第6話 報仇雪恥 ほうきゅうせっち

 報仇雪恥 ほうきゅうせっち

 仇を討って、受けた屈辱を晴らすこと


 学校の交流戦は国のイベントとしても有名で、来賓である王国の貴族、冒険者ギルドの幹部、めぼしい奴をスカウトしたいクランと、エンターテイメントとして楽しむ民衆が集まっている。


 公共賭博では既にオッズが掲示されており、順当に勝ち上がったカーズのチームが1.1、俺が16.6であった。俺に賭けているやつが一定数いやがる。

 俺は自分に200万G賭けている。

 準決勝では俺を完全に舐めたチームを瞬殺し、決勝でカーズのチームと対戦することになった。


 奴のチームは剣2魔法4で、基本1組として戦うが、状況によって二組に分かれ挟み撃ちをしてくるチームだ。彼らのチームは、学校では絶大な人気があり“現代の勇者”との呼び声もある。既に有名なクランからスカウトがきているとの噂もあった。


 ゲンジとカーズは第三学年までは友といってもいい仲であった。

 貴族の次男である彼は、平民のゲンジを差別せず、座学も実技もトップを争う友でライバルという関係を続けていた。ダンジョン実地訓練に入るまでは・・・

  

 第三学年になりダンジョンで魔物を倒し力を吸収した彼と、吸収できなかったゲンジとの差が開くのは時間の問題であった。


 最初はゲンジを励ましていたが、本当に魔物の力が吸収できず、レベルも上がらないと知ったカーズはゲンジを見放した。

 実技で身体強化スキルを得たカーズには、ゲンジの打撃はダメージとならず、稚拙な技を防いだゲンジの剣は飛ばされる。次第にカーズはゲンジをなぶる様に攻め立てた。


 それを見ていたクラスの者達は、平民であるのに成績では自分たちの上位におり、カーズに守られていたゲンジが檻の外に出てきたことを理解した。


 奴らはカーズと同じように一方的になぶり始めた。それをカーズがニヤニヤ眺めるのを見て餌が与えられたことを理解した。


 ゲンジへのいじめが始まった・・・。



 カーズのチームが現れると、学生たちの歓声が闘技場を包んだ。律儀に手を振り、笑顔を振りまくカーズたち。学生だけではなく、一般観客からの歓声にも答え、貴賓席の前で、優雅に一礼した奴らは、負けることなど考えてもいない素振りだった。あちこちから


 "勇者カーズ!"


 との掛け声がかかる。


『準決勝見たけど、すごい身体能力だったね。スキルが発現したのかな。君がとうとう覚醒したことを心からお祝いするよ!』


『僕たちは6人で申し訳ないけど、ここは負けられないことはお互い様だよね。全力でいくからね』


 カーズは俺の返事も聞かないまま距離をとり、チームのフォーメーションを組む。フォーメーションは(前衛1-後衛2)の2組で左右に分かれ、取れるだけの俺との距離をとった。


 会場はその意図がわからず、ざわざわしたが、ヤツは余裕の笑顔だった。


『始め!』


 高台の審判の声で、カーズの左右両チームは更に後方に走りながら呪文を唱え、下がりながら広域火炎魔法を飛ばてきた。


“・・・・・、フレイムエリア!!”


 左右二人の魔法使いの広域火炎魔法が同時に放たれる。


“・・・・・、ガラスウォール!!”


 もう一人の魔法使いが壁結界を作り広域火炎魔法からチームを守った。

 闘技場において分かれた二チームの立つ場所以外は、火炎が蹂躙した。


“なんという威力だ! あれは第四火炎魔法で上位の魔法使いしか使えないはずだぞ”


“あのキラキラ光る壁も第四結界魔法なんじゃねーか”


 観客同士ささやき合っていた。

 炎が引いた闘技場に赤黒いものが横たわっていた。俺だ。魔法が来たときは咄嗟にうつ伏せ、炎の方向に足を向け、顔を手で庇い横たわった。

 背中から足までこんがりと焼け、頭皮も焼け、髪は残っていなかった。

 焼け焦げた。けど死んでいない。


 奴らは殺してはいけないというルールで、魔法攻撃を仕掛けるのは判っていた。死なないまでも、こんがり焼けただれただけだ。

 通常これで気絶し動けない、しゃべることができる場合は “参った” の声で終わる。しかし、俺は意識もあるし“参った”も言わない。体の健は切れていない。

 あくまで表面の皮と肉が焼けただけだ。つまり動ける。動くたびに焼けた皮膚が割れ変な液が出て痛い、それだけだ。

 それがわかっていたから魔法を撃たれても恐れはなかった。

 結局殺すことができないこのイベントは覚悟がある奴が勝つ。


 俺はすぐさまカーズがいない方に駆け寄りながら、ボックスから出した鎖鎌の分銅を持ち、鎌を飛ばした。壁結界の上から被さるような軌道を描き、結界を張った女魔術師の腕を引っ掛け切り落とした。


『ギャーー――!!!』


 女はのたうち回り、結界が消えた。距離を詰めていた俺は剣を抜き、前衛の男の右手を切り落とすと、今度は火炎魔術師の左足を切り飛ばした。

 手足のない三人は痛みと、見た目焼けただれた化け物のような俺を見て半狂乱であった。


『ヒーーーーーー、参った!!参った!!』


 回復術士のところに運ばれていく。ゆっくりもう一方のチームに向かう。

 凄惨な攻撃を行った化け物のような外観の俺が近づくのをみて、このチームの火炎、結界魔術師は、


『参った、参った!』


 といって闘技場外へ逃げていった。後は腰を抜かしているカーズだけだ。アワアワして呪文が唱えられないようだ。


『ま・・・・』


 その瞬間、俺は分銅を飛ばしカーズの喉を潰した。これで“参った”が言えなくなった。俺はまず片足の膝を踏みつぶす。芋虫のように後ずさる奴の片足を掴み反対側に捩じる。


『・・・・・・・・・!!!!!!』


 奴は涙や鼻水でぐちゃぐちゃになり、声にならない叫びを上げた。

 右手の肘をとり反対側に捻じ曲げる。


『・・・・・・・!!!』


 うつ伏せで炎を避けたおかげで俺の声帯は生きていた。


「なんだ。どうせ終われば回復士が元通りに直してくれんじゃないか。なに痛がってんだよ。所詮身体の痛みだけじゃねえか」


「ゲンジはよ、理不尽な宿命と、お前らゴミの仕打ちで、心を切り飛ばされ、焼かれ、しかも誰かが回復してくれることもない状態を、逃げずに我慢したんだよ。家族のために耐え抜いたんだよ」


「ゴミが」


 泣き叫んでいるヤツには、まあ聞こえちゃいないな。

 奴は気絶した。既に近寄っていた女の回復魔術使が上級回復魔法でカーズを元通りにする。

 変な角度に曲がっていた手足も、俺に踏みつぶされた足も、声帯も元通りに治った。気づいたカーズはまだ焼けただれたままの俺が近くにいるのを見て、しゃべれるはずなのに声にならない叫びを上げ、逃げ去っていった。


“ゲンジ、これでいいか” 


俺はゲンジに心の中で語り掛け、彼の人生にケリをつけたつもりだ。

回復士はゾンビのような俺を暫く眺め、


『ふう』


 うんざりした顔で溜息をついてから、回復魔法で俺を元通りに治してくれた。

 暫く俺を観察し、完全に回復したことを確認した後、首を横に振りながら自分のローブを俺に投げ、去っていった。 

 そこには闘技場の真ん中で、真っ裸を観客の目に晒している俺がいた。


『勝者ゲンジ!』


 審判の声が響く。

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