第21話輸送車での一幕

「ただ、もしも現実に不条理を感じたならば君自身が求める理想をその目に写せばいいよ」


「それと私の事はもっとラフに呼んでいいからさ」


「じゃあミナスさんとかでも良いんですか?」


「もちろん」


 ミナスさんは俺にそう告げるとと満足そうに去ったのだった。


 俺の目に理想を写す、出来るのだろうかそんなことが。


 一体この道の先に何が待つのかを思うと不安からか僅かに心拍数が高まるのを感じてしまう。


「おい聞いてんのか?!」


 突然隣から騒音めいた声量が聞こえ体がビクっと跳ねた。


 首を動かし様子を見ると男が怒りを示すかのように腕を組んで憮然とした表情をしていた。


「どうしたんだ一体…」


「なに不満そうな顔してるんだよ!お前俺の話聞いてなかっただろ?」


「え、あー…。勿論聞いてたに決まってるだろ」


「本当か?ならどんな話をしてたか内容を言ってみろよ」


 少し目が泳いだのか悟られ男に詰められてしまう。


「この輸送車、本当椅子硬いよなって話だろ?」


「ちっげーよー?!んなしょうもない話どうでもいいわ!」


「違ったかー」


 どうやら適当に放った球は的はずれなものだったらしい。


「おい静かにしてくんねぇか、寝てる奴もいるんだ」


「「うっ、すみません…」」


 こんな馬鹿な会話をしていると後ろに座ってる人に怒られてしまった。


 辺りを見渡すと俺たち以外に雑談めいたものをしている連中はおらず、各々が自身の武器の調整をしていたり、静かに目を閉じていたりなど空気がピリピリしている。


 それもそのはずで、現在俺は件の任務先へと向かうための特別輸送車に乗っていた。乗車人数は7人程度おり、他に参加する軍人はまた別のルートで向かっている。


 俺も彼らのように一人で準備をしようとしていたら突然この隣りにいる男に声を掛けられ今に至るというわけだ。


「よう!俺はカルマリ・ピェンサーって言うんだ!階級は少尉」


 こんな風にフランクに挨拶された時は大分動揺したものだ。


 何故数いる中で俺だったのか、少しフレンドリー過ぎないか、とか諸々のクエッションを抱えたまま結局何も喋れずに隣同士で座ることになった。


「お前のせいで怒られちまったじゃねぇか」


「俺のせいか?」


「そりゃそうだ、ちゃんと話を聞かないのが原因だろ」


「うーん…」


 納得いかないな。


「んなことは良いんだ。それよりもお前は知ってるのか?」


「何をだ?」


「本当に何も聞いちゃいなかったんだな…」


 呆れた顔を向けられ気まずくなる。最初の方は聞いていたのだが眠気に襲われてしまい、うつらうつらとした状態になるとともについ最近の事を思い出していた。


「一体この車は何処に向かって何をするのかだよ」


(カルマリは任務について聞かされていないのか?)


 カルマリがこのホムンクルス研究所を破壊する任務に関する情報を与えられていないことに驚く。


 この輸送車に乗る前にいくらでも情報を得る機会はいくらでもあっただろう。それなのに何も伝えられていなかったというのならば何かしらの情報統制が成されていた事が理解できる。


 上としては、この任務は失敗の隠蔽という要素を持つため不用意に事情を明かしたくないのだろう。


 またこの任務に少尉〜大尉という下級将校に絞ったのは実力がある程度保障され、上層部に対して直接干渉することが出来ない立場であるからだと推定できる。


「まーたボーとしているし」


「え」


 つい思考の海に潜ってしまっているのをカルマリの一言で引き戻される。


「ああっと、俺はマジ知らないな…!一体どんな任務だろうか謎に包まれているもんだ」


 込み入った事情を俺が明かすのもどうかと思い、取り敢えず誤魔化すことにした。


「…はぁー。分かったよ」


(よし、何とかなった!)


「ジトー」


 カルマリは変な擬音を口に出しつつ半目で見つめてきた。


「どうしたんだよ」


「ベッツにー。ただ何となくだがクーナレドとはこれからも仲良くなれそうだなって」


「なんだよそれ」


 責めているような顔はどこへやら機嫌が良さそうな面持ちをしていた。


「???」


 頭の上にクエッションマークが大量に浮かんでくるのが分かる。


「まあ気にすんなって、クーナレドはそのままでいればいいからさ!」


「ああ」


 意味が分からず空返事めいたものが漏れる。


「こんな時代にも面白い奴はいるんだな…」


「…」


 この男の事を理解できないにしても今うっすらと聞こえた言葉が酷く印象に残る。


 きっと彼なりにこの魔法に侵略されている世界で地獄を見てきたのではないかと思うと心が曇る。



「おっと、どうやら着きそうだぜ」


 カルマリが車窓の先の景色に視線を移す。俺も釣られてカルマリと同様に顔を動かした。


 そこには、建物などが破壊され風化しきった廃村に幾人かの軍人めいた者たちが休養を取っていた。


 こんな壊れる間際の世界に俺の目に理想を投影など出来るのか。



 先は遠そうだなと思うと嫌気が差すのであった。

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