第23話視線がぶつかる
「時間通りだな」
アレキサンドル中将は、遺跡入口にて待ち構えていた。
「では、A隊と合流し作戦を決行する」
淡々と上官は指示する。だが俺たち全員は思わず歩を止めてしまう。
薄っすらとではあるが複数の女の金切り声が奥の部屋から反響してくるのだ。他にも肉を切り裂く音、嗚咽、などと推察しようとするのも馬鹿らしくなるほどの不快で不潔、吐き気を覚えてしまうような音がいくつも存在した。
「何をしている。進め」
まるで彼は一人だけ一切外的要因が無い空間にいるかのように声音を全く変えずに命令をしてきた。
異常だ。アレキサンドル中将という人間は本当にこの世のものなのか、と自分の事であるのに鼻で笑ってしまう考えが浮かぶ。
「進め」
俺たちの困惑など把握していないかのようにただひたすらに指令をする。
そのどす黒い圧力に耐えきれず軍人が一人、また一人と奥へ踏み出した。
俺も目先の感情を殺し、彼らのように進むのであった。
そして、扉が開かれた。
「…」
「…」
「…」
扉が開いた瞬間、そこにいた者たちがこちらに対して顔を向けた。
それは、ホムンクルスと思しき少女であったり、先に侵入したA隊であった。
「何を見ている。作戦を遂行せよ」
アレキサンドル中将の一言はまるで神の至言かのようにA隊の連中を作業へと戻した。ホムンクルスを壊す。研究施設を破壊する。そういった作業に。
(なんなんだよ、これは!?)
軍人としての脳。感情を完全に切り離してこれまで見た現状を冷静に中継してきた。遂に限界が訪れてしまう。
「…は…はぁ…はぁ」
これから俺が指示される行動が頭を侵食し、呼吸が不規則に乱れた。
(きっと俺はこの腰に携えた剣でホムンクルスを殺すんだ)
これまで軍人としての自分は一人も殺していない訳ではない。初めてではないのだ。
なのに、今までとは比較にならない程に心拍数が上昇しているのが理解できる。いつもの手の震えは、痙攣と身間違われるのではないかというくらいには激的に生じている。
「あ…」
その間抜けな一言は一体だれのものであろうか。俺か、それとも…。
体の異常を抑え、冷静に物事を考えようとしている最中に視線の奥でカルマリを目撃する。
カルマリも俺の方を向いていたようで視線がぶつかった。
ただ、彼の体は作戦を実行していた。
俺を見つめながらカルマリは、手にした武器で少女を一撃で機能停止させた。
それと同時に激しい血が吐き乱れ、カルマリにぶち撒かれた。ただ、幸いなのか彼は斬る前から赤き何かで汚れていたので今更ではあった。
(一体アイツは、何人斬ったんだ)
俺があまりの光景に目が離せずにいると、アイツは一筋の涙を流し、口を何度か開閉させた。
当然相当の距離があるせいでどんな音を発声しているか分からないが伝わるものがある。
というか昔見た記憶があった。それは白黒で殆どがボヤケた写真のようであった。
「たす…け…て」
脳の活動が途絶えたのかと疑ってしまうまでに音が消えた。
これ以上の回帰を拒絶するかのように激しい頭痛がするとともに目の前が真っ暗になった。
「…んぁ!」
突然衝撃が全身を襲われたと思ったら地面に突っ伏していた。
「他の者は作戦に参加している。お前もしろ」
「え」
痛みを抑え、上方を伺うとアレキサンドル中将がいた。
どうやら彼に突き飛ばされていたようだ。そのおかげとも言えないが、正体不明の違和感が消え去った。
カルマリのあの光景を見た後に襲われたデジャヴに似た何かは一体なんなのか。
「速く動け。次は加減をしない」
だがどうやら上官はそれについて考える間も与える暇は無いようだった。
(あー、考えが纏まらねぇ…!)
俺はミナス中将の目だ。ならば、自身の感情など抜きにホムンクルスを殺すべきだ。そうしたい筈なのに現在端に見えてくる対象物は人間としか思えなかった。
実際に死体を活用していると聞いてはいたので人間ではないというのは否定すべきものなのだろう。
肝心の彼女達は人間相応に死を恐怖していた。ただ、彼女達には人間相応の知性は無いように思えた。
斬られるから、殺されるから、危機を感じているから、その目先の状況に対して拒絶反応を起こしているのであのような叫びであったり号泣であったり、各々の反応を示しているだけだ。
その拒絶反応は狂おしいまでに俺たち正常であろう人間の心臓を抉ってくる。
そんな奇態とも言える現実に当てられたのか俺は軍人で培われた冷徹な脳とは正反対の行動をしてしまうのであった。
「こんなの間違っている…」
「何か言ったか軍人」
「ああ、言ったさ!こんな地獄間違っているんだ、早く作戦を辞めやがれ!」
「…」
俺は正直言って血管がはち切れんかと心配してしまうくらいにはブチギレていた。
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