第10話 月下推敲 げっかすいこう

 月下推敲 げっかすいこう

 詩文の字句や表現を深く考えて、何度も修正して仕上げること



 俺は翌日、魔法の鍛錬を川のふもとで行った。


“火魔法” 


 ユキから聞いた魔法の発現方法を思い出す。”丹田に溜まっているはずの魔力を火として具現化する方法” が身についているはず、との事であった。


“魔力”


 魔力は前世での瞑想による根源力と似ている、いや同じかもしれない。

 基本的に魔力なるものが認知されていない前世では、一部の者がそれを根源力と認知し、それに繋がる針の穴の様な小さな入り口を、自分を拡張し世界と融合することで見つけ(まずこれができる奴がいない)、その針の穴から流れこむ力を、多くの瞑想鍛錬と合気により見出し、センスにより具現化する、ほんの一部の達人しかたどり着けない境地であった。

 しかし、こちらでは、瞑想に入らなくとも、常に俺の中は力の海に浸かっている感じだ。彼らが教えてくれたように “この世界は地獄から溢れている魔力が漂っている“ ということなのだろう。しかし、この感覚は前世での経験ある俺だけの感覚かもしれない。


 魔力の鍛錬を始める。

 魔力を体の外に移動させ、火に変える。目の前に火が具現化した。そこには大きな火の塊ができていた。

 そしてその火と俺は感覚が繋がっていると感じる。”俺の指である”と同じように“俺の火である”と感じる。

 それを左右上下に動かしてみた。動くが遅い。片手を翳し、手の動きに合わせてみた。動く。左右上下距離をとっても手と同じように動く。

 次は手を使わずにイメージだけで前後左右上下に動かしてみる。

 手を動かすのと同じ感覚に近づく。だんだん身についてきた。目で追える範囲、目で追える速度、ここまではできた。

 目を閉じて試す。見えなくとも手足の位置が解るのと同じ感覚で、火がどの位置にあるか、どう動いているか解った。

 背中側に移動させてもどこに火があるか解る。

 目を開けている時は、火を目で追っていた。それが目で追える範囲に自分で火を限定していたことがわかった。


“五感ではなく意識で制御する”


 前世の師匠の言葉を想い出す。そうか、武具と同じだ。

 俺は刀を目で見て操っていない。意識で操っている。魔法もそういうことだろう。

 感じなければならない。意識で操らなければならない。

 目を閉じ火魔法を意識する。火の存在も移動速度も五感の制限から離れ、だいぶ上がっていると感じる。目を開ける。川辺の岩に火の玉を撃ってみる。岩は焦げ、火は消えた。速度は各段に上がっていた。次は火を二つ、三つと増やし、維持し、同じように意識で動かしてみた。今の俺では五つが限界のようだ。


 ユキは、魔力を使い続けるとステータス上の魔力値がゼロになり、魔力切れとい脱力状態になるといっていたが、既に俺の魔力は0だ。

 しかし、根源力は溢れている。枯れていない。脱力感もない。そのまま魔法の鍛錬を続ける。


 今度は火をいろいろな形に変えていく。球から槍、壁、帯状などだ。それの拡大、縮小も行う。

 何か気に掛かり、巨大な火球を圧縮することを始めた。小さな火を作るではなく具現化した火を圧縮するイメージだ。火は小さくなりながら色を変えた。赤から青、青から白に色を変えた。

 礫程度まで圧縮した白い火を、前後上下左右に意識で動かしてみる。イメージ通りに動く。それに速い。

 それを岩に向かって放つと、最初の火の玉より高速で岩に突き刺さり、爆発した。岩の手前半分が飛び散った。貫通し圧縮していた圧が開放したようだ。

 次は礫状の火を自転させた。岩に撃つと今度は岩の奥まで到達し爆発した。内部に食い込み破裂している。これはいい。

 相手の硬さや体積に応じ、圧縮度、自転速度を制御することで、どんな魔物でも貫き、爆発させる技が完成したと思った。この技を“火弾“と名付けた。


 この鍛錬を日が沈むまで繰り返した。ユキが懸念した魔力切れによる脱力は、結局起こらなかった。

 最後は5つの火弾を連続で放てるようになった。鍛錬の続きで家まで俺の周りに5つの火弾をくるくる回しながら帰った。幻想的な景色を作る。照明としても使えるのか。



 ダンジョンアタック2回目はオーク討伐のクエストをユキは推奨した。


『火魔法を取得したゲンジさんにオーク討伐のクエストを推奨します。オークはゴブリンと同じく人型です』


『全身が脂肪で覆われ、切断系の攻撃ではダメージが入りにくく、直ぐに刃が使えなくなります。魔石はゴブリンと同じく心臓の位置にあり、首、脳、心臓破壊で動きは止まりますが、大体2m以上の大きさなので、心臓を狙うのが一般的です』


『大きさと速さは反すると思われやすいですが、オークには当てはまりません。ゴブリンの約3倍の体積と同じ素早さ、そうご認識ください』


『これらも群れをなし、下位が上位に統率されています。上位は土などの物理魔法を使ってきます。クエストは5体の討伐ですが、我々の目的は、オークを生みだす核を回収することです』


 俺は一昨日と同じく第一階層に入り、他の冒険者に目もくれず奥に進む。


 ユキの示したポイントは、ゴブリン核のあった更に奥だ。途中、ゴブリンやスライム、植物系の魔物、オーク単体を見かけたが、核ポイントへの移動を優先し、追ってくるものにだけ対応した。


 俺を追って来た単体のオークに対して剣で攻撃してみたが、よほど踏み込まないと刃が急所に届かない、何度か切りつけると確かに脂がつき、剣が使い物にならなくなる。

 槍で心臓を突くのが物理攻撃としては合理的であった。

 鎖鎌も表面の脂肪に阻まれ、内部まで到達しなかった。更に1時間程度駆けたところで、群れのオークを見かけるようになった。


『もう少し奥にオークの集落があります。一昨日のゴブリンの3倍以上、150-200の群れです。集落の一番奥に洞窟があり、その祭壇に核があります』


 集落の広場には30匹程度の3隊、集落からちょうど外に出た集団が1隊いた。各子撃破の原則と挟み撃ちにならないよう、この外に出た隊を追跡した。

 奴らは川辺を進んでいた。川辺の魚系魔物を狩ったり、上流から流れ着いた人工物を拾ったりしていた。俺は風下から近づきながら五つの火弾を準備した。上等な鎧と槍を持った上位であろうオークがいたので、一発撃った。

 火弾はそのオークを突き抜け、更に後ろのオークを突き抜けた後、川の中で爆発した。上位オークはよろめきながらも俺の方を指差し叫んでいた。

 奴らには貫通力が強すぎた。俺は自転を止めた火弾に変えたが貫通する。圧縮もやめた初期形態の火球でようやく着弾したオークを焼いた。オーク隊を上位も含め火球で焼き払ったが、攻撃開始から隊殲滅まで1分程度であった。いける。


 オークの集落に引き返すと、広場に隊はおらず、見張りらしきオークのみがいた。正面から突入した俺は、見張りを火球で焼いた後、集落の建屋にも火球を放つ。

 建屋から次々に出てくるオークも火球で焼く。あらかた焼野原の態となった集落の奥の洞窟から身なりの良いオーク隊が出てきた。

 右に回り込むように動きながら火球を放ったが途中で消えた。前衛のオークが手を俺の方に翳していた。


『あれはレジスト系の魔法です。物理か威力を高めた魔法が有効です』


 ユキのアドバイスを聞いた俺は自転のない火弾に切り替えオークたちに次々放った。威力が減衰した火弾ではあるが、青い火球の状態で魔法レジストオークに着弾しヤツは燃えた。

 不意にオーク隊の前に土の壁が発現し、俺の立っていた所の地面から突起が生えてきた。しかし、常に動き回っている俺にはついてきていない。

 右回りで近づきなら火弾を放つ。

 レジストされていない火弾は土の壁を貫通し、後ろのオークに次々着弾していく。

 最後方のオークに対してだけ、手前の壁らしきものに何度か弾かれたが、止めどなく続く俺の火弾に貫かれ、黒い靄となって消えた。

 奥の洞窟には、冒険者の武具やアイテムを収めたスペース、冒険者の成れの果てと思われる人骨で飾り立てた儀式を行うらしきスペースがあり、その祭壇にはゴブリン核より少し大きな核があった。

 それを回収し、ユキの助言に従い人骨と武具、アイテムを回収した。俺は外に出た。そこには外から戻った怒り狂ったオーク隊がいたが、今度は火弾なしで挑む。既に隊としての統率のとれた行動なく、1頭ずつ襲い掛かってくる。

 腕と足に肘まで覆う手袋と膝までのブーツをイメージし、圧縮した白い炎を手足に纏わす。

 火弾を自分の周りに舞わしていた時に気付いたが、俺はなぜか熱さは感じない。俺の着衣や防具も燃えない。

 最初の一頭の大ぶりな槍の突きを手で弾き、カウンターで心臓に手刀の状態で突きを入れる。肉を焼き切りながら腕全体が入った。

 魔石を握り出す。横に飛び、そのまま飛び上がり、俺の動きについてきていないオークの顔に膝を入れる。頭ごと砕いた。

 足の先の圧縮炎の形をナイフ状にして飛び上がり、隣のオークの首に回し蹴りを入れた。たやすく首が飛んだ。

 次が既に剣を振りかぶっていたので、そのまま踏み込み正拳突きを入れグローブ状の火弾をそのまま前に発射した。拳は皮膚表面で止まったが、発射したグローブ火弾がオークを突き抜けた。この感覚だ。黒い煙で消えた後ろのオーク胴体に飛び蹴りを入れる。

 足が皮膚に至った後、足に纏っていたブーツ状火弾をそのまま発射した。

 オークの体を火弾が突き抜ける。何匹か魔法のレジストを行う魔法を持っていたが、ゼロ距離からの魔法はレジストできないようで、拳や足の形の火弾が突き抜ける。これで魔法レジスト対策ができた。このまま肉弾戦+ゼロ距離からの火弾でこの隊を殲滅した。


『体調はいかがですか?かなり魔法を使ったと思いますが、脱力感ありますか?』


「大丈夫だ」


『では、ここに帰るまでがクエストです。お気をつけて帰還してください』


 俺はダンジョンを出、焦げ臭いにおいと煤まみれの体をいつものダンジョン傍の施設外側でシャワーを浴び、汚れを石鹸で落とし、ボックスから新しい服を出し着替え、ギルドに戻った。時間は夕刻でありユキの前には行列ができていた。

 俺はロビーで待ちながら今日の戦闘を振り返った。

 火魔法の有効性が確認されたが、更に強い魔法レジストの場合に対処できるよう、更に魔力濃度を高める必要がある。

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