第30話決死の一撃

カルマリは、先程受けた痛みに耐えながら手を眼前にかざす。


 そして、空間を斬るように横に一閃。


「四指……」


 呟く。それと同時に巨人は、走り出す。


 巨人は挙動から知性が無いように思えるが、理解をしていることがあるのだ。一回殴るだけでこの邪魔な虫は息を絶えることを。


 そのため、ただ真っ直ぐに走る。相手は何の力も持たない存在だと、足りない頭で演算したのだ。拳を振るおうと愚直に走る。


「グォォォ!!!」


 巨人は辿り着いた。ならば後はやることはたった一つ。握りしめられた拳を勢いよく振りかざして、それを下ろすだけだ。


 次に迎える場面は、見るも無惨な死体とトマトを踏み潰したかのような真っ赤なしぶきが巻き散らされたことで生まれる、濁った水溜まりの光景だ。


墨盾ぼくじゅん


 どうやら現実は違うようだった。


 カルマリの前には、黒い盾があり、巨人の攻撃を真っ向から受け止めていたのだ。


 巨人が全力を込めて殴れば、簡単にこの遺跡ごと破壊出来てしまう程の威力があるだろうにそれを受け止めてしまう。


 異常だ。


(これが墨痕淋漓ぼっこんりんりの本当の強さか…)


 絶対に欠けたり折れたり破壊されることがない物質。永遠不滅な特性。


 さらに、不動だ。カルマリとしては、この点に些かの不安を抱いていた。


 巨人のけたたましい威力を前に盾ごと押し潰されるなんて最悪のシナリオまで想定していたが、一切の後退さえ見せないこの盾の有用性に驚かされていた。


「…まだだ。これからが本当の墨痕淋漓なんだ!」


 役割を終えた盾が消失し、覚悟を決めたカルマリの熱い視線がその隙間から覗かせた。


 その眼差しに巨人がたじろいだ、という妄想をしてしまうが、そんなわけないとカルマリは自身で一蹴をするのであった。


「五指…、いや、十指」


 左手の五指で縦に線を描く。続いて右手の五指をその線の横にピタリと合わさるように描く。


 これで計10指分の太い線が完成した。


墨柱ぼっちゅう


 人のサイズ程度の長方体の柱が生まれた。


 これを操り、力任せに衝突させる。


(これで終わりじゃない…。次だ)


「十指」


 また先程のように線を描く。


墨角ぼっかく


 先端が非常に鋭い正四角錐が生まれた。


「合わされ」


 カルマリが脳内でイメージした通りに、墨角が墨柱の上へと移動する。


「十指、墨柱角ぼっちゅうかく


 墨角が上に乗ると墨が混ざるようにグチャリと合わさり、巨大な武器が誕生したのだ。


「これが墨痕淋漓の真髄。それは想像力」


 墨で引いた線をいかに想像し、どのような姿を変えられるかでこの魔術の強さは全く異なるものへと変貌させる。


 使用者によっては、下等レベルにも神等レベルにも変えてしまう秘術。


(やっと分かってきた。墨痕淋漓は、可能性の塊。それがこの魔術の最大の特徴であり、強みなんだ)


 よくよく考えてみれば違和感はあった。これまでカルマリは、墨痕淋漓は描いた線を棒に変えるだけだと思っていた。


 それではおかしいのだ。一つの長い線を具現化するにしても棒にはならない。


 普通は具現化するにしても、長方体が最も自然な形なはずだ。


 何故、外側の辺が丸みを帯びなくてはいけないのか。


(最初に、具現化できたのが棒だったからそれに囚れてしまった)


 その偏見のまま、半年も経ってしまうとはあまりに阿呆というものだ。


 自分の無能さに思わず頭を抱えそうになるがそんなことをしている暇は無い。


 目の前の化け物に時間を与えては、瞬殺されるのがオチだ。


 チャンスは一回。このチャンスをものにしなければ死ぬ。


 覚悟は出来ているのだ、後は殺るだけだ。


「回転」


 巨大な墨柱角は、カルマリの指示通り凄まじい勢いで回転をする。


 威力の上昇。


「化け物の風穴を空けやがれ!」


 その渾身の武器は、怒涛の如く発射された。そして、化け物の胸を目掛けて突撃する。


「グォォォ…!!」


 悲鳴が聞こえた。主の命令を遂行するために回転を含めた墨柱角が今現在、化け物を貫こうとしている。


「ガ…ゴァァァ…!!」


 ただ一向に貫けずにいた。相手は、未知の生物。どんな構造をしているか計り知れないが、どうやら強靭な強度を誇っているようだった。


「足りないか…!?」


 カルマリは、焦っていた。もしもこの墨柱角の攻撃が成功しなければ手詰まりであった。


 そう、今のカルマリが思いついた最大威力の一撃がこれなのだ。


 これさえも通じなければ、怒り狂った巨人に集中砲火されて終わり。


「ど、どうすれば…?」



「これを使え!」


 どこからか声が聞こえた。それとともに何かがこちらに投げられたことが分かり、カルマリは慌てながらも無事にキャッチする。


「それには、中等:肥大蕃息ひだいはんそくの魔術が込められている。意識を集中した所が異常なまでに肥大化する魔術だ!」


(肥大蕃息…。そうか!)


「あ、ありがとうござ…」

「礼はいい。早く!」


「は、はい…!」


 一体誰なのか全く分からないが、相手の意図は理解できていた。


 物体の正体は、カプセルだった。


 カプセルを右手に持ち、それに魔力を込める。


「中等:肥大蕃息!」


 その掛け声によって、右手が謎の人物の言うとおりに右手が勢いよく膨れ上がり、いつの間にか自分の体と同じ程度までのサイズになった。


「デカすぎ…」


「…魔力の込めすぎだよ。とにかく、死ぬ気で右手を動かせ!」


「り、了解!」


 化け物に殴られた痛みは未だに消えていないが、何とか体を起こす。


 次に、右手を地面から動かして、必死に拳を空振りさせた。


 空振りした軌跡は、墨によって宙に在留している。


 準備は整った。


墨拳ぼっけん!」


 またたく間に、拳の軌跡が具現化していく。


 そして、完成されたのは巨人の拳と同規模の墨色の拳。


「で、出来た…」


 カルマリ自身も墨拳が完成するか半信半疑だったが出来た。なら、後は…。


「行っけぇぇぇぇ!!!」


 叫ぶだけだ。



 墨拳は、主の指示通りに化け物の元へと進む。


 もちろん、直接殴る訳ではない。


 墨柱角を無理やり押し込んで、巨人の風穴を空けるためだ。


 カルマリの目論見の通り、墨拳が墨柱角を殴りつけた。


 それが後押しになったのか、強固だったはずの肌はひび割れていき、次第に大きな穴となる。


 それがきっかけとなり、どんどんと瓦解していく。



 遂には、化け物の胸には大きな穴が空いていたのであった。

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