第31話いつまでも
崩れていく。
あんなにも脅威であった存在が、墨柱角によって抉られた急所を中心に崩れ落ちていく。
それは見る形も無いほどに。
「俺は…、お、俺は…、倒せたのか…?」
あの気高き姉妹のように物語の中心になれただろうか。
己の力だけで現実を超えれたのだろうか。
「倒せたさ。おめでとう。何とか間に合ってよかったよ」
止めの一撃の手助けをしてくれた女の軍人は、そう言ってくれた。
「これじゃ駄目だ…」
「何がだい?」
「理由はハッキリと分からない…。けどこのままじゃ駄目だ」
「先の敵は相当強そうだったよ。それを倒した。これじゃ駄目かい?」
違う。俺の理想にはてんで届いていない。
自分の全てを吐き出したい。苦悩、葛藤、ありとあらゆる全てを。
ただ見ず知らずの人間にそんな馬鹿げた事をするわけにはいかない。だから、ギリギリの理性を張り巡らして話す。
どうやら、俺を助けてくれた彼女は、俺の弱い所に付き合ってくれる気がしたから。
「誰かに助けられてちゃ意味ないんすよ。俺は頭の中フル回転させて覚悟決めたんです…。それなのに、こんなザマじゃ格好つかないんです」
「君は、些かネガティブが過ぎるね」
「それは自分でも…」
「あのね」
言葉を遮られた。
次に、女軍人は腰を屈めた。
そして、俺と目線を合わせる。
「え…」
少し驚く。俺より幾分か年上、なんて捻りもないイメージを抱いていたが、じっくりと顔を見合わせるとまた印象が変わった。
女軍人は、女性にしては身長が高い。更には、後ろに腰くらいあるであろう髪を結んでおり、一目見てもその凛々しさが伺える。
だが、そんな見た目よりも印象深いものがあった。
俺なんて箸にも棒にも掛からないほど覚悟を決めた眼をしていた。
その眼から放たれる眼差しによって、思わず緊張から心臓の鼓動が早まってしまうくらいだ。
「聞いてる?」
「え、あ、はい」
「そう、ならもっと真剣に聞いていて」
話の本題とは関係ない思考に脳のリソースが割かれていたが、軌道修正をすることにした。
それに、これ以上余計な事を考えていたら、俺の矮小さが強調される結果になるだけかもしれないし。
「君は、モブじゃ嫌かい?」
「それは…」
見透かされた。モブなんて、正しく俺が考えていた第一の役割じゃないか。
「…ある時からずっとモブでありたいと思ってたんです。目立つのも痛いのも嫌だから。でも今日凄い人達にあって考えが変わったんです。しゅ、主人公になりたいって」
最後の台詞はあまりに幼稚に思えて、声が萎んでしった。
「クーナレド君と、…んーと、名前はリア君だったか。この二人が君を変えたんだね」
「ええ、その通りっす」
「自然な流れだと思う。君も多分、特殊な事情があったのだろうね。それに対して、また君とは別の強烈な個性を持った二人を見てしまっては、無理をしたくなるのも理解できる」
彼女は、続けて言う。
「自分に持っていない能力や考え、そういうのに恋い焦がれてしまった。だからそれを手に入れるために行動した。違うかい?」
「ホント、そう…です」
訂正する余地が一切無いほどに、彼女は、俺の感情を言語化してしまった。
改めて、言葉にしてしまうと安直で陳腐な奴だ。今更になって恥ずかしさが込み上げてくる。
「なんか子供っぽいすね。穴があったら入って一生住みたいです…」
「顔を上げてよ」
「ぁ…」
彼女は、無理やり俺の頬を両手で掴んで目を合わせた。
「確かに子供の行動原理ではあると思う。欲しいものを是が非でも手に入れようというのは」
「で、ですよね」
「でも間違いではない。君は、今までモブであろうとしたんだよね?」
「はい」
「つまり、人との交流を避けてきたということ。だから知らなかった。人って簡単にヒトと安易に定義出来るほど単純なものでは無いんだって」
「ヒト…」
そうだ、その通りだ。
俺にとって初めてまともに見た人間が彼らだったんだ。
初めて交流した人間が。
「皆が皆生きている。考えている、思考をしている。強烈なんだよ、皆。生きるために必死に個性をその身に宿している」
「そうですね。クーナレドもリアも俺にとっては衝撃的でした」
クーナレドは、誰よりも考えていた。そして、行動できるやつだった。
リアも、あんな環境だったはずなのに、俺よりも意思を感じた。生きてやろうって気概が少し話しただけで嫌というほど伝わってきた。
「初めての経験というものは戸惑うものだ。それも今の年齢になってヒトを味わったとなると混乱するのも仕方ない」
「俺は混乱してたんですね…」
「ああ、だから落ち着いて、己を振り返るんだ。本当の自分を」
「俺は…」
モブとして生きるというのは、一種の逃避行動だ。
マトモにモノを考えようとしたら正気でいられないってことを心の奥底で気づいていた。
だから逃げた。流れに従って生きていこうとした。
俺は…まだ逃げてるんじゃないのか?
あの巨人と戦ったのも、その方が自分を愛でられたから。
姉妹やクーナレド、リアを言い訳に使ったんだ。
どうせいつ死んでもいいのだし最後にカッコつけられたら、なんて馬鹿な考えをしていた。
だからずっとモヤモヤしていた。
これまでの問答で彼女は、こうであるべき思考の流れを教えてくれた。
強烈なヒトを目の前にして行動を変えたはずだったのに、まだそれを言い訳にして逃げている自分がいることをを知るべきだったんだ。
俺が逃げていたことをこの女性に気づかれていた。そして、静かに諭されている。いや、これは説教されているんだ。
言葉は丸みを帯びているものの、ただ静かに怒っていた。
ヒトを盾にして、死のうとしたから。まして、俺はそのことに気づいていなかった。怒られて当然だ。
「俺は…あの巨人を前に笑ってたんです」
「うん」
「その時は、今度は俺が主人公になれるんだって夢見ていたからだと思っていた」
「うん」
「違かったんですね。やっと死ねると思ったんです。かっこ良く。世の中にとって大切であろうリアやクーナレドを逃して、俺は犠牲になる。モブな俺には勿体無いような最高の役割を演じようとした」
「やっと気づいたんだ。それは狡ずるい選択だってね」
「はい、やっと」
本当に狡い。ただのニヒリストじゃないか。虚無で身勝手。自分のことしか考えていない、利己主義者でもあった。
「その点を踏まえて改めて聞くよ。君の望みはなんだい」
「俺は…」
「力も心も何もかも強くなりたい。そして、自分で立って歩きたいです…!」
「うん…。君の想いは伝わったよ。これも何かの縁だし、少しだけ私の力を貸すね。後は君次第だ」
「よろしくおねがいします!」
俺は、ボロボロの体を無理にでも起こして、この優しくも厳しい女軍人に向かっていつまでも深々とお辞儀をしたのだった。
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