、彼が最も憂鬱そうな顔をしていたからだ。


 他の人間は、個人の差はあるだろうが何処か楽観した顔であった。



 クーナレドだけは違う。一人だけ深刻そうだ。


 今となってはあの不気味な人形たちや、研究所の事を知ってからなのだろう。


 俺としては、この任務が何か臭いと感じて少しでも事情を探ろうとしたが、思ったよりも惚とぼけた奴だったため企みは成功しなかった。


 時が経ち、あの惨劇が起きた。


 頭の中では余裕だと思った。俺は隔絶された独り、他者がどうなろうとどうでもいい。


 そのはずだったのに、あのクーナレドに恥ずかしい顔を見せてしまった。


 そして、アレキサンドル中将と衝突した。


 アイツは、人のためにとても敵うわけの無い喧嘩を吹っかけたのだ。


 俺のために、人形のために、他の軍人のために。


「俺には出来ないわ…」


 違う人間だから、クーナレドとカルマリ、この二人は別世界の人間なんだ。


 だから行動理念も思考も、一つ一つの構成されているピースが異なるから俺は俺でいいんだ。


 俺はずっと自動的な人間なんだ。


 なんて、言い訳をした…はずだったのにな。


「俺がコイツを食い止める!だから、リアはクーナレドを連れて外へ行け!」


 なんて自己犠牲たっぷりのモブキャラみたいな事を言ってやんの。


 リアがいた研究室じみた場所から離れ、エンテイ遺跡を出ようとした矢先、巨人に襲われた。


 そいつはまあ、腕が伸びたり、割とすばしっこくて、一撃の威力デカすぎって感じだ。


 つまるところ化け物。急にこんな遺跡に出現していい類のものじゃない。


 はっきり言ってピンチだ。誰かヒーローが助けてくれたらなんて祈ろうが来るわけもない。


 3人一緒に潔く死ぬのが妥当な筋書き。


「で、でも…」


「大丈夫だ、あんな奴は屁でもないって」 


 なわけない。勝てんのかよ、マジで。


「オ、オレもた、戦う…!」


「それはさせられない」


「なんで…!?」


「クーナレドの身が危ないからだ。何か事故があったら死んじまうだろ」


「た、確かに…」


「だから行け。そして、願わくば助けを呼んできてくれ。…まあ、俺は余裕だがな。一応な」


 強がりだ。手とか震えてたらダサいな、リアに気づかれていませんように。


「わかった…!必ず戻ってくるから!」


「ああ、頼むな」


 本当に早く帰ってきて下さいよ。俺が殺される前にさ!


 そして、今。

 俺は、真正面からデカい化け物と対峙しちゃってる。


 傷つきたくないのに、痛いのは嫌なのに、自己犠牲とかバカらしいなんて内心思ってたのに。


 なのに、が止まらない。それほどいまの俺がしてることが自身の事なのに信じられないんだ。


 弱っている所にクーナレドのあんなかっけぇ姿見ちまったからかな。ついつい衝動的に動いてしまった。


 こういうことにしておこう。変な疑問を抱えてモヤモヤしたまま死ぬの嫌だし。


「さあ、俺が相手になってやる。精々覚悟しておけよ、化け物め!」


 気合を入れ、両手に真っ黒なグローブを身につける。



 臨戦態勢の完成だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る