第24話 局面打開 きょくめんだかい

局面打開 きょくめんだかい

進展がなくなった事態の解決方法を見出して、新しい解決に向かうこと



 あれから30分は泣き続け俺から離れなかったイブキはだいぶ落ち着いたようだ。抱き着きながらユキとの会話をしている。ペタペタと俺の全身を触りユキになにやら報告し、また抱き着きながらユキと会話していた。


『兄さん!さあ、夕飯の時間です。今日はユキ姉さんのおごりです。この街の中心にそびえ立つ、知るもののみ知る超高級レストラン “リューシェ” です!』


 俺から飛びのいたイブキはそう宣言した。

『兄さんもう大丈夫ですよね!肉も盛り返し、背中の傷も男の勲章、後は足らない肉を詰め込みこみましょう!リューシェはSランク以上の冒険者、策略勝負の貴族様、暇を持て余すセレブ夫人達の社交場、最上位の皆さまのニーズにに合わせ、綺麗なカタカナ料理名と目が飛び出るお値段で飾りたて、明日の国をも動かす陰謀が、陰で決められている魔境です。さあさあさあ、さっさと冒険者の勲章の血と泥と姉さん油を洗い流してきてください。既に今日の兄さんと私を飾る装いを、スタッフ様にユキ姉さまはご依頼済みです!』

 

 そのあと、部屋に服が届けられた。イブキはシックなピンクのロングスカート姿、俺は黒のスーツだ。馬子にも衣装、年の割には背の高いイブキはすっかり立派な女性に見える。しゃべらなければな。

 イブキはサロンやカウンターのお姉さんにドレス姿を見せびらかしに行っていた。ロビーに行くとユキはベージュのスカート姿で待っていた。こうやって私服で会うのは初めてだ。なんていうか綺麗だ。


『今日は私の誘導で危ない目に合わせ、申し訳ありませんでした。少し急ぎすぎました。上位の食材によるゲンジさんの回復と、次の段階に至る前の裏の準備の意味を込めてディナーにお招きしました。それと、ゲンジさんは百弧の討伐で、確実にAランク、或いはソロでの討伐ということでSランクになります。AやSランクの冒険者は、貴族に匹敵する国の大事な人材になります。今後、街の中央に招かれることも多々あると思います。まず慣れていただくためにもこのレストランを選択しました』


 迎えに来た魔動車に乗り、中央区に向かった。イブキははしゃぎっぱなしだ。

 広い庭に白い館、お屋敷のようなレストラン“リューシェ”に入った。長い廊下を渡り、照明を少し落とした席は貴族たちの家族や恋人、ビジネスナートナー、サイボーグの様な上位冒険者、様々な人たちで席が埋まっていた。ユキは淡々と案内についていき、イブキはキョロキョロ目だけ動かし観察していた。俺はそんな二人に続いた。案内されたのは奥の席だ。

 その席にはシルバーグレイのダンディー、ギルド長が座っていた。


『よく来てくれたゲンジ、今回の百弧討伐、おめでとうと言おう。よくぞ生きて帰ってきた。百弧の魂の浄化の機会、誰もがなしえなかったことをお前がやった。この意味は大きい。今日は好きなものを飲んで、好きなものを食ってくれ』


『イブキちゃん、私はユキの父のナバラといいます。今日は来てくれてありがとう。あなたの支えがゲンジの活躍に繋がっている、そして冒険者学校に入学してくれたことにも感謝する』


『イブキです。いつも兄がお世話になっております。校長先生』


 俺が卒業したあと、校長含め何人かの教師が辞めたそうだ。校長はギルド長がしばらく兼務するようだ。

 イブキはジッと、ナバラを観察している。何かユキと会話しているようだ。そしてイブキがいつも通りを始める。


『ユキ姉さんのOKいただきました。校長、いやナバラさん、こっち側ですよね。冒険者側っすよね!よかった!おいしい食べ物、セレブな空間、ダンディーなホスト、たまらないっすね! 学校はえらい様のご子息様、お嬢様の巣窟で、その弱肉強食の下剋上を生き抜くべく、ちょいと猫を100枚くらいかぶってるんすよ、ナバラさん、同じプロの冒険者同志、ここからの私はトップシークレットでお願いします!』


『ははっは、もちろんだイブキちゃん。ユキの名に懸けて、秘密は墓場まで持っていくよ』


 俺たちはナバラに注文を任せ、飲み物のメニューを開いていたとき、


『イブキさん!』


 イブキがビクンと背を伸ばし、呼吸を整え、振り返った。


『まあ、エスワットさん、こんなところでお会いできるなんて!』


 うつむき気味、儚い笑顔、いつもの1/5のしゃべるスピード、小さい声、誰だこれ。


イブキはカチコチ、ユキはニコニコ、おっさんニヤニヤ、銀髪美少女はキラキラした目で俺を見つめる。


『偶然です。イブキさん。そしてゲンジ様。覚えていただいていますでしょうか。ダンジョンで助けていただいたエスワットです。私がここにいるのも、全てゲンジ様のおかげです。お礼にうかがいたかったのですが、イブキさんにお聞きすると、いつもダンジョンでお忙しいとか、これまでご挨拶できていなく申し訳ございませんでした』


『そして助けていただいたご縁、イブキさんと同じクラスになったご縁、深いつながりを感じます。父や母もそう申しています。よろしければ、この後、一族の御恩に対し、お礼の機会をいただけないでしょうか』


「わかった。食事のあと挨拶にいく」


 向こうでエスワットの両親だろうか、俺たちに会釈をしている。俺も会釈を返した。俺はナバラをみてにやりと笑った。


『まあ、そうだな。俺の仕込みだ』


『お前が百弧の討伐に成功したことは、この街のギルドだけでなくこの国の政界や財界を駆け巡っているぞ。あの百弧の魔石、百弧がボスだったのみ発生すると思われる白い核は確実に国家規模の財産だ。お前は貴族のご子息とご令嬢を学校で公開処刑したんで、この界隈での評判は悪いんだがな』


『だが、これからは違う。レアな魔石を採れる冒険者は上位クランや貴族の私兵部隊に匹敵する価値がある。力の匂いと金の匂いがプンプンする状態になった。お前だけではなくイブキちゃんもだ』


『だから、今お前が俺に会っている状況を見せる必要があった。俺だけではなくユキも一緒にだ。これでお前やイブキちゃんに手をだそうって輩も理解する。お前の背後にはギルドが付いているってな』


『そして今日、ヘーゲル卿とこのあと何か話したってことでヘーゲル卿との繋がりも邪推する。ヘーゲル卿はさっきのエスワット嬢の父親だ。彼はこの街の政界だけでなく、弟が幅広い商売をやっており財界にも顔が効く。二つの拳、表と裏を持つこの街のアンタッチャブルだ。幸いお前はお嬢を助けた過去があり、お前からはその情報がでていない。調べるほど危険な臭いがする。少なくともプロはお前達に手出しすることはなくなる』


 食いながらナバラは俺に説明した。いい仕事だ。早いし的確だ。こっちはこれからもこの親子に任せれば大丈夫だろう。


 ここの料理は旨い。ナバラの話を聞き流しながらよく味わう。イブキはフォークとナイフを上手に使い、見たこともない薄い微笑みを浮かべながら小さく分けた食事を口に運んでいた。誰だこれ。


『ゲンジさん、これからも討伐に集中できる環境造りはこちらの仕事です。あまりお気になさらず今後もクエストをこなしていきましょう。父が言うにはSランクになるようです』


『Sランクは報酬10%の納税義務、緊急クエストへの参加義務がありますが、上位ダンジョン前の施設全ての使用権が得られます。例えば最上階のサロンの食事は無料で、同階にあるショップは3階では手に入らない武具や防具、アイテムが揃い購入可能です。ギルド本館にもデンジさんの部屋が与えられます』


『通常ギルドから秘書が派遣されますが、その仕事は私が兼務します。家族であるイブキちゃんにも同様の権利がつきます。イブキちゃんは学校に近いこちらから通うこともできます。またその送迎に1台の魔動車が付きます。中央区の居住権があり、別に家を購入いただくことも可能です。ここまでは些事です。最も価値あるのはミスリルの購入権です。注文して買えるものではありませんが、ヘーゲル卿に相談されてはいかがでしょうか。権利は自ら手に入れられました。伝手は近くにいます』


 食事が終わり、奥の個室に案内された。そこにはヘーゲル卿とその妻とエスワットがいた。


『改めてゲンジくん。娘を助けていただいたことに礼を言う。それと百弧の討伐の話は聞いている。君のような優れた冒険者とは繋がっていたい。娘の縁を含めてね。何か困ったことがあれば私のことを思い出してくれていい。娘も君に会いたいようだ。妹さんと遊びにくるがいい。娘のレベリングも頼みたかったが、さすがにSランク冒険者の私的独占は憚られるな』


 百弧の魔石の取引は口に出さなかった。


「よろしくお願いします。ヘーゲル卿」


 俺もミスリルの取引は口に出さなかった。

 直接の顔見世は終わった。後はユキに任せるのがよいだろう。


 イブキはエスワットと話している。時々エスワットがこちらをジっと見ている。気まずい。

 会談が終わり部屋を出て帰る際に、ヘーゲル卿一家とナバラと俺、それに続くユキとイブキに向けてテーブルから鋭く慎重な目線がいくつも突き刺さる。

 これでいいのだろう。エントランスで卿を見送り、施設に戻る。

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