第29話カルマリの秘術
「特等:
修道院から隣接した所に、蔵が立っていた。陳腐な蔵で誰も近寄らなかったが、俺にとっては思い出の場所。
居場所が無くて困っていた時に、たまにそこに隠れていた。ただ膝を抱えて震えていられる場所だった。
ある日、何かあるのかと好奇心を持った俺は、色々と蔵の中を散策した。そして、秘術書を発見する。
そこに記されていた魔術が、「特等:墨痕淋漓」であった。
当時はその文字を読むことが出来なかったが、何故かそれを後生大事に抱えていた。
きっと、これがこの地獄を抜け出す糸口になるのではないか、と。
絶望はこの世界において当たり前、なんて決めつけていたくせに心の端っこでは期待していたのだろう。
全てのしがらみを破壊する術が自分には宿っている、という子供じみた夢想物語を求めていたのだ。
その術とは、この秘術書に隠されていると思っていた。
だが、どうにもこの世は思い通りにはいかなかった。
俺と似たようにただ隅で丸くなってた姉妹が大人たちを全員殺したのだ。
スカッとした。これからどう生きていくのか分からなくて不安だらけではあったが、心がスゥーと晴れていくあの気持ちは、多分一生忘れない。
ただ同時に嫉妬した。
あそこに立っているのが俺だったらな。
▼
その魔術の名を唱え、僅かな魔力をグローブに注ぎ込む。
たちまち、手の甲に紋章が浮かび上がる。無事に機能している証拠だ。
「喰らえよ!」
人差し指から小指までの4本を密着させて真っ直ぐに伸ばす。
そして、後ろに腕を引き一直線に軌跡を描く。
「四指、
4本指分の太さで引かれた線が黒い棒へと具現化する。これを墨棍と呼んでいる。
「穿て!」
脳内で墨棍が巨人を貫くイメージをする。その想像の通りに凄まじい勢いで発射される。
「ゴォォォ!!」
スピードが相乗された墨棍の衝撃によって奴にうめき声を上げさせた。
巨人の体を突き抜けるまではいかなかったが、それなりにダメージが通ったようで少し安心する。
(俺でも勝ち目はある…。最低限、時間稼ぎくらいにはなるはずだ)
「グオォォ!」
棒の威力によって、多少のふらつきを与えていたのだが、もう体勢を整えていた。致命傷には到底届いていないのだという事実からため息が漏れる。
「まだジョブだ、次も覚悟しておけよ」
とりあえず、いきがっておこう。
そして、また宙に線を描く。
これが俺の唯一無二の必殺技だ。グローブを装着した両手によって描いたものを具現化させる。
その具現化したものを思いがままに操作する。
汎用性はあると思う。
ただ、その最適な使い方は未だに把握できていない。
調べたが、あまりに先行例が無いのだ。
同期にこの魔術を見せたが、笑われることが多かった。
「あはは、その魔術強いのか?」
こんな感じに。
ぶっちゃけ、自分でもあまりこの強さを実感することは無かった。
この魔術をようやっと発動できるようになったのが半年前。
何回も自主練習をしてきたが、結局普通に戦闘したほうが楽なんて結論が出そうになってるのが現状。
ただ、今は例外だ。相手は見たこともない化け物。半端な力じゃ瞬殺が良いところ。
ならば賭けるしかない、この魔術に。
「ニ指、墨棍。掛ける三だ!」
ニ指分の棒を3回描く。そして、具現化。
「行けぇ!」
三本の棒が射出される。先程の墨棍と同様に追撃させたが、今度はよろめきすらされなかった。
(効いてない…!)
さっきは一本に全集中力をかけ、規模も倍だったから通じた。
客観的に見ても前者と後者との威力を比較すると、雲泥の差がある。ただ、だからといって前者と同じ攻撃をしても、あまり効果は無いだろう。
すぐに立ち上がって食らいかかってくるに違いない。
「これはなんとかなるのか?」
リアにカッコつけた手前、無策過ぎて本当にダサい。
ヤケクソだ。適当に三指分の棒を投げつける。
避けられた。
「よ、避けるのかよ…。後、動き速い」
あの図体でその速度は反則ではないだろうか。審判がいたらレッドカード不可避。
「グォォォ!!」
巨人の輪郭が、ぶれた。近づいてくる。逃げなきゃ、どうやって?
もう目の前だ。
「ゴォォォ!」
「んなっ…」
俺の図体と同格の拳がもろに直撃する。その破壊力は形容しがたい程で、その調子のままに吹き飛ばされ、壁に激突してしまう。
(これ…、クーナレドが受けてたのよりやばいだろ)
一歩も動けない。というか動きたくない。
今、自分の体を鑑みると現実を理解してしまう。痛みが神経を伝って脳内に届いてしまうのだ。
危険信号を出しまくるだろうな。そりゃあ、あの拳は中々のものよ。一発KO、誰も文句なんて言えない。
「あいつを倒したい」
何、いってんだろ。
普通ここはさ、おうちにかえりたい、とかだろ。
なのに、倒したい?あの巨人を?本気で言ってんのかよ。
まともに魔術を使いこなせてもいないのに。俺はとことん無力だって自覚してるのに。
「あいつを倒したい」
何回でも、その言葉が口を突いて出る。しつこすぎる。
「あいつを倒したい」
…今、俺の頭に浮かんでるこの光景は何だよ。
リアでもない、クーナレドでもない、ムカつく餓鬼どもでもない。
血に染まったことで穢れてしまっても背筋を伸ばして、涼やかな表情を浮かべている姉妹の姿であった。
「俺もああなりたい」
心臓が高鳴っている。これは恐怖か?違う、ワクワクしているのだ。
あの巨人を倒したら俺も物語の登場人物になれるのではないか、なんて夢想している。
結局、根底の部分は、昔から変わってはいなかったのだ。
「ははは」
笑っていた。楽しみなんだ。まるで次の日に友達と遊ぶ約束をしていて、それを待ち侘びている子供のように。
だって、思いついてしまったのだから。この魔術の真の使い方ってやつをさ。
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