第44話 百八煩悩 ひゃくはちぼんのう
百八煩悩 ひゃくはちぼんのう
人間が過去・現在・未来にわたって経験する多くの心の迷いや苦しみのこと
『ゲンジ、イブキちゃん、もうそろそろ次の話をしておきたいのですが、宜しいですか』
夕食後、皆がそろう中、ユキが語り始める。
『暴走ダンジョンの第二領域を攻略できれば、一応安定ダンジョンの完成です。その先はあまりにも遠く、その奥にある何かに触れることは誰もできていません。各地の暴走ダンジョンをアタッカーは攻略し、安定化を進めていますが、この世界は広く、暴走ダンジョンの攻略による安定化と安定ダンジョンの暴走化、そのバランスは拮抗しています』
『マリオネット等の魔動兵器の進歩や魔力の応用研究による新しいスキルの開発は進行しておりますが、魔力の流れはそれにも増してきています。人間の人口は一進一退です。その中で、赤い砂塵は、原理を見つめ導いた新しい技を開発や、マリオネットの革新的な製造工程など、今まで常識を難なく超えています』
『我々は第二ステージの攻略が終われば、もちろん他の暴走ダンジョンの安定化のため、他の火口に潜るでしょう。ここよりも強力な攻略の足掛かりになるBステージすら作られていない暴走ダンジョンも多々存在します。これら暴走ダンジョンの攻略をヘーゲル卿もギルドもそれを期待しています。しかし、その後は、どうでしょう。第二領域の奥に目が行くのではないでしょうか。その奥はこの世界、或いは他の世界の悪の想念そのものが集まる地獄があります』
『私が言いたいのは地獄を滅ぼしてはならないということです。地獄がなくなれは、悪の想念はどこにいくのでしょうか。地上に漂うのでしょうか。悪の想念はどうやって浄化するのでしょうか。地獄はこの世界だけではなく、他の世界を含む宇宙の悪の想念を魔力に変換します。我々はそれを人類の繁栄のため活用しています。その魔力により生み出された魔物を討伐することで悪の想念を浄化できています。地獄とは我々がより良き未来を創る、重要な歯車の一つなのです。壊す物ではなく守る物なのです』
『ゲンジ、イブキちゃん、もう第二領域まできた赤い砂塵は、魔力を人類の繁栄のために有効活用し、悪を浄化し、我々がこの宇宙をより良くする“クラージー“になるのです』
『ユキ、呼び名はどうでもいい。誰にもコントロールされない、そのために俺はもっと強くなりたい、これが俺の望みだ。そのための手段として今がある。いつか話したが、ユキのビジョンと俺の目標は、それぞれの手段として一致している』
『ここではこれからもそうだ。今ここで話してくれたとこに感謝する。地獄の意味は理解した。暴走ダンジョンの次があるなら、地獄ではなく、悪の想念そのものなのだろう。だが、悪の想念、そんなものは知らん』
『正義か悪か、それも誰かが決めたレッテルだ。俺は知らん。俺は生き残れたら次の暴走ダンジョンに向かう。イブキ、カグラ、お前はお前だ。ここで俺からも言っておく、好きにしろ』
『ゲンジ、それはないよ。“すきにしろ“ 5文字しかないじゃないか、答えは解かっているよね』
『”ついていく“だよ』
『兄さん、姉さん、カグラの5文字に“いつまでも”を足します!』
私達は日々、第二領域のドラゴンを討伐し、アダマントを貯めていく。もう上空より少し降りた中空でしかドラゴンが探知できない。
二本首の討伐も行っている。マントとの合わせ技は強力で二本首も今のところ問題なくできている。つまり、一撃で討伐できている。
皆で相談し一機ずつで討伐に行くようになってからアダマントの収集速度が増した。
今日も二本首も含め討伐を進める。二本首は魔石が二つ宿る。魔石の位置は移動するが、大抵首根っこにある。
この二つを同時に潰さないと一撃では倒せない。マントを飛ばし、私が陽動しているうちに二本首の根本を風車で断ち切る。これが最も効率がいい。風車は主にカグラが操る。
二本首のブレス範囲は広いが今では躱せる。風車を飛ばした後は転移ができないのでカグラはこの方法を嫌がったが、ビーチでの身体制御の鍛錬で二号機の機動性は飛躍的に上がったことを理解し、認めてくれた。攻撃は最大の防御だ。
カグラやユキ姉さんの並列思考が何となく私にもできるようになっている。風車のマントと弐号機、どちらにも私がいる。
主に弐号機は私、マントをカグラが操っているが、その境界線も最近は曖昧だ。間合いにあるものすべてに私がいるような気がする。間合いに入ったドラゴンですら実際の攻撃の前に空間の押し合いのような感じで、私の間合いの中に一旦入ると、ドラゴンも私なのかもと思ったりする。
兄さんとユキ姉さんはもっと凄まじい。兄さんの間合いは私より広く、そこに入ったドラゴンは自ら首を差し出しているんじゃないかと思うような動きをする。兄さんの間合いに私がいる時、絶対的な安心感、守られている感がすごい。
昔の瞑想鍛錬で兄さんの根源に繋いだ感じが、兄さんの間合いに入るだけで得られるようだ。これが敵認定された例えばドラゴンごときでは、逆に作用し、戦意を失い首を自ら差し出すことくらいやるだろう。
やはり週一回兄さんのベットに忍び込み添い寝させてもらうことはやめられない。
最近ではわがまま言って、ユキ姉さんと兄さんの間で添い寝させてもらうこともある。その時はカグラも来る。その時の安心感だ。マリオネットで戦闘中にもそれを私に与えてくれるなんて、ハンパない。
4人で一つだ。今日は既に1本首9体、二本首5体を狩り終えている。
“イブキ!これでアダマントは二機分溜まったよ!”
カグラの意識が流れ込む。壱号機は私達の倍は狩れており、アダマントは十分だそうだ。あすからマリオネットの生産を行う。
生産工程は同じなんだけど、オリハルコンとアダマント、三本首ドラゴンや地上の魔物の魔石、ヒイロカネは兄弟のような金属で、オリハルコンの機体にアダマントが重なるような生産方法であるらしい。良かった。
今の弐号機は私の息子、私の分身だ。それが含まれないことを私は恐れていた。早速兄さんと姉さんがアダマントのプールに入る。私とカグラは、この日のためにジンが用意した巨大なポットの前で手を繋ぎ、座禅を組む。
兄さん、姉さん、ポットにいる壱号機に意識を集中する。兄さんと姉さんが繋がった。アダマントの液体が循環し二人に入っていく。一旦全ての液体が二人に流れ込み、二人の間をぐるぐる回っているのがわかる。そしてあふれ出す。
私には見える。二人から流れ出るアダマントの液体は若干紫に染まっていることを。再びその液体がプールいっぱいに広がる。そしてポットに注がれていく。前回と同じく無数の糸が壱号機を包みこんでいく。
壱号機も糸状に解体されている。オリハルコンの糸とアダマントの糸が絡み合う。二つの糸が六つ目編されていく。それが積層し新しい一号機を成型していく。
赤く、白い機体、前回の容姿を引き継ぐも、ゴツゴツしていたのが流線形になっている。その上から後ろと前が2枚の大きなマントで包まれる。完成だ。
いや、まだだ。一号機の前に壱号機に似たフルアーマー防具が二体成型されている。兄さん、姉さんのサイズだ。その兄さん、姉さん用壱号機の前に、国行や暗器までの各種武具が成型されている。すごい。集中し、兄さん姉さんのやっていることを逃さないようにしなければ、カグラも興奮している。次は私達だ。
私は裸でカグラとプールの中で向き合う。
『カグラ、わかっているね』
『わかっているよ。イブキ、優しくしてね』
『どっちのセリフやねん!カグラがか弱き私の露払い、私の意図を予知で汲み取り奉仕する執事、私の草履を懐で温める家来やろがい!なんで未だに私よりでかい乳を付けてんねん!カグラ、両性はやめい!完全に男になれ!そのいらんでかい乳よこせ!吸い取ったる!』
『やめてよ。僕のは吸い取れないよ』
『わかっとるわ!カグラの緊張を少しでも和らげるジョークじゃ!ジョーク!』
『わかったよ、イブキ。優しくしてね』
『まだ言うんかい!』
カグラを引っ張り抱き合う。カグラが入ってきた。カグラと意識が、根源が繋がる。兄さん、姉さんのやっていたことも繋がる。私たちの息子、弐号機に思いをはせる。
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