第34話 悪意
演習から数日前
ライナナ教会王都大聖堂の最奥の部屋、この部屋に入れる者は教会の中でもごく一部のみであり主に盗聴に機を配る必要のある話をする時に使われる。
現在この部屋にいる者は3人
ネムリア枢機卿
一見温厚そうな老人に見えるが過激な思想の持ち主である。信仰対象である初代聖女マイハを狂信しており、その思想を元に悪に対して非道な捌きを下している。
ライナナ教会において聖女エリザに次いでの地位にいるが実質的な実務は彼が行っている。
聖女エリザ
ライナナ教会のトップの地位である聖女。自身のスキルである『再生』を使い多くの人々を救ってきた。
ミカエル・ライナナ
ライナナ国の王子であるが王位継承権と王太子の座をアブソリュートに手を出したことにより剥奪されている。
ライナナ教会の上位の地位にいる2人に加えて王族であるミカエル・ライナナの3人で行われる。
3人が席につき初めに口を開いたのはネムリア枢機卿だった。
「まずはアーク派閥の討伐への協力を受けて下さり有難うございますミカエル様」
ミカエルへ向け頭を下げて感謝を述べるネムリア枢機卿。
ライナナ教会は学園行事の演習中に事故に見せかけてアーク派閥の者やあわよくばアブソリュートを殺害しようと試みていた。だが、ライナナ教会だけでは学園への根回しやアーク派閥の情報を用意するのは不可能だった。故にアブソリュートに恨みを持つ王族ミカエル・ライナナに協力を要請したのである。
「礼等いらないさネムリア、俺と貴方の仲だ。幼い頃俺に教師として様々な事を教えてくれた恩もある。素直に頼ってくれた事が嬉しいよ。とはいっても王太子の座から離された身としては学園への根回しにアブソリュートへの妨害やアーク派閥の情報提供くらいしか出来ないけどね。
打ち合わせ通りアブソリュートのグループにはレオーネ王女を入れて進行ルートもあらかじめこちらで決めておいた」
ミカエルは幼少の頃まだ当時大司教だったネムリアに教えを受けていた。ミカエル自身はライナナ教会を知るにつれてどこか狂気のような危うさを感じ最近は疎遠になっていたがネムリア自身のことは嫌いではなかった。
「充分ですよ。契約通りこの件が終わり次第ミカエル様の王太子復権への協力を改めて誓います」
「ありがとうネムリア」
ミカエルは笑みを浮かべる。アブソリュートへの復讐に王太子への復帰の2つがミカエルの目的でありその為にこの協力の要請を受けたのだ。
「私達ライナナ教会は善人こそが、女神に選ばれた存在であるという概念があります。悪人であるアーク派閥を討伐はよりよい世界を作る為に必ず必要な事なのです。加えてアブソリュート・アーク…彼の力は危険すぎます。現時点で勇者を超える力を持つ悪を野放しにしておくと将来取り返しがつかなくなる。その前に彼の力を削ぐ必要があるのです」
「アブソリュート・アークについては同感だ。アイツは将来ライナナ国の潜在的な脅威になる。早いうちに手を打てるなら越したことはない」
ライナナ教会は数百年前に勇者と共に世界を救った初代聖女マイハを神として信仰している一神教、1人の神を信仰の対象としている宗教である。
かつての初代聖女のように人々の間に善を普及させ悪をなくすことをライナナ教会は目的としている。
だが、ライナナ教会の怖い所は全部自分達の思うようにしたいという部分である。善と悪に明確な判断基準を持ち、悪人を殺したとしてもその魂を救済するためにやったというのだ。
ネムリア枢機卿が言っている事も決して人を殺す事の罪悪感はなく彼らは良い行いをしているつもりなのだ。
ミカエル自身もライナナ教会の善を説きながら結局は自分の都合の良いようにするため善を武器として使うやり方に危うさを感じている。いつかその武器が自分や何の罪の無い国民にまで及ぶのではないかと考えるとかなり危険に感じるのだ。
アブソリュートへの復讐の為仕方なく協力しているが出来ればライナナ教会とは、あまり関わりたくなかったのがミカエルの本音だった。
ミカエルは強引に話を変える。
「それで準備はどうなっているんだ?計画についても聞いておきたい」
ここで今まで黙っていた聖女エリザが口を開く。
「計画については私から話させてもらいます。予定通り魔物の準備並びに洗脳が終わりました。後は当日放つだけとなります」
「分断されているアーク派閥を片方のグループに魔物の大群で襲わせ、アブソリュート・アークがグループを離れ助けに向かった所で本命をぶつけて同じグループのレオーネ王女を殺害もしくは回復魔法では治らない程の大怪我を負わせます。そうしてその場を離れていたアブソリュート・アークの責任問題に発展させアーク家を潰します。他国の王族を守れなかった過失ですから処刑も考えられますね。
もし助けに行かなかったとしても魔物の大群に傘下達が殺され派閥の力を削ぐ事もできる。という計画になっています。当日の魔物の搬入についてはアーク派閥の進路にライナナ教会の司祭を待機させて夜になったところで教会に伝わる固有魔法を使い魔物を放ちます」
「ほぉ…悪くない。だが、アイツがわざわざ傘下を助ける為に動くのか?そこが疑問だ」
ミカエルはアブソリュートに対してかなり冷酷で冷たいイメージを持っている。アーク派閥の者からアブソリュートは身内に甘いと聞いてはいたがにわかに信じられないのだ。
「半々といったところですね。情報を鵜呑みにできるほど判断材料がなかったものですから。だからどちらに転んでもいいように計画を練りました」
ここで黙ってきいていたネムリアが話に参加する。
「計画については聖女様と私ネムリアが何度も擦り合わせて作りましたので問題ないかと。値段はかなり高額でしたが魔物も騎士でも勝てない"強化種"を何体か用意していますのでご安心を」
魔物は強くなる為に他の魔物を喰らうようになる。その過程で生まれるのが"上位種"だ。通常の魔物と姿が変異し能力が飛躍的に上がる。
「なるほど、アーク派閥の殲滅に関しては言うことはないが…レオーネ王女は悪ではないだろう?それに他国の王族を殺すのは問題だから止めてくれ。戦争に発展して犠牲者を増やすのは教会としても本意ではないだろう?」
ミカエルはレオーネ王女に何かあればアーク家だけでなく王家や国へと飛び火するのを恐れている。他国の王族がライナナ国で亡くなれば国家同士の問題になり戦争は免れないだろう。
「いいえ、彼女も悪です。スイロク王国の王族は闇組織と繋がり裏でその活動を支援しています。アーク家同様決して許せるものではありません。ですが、仮にも他国の王族をライナナ国で亡くしたとなれば確かに問題になりますね。今回は彼女の命だけは助けることにしましょう」
随分とあっさり引き下がったなとミカエルは思ったが聖女は初めからレオーネ王女を殺すつもりはなく初めから回復魔法で治らないくらいの大怪我を負わせる事を狙っていたのだ。あえて通らないであろう意見を先に出し後者の意見を通しやすくしたのだ。
回復魔法で治らないならその上をいくスキルを持つ聖女を頼るしかない。強かにも他国の王族に恩を売ろうと聖女は考えていた。
「…それにしても正直意外だな。聖女のお前がアブソリュートに敵対心見せるとは思わなかった。しかも、たまに見せるその憎しみの篭った目…。教会の教えだけでそこまで恨めるものでははないだろう、何をされたんだ?」
ミカエルは学園でも聖女と顔を合わせているが彼女がそんなにアブソリュートを憎んでいるとは思わなかった。そんな彼女に何があったのかわずかに興味を覚えた。
「申し訳ありません殿下。あまり女性の過去を詮索しないで貰えますか?あまり思い出したくもない事なので…」
「そうか、それは失礼したな聖女」
聖女はミカエルの質問を笑って受け流しミカエル自身もそれ以上追求しなかった。復讐と王太子の復帰が叶うなら彼女の過去等どうでもいい。
ミカエルは幼い頃から優秀なアブソリュートと比較され劣等感を募らせてきた。そこから誕生記念パーティーや王城での殺人未遂事件、それに加えてアブソリュートのスキル『絶対悪』による悪印象等悪い要素が絡み合い1つの悪意が生まれた。
子供の頃のようなお遊びではなく明確にアブソリュートを追い込もうとする悪意をミカエルは持っているのだ。
聖女がミカエルに付け足して説明をする。
「一応注意事項を言いますね。演習初日の夜にアーク派閥のいるルートに魔物を放つ予定ですので彼らの側に近づかないようにしてください。洗脳しているといっても所詮は魔物ですので襲い掛からない保証はありません」
「そこは心配ない。俺のグループのルートはアブソリュート達から離してある」
「それは重畳ですね。洗脳はテイマーのスキルを持つ司祭が行いました。私でも強化はできますが言うことを聞かすことはできませんので。ないとは思いますが彼に何かあるとスキルが解けて制御不能になります。一応司祭の側には私のグループが護衛として付きますので心配ないとは思いますがもしもの時は合図を出しますので撤退した方がいいと思います」
「理解した。そこはお前らライナナ教会に任せよう」
その後いくつか確認した後、この会はお開きとなりミカエルは王城に戻った。
ミカエルは自室の窓から外を眺める。中庭しか見えないがアブソリュートやアーク派閥の人間が魔物に襲われ蹂躙される所を想像し、嘲笑う。
「さぁ、楽しんでくれよアブソリュート・アーク」
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更新遅れてすみません。
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