第39話あの時の外套
「ここから絶対出てこないでね。必ず私が貴方を守ってみせるから」
あの時僕はどんな顔をしていただろうか。
泣いていた?怖がっていた?
もう遥か遠くに置いてきた記憶だ。ぼんやりとしか覚えていない。
「じゃあね」
お姉ちゃんは、あの怖い人達から僕を守るために外套をたなびかせて歩いていった。
それはあまりに大きな背中だった。いつも最強のお姉ちゃんなのだから、きっと今回もなんとかしてくれる。
なんて、楽観した気持ちが何故か湧いてこなかったのは覚えている。
「行かないで」
そう言って手を差し伸ばすが届くことはない。
こうして彼女は、軍人らしく、逞しくも精悍な顔つきをしたまま僕から去り、死んでしまった。
むせ返るような黒い何かがが心の内側から覗かせてくる。
(全部僕のせいじゃないか…)
苦しい。あの時から変わらない苦味が僕の中から消えることは無かった。
「ん」
突然、衝撃とともに突如湧いてきたあの苦味を払拭してしまうくらいの温もりが体を覆った。
「ん」
下を向くと、僕が準備したご飯を食べ終えた様子の少女がしがみついていた。
「どうしたんだい?」
先程の気持ち悪さを必死に隠すために、無理に口角を上げ優しく語りかけた。
「あ…あ…ん」
彼女は何かを伝えようとしている。残念ながら声がこちらに届くことは無かったが、口の動きから予想することにした。
「あ、り、が、と、う?」
「!ん、ん!」
どうやら僕の読心術は成功したようだ。しきりに首を縦に振り意思表示をしてくれる。
「そっかぁ、お礼なんて別に良いんだよ。子供に少しでも辛い想いをさせてたら軍人として失格だよ」
「ん」
どこか照れくさく、気を紛らすために、言い訳じみた事を言いつつ少女の頭を優しく撫でた。
「ん!」
少女は、頭を撫でられるのがよっぽど気に入ったのか、満面の笑みでより強く抱きしめてきた。
「やっぱり子供には笑顔が一番だよね」
僕は、覚悟を決めた。
そっと少女の手を取り、僕と距離を取らせる。ちゃんと会話をするためだ。
そして、初めて会った時のように、僕は腰を屈め視線を合わせた。
「この村に人がいないのは魔法使いが村のみんなを捕まえたからだよね?」
「…ん」
僕の言葉に対して少女は、俯きがちに、弱々しくも肯定してくれた。
きっと当時の惨状を思い出してしまったのだろう。
どんな偶然が重なってこの子が一人でここにいる羽目になったのか、声を出すことが出来なくなったのかは分からない。
…まあおおよその予想は出来るけど。大体魔法使いが全部悪いんだ。
このまま女の子を一人にしておくわけにいかない。一刻も早く元の平和な村を彼女に返してあげなければ。
それが僕の出来る最大の善行だ。
「あのね、必ず君が笑顔になれるような日常にさせてみせるからさ!」
高らかに宣言するように告げる。
誓いだ。僕はまた勝利をする、僕単体で見ると無力かもしれないが全力で使えるものを使うまでだ。
「あの悪い奴らはおにーさんに任せてよ!だからここで良い子で待ってるんだよ」
「…」
僕は、精一杯言葉を送るがどうにも女の子の表情には陰りがある。
仕方のないことだと思う。この子は奴らの恐ろしさを目の当たりにしたはずだ。
もしかしたら死んでしまうのではないか、なんてことが過ぎっても仕方ない。
(…それなら)
「私は、ロージランド王国魔術軍部特殊捜査室所属ローマリ・グレイシス少佐である。これからアジトに赴き敵を殲滅する!」
そう告げると、僕は外套をはためかせてこの場を去る。あの時のお姉ちゃんのように。
つまり僕の作戦はこれだ。
「全力でかっこつける」
きっといくら言葉を紡げど彼女の不安を払拭することなどできない。ならば少しでもカッコいい所をみせつけてやろうって魂胆なのだ。
このまま振り向かずに行こうとしたがどうにも彼女の様子が気になってしまった。
気づかれないようにそっと後ろを覗く。
「…そっか」
どうやらもう余計な心配をする必要はないみたいだ。
「が、ん、ば、れ」
彼女は顎が外れるのではないかと、不安になるくらいに、口を大きく動かして、その言葉を表現していた。
なーんだ。昔の僕よりすごいじゃんか。
彼女は、未来に向けての言葉を吐き出している。あの時の僕じゃとても思いつきすらしなかったかもしれない。
ならば僕は彼女の期待に全力で応えるしか、残された道はないだろう。
その一瞬振り向いたのを最後に、僕はひたすらにまっすぐに歩いていくのであった。
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