第40話お辞儀
僕の目の前には一つの建物がある。
例の女の子からは情報を得ることは出来なかったので、しばらくの間村を捜索していたが、すぐに目的のアジトは見つかった。
村の奥に位置する集会所兼宿泊所のような所に、村人らしき人物が二人ほど外で仕事をしていたのだ。
周りを見ると、魔法機関の制服を着た者はいない。
(つまり…彼らは監視の目が無いのにも関わらず逃げる手段がないのか)
もしもこの村人たちが自由の身ならば、あの女の子を保護していたに違いない。それなのに、彼女は重度の飢餓状態で放置されていた。
頭で整理しよう。
放置された女の子、がらんどうの村、監視の目が無いのに働く村人、魔法機関。
全容が大体見えてきた。
おそらく村人たちは、魔法機関による支配を受けている。
絶対の支配を根拠立てる要因は、魔法使いの戦闘力と、人質だろうか。
もしも人質がおらず、恐怖による統制を取ったならば、少なくない数の村人が逃げ出し、死体の山がそこかしこにあるはずだ。
それなのに、村の状態を確認してみると荒らされた様子もなく、死臭すら無い。
きっと最初の時点で幾人かの村人を捕獲し、それをネタに脅したことで血を出さずに奴隷と化すことが適ったのだろう。
一人でも逃げ出せば誰かが殺されてしまう。この条件下で逃亡する勇気を持てる者はそういない。
結果、魔法使いは無駄な力を使わずに、一切逆らわない良い奴隷を大量に手に入れた、というわけだ。
(予測に過ぎないが大方あってるはず…。嫌な話だ。唯一助かったことは、死亡者はいない可能性があることかな)
僕がこの状況を打破することが出来れば、全てを元に戻すことができる。
重くプレッシャーがのしかかるが、救いもある。
ふと思考から意識を戻すと、いつの間にか腰元の剣を強く握りしめていた。きっと僕はどんなことがあろうとこの癖が無くなることはないだろう。
むしろ過酷な事態になるほど、この癖が強まってしまう。
そんな予感だけはしていた。
▲
「すみません、ちょっといいですか?」
「!」
僕は、働いていた村人が一人になる瞬間をずっと狙い続け、そのタイミングが来たことで、こうして話しかけることに成功した。
「話すことってできますか?」
「……」
少し腰が曲がった初老の男性は、質問に対して額にシワを寄せ渋面を作って見せる。
どうやら女の子と同様に声を発することは出来ないようだ。
きっと魔法使い達の仕業だろう。
「分かりました。なら僕の質問に頷くか否定するかだけでもしてもらえませんか。…大丈夫です、僕はあなた達の味方ですから」
「ん」
男の村人は少し困惑したような表情を見せているが、恐る恐る頷くことはしてくれた。
良かった、これでより詳しく状況を把握できる。
「人質として捕まっている村人はいますか」
男性は頷いた。
「捕まってる人は、そこの建物にいますか」
首を横にふった。
「ここより遠いところですか」
頷く。
「そこでは今魔法使いが監視をしてますか」
首をふる。
このようにしばし質問を続けていった。
これによりだいぶ状況を絞ることが出来た。
人質はここより遠い場所で捕まっており、今は監視の目が無い。朝と夜だけ奴隷の当番にされた村人がご飯を持っていく。
奴隷は当番制で2日に一回交代。数は7人。
現在は、7人が奴等のアジトの元で労働を強制されている。
最後に、魔法使いの数は8人。
(思ったより有利な状況かもしれないな)
僕が出来ることとして、七人の村人をこのアジトから隔離した後に、アジトにいる魔法使い全員を殺せばいいだけだ。
もしかしたら最大の難関は、村人全員を魔法使いに気付かれることなく、安全に救出することが出来るかだろうか。
(グダグダ言ってる暇はないか…、聞く限り今の時間帯が最適っぽい)
あまり時間はない。ならば行動あるのみだ。
「中等:
魔術を発動する。脳内に元集会所、現魔法使いのアジトの内装に関する図面が流れ込んでくる。
これで準備は整った。
「とりあえず貴方はこの辺りに待機し、これから出てくる村人たちと一緒に隠れてもらっていいですか?」
「!?」
これまでとは比べようがないほどに困惑をしていた。
当然だ、最悪彼の行動により、人質とされた村人が死ぬかもしれないのだから。
「大丈夫ですよ。必ず僕が残りの6人を助け出し、魔法使いたちを倒してみせますから」
「…」
任せても良いのか、といったことを男性はヒゲをさすりながら考えているようだった。
「ん」
考え終わったのか、ヒゲを擦るのを止め、こちらに向け曲がっていた腰を真っ直ぐに立て姿勢を整えた。
「ん」
そして、深く深くお辞儀をした。
どうやら僕に任すことに決めたようだ。
「気持ちは伝わりました。こちらこそ宜しくお願いします」
普段の僕ならば慌てふためき、頭を下げるのを辞めるよう頼んだが、今はそんな場合ではないだろう。
むしろ失礼とも言える。彼は真剣に村のことを、未来のことを考え、こちらに頭を下げてまで託した。
それを無下にするなんて絶対してはいけないことだ。そう確信した。
「では、僕は行きます」
彼は、僕がアジトに近づくため足をいくら進めようと、一向に頭を下げることを辞めなかった。
アジト内
残り村人6人
残り魔法使い8人
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