第37話幼馴染みゆえに

「あぁぁ〜、しんどいよぉー」


 は、一目散にソファへとダイブをする。


 よりすぐって選んだソファなので、その抜群の心地よさが私の荒んだ心を洗浄してくれる。


「突然なんだい?人の研究室に入ってきてそのザマは」


「幼馴染みなんだから少しの無礼くらい良いじゃないかぁ」


「はぁー」


 ノイ君は、これみよがしにため息をかましてきた。相変わらずツレない奴だよ。


「ノイの前でも、あの子達に見せてるような毅然とした態度を維持してほしいもんだ」


「それはちょっと難儀な注文だね。何故ならばこっちが素なのだから!」


 クールな上司を演じるのも大変なのだ。


 しんどすぎる。


 私は、モヤモヤとした気持ちを振り切るかのようにソファに顔を沈めこむ。


「ちゅらちゅぎるよおー!」


「情け無さすぎるだろ…。最早何を言ってるかわからないし」


「辛すぎるよぉー!!」


「顔面をこちらに向けて言い直すな、キモい」


「しょぼーん」


 辛辣だった、普段よりも断然。


 まあ自分としても自覚はあった。ストレスからか、いつもよりだる絡みが過ぎているということは。これで酒が入っていないのだから我ながら驚きである。


「あー…。悪かったよ、ミナスの気持ちは分かってるつもりだから。これで許してくれ」


 ノイ君は、言い過ぎた事の詫びとしてポケットから何かを取り出しこちらに投げた。


「これは…ふふ、ノイ君お得意のキャンディーだね」


「甘いものは世界を平和にする無敵の武器なんだぞ」


「だね」


 私は、丁寧に包装を解きそれを口へと運ぶ。


 ブドウ味だ。甘くておいしい。


「ありがと」


「どういたしまして」


 穏やかな時間が流れる。


 それと共にキャンディーは小さく、より小さくなっていく。


 そして、最後にガリっと軽快な音を立てて噛み砕けた。


「しかし、アレキサンドル中将にも参ったものだな。まさかあんな難題を叩きつけてくるとは」


 キャンディーを食べ終わったタイミングを図ったかのように言葉を投げてきた。


「本当に非道い話だよ。失敗したら特捜室を解散とか…」


 僅かでも晴れた気持ちがまた曇ってしまう。


 特捜室は長年の目的を達成するために必要不可欠な存在である。こんなところで失うわけにはいかないのだ。


は、やっぱり諦めきれないか?」


「もちろん。生前の父上は、この世で最も尊い組織だと謳ってきたのを聞かされてきたんだ。その意志を継ぎたいのさ」


「だから、高い地位に就き、鷹の脳の元拠点を確保し、優秀な人材をかき集めてきたんだろ」


「うん。ここを次なる鷹の脳にするために奮闘をしてきた。それがこんなつまらない所で頓挫するなんてあってはならない!」


 思わず力のこもった声を上げてしまった。それ程までに積み重ねてきたものがここにはあるのだ。


「ミナスはさ、鷹の脳を崩壊させた犯人が憎いのか?」


 ノイ君は、こちらに踏み込んだ質問をした。


 これは、非常に珍しい事であった。


 普段ならば、互いに適切な距離を取り過ごしてきたのに。


 その話題が地雷ともなりうる事を承知してその質問をしてきたのであるならば、ノイ君なりに考えがあってのことだろうと感じ取れた。


「鷹の脳だけでなく実の父まで殺されたんだ。当然相応の憎悪は抱いている。ただそれ以上に…」


「それ以上に?」


「この国が許せない」


「なぜだい?」


「傀儡国家だからだ。ほぼ国王の判断だけでこの国はまわっている。それがたまらなく許せないんだ」


 何の思慮もない。崇高な思想もない。


 向こう見ずでその場しのぎな意向に嫌気が差してしまう。


 今回のアレキサンドル中将による制裁を通したのは大将となっているがあんなのは嘘だ。


 大将の裏にいる国王を上手い具合に騙くらかしたに違いない。


「そのためにも最高意思決定機関が必要だと」


「うん。幾人もの賢者が知を活用し、適切な答えを提示する。それが私の恋い焦がれた理想の形なんだよ」


 さらに、私は息を継ぐ間もなく語る。


「そのためにもこの特殊捜査室をそういった機関へと昇華するのが私の夢なんだ」


 自分の気持ちは言い終わった、と表現するために体を起こし足を組みあらぬ方向を向く。


 心の内に秘めた野望を話すというのはどこか恥ずかしくて、少しでも気を紛らすためだ。


「ふむ。なんか面白いな」


 ノイ君は、開口一番そんなこと言った。


「もしかしてからかってる?」


 私は、少し責めたような口調をする。


 それに対してノイ君は、あっけらかんと喋る。


「いいや、嬉しいんだぞ。そんな風にさ、素直にミナスが自分のことを言うだなんてあんまり無いからな」


「なんなんだい、それは…。君が踏み込んだ質問をするからこっちも相応に喋っただけだし」


 まるで真面目に喋った私が馬鹿みたいじゃないか。より羞恥を感じて手持ち無沙汰にソワソワしてしまう。


 頬が熱くなってるのが、ひしひしと伝わってくる。


「くく、ミナスが余裕無さそうなのは見てて気分がいいな」


「せ、性格が悪い…」


「それは自分でも知ってる。…なぁ、そんな一面を隠さずに皆に見せてもいいんじゃないか?」


「そんな情けない事したくないね…」


「はぁー、これだからミナスは」


 ノイ君は、大げさに首を横に振っておどけて見せた。


「んーと…。そのね…、そんな姿を見せるのはまだ恥ずかしいんだけど…。それでも私は部下たちのことを信じてはいるんだよ」 


「知ってるさ。だから彼らを任務に送り出したんだろ?本当に無理だと判断したのならば、お前は話を出すことすらしないだろ」


「ま、まあ」


 なんだかノイ君には全てを見透かされているようで気に食わない。


「えい」 


 そっと近くに寄りノイ君の足を小突いてやった。


「なにをする」


「べっつにー」


「ったく」


 少し子供っぽ過ぎる行動をしてしまったとすぐに反省する。


 どうにも今日は調子が狂うことばかりだ。


「…早く皆が無事に帰ってきて欲しいなぁ」


「待つことしか出来ないのがむず痒いものだ」


「そうだね」




 ただ信じて部下を待つ。



 こんな簡単なことが世の中で最も難しいことのように思えてしまう。


 私が動ければ。なんて考えがずっと頭の中を漂う。



 そんな焦燥を抱いて私は私で最高戦力定例会に向けて移動をするしか無いのであった。

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