第4話 送故迎新 そうこげいしん

 送故迎新 そうこげいしん

 前任者を見送り、後任者を迎えること。転じて、人を見送ったり迎えたりすること



 俺の魂はゲンジの体に入った。

 白い粘度のあの空間で一瞬ゲンジの魂とすれ違ったような気がした。

 体に入った瞬間、ゲンジの記憶の全てが流れ込んだ。


 ”やるせない”


 無念、無念が俺たちを繋いだか、お前の夢は俺が引き継ぐ、ゲンジに心から冥福を祈り目を開けた。


 俺は化け物、ゴブリンというらしいが、それに足を引きずられていた。引きずられながら手足の感覚を試していた。

 よし、動く。刺されたはずの胸の傷もなぜだか塞がっていた。出血も止まっている。体に一瞬力を入れ反転し、足を持っていた奴をひっくり返した。

 奴が手放したゲンジの血がこびりついた剣を手に取り、首を撥ねた。ゴブリンは黒い煙になり消滅した。跡には黒い小さな石が残っている。

 ゲンジの記憶にあるステータスを確認する方法を試すと目の前に透明な板が現れた。


 名前:ゲンジ

 レベル:1→2

 ステータス:攻撃力:1→2、守備力:1→2、身体活性:1→2、精神力:1→2、魔力:1→2

 スキル:アイテムボックス:1, 身体強化:1, 剣術:1

 スキルX:"噂浬欺"λ、"圭構蚕"λ、"十申曾"α、"箪貼能"ε、"表暴予"μ、"禄兔喀"μ、"媾彌拿"α"充深措"σ、"綵臀藹"α、"慾處嘶"α、"觸軆鐔"α


これか、なるほど。


“ゲンジ、お前はレベルアップできているぞ。スキルも手に入ったぞ。お前の考えは正しかった。お前は無能でもごみ漁りでもない。お前は不屈の精神を持った、家族を守る冒険者だ。あの世から俺の活躍を見ていてくれ、俺たちだけが行ける頂に招待するぜ“ 


 けどこのスキルは判るが ”スキルX” なんだこれ、たくさんあるが何かわからないし読めない。ゲンジの知識でも、このパターンはない。


 もやもやした気持ちと体の具合を試すため、ゴブリンの剣を取り第二階層の奥に進んだ。大きさの違うゴブリンに次々遭遇した。技を変え、試しながらゴブリンの首を切り飛ばしていった。


 体に疲れはないが空腹感が酷い。魔石やドロップ品はアイテムボックスというスキルで発現する穴に入れていった。

 前世の技がある程度使えていることを確認した俺は、満足し第一階層まで引き返した。


 第一階層では第三学年の奴らがスライムと戦っており教師が指導をしていた。

 ゲンジが消えたことすら気づいていない。俺は壁にもたれかかり終わるのを待った。時間になると教官が撤収の声を上げ学校に戻った。

 通常生徒がドロップした魔石やアイテムは教師に回収されるが、教師はゲンジに声もかけない。


 教室では今日何階層で戦ったか、如何に強い魔物を倒したか、どんなスキルが得られたか、一か月後に始まる交流戦の優勝候補、そんな話題で盛り上がっていた。俺に目を向けるものはいない。


 教室のヤツがどういう奴かゲンジの記憶で判るが興味はない。レベル的には最高20で平均10くらいであるらしい。

 家に帰ると心配そうな妹が寄ってきた。俺を見て不思議そうな顔をしたが、笑顔を浮かべた俺を見て安心したようだ。


「遅くなったな、飯を食おう」


 俺はゲンジが得た給食を広げ、妹はご近所の農家のおばさんから貰った野菜を煮込んだスープを出し、二人で食べた。

 妹はいつもより嬉しそうに今日あったことを笑顔で語った。

 俺のこの世界での一日目はこんな感じだった。



-------------



 イブキが寝た後、俺はステータスを確認した。


 名前:ゲンジ

 レベル:5

 ステータス:攻撃力:2→8、守備力:2→2、身体活性:2→5、精神力:2→10、魔力:2→2

 スキル:アイテムボックス:1→2, 身体強化:1→3, 剣術:1→5

 スキルX:"噂浬欺"λ→μ、"圭構蚕"λ→μ、"十申曾"α→δ、"箪貼能"ε→ε、"表暴予"μ→ν、"禄兔喀"μ→ν、"媾彌拿"α→δ"充深措"σ→μ、"綵臀藹"α→δ、"慾處嘶"α→α、"觸軆鐔"α→α


 確実にレベルアップしているのはいいが、スキルXが読めない。ゲンジの記憶にもこんなスキルはない。まあいいか。レベルは5まで上がっていた。


 あの程度での討伐での上りとしては上昇率が高いように思うが、多分ゲンジが今まで倒していた分が一気に加算されたものとして受け止めた。


 妹が寝ていることを確認し、顔の左右の頬に大きく 


“無”、“□”


 と筆で描き、家にあったフード付きの黒いマントを被り、冒険者ギルドに向かった。

 ゲンジの記憶では冒険者ギルドは2つに分かれている。

 上位は中央区にあり、下位は郊外の一角だ。俺は下位のギルドに向かった。そこは酒場も併設し、遅くまで開いている。


 ここでは低ランク、初心者、或いは冒険者ですらないフリーの者向けの登録・更新・魔石買い取り・魔石査定・武具販売を行っている。

 俺はギルドで今日得た魔石とアイテムを売り出そうと思った。まずは金だ。ギルド1階からは、音楽とダミ声が入り混じった音が聞こえる。まだ開いている。

 

 カウンターに向かった俺は、突き出された足と、飛んできた皿や酒や拳をかわし、後ろからの殺気に構わず、カウンターに魔石とゴブリンの棍棒を並べた。


『買い取りか? ギルドカードをだしな』


「俺はフリーだ。ギルドカードはない」


『なら標準買い取り額の50%になるけどいいか』


「それでやってくれ」


 カウンターの男は全部買い取り専用収納ゲートに放り込んで出てきた額をいった。


『魔石47個で4700G、ゴブリンの棍棒で500G、合わせて5200Gだ、受け取んな』


 黙って受け取り、出口に向かうが、まあ無理だな。


『待ちな、俺たちの挨拶に挨拶がないんだが、気のせいか?』


 5人の屈強そうな男たちが笑いながら俺の後を着いてくる。ギルド横のスペースに顎を振る。


『見かけないフリーの貧弱な奴はな、ここでは先輩に挨拶をするのがルールなんだよ』


『俺たちの靴を舐め指導料を払うか、決闘するかどちらか選べよ』


“まあそうなるか” 


 ゲンジの知識で、決闘はギルド職員が立ち合い、殺したら犯罪、殺さない限りなんでもあり、負けた側の持ち物は勝った側が取れる、相手が “参った” というか、気を失ったら負けというルールであった。


「俺は冒険者じゃないがいいのか?」


『このがりがり、やる気でやんの! いいねー。おじさん達は、前向きな子供が大好きなんだよ』


『おい、シンジさん呼んで来い。酒場の皆に教えてやれ!』


 むっつりした買い取りカウンターにいた男と、酒場の野郎どもが集まってきた。


『お前はこの決闘を認めんのか?』 


 シンジが聞いてきた。


「ああ」


『ならいい』


 集まった奴らの一人が言った。


『ガリガリにベットする奴! いねえのか!』


「5200G 俺にだ」


 俺は全財産を賭けた。


『いいねー、ガリガリが立っている時間で10秒から10分までの賭けだ! こいつは10分に5200Gだ! 他にいないか!』


 酔っ払いどもが次々に金を出し、仕切っている奴が名前やらを書いて、区切られたボックスに金を突っ込む。10秒が最も多く、後は2分以下に収まっていた。5人組も10秒に金を突っ込む。10分は俺だけだ。


『よし!始めてくれ』 


 5人組の一人が前に出た。 

 そいつらは得物も抜かず、ニヤニヤしながら俺の前に立った。酔っぱらっているのか、重心が定まっていない。

 俺は剣を出さずに立つ。シンジの声でそれは始まったが、俺は号令と共に一人の顎を打ち抜き瞬殺した。

 一瞬静まりかえったが、5人組は次々に襲いかかってきた。拳、拳、剣、剣。俺は奴らの動きを見据え、重心を読み、向こうの攻撃に併せ、顎を撃っていった。

10秒、そんなところか。


 酔いがさめたように唖然とした観客の中、胴元に集まった金を全て奪いアイテムボックスに入れ、シンジに向かって言った。


「こいつらの持ち物は一括してギルドで査定できるのか」


『ああ、気絶してるんでレジストできないからな。身ぐるみ剥がして査定してやる』


 カウンターにあったゲートを持ってきたシンジは、気絶している5人にかざし武具やアイテムや衣類を吸収した。


『ほう、いいもの使ってやがった。占めて、1,024,589Gだな』


「武器や防具はまだ売っているのか」


『ああ、けどお前はもうここに残らない方がいいぜ。お前の顔をこれ以上晒すと、無駄な争いを引き起こす』


 一人冷静で無表情のシンジの言葉に従い、金を受け取り立ち去った。

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