第8話ナーランド市街地戦〜絶望と希望〜

 喉が渇く。一向に手の震えが止まらない。怖い。逃げたい。


 頭の中では無限に弱音が浮かんでしまう。カーマに啖呵を切ったのにこのザマでは何とも格好が付かない。


 だが、もう幕は開かれたのだ。奴らはいつ俺を殺そうかと様子を見ている。見た目の割になまじ知性があるように感じられて気持ち悪いものである。


 それに加えて奴らは約3メートル程の体長であり、そんな巨体が7体も居るのが恐怖をさらにかき立てる。しかも全員がそれぞれ別の色をしており彩りがあるのが非常に嫌悪感を増す。


「ッ!!」


 突然目の前に居たはずの一体、青色の巨体が消える。いや違う。移動したのだろう、油断せずに見ていたにも関わらず見失うほどの恐ろしい速さで。


「ガガ ガ」


 次に繰り出されるのは攻撃だ。思考も纏まらないままに少しでもダメージを軽減できるよう剣で身を守る。


「ガガ」

「くぁ!」


 案の定一瞬で目の前に来たと思ったらその勢いのまま殴り飛ばされる。


 少しの距離後方に飛ばされたが思ってたより威力は無かった。速さは凄まじいものがあるが攻撃は大したことは無いようですこし気が休まる。


 そう安堵したのも束の間、今度は黄色の巨体が動き出す。青よりも速くはないがそれでも機敏と言えるほどの速さで俺の元に着く。


 俺は俺でカウンターを狙おうと剣先を研ぎ澄ませる。


「ギギ ギ」


 青の個体のように殴り飛ばそうと拳を上げる。それを受け流して斬ろうとしたが失敗した。失敗も失敗、大失態と言ってもいいだろう。


「ぐぁぁ!!」


 あまりにも破壊力が桁違いだったのだ。受け流すどころかその威力によって剣を半分にまで割り右腕に直撃してしまった。


「ギギ」


「す、少しでも離れなきゃ…し…死ぬ…」


 骨が確実に砕けちる音が聞こえた。その痛みから意識が飛びそうになりながらも俺を見下ろす黄色の悪魔の威圧からか何とか正気を保てた。


 それでもこのままでは何も出来ずに殺されることは想像に難くない。ならば距離を取る、それが最善な筈だ。


 ウィンディストの付与は残っているから左手で半壊した剣を回収してその場を離れる。


「アイツラそれぞれに能力が異なるのか。くそ!最初から知ってればこんなことには…!」


 文句を言っても仕方ない。まともな情報が載っている書物を読んでいなかった自分を呪う。まあそもそもアイツの事を書いてる本があればの話だが。


 逃げながらも戦略を考える。今の所分かっているのは素早さ特化の青と攻撃特化の黄色の個体だけだ。


 他に五体もいる。そいつらがどんな能力を秘めているのか分からない以上攻略法なんてついぞ出てこない。


 それに対して俺は利き腕が機能していない。一応左腕でも剣を扱えるがその肝心の剣を半分程折れてしまい痛ましい状態だ。奴らが木偶の坊であれば斬る事は可能だがそんなのは妄想だ。


 つまり、結果から述べると


「これ完全に積んだよな…」


 絶望の余り涙が零れそうになる。本当に情けない。


「情けないってこんなの」


「そんな事無いよ」


「え?」


 突如声が聞こえた。しかも聞き覚えのある声だ。


「な、なんで…」


「何も出来ずに逃げるなんて出来なかったんだ」


「ば、馬鹿!今声を掛けてしまったら気配を消す付与が消えちまうだろ!」


「いいんだよ、もう。もしもここで君が死んでしまったらきっと私も後を追っちゃうからさ。ここで勝たなければ結末は何も変わらないんだよ」


「そんなのって…」


「それより顔を上げてこれからは勝つことを考えようよ」


 暫し問答をしながらもずっと下を向いていた事に気づく。


 そして、アイツのカーマの顔を覗く。


 何故かそいつは明るい顔をしていた。可笑しな話である、こんな絶望的な状況で何故そんな顔を出来るのか疑問しか浮かばない。


「私、今日から…ううん、今から変わるよ。強くなってみせるからさ、クーみたいに」


 カーマは泥まみれになり、折角の綺麗な金色の髪も汚しているのにも関わらず輝いているように見えた。


 きっと彼女なりに心境の変化があったのだろう。その顔には俺が昔憧れていた幼馴染の面影がしっかりと残っていた。


「はは、そうか。」


「もー、なんで笑っちゃうのさ。私は真剣だから」


「ああ。そうだな、悪い悪い」


「分かれば良し。じゃあ今度は私の天才的魔術でも披露してあげるからね。感謝してよ!」


「そうだな」


 ほんの少しだけ昔のような会話をして笑みと共に何故か涙まで一滴零れる。


 きっと心の何処かでこの時を待っていたのだ。今までは師匠の元に居たけれどこんな会話はあまり無かった。


 ただあの人は俺に生きる術と戦い術を教えてくれたに過ぎない。こうやって対等に話せるのをいつも焦がれていた。


 だがらこれは嬉し涙なのだろう。ただ、カーマに見られてからかわれるのは癪なのですぐに目を拭うことにした。


「クー」


「なんだ」


「耳を貸して」


「ああ」


 手短ながらもわかりやすいように俺に戦略を説いた。


「確証はないけどさ、全身全霊をあの化け物にくれてやろうよ」


「だな!」


 勝機は見えた。ならば、俺とカーマの二人の魔力をありったけ使ってアイツを倒してやる。


「いくぞ」

「うん!」 



 希望はすぐ側にある。それを全力で掴むのが俺たち人類に残された最後の生存ルートなのだ。

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