第38話ローマリとコーンポタージュ

 言葉にならない気持ち悪さが胸の内でうごめきつつ、僕は外套をたなびかせて歩く。


 腰に携えた剣を何度も触ってしまう。癖なのだ、何か心配事があるとしきりに剣を触っていたくなる。


「はぁー、柄でもないことしちゃったな」


 任務のための移動の間、会議室での出来事が幾度となくフラッシュバックしてしまう。その度に恥ずかしい台詞を言ってしまったと、頭を抱えずにはいられない。


「いやあれは必要だった…はず。…うん」


 僕が、強気に見せる事でカーマちゃん達には不要な気掛かりを無くす。最善の未来を掴むためにもあれが最適だったのだ。


 室長も僕の話に乗っかってくれたのだし、きっとあの思いつきは成功だったのと信じたい。


「ちょっと普通の人より強いからさ」


 あの時の僕の言葉をもう一度虚空に向けて喋ってみる。


「うわぁぁぁー!きっつい!」


 今すぐ地面に伏して手足をバタバタ動かしたい。あまりの羞恥から何かせずにはいられない。それほどまでにあれはあんまりにもあんまりな台詞だ。


「僕は別に強くないのに…何言っちゃってんだろ」


 羞恥を超えて虚しさばかりが募ってしまう。



 憂鬱な気分で歩いていると、目の前に建物が一つ見える。


 さらに、歩いていると二つ三つと、どんどん数が増えてくる。


 あれが室長の言っていたトワイトス村だろうと確信する。この近くには村も施設も無いのだ。ならば、必然的に目の前の集落が指定の村となる。


「とりあえず話を聞いてみようかな」


 今のところ、この村の付近に敵の拠点があるとしか聞かされていない。これではあまりに情報が少なすぎる。


 最悪、誰かの見間違いで敵一人居やしないなんて結末もあり得るだろう。


「そうなると任務は成功となるのだろうか」


 討伐対象がいないのだから成功も失敗もないのか。


 頭であらゆるケースを想像していると、後ろから軽い衝撃が伝わってきた。


「え、な、なに」


 慌てて後ろを振り向くとそこには、年端もいかないような幼い女の子がいた。


「ん…ん…」


 顔面が蒼白で唇は紫色となってしまっている女の子は、何かを必死に伝えたいのか口や顔、手をしきりに動かしている。  


「ん…ん…んん」


 だが、肝心の声がこちらに届くことは無かった。


「えっと、どうしたの?」


 僕はどうしたらよいか分からずにいたが、とりあえず女の子と目線が会うように腰を屈めた。


「ん……ん…ん」


 女の子は口をパクパク動かしているが声は届かない。ついには、声も出さずに泣き出してしまった。


 鼻からも目からも止めどなく液体が溢れ出てくる。男としては、女の子の涙にはくるものがある。


「その…、とりあえず村の方に行こっか」


 これ以上彼女に辛い想いをさせたくない。そう、思わずにはいられなかった。


 泣きじゃくる子供。似たような情景がうっすらと浮かんでいるが、一向に明白になることはなかった。



「落ち着いたかい?」


「ん」


 女の子の手を引いて、適当な家に入り込んでいた。不当な侵入もいいとこだが、そんな些細な事を言っている場合では無いことはすぐに理解できてしまう。


 そう、村には誰もいなかった。


 20か30、それほどの家屋があるにも関わらず誰一人居ない。


 さらには隣に、喋れずに泣きじゃくる女の子。


 イレギュラーな事態もいいとこである。王都の常識を適用している場合では無いだろう。




「君は、声を発せないのかい?」


 僕は、できるだけ優しく問いかけた。彼女は、今非常にデリケートな精神状態のハズだ。少しでも不安要素を植え付けたくはない。


「ん」


 目を真っ赤に腫らしながらも大きく頷いてくれた。


「ずっと一人でここにいたのかい?」


「ん」


 またしても首を縦に振った。


「そうかぁ」


 声も出ない上に幼い。それなのに、ただ一人でこの場所で生活をしてきたのだろう。よくよく観察すると、女の子の頬は痩けており、飢餓状態からか、お腹がぽっこりと浮き出ている。


 タンパク質不足による重症の栄養障害で低たんぱく栄養失調症の症状である。


 もしも僕の到着が少しでも遅れていればこの女の子は死んでいたかもしれない。そう思うと背筋に冷たい汗がつたってくる。


「ちょっとまっててね」


「ん」


 ならばと、僕は彼女に一言入れたあとに台所へと赴いた。





「お待たせ、どうぞ」


「ん?」


 僕は、女の子の前にコーンポタージュをよそってある皿を置いた。


 先程台所に行ったのは、バックパックに入ってあった粉末をお湯で溶かすためだったのだ。


 こんな栄養不足な女の子を放って置くことなんて誰が出来ようか。


「それとスプーンだよ。急がずにゆっくりと飲むんだよ、急いで飲んじゃうとお腹がビックリしちゃうから」


「ん」


 女の子は、おずおずと手に持ったスプーンを皿に差し入れ掬った。そして、ゆっくりゆっくりと飲む。


「それでお腹の調子が大丈夫なようなら今度はしっかりと食べさせてあげるからね」


「ん…ん」


 涙を流し、嗚咽を溢しながらも女の子はコーンポタージュを全て平らげた。


 その後、軽く診察をすると問題なさそうなので、次にパンと肉を食べさせる。


 その一連の工程が済むと、幼き女の子の顔には生気が蘇っていた。

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