第3話質問

 魔術とは等価交換である。魔法とは奇跡である。


 これが両者の違いなのだ。多くの魔術を扱いし人類は、代償を用いてその身ならざる能力を扱うことが出来る。例えば、事前に魔力を封じ込めたカードに魔術的コーティングを施すなどの手間をかけてようやく一つの秘術が顕現させられる。


 これに対して魔法は、魔力を込めた言霊を放つことで奇跡をもたらせる。


 この違いは、戦闘において圧倒的だ。もしも魔術士が弾切れなんてしまえばただの木偶の坊に成り果ててしまう。


 さらには、一つの手間暇かけて作ったカードは事前に想定した力しか発動できない。懐から適当にカードを取り出してしまえば何か印をしていない限り、それが何の魔術が発動するのか分からなくなってしまうのだ。


 魔法使いは違う。瞬時に自分の使いたい奇跡を想像して必要な手順さえ踏めれば体現することが可能だ。


 この脳の負担の差はさらに戦闘において致命的に表れてしまう。


「だが、俺には無用な心配だな」


 そう、事前に死ぬほど訓練していれば腰元のパックを見ずとも求めているカードを取り出せる。そうやって闘うのが俺たち軍人なのだ。


 そんな風に大丈夫であると自己暗示を掛け、眼前の魔物と対峙する。


「準備はいいか、カーマ!」


「問題ないです、少尉」


 相棒も呼吸を整え臨戦態勢を構えることが出来たようだ。


「A!」


「了解!」


 合言葉をカーマに投げる。カーマも俺の意図をすぐに察する。これは、戦闘において非常に重要なことだ。予めプランを立て、最小限をコミュニケーションにすることで連携から無駄を省き最善手で行動する。


 これにより、俺たちの生存確率は飛躍的に上昇する。


 相手は、狼型魔物「ウルフェン」さらには、気配断絶系の付与がなされている。これにより魔物自身の意志で俺たちの視野から一切の姿形を消失させる事ができる。魔物自身の能力として高い俊敏性も兼ね備えているため全くの油断が出来ない相手なのだ。


 状況判断をしている最中に相手の姿は見えなくなってしまう。これで並の軍人は殺されてしまうだろう。だがカーマがいる時点でそんな事にはならない。


 カーマは、魔物が行動する前から球状のオブジェクトを手に備えており、姿が見えなくなって一時経ってからそれを握りしめた右手を上方に掲げ告げる。それと共に俺は、カーマに寄り背中を合わせる。


「上等:重々範引じゅうじゅうはんいん


 魔術の名を唱えた瞬間、俺とカーマの空間を除き全方位に地面に向けての強力な引力が発生する。



 勿論、姿を消した魔物も例外でなく魔物が元々居たはずの真後ろからきゅぅんといった、か細い声が聞こえた。


 声が聞こえた方向に俺は、腰に携えていた剣を取り出し魔術を発動する。


「特等:剣神」


 途端に、手持ちの剣に魔術回路が現れ魔術を身に宿した。


 これにより剣自体の全ての能力が異常な程に上昇するのだ。


 俺は魔物の方に駆けて、剣神を発動させた剣を左手に持ち、一刀両断する。


 魔物は元来剣如きで斬れないほど強固な皮膚を持つが関係ない。剣神を纏いし剣では太刀打ちできはしない。


「終わったな」


 剣を納めるとともに魔物も霧散していく。魔法使いの魔力によって形成された存在なのだ。死体など残るはずもない。


 それを知っていてもなお、俺は魔物に向けて謝辞をしてしまう。


「少尉は変わらないですね。魔物に対しても死を悼むのですね」


「ああ、俺なりのケジメだよ」


「…死は怖いですし、死を与えるのも嫌なものですからね」


「そうだな…」


 幼き頃の事件から死を見るのが怖かった。ただ、何も殺さない人生ではいられない。そんなにもこの世は優しくないから。


 ならば、最大限心を賭して敬意を示す。これが俺が見つけた折衷案だ。


「少尉は、魔法使いが殺したいほど憎いですか」


 珍しくカーマが質問を投げかけてくる。


「憎いさ、きっとお前と同じくらいな。父親を殺され、村の人間も殺され、痕が残らないほど破壊し尽くされたんだ。当然だろ」


「ですよね」


 少しホッとしたように肯定される。


「もう一つ質問です。それなのに何故少尉は魔法も手にしたのですか」


「…!それは…」


 これまで何度も弁明しようか考えてついぞタイミングを見失い続けた問題に切り込まれる。


 真剣な表情でカーマは続ける。


「教えて下さい少尉。貴方の事を知りたいんです」


「わ、分かった」


 2年前からこうなる事は必然だった。あの時カーマと再会した時から。俺がカーマの前で魔法を使ったときから


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