第19話 強迫観念 きょうはくかんねん
強迫観念 きょうはくかんねん
忘れようとしても心から離れない不合理で不快な考え
1週間、妹はDまで冒険者ランクを上げた。既にレベルは40だ。もう大丈夫だろう。施設では妹は既に人気者だ。一見、銀髪のひょろ長い色白でか弱そうな少女がちょこまかと動き回り話しかけ、女性冒険者やギルドの女性職員、武器屋のお姉さんまで幅広く可愛がられている。
サロン行けば、あちらこちらから声が掛かり、食事をもらっている。帰ってこない。お前はサロンのマスコットか。
今日はそんな妹の入学式だ。着替えた妹を改めてみると、10歳なのだが、背は高く、だいぶ年の割には大人びて見える。
制服姿を見せびらかしに施設を駆け回り、気のいい方々からのお褒めの言葉や高級なお祝い品を確保済みだ。
“ゲンジ、見えているか、イブキはこんなにお姉ちゃんになったぞ”
『どうしたんですか?お兄さん。遠い目をして、明日に意識を飛ばして、私に惚れ直しましたか、心奪っちゃいましたか、それとも邪なことを考えていますか、制服フェチですか、だめですよ。今から学校なんです。これから離れ離れで寂しいでしょうが、心配で、心配で、居ても立ってもって感じでしょうが、ここは心を鬼にしてか弱い妹を見送ってくださいね、夕方までには戻りますからね、涙で濡れた枕は私がちゃんと洗濯しますからね、ストーカーもだめですよ、兄弟は赤い糸で繋がっています、可愛い妹になにかあったら “ピコん” って大好きな兄さんならわかりますからね、私を見送ったあと一人で寂しいでしょうが我慢ですよ。私のいない間にユキ姉さんを連れ込んじゃだめですよ。連れ込み禁止です。臭いで判りますからね。ユキ姉さんが光来したら私にはわかります、残念ですが、私とユキ姉さんはツーツーカーカー、いつも一緒、私の背中は姉さんのモンモン入りですからね、邪な兄さんの計画はこの・・・・・・』
妹は定常運転だ。
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学校に着いた。私の目的は冒険者としての一般常識を学び、無事首席卒業してミスリスをゲットすることだ。
ミスリルは何気なく差している兄さんの愛刀や鎖の材料であるが、斬撃が飛んだり、鎖分銅が無限に伸びたり、とんでもない武具になる。
入手には億の金と特別な人脈が必要らしい。そんなミスリルが首席卒業程度のイベントごときで貰えるなんて、じゅるり。
「おはようございます」
下向き加減で目を見ず、小さな声でクラスのみんなや先生に丁寧に挨拶する。クラス分けは済み、それぞれ決められた席に座る。隣に来た赤髪の背の高い少女が話かけてきた。
『おはよー!私はアンリ、同じクラスメートとして仲良くしてね!』
元気いっぱいだ。
「よ、よろしくお願いします。イブキと申します」
儚げな笑顔(だいぶ練習した)で、小さな声で返答した。よっしゃ、ばっちり。
『イブキちゃん、って呼んでいいかな、私はアンリって呼んでね、もう友達だから敬語なしだよ!』
いいね、アンリちゃん。
「はい、アンリ・・、よろしくね」
アンリは貴族の長女だが選民意識はないようだ。クラスに分かれたその時、瞬時にお互いの立場やクラスでのランク評価が暗黙で行われ、底辺確定である平民で弱そうな私に、なんの躊躇もなく話しかける、オリエンテーションでもどんどん質問する正義感溢れるリーダー気質の女の子、うん安心できる。友達になろう。
私は幼い頃、冒険者だった両親が帰ってこず、それ以来、冒険者のゲンジお兄様に養ってもらっているか弱き女の子、か弱い体をステータス上げて支えることができるよう、わざわざ学校に通えるよう、魔物退治に忙しい兄が手配した、私は弱いが、冒険者になってダンジョンのどこかにいるはずのお父さんとお母さんを探したい・・・完璧だ。
この完璧な創作物語を目をウルウルさせながらアンリは聞いてくれた。いい子だ。
帰ろうとしたとき、ストレートの銀髪がまぶしい本物の儚げな雰囲気を纏う美少女が話しかけてきた。
『私はエスワットと申します。もしかして、お兄さんのお名前はゲンジさんですか?』
おお、聞いていたのか、この素晴らしい私の創作物語を。
「私はイブキと申します。は、はい。私の兄の名はゲンジです」
ぱあーと花が咲いたような、太陽が下々を照らすような笑顔を見せ私の手を握った。
『あなただったのですか!ゲンジさんの妹さんがこの学校に入学なされるってことを聞いていて、是非お近づきになれたらな、友達になれたらなってずっと考えていました!』
おー、なんだこの展開。あのかっこいい兄はモテるはずだがコミュ障だぞ。男には近づくが、女には見えない厚い厚い壁を作ってるぞ。
こんなお嬢様なんかと関わりが持てるわけがない、ましてあの壁を越えれるツワモノは私とユキ姉さんくらいだぞ。人違いじゃないの??
『ゲンジさんにこの命を助けてもらいました!この命はゲンジさんのものなんです!!』
なんじゃーー-!!!
あの兄何やってんの??アンリ含めクラスの女子達が危険なパワーワードを聞き逃すはずもなく私達の周りに集まってくる。
「あの、、私の兄は冒険者で、、いつもダンジョンに行っています。エスワットさんと、、お知り合いになるようなことはないと思うのですが、、申し訳ないですが人違いではないでしょうか?」
『いえ、それこそがゲンジさんです。上位ダンジョンで私を助けてくれたゲンジさんです!』
潤ませた目で(これは練習しなければならない)、私に抱き着く一歩前の間合いまで(いい匂いだ)接近した美少女は、両親がその(本物の)か弱さを心配し、ステータスを上げることで健康を維持できるようにと願い(私とキャラ被り)、強い冒険者を雇い、お嬢様をダンジョンに導いた。
騎士に守られたお嬢様はステータスが伸び、ご自身でも憎き魔物を倒せるようになり、この計画はうまく行くと思われた。
しかし、ある時、盲目的なお嬢様のお付きの執事の強い依頼で、優しい騎士達が考え直すよう進言したボス部屋に、とうとう入ってしまった。
そこには闇そのものの悪魔がいた。その悪魔は執事や騎士様たちを一瞬で皆殺しにした。
”次はお前だ”
お嬢様が悪魔の牙にかかるその瞬間、
“その方に手を触れるな”
白い歯がキラリと光る寡黙な王子様が、入れないはすのボス部屋に、颯爽と、光を背に現れ、その悪魔を一刀両断に倒したそうな。
その王子様は、意識を失いかけているお嬢様を優しくお姫様抱っこで抱き上げ、ダンジョンから連れ出し、手を握り、頭を撫ぜてくれ、
“もう大丈夫だ“
”きみのことは俺が守る”
と夜が明けるまで囁き続けてくれたという実話??を話してくれた。
10歳の夢見がちな周りの女子共は目をキラキラさせ、その王子様を想像し、
“なんて素敵な・・・” “私にも手を差し伸べて・・・”
なんて世迷言を吐く中、エスワットお嬢様は私の手を離さないのであった。クラス女子は“王子様”という偶像で一つに纏まった。
そして弱き貧しき平民という底辺から、
“王子様を兄に持つか弱い少女”
と私のクラスでのステータスが爆上がりした瞬間であった。
なんじゃこりゃ!!
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