第25話プラチナ
耳を研ぎ澄ませる。
(誰かの寝息が確かに聞こえる…!)
間違いなく壁を挟んだ先の空間に人間がいることが予測される。だが、そこにいくための道や扉が無いのだ。
だからこそ他の軍人に見つかることなく未だに生命活動をすることができているのだろう。
「ッ!」
体はとうに限界を超えているのだ。思わず自身の状態を自覚すると声にならない悲鳴を上げてしまった。
(くっそ、あんなボコボコにされるなんて…。俺雑魚すぎるだろ)
心の中で悪態をついても仕方ないのは理解できているのがどうにもこの激情を抑えられない。
思わずこの劣等感から壁を全力で叩きつけた。
「うおっ」
拳で殴った瞬間に壁が透明になり、俺は体全体から後ろに転んでしまう。
その衝撃によってさらに強い負担をかけてしまい一瞬気を失いかけるが使命感から現実に戻った。
何が起こったのかわからずに元いた場所を見るとそこには変わらない薄汚れた灰色の壁があった。
(すり抜けたのか…?もしかしてあれ結界魔術か)
他者の侵入を防ぐために他の壁に擬態化させた結界なのではないかと思い至る。
その結界を掻い潜る条件に強いダメージを与えることが設定されており、俺の殴打がトリガーとなりすり抜けることができたのだ。
「結果オーライ…ではあるな」
あとの不安材料としては、他の人間が俺の様子を見ておりこの場所がバレてしまうことだ。
「そうなれば……考えても無駄か」
先に進もう。
体を引きずりながら道を進む。
途中で血を口からぶち撒けたりした。意識だけは強く保った。
一本道の廊下を壁により掛かりながらそれでも進む。
大した廊下でも無いのに体感ではとんでもなく長く感じた。
まあ俺がどんな感想を抱こうと必ずゴールが存在するのだ。それは地獄だろうと天国だろうと終わりはきてしまう。
目の前には扉があった。
俺は、自身の血で汚くなった手をその扉に添える。そして、力を加える。
グゴゴゴなんてくぐもった音を立ててまた新たな道が切り開かれた。
開かれた景色には一人の女の子がいた。
「あの子もホムンクルス…なのか」
幾本ものパイプが少女に繋がっている。彼女はそのパイプによって支えられており、立ちながらにして睡眠を取っていた。
明らかに他のホムンクルスとは待遇が違った。あんな結界を張っているのだ、それも当然かと思うがそれ以上にこの少女自体に他のホムンクルスのような生命としての違和感を持たないのだ。
疑惑を胸に、ふらつきながらも彼女の元へ近づく。
改めて少女を観察する。
歳は14くらいだろうか。ノイ先生と同じくらいの背丈で、髪はセミロング、毛髪は真っ白ながらも老化によって色素が落ちたのではない。
ただ自然に、彼女に白という概念を与えられているようだ。最早白と言うのも億劫で、正にプラチナといって差し支えないだろう。
その異界のもののような雰囲気に言葉を失ってしまっていたが少女によって正気に戻されてしまう。
「あなたはだれ」
少女は言葉を発したのだ。ただ抑揚はない。俺の主観としては自我が薄いのだと感じた。
「俺は…ヒーローだよ」
何を言っているのだろうか、このバカは。あまりに驚きの連発で正常な思考が破壊されてしまったのだろうか。
「わかった」
(分かるんかい)
心の中で盛大に突っ込む。いや、彼女としては自我が薄いことが起因して疑問に思うという思考回路がないのだ。
(もしも不用意な命令をしてしまえば少女は従ってしまう…)
とても危険な存在だ。兵器だと考えれば至極有能ではあるなと面白くもない冗談が浮かぶ。
「君の…名前は…?」
「リア」
「そうか」
やはり従順だ。
俺はこれからの未来を考える。少女は、アイツラ軍人に見つかれば死ぬ。このまま誰にも気付かれなければ研究者もいないんだ、当然死ぬ。いや、死ぬという言葉は合っているのだろうか。もう体はしんでいるのだろう。いやしかし
考えれば考えるほど頭がこんがらがってしまう。
素直に俺自身の感情を明らかにしよう。
「俺は君に生きてほしい」
これが一つ目
「俺は君に意思を持ってほしい」
これが二つ目
「俺は君に輝いて欲しい」
これが3つ目
声に出すとあまりにも夢見がちで欲求が多すぎで笑ってしまう。
だが、俺はリアを信じてみたいんだ。
彼女の目はこれまで見た中で一番綺麗であった。
俺は昔から目で人を判別してきた。だからこそ彼女の目がとても印象的に映るのだ。
彼女の目に現在の薄弱とした自我はあまりに似合わない。
これまでの研究はどんなものか分からないがきっとリアいつか自分自身を手に入れられるはずだ。
研究目的を考えると意識など不要なのだ。ならば、試してみたことはないはずだ。やる価値はある。
「記憶はあるか?」
「ぼんやりと」
「楽しいか?」
「分からない、でもいまはまえよりいい」
「俺がさっき言った望みを叶えてくれるか」
「分からない、でもかなえたい」
「ここから出たら何をしたい?」
「…走りたい。たくさん」
こんなやり取りを何回かした。僅かにだが声に感情が漏れてきた。うれしい、きっと彼女には俺の想いが伝わっているような気がした。
急にえづいた。口からはまた真っ黒な血が溢れる。
これ以上は無理だ。先程アレキサンドル中将に食らわされた怪我は消えない。むしろ時間が経ってこの苦痛が俺を全力で包んでくる。
最後にリアにしてやることがある。
「赤いの大丈夫?」
「やばいかもしれない。だから最後に俺の頼みを聞いてくれ」
「分かった」
「今からリアに魔法をかける。その間は気づかれないように静かにしていてくれ」
「うん」
「そして、広間の人間がいなくなったことを確認したら遺跡の外に出てローマリと叫べ」
「ローマリ…」
「そしたら助けてくれるはずだ」
「うん、分かった」
よし、十分に説明できたはずだ。次に魔法をかける。二年前カーマにかけた魔法と同じものを。
「【スティルス・ティンク】」
淡い光がリアの元を舞う。
「リア」
「…」
リアは声をかけずに頷いた。ちゃんと理解しているようだな。
「ホムンクルスとか関係ない。…自分なりに…生きろよ」
「…!」
激しく首を上下に動かしている。
そして、何故か涙まで流している。どうやら心配は無さそうだな、きっとリアは終わりが来る日まで幸せに生きるはずだ。
その力がそれを可能にする自我を今手に入れた、そんな気がするのだ。
「後は…よろ…しく…な」
「…!!」
リアは涙が止まらない、なんて顔してるんだか。
俺は、リアの顔を見ていたらいつの間にか眠っていた。
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