第24話中将との対峙
「貴様は自分が何を言っているのか理解しているのか。この作戦は人類のためだ、いわゆる正義だ」
俺のブチギレなど虫けらほどの興味を持たないようでひたすらに感情を揺り動かさずに中将は喋る。
「ここは当に敵が逃走した形跡があった。貴様の身が脅かされる危険は全く余地する所ではない。後は相応の仕事をするだけだ」
人生への渇望など望んだこともないような明彩の無い目でこちらを静観しながらさらに喋る。
「どんな馬鹿でも出来る作業だ。こんな事で世の救済に近づくなら安いものだろ」
微動だにせず説明だけ延々と語る。
「理解したならば動け。餓鬼に構うほど私は余暇を与えられてはいない」
「…」
違和感があった。このアレキサンドル中将という男にはここまでペラペラと喋る印象を持っていない。
僅かの交流ともいえない時間ではあったが部下として中将を見てきた自分としてはどうしてもこの気持ち悪さを払拭出来ない。
「怖いのか…」
「…!」
突然浮かんだ言葉がそのまま口から出てきた。他愛のない独り言であったはずなのに微かに中将の瞳が揺れたのが観察できてしまった。
「アンタ、もしかして俺が怖いのか…!」
俺は好機だと思い詰め寄った。あまりにもバカらしい考えではあるが少しでも中将の虚を突けるならばどんな手でも使ってやろう。
どうせ、ここまで啖呵を切ったのならば後に引けない。俺は既にミナス中将の目としての役割を全うはできないのだから。
未だに胸の奥の熱さは冷めらないのだ。ならばどんな毒であろうと皿ごと食い尽くす。
「下級将校如きに私が遅れを取ることなどない。ましてや貴様の様な青二才など路傍の石と同等だ」
(またいつもより言葉を多く足した)
これまで彼ならば簡素な一言で終わりなはずだ、なのになぜ彼にここまで多くの違和感を与える要素があるのだろうか。
「にしてはやけに口舌が多いんじゃないんか?それは俺に恐怖している何よりの証拠だろ」
この状況の突破口など分からない。俺自身も何がしたいのか分からない。だがどうにも冷静になれずこんな子供じみた挑発しか出せなかった。
「調子に乗るなッ!!」
だが俺の想像以上にその口撃は効果抜群のようでアレキサンドル中将は激昂した。
「ぐぁ…」
彼は、俺の胸ぐらを掴み凶暴化した魔物にも匹敵する程度のガンを飛ばしてきた。
その瞳には先程まで無かった光が存在した。
そんな変化が見て取れるくらいには俺に対して非友好的な感情を抱いたのだろう。
「…嫌な目だ、昔を思い出す」
アレキサンドル中将は何事かを呟いたが、その内容について疑問を抱いた。
(目…昔…?)
あまりにも少ない情報ではあるが、どうやらこの上官様は俺自身の態度以外にも何か彼だけが抱えている要因によってこの怒気を帯びた顔つきに变化させてしまったのだろう。
(というかこの状況どうしよ…?とんでもない事しちゃってるよな完全に)
今更ながらに、中将という立場のお偉いさんに胸ぐらを掴まれている現状に内心焦りまくってしまう。
何で無駄に煽っちゃったかなー、本当に。
「貴様、名を何という」
暫し停戦じみた静止が続いたがそれを打ち破るように中将は質問をした。
「クーナレド・アシュレスだ」
嘘を付いてもすぐにバレるだろうと思い正直に名前を打ち明けた。
「アシュレスか…!」
(より怒気を含んだ顔になった!)
何が気に触ったのか分からないが尋常ではない威圧がこちらに降り注いだのであった。
「道理でこの瞼まぶたのひりつきが収まらない訳だ。ならば貴様と話をしていると虫唾が走るのも頷ける」
自己解決でもしたのかまた独り言を言ったまま胸ぐらから手を離した。
と思うのも束の間で、突然中将は俺の腹に風穴でも開けたいのかと言いたいほどの威力で蹴りつけてきた。
「が…はぁっ」
激しく苦痛が押し寄せてきたので口から胃液やら唾液やらの体液をぶちまけてしまう。そのまま耐えきれず膝を付いてしまう。
これが一時期流行った拳を用いたスポーツならば俺の負けが決定してしまうだろう。
「何…すんだよ」
「まだ意識があるか」
こちらの言葉など一切届かないかのように中将のただ闇に溶け込んだ漆黒の瞳は俺を覗き込んだ。
「ならば次を食らわすだけ」
これはスポーツのような高尚なものではない。奴の匙加減でいくらでも終了を決められるクソみたいな現実なのだ。
瞬刻の後に何かしらの攻撃が彼から繰り出されるのは感じ取れた。
俺も何かしらの対抗策をしなければと思い剣の柄に手をやろうとするが既に遅し。
「しっ!」
下段から放たれた彼の足は吸い込まれるように俺の腹にまた直撃する。
「っぁ!!」
短い悲鳴とともに体は衝撃に従うように宙へと持ち上げられた。
(んなばかなっ!)
浮き上がりつつ下方を窺うと奴は右腕をこちらに伸ばしていた。そして手にはなにかの物質を掴んでいる。
(それはヤバい…)
「中等:緩衝壁」
無我夢中で腰元にあるパックからカード状のオブジェクトを取り出して魔術を発動させた。
効果は一撃のダメージを緩和。
「上等:
その感情無き言葉と同時に放たれた雷撃が俺を纏いつくした。
「うがァァァァ!!!」
緩衝壁を展開したのも意味は無いのではないかと疑うほどに驚愕的な電撃が全身を貫いた。
そのままボロ雑巾と化した俺は、そのまま中将の足元に転がるのかと思いきや、彼は宙から落下している最中の状態に対して回し蹴りを食らわしてきた。
「い…!」
重力に従い下方に落下するはずが中将が加えた作用によって壁側まで打ち付けられてしまう。
意識が朧げになりつつアレキサンドル中将の方を見るとその場から立ち去っており、また作業を進行させていた。
(俺は何も出来なかったのか…)
無力感という絶望に襲われていると壁の後ろから幽かにだが規律めいたテンポをした音が聞こえた。
すー すー すー すー
そのサウンドは俺を奮い立たせるまでに魅惑的なものであった。
「お…れには…まだ…やることが…あった」
息も絶え絶えなはずなのに眼はギラギラと輝いているのが分かる。
(まだ誰かを救うことが出来る。この寝息だけはこの世から消してはならない!)
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