第3話 阿鼻叫喚 あびきょうかん

 阿鼻叫喚 あびきょうかん

 非常な辛苦の中で号泣し、救いを求めるさま。非常に悲惨でむごたらしいさま。地獄に落ちた亡者が、責め苦に堪えられずに大声で泣きわめくような状況の意


 俺は冒険者学校の学生の一人の体に入った。

 

 名前はゲンジといい、奇しくも俺と同じ名であった。

 彼は14歳だった。

 同じ年を重ねた者に憑依したとすれば、俺は17歳ではなかった。


 彼の両親は冒険者で、いつも寝物語にダンジョンでの冒険談をゲンジに語った。

 ゲンジにとって両親はこの世界を救うヒーロー、ヒロインであり、自分も皆の幸せのために、悪を浄化させるために自分も冒険者になると決めていた。


 しかし、彼が10歳の時に両親はダンジョンで行方不明になった、つまり死んだ。

 残された妹とゲンジは両親が残したごくわずかな金で生きてきた。住居も街の上流階級が住む中央から、郊外の村の打ち捨てられた小屋に移った。


 そして上位冒険者の遺族が得られる学費無料の制度を使って5年制の冒険者学校に入学した。

 入った理由はもちろん両親のように冒険者なりたかったこと、それが無料であることと、給食があることであった。

 学校での給食は開放されており、彼はいつも別容器に給食を詰め、まだ入学できない妹の分を持ち帰った。


 通常、この学校は貴族や商家等上流階級の実家を継げない次男や三男が、武力や名誉での立身を求め入ることが多く、その特殊な設備を維持するための学費の高さから、下流階級の子供たちはいない。ゲンジのような境遇の子供たちも親が死んだ職業を継ぎたいとは通常思わない。


『またあいつ漁ってやがる』


『あいつ、プライドねえのかよ』


 それでも最初は座学や実技でトップの成績を示すゲンジへの陰口は抑えられていた。


 しかし、3年に進級し実地訓練が始まってから状況は変わった。3年から冒険者でもある教師と一緒に下位ダンジョン第一階層に入る。

 

 学校のダンジョン第一階層はスライムやラビット系の最弱の魔物しか出ない。この実地訓練においてゲンジがいくら魔物を倒しても、力が吸収できないということがわかった。


 他の学生が魔力やスキルを吸収し、レベルアップするのに対し、ゲンジはレベルがないままであった。

 魔物の力やスキルの吸収度合は体質であると言われている。その体質がなかったものは、冒険者を諦め、他の職につくか、他のギルド運営の学校に転校するのが普通である。


 ゲンジは冒険者の夢を諦められず、ただで学べる環境とゲンジが持ち帰る給食を待つ妹のことを考えるとそればできなかった。


 活発で前向きであったゲンジは、学校で次第に表情を失うも、家では笑顔で妹に接し、架空の学校の出来事を面白おかしく話すのであった。


 魔物を討つ力を育成する学校で、その力がないゲンジはいじめられた。

 戦闘訓練の名のもと、技があっても力やスキルで敵わないゲンジは毎回半殺しの目にあった。


『はよ辞めろ』


『ごみ漁り』


『無能野郎』


 妹は毎回ボロボロになって帰るゲンジを心配したが、笑顔で厳しくなった架空の訓練の内容を話すと安心してくれた。

 持ち帰った給食を美味しそうに食べる妹を見ていると、学校を諦めることはやはりできなかった。


 第4学年からはチーム戦の実技に入る。しかし、誰もゲンジと組もうとせず、教師達もゲンジを庇おうとはしなかった。


 それでもゲンジは辞めなかった。この学年から学校内の交流戦が始まる。交流戦は上限6名まででチームを組み、チーム同士での戦闘により集団戦法を切磋琢磨させる。卒業時の最終交流戦での優勝者が首席卒業となる。


 ゲンジは誰ともチームを組めず、競技訓練の名のもとに集団リンチの態を晒すのであった。


 ゲンジはもう、何のために学校に行っているのか、何のために生きているのか解らない。あまり食べなくなり、顔は無表情で、心配する妹の声も聞こえない。


 ただただ身についた習慣として学校へ行き、吐くもののないまま吐きながら通い、給食を詰めて持ち帰り、家でも疲れているが眠れず、時間が経つのを待つ毎日であった。


 最終学年である第五学年では、実技でも相手すらなく “いないもの” として扱われていた。そんなある日の実地訓練で、他の学生が第二階層、あるものは第三階層まで進んでいる中、相変わらず第一階層にいるゲンジは思った。


“こんな弱い魔物だから力が得られないのだ。もっと強い第二階層の魔物を倒せば、俺にも力が手に入るんだ“ 


 指導教官は第三学年の指導に向いており、ゲンジのことなど構っていなかった。

 ゲンジはふらふらと第二階層へ向かっていった。

 下位第二階層からはある程度知能を持った魔物がでる。

 第二階層の奥に向かうゲンジだが、もう何も見ていなかった。


 なんだかダンジョンの奥からゲンジを呼ぶ声がしているような気がした。


 ダンジョンの奥に光る二人の人影が見えた。


 ゲンジは更に走って奥へ、奥へと向かう。


 やがて、光る二人の姿がゲンジを包み込む。


 “お父さん、お母さん、何処に行ってたの” 


『もう大丈夫、ゲンジ。もう大丈夫だよ』


『お前はよく頑張った。もう大丈夫だから』


 光る二人はゲンジを抱きしめた。


“俺は妹に腹いっぱい食わせたよ”


“ずっと探していたんだ、何処にいっていたの”


“お父さん、お母さん”


・・・


 笑顔を浮かべたゲンジの胸には一本の剣が突き刺さっていた。

 ゴブリンは久しぶりの人間の肉を得てニヤニヤ笑っていた。

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