第32話旅路
車の窓から軽やかな風が吹き込んでくる。心地よい。
自分の浅ましい考えを自覚し、吐露してから何に対しても物事が鮮やかに見えていた。
憑き物が落ちる、というのは言葉で知っていたが、ここまで効力があるとは思いもしなかった。
有り難い誤算である。
「お腹空いてません?」
ミナス中将が派遣してくれた案内人兼運転手に声を掛ける。
「はい」
「なら、これをどうぞ。さっきの町で買ったサンドイッチです」
「頂きます」
案内人-
「足りません」
「音子ちゃん、本当にお腹空いてたんですね」
「音子ちゃん、言わないでください。あと早くもう一つを」
「はいはい」
紙袋からもう一つの玉子サンドを取り出し、音子ちゃんの近くに持っていく。
「パク」
少しだけ体を動かして強引に玉子サンドを奪われた。
「行儀悪いですよ」
「トロトロしてる方が悪いです」
「そっすか」
こんな風に互いに軽口を言えるくらいには、この旅路は長く続いている。
…ちなみに、音子ちゃんは、玉子サンドを一口で飲むこんでいた。
「たくさん噛まないと空腹感は満たされないらしいですよ」
「大丈夫です。胃の中でたくさん噛んでますから」
「あなたの胃、トゲトゲで痛そうっすね…」
「はい」
適当だ。音子ちゃんと会話をすると大体適当で、しょーもない冗談しか言わなかったりする。
なので、こちらも同じテンポで応答するのが良い。
これまでの交流で学んだことだ。
さて、改めてこの旅の目的地について話そうか。
この旅を提案したのはミナス中将であった。
▼
「怪我は完治したと聞いたのでね、君にある提案をしようとこうして手紙を書き綴ったんだ」
あの化け物を倒した日から一週間後、まともに体を動かせるまでには回復をしていた。そんな時に、ミナス中将から俺が所属している部署に連絡が届いた。
「本当は出向いて詳しく語りたかったのだが、如何せん折り合いが付かなくてね。申し訳ないと思っている」
なんて事を書かれていた。
「さて、早速だが本題に戻ろう」
「西に位置する国-【
夕ノ弦…。俺の知識では、世界にある五つの国の中で最も発言力、国領が小さい国のはずだ。
「弦では、現在能力のある軍人が不足している。さらには、魔法機関から排斥された魔法使い-通称【崩れ】の出現報告が相次いでいる」
崩れか。大抵は、機関に属する魔法使いより弱い事が多い。ただ、例外として稀に魔凶化した崩れの発見が報告されていた。
何が原因で発現するか判明していないが、魔凶化すると理性が失われ、破壊衝動に従い行動するといったもので、多大なる被害が生まれてしまう。
故に、一切油断が出来ない連中だ。
「そんな折に、知り合いが人材の派遣を私に要請してきたんだ」
「つまりだ。話を纏めると、君は弦に行くことで、実戦経験を得られ、ある人物から教えも請うことが出来る」
「ある程度の危険は覚悟してもらうが、君の願望を叶える近道にはなるんじゃないかな」
手紙を置き、落ち着いて思考する。
俺は強くなりたい。それを達成するために、この話は願ったり叶ったりではないか。
むしろ、断る理由の方が見つからなかった。
「もしもこの提案を引き受けてくれるならば、ここに向かってくれ」
その文言の下に、具体的な時間帯と場所が記されていた。
「弦まで、案内人として私の部下も付けておくよ。少々変わった子だが、仲良くしてやってくれ」
音子ちゃんの事である。
確かに変わってはいるが、それ以上にいい子だ。
「是非前向きに検討してくれ」
そんな終わり文句でこの手紙は幕を閉じられた。
で、現在。
「音子ちゃん、空が綺麗ですね」
「音子ちゃん言わないでください。そうですね、青いです」
「だな」
珍妙な会話を繰り広げつつ、俺たちは、夕ノ弦に向かう。
「ははは」
「何が可笑しいんですか」
「いや、何でもないっすよ…」
やっと、生きる上で当たり前に生じる笑いが俺の口から溢れるようになった。
前みたいに役割の中で死ぬことに悦楽をおぼえているわけではない。
前向きな笑顔が生まれる。それがたまらなく嬉しかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます