第39話 愚者には死を

 「お前ら何をしている」


 アブソリュートは怒気を込めて言葉を発する。


 アブソリュートがクリスティーナ達の元へ駆けつけるとその場にいた聖騎士達が馬乗りになり女性の2人を襲おうとしていた。聖騎士達は興奮状態でアブソリュートが来た事にまだ気づいていないようだった。


 『ダーク・ホール』


 馬乗りになっている聖騎士達4人を魔力の腕を使い2人から引き離し拘束する。


「何だこれは⁉︎動けない!」


 アブソリュートは拘束した聖騎士達を放っておいてクリスティーナ達の元へ行く。服装が乱れた2人に闇の魔力に収納している毛布をかけ、クリスティーナとウリスに回復魔法をかける。重傷だったクリスティーナの顔色が徐々に青白い色から赤みがかった肌色に戻っていく。念のため呼吸と脈が正常だったのを確認してウリスの方へと向かう。


「ありがと、ボス助かった」


「遅くなったなウリス。大丈夫か?」


 ウリスはアブソリュートが掛けた毛布を抱いて力無くお礼を言う。

 回復魔法をかけて傷は回復したが心の傷は治らない。いつもの雰囲気ではないウリスをみて心配になる。


「うん…大丈夫。ボスが来てくれたからやられる前に助かった。ごめん、こんな奴らにいいようにされかけるなんて…」


 ウリスは悔しさで涙を流している。ウリスを傷つけた聖騎士達に更に怒りがわく。アブソリュートは彼女の背中に腕を回して落ち着かせるように言う。


「忘れろ私が無かったことにしてやる」


「…うん」


 アブソリュートはスキルで威圧しながら闇の魔力で拘束している聖騎士達の方へ向き直る。よく見ると聖騎士達は見覚えのある顔だった。中には勇者との模擬戦の後アブソリュートに噛みついてきた者の姿もある。


「汚れた聖騎士達よ、何か言い残すことはあるか?」


 聖騎士達はアブソリュートの威圧が効いていないのか未だ敵対心のこもった瞳でアブソリュートを見据えている。


「この手を離せ!アブソリュート・アーク」

 

(かなり強めで威圧してるのに戦意剥き出しとはこの感じもしかして…)


 アブソリュートは聖騎士達を拘束している魔力の腕に力を込めて腕や足を破壊する。


バキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキ


 聖騎士達は痛みで叫ぶことなく離せと先程と同じ主張を繰り返す。

(痛みを感じていない。やはり聖女のスキルがかかっているのか…性欲に対して悪だと一般人より厳しく己を律している聖騎士だから、理性がなくなって歯止めが効かなくなり暴走したってところか…)


 だが、いくらスキルの影響とはいえクリスティーナやウリスを傷物にしようとした事実は変わらない。


 アブソリュートは見覚えのある顔の聖騎士に話しかける。


「そこのお前確か同じクラスだったな。貴族のクリスティーナやウリスに手を出そうとするとは許されると思っているのか?」


「お前じゃねぇエヴァンだ!糞っ、アブソリュート・アークこのまま俺らを拘束して情報を引き出すつもりか。だが残念だったな、俺らには教会がついている。教会の指示の元俺らは正しい事をしたんだ。聖女様達が助けてくれるまで俺らは何も話さないからな」


 教会という大組織がバックについているエヴァンは強気だった。他の聖騎士達も同じことを思っているのだろう。


 アブソリュートはその言葉に首を振った。

 それはどこか冷酷さを感じさせる動作だった。


「いや、お前らはここで殺す」


「……は?」


 ぽかんとした顔をする聖騎士達。

 アブソリュートは話を続ける。


「聞こえなかったのか?お前らはここで殺すと言ったんだ。情報も証言も何もいらない…ここで殺す」


「殺す…クラスメイトの俺らを?俺らは情報を持ってるんだ…普通聞き出すだろ。それに俺達を殺したら捕まるのはお前だぞ!分かってるのか!」


「情報については問題ない。もっと上の者に聞くことになっている」


「何を言って…」



「アークさん、言われた通り聖女と共にいた魔物を操っていたと思われる司教を捕縛しました」


 エヴァンの言葉を、遮った男はいきなり現れた。


「そうか…ウルは優秀だな。期待通りの仕事をしてくれた。これで心置きなくコイツらを始末できる」


 アブソリュート・アークが殺意の篭った瞳で聖騎士達を見つめる。聖騎士達は聖女のスキルで脳は恐怖を感じなくなっていても本能でこれから自身の死を感じてしまい手や足が震え汗が吹き出す。


「ほ、本当に殺すのか?」


「当たり前だ。私が悪だと知っているだろう?それに前に忠告したよな…『2度目はない』と」


 アブソリュートの言葉が本気のものだと確信し表情が固まる聖騎士達。その表情をみて満足そうな顔をするアブソリュート。



 これまで多くの悪を葬ってきた悪

 ライナナ国の悪を支配するアーク家

 どれほど転生前の価値観に引っ張られて人を殺す事に罪悪感を抱こうとも、今の彼の本質は紛れもなく悪なのだ。それを忘れてはいけない。


 『ダーク・ホール』


 アブソリュートが魔法を発動する


「アブソリュート・アークである私は悪だ。だが弱い正義は悪以下だ、汚れた聖騎士達よ」


 叫び声も上がらずただ握り潰した時のニブイ音が攻撃が終わるまでこの場に響いていた。


  


 





 聖騎士達の遺体を交渉屋を使ってこの場から転移させる。


「聖騎士達が襲ってきたのは予想外だったが支障はない。交渉屋後は頼んだぞ」


「あっ、はい。え〜と…」


 交渉屋は何か言いたそうにしている。人を殺して機嫌の悪いアブソリュートは交渉屋にあたるように言った。


「何だ?言いたいことがあるならさっさと言え」


「はいっ!さっきの聖騎士の奴ら生かしておいた方が良かったんじゃないですか?確かに上の奴は捕らえましたけど証拠は多いほうが良いのでは?」


 確かに証拠は多い方がいいだろう。加えてコイツらはゼン公爵家の令嬢にまで手を出したのだ。教会にしてみれば痛い失態だろう。だがそれは出来ない理由があった。


「確かにお前の言うことは正しいだろう。アイツらを使えばゼン公爵家を巻き込んで教会を潰せたかもしれない。クリスティーナとウリスを犠牲にしてな」


「ん?」


「告発するにはコイツらがやった悪事を公にしなければならない。その場合、先程起こった強姦未遂も公になる。貴族というものは体裁が大事だ。結婚前に傷物になっているかも分からない令嬢など価値はないからな。貴族としては死んだも同然だ。よくて一生軟禁、悪ければ修道院送りなって一生を過ごす事になる」


「要するに2人の体裁を守る為に殺したってわけですね。体裁を子供より大切にするなんて貴族の世界ってのはわからないですね」

 

「そういうものだ」


 貴族間は常に足の引っ張りあいだ。故に体裁を大切にし隙を作らないようにしている。アブソリュートだってそうだ。傘下を守るために周りに弱みを見せないようにしている。


「あっそうだ。ここに来る前にアークさんのグループの方から霧が出てましたよ」


「何だと?」


 アブソリュートは風の魔法を使い身体を空にまで持ち上げる。確かにミスト達のいる方向に霧が発生しているのが確認できる。


(あの霧はミストのスキル…ということは向こうにも敵が来たか。レディに何かあって合図が送れなかったか?)


 地面に降りて急いで指示を出す。


「交渉屋、ミスト達の元へ向かう。近くまで転移しろ」


「彼女達はどうするんです?」


「本部の近くまでお前が転移して連れて行け。ウリス歩けるか?」


「大丈夫…そこの女もあーしが担いでいくからボスは早く行ってあげて…後、そいつのこと交渉屋って」


 ウリスも闇組織の人間だ。交渉屋の存在を知っているだろうが今は説明している時間はない。


「ウリス命令だ。交渉屋の事は誰にも言うな。交渉屋は本部の近くまでウリスとクリスティーナを連れて転移しろ」


「了解。また後でねボス」


 ウリス達は転移したのを確認してアブソリュートは自分のグループの元へ戻っていった。









 

 欲望のままに蹂躙しようとする聖騎士が私を襲おうとゆっくり近づいて来る。


「来ないで……」


 消えそうなほど小さな声をなんとか絞りだす

 だが聖騎士に慈悲はない。


 

 聖騎士は襲おうとするのをやめない。身体は言うことを聞かず聖騎士に押し倒されてしまう。



 闇に心が呑まれ侵食されていき自分を、見失っていった。


 その直後、クリスティーナは目を覚ました。目を覚ますと初めに知らない天幕のような物が視界に写る。


「ここは?」


 クリスティーナが当たりを見回すと側に見覚えのある人物が控えていた。

 

「起きたか?」


「ウリス・コクト?」


 寝ていたクリスティーナの側にいたのは先程までともに戦っていたウリス・コクトであった。


「そうだあーしだぜ。状況はわかるか?聖騎士達から殺されそうになったところをボスが救ってくれた。その後、あーしがお前を本部まで運んで来たってわけだ」


「アブソリュート君が?そう…彼に借りが出来てしまったわね」


「あーしは無視かよ、別にいいけどな。それとこの演習中止になるらしいぜ」


「中止…どうかしたの?」


「さっき教員の奴らが知らせに来たんだよ。あーしらのグループの他にもボスのグループや聖女のグループも魔物に襲われたらしいぜ。ウチらやボス達は怪我だけで済んだけど聖女のグループは怪我人や死者が多くでて壊滅状態。流石に中止は避けられなかったな」


(聖女のグループに死者…それってもしかして…)


 クリスティーナの頭に自分達を襲った聖騎士達の姿が過ぎる。


「ねぇ…さっきアブソリュート君が私達を聖騎士から助けたって言ったわよね?私達を襲った聖騎士達はどうなったの?」



「……知りたいかい?」


 ウリスの雰囲気がガラリと変わる。彼女の今の雰囲気は、まるで『聞いたらもう戻れないぞ』と言っているかのようだった。ウリスの雰囲気に呑まれたクリスティーナだったが少し考えて静かに首を横に振った。


「……止めておくわ。アブソリュート君は私を助けてくれた、それだけで納得することにする」


 クリスティーナは踏み込む事をやめた。アーク家が闇組織と繋がっているのは知っているしアブソリュートが裏で何かしていてもおかしくはない。だが、目の前でそれを肯定されたらアブソリュートへの見る目が変わりそうで怖かった。クリスティーナはアブソリュートの事を友人だと思っている故にこれ以上知ることをやめたのだ。


「そうかい、あんたがいいなら何も言わねぇよ。それと今回の事だが…」 


「分かってる…これが公になったら私と貴女は貴族として終わる。だから妙な事はするな、でしょ?犯人は死んだみたいだし、未遂だから大丈夫よ。勿論機会があれば復讐するけど」


 今回聖騎士による暴走を指摘してもクリスティーナが損するだけで得るものもない。犯人が死んだ事で仕方なく溜飲を下げることにした。


「それならいいさ。全く貴族の女ってのはこんな時でも黙ってるしかねぇんだからどうしようもねぇな。まぁ、うちはボスが黙ってねぇから泣き寝入りは殆どねぇけどな。教会は終わったな」



「ねぇ、アブソリュート君の事聞かせてくれる約束だったわよね?教えて欲しいことがあるのだけど」


「結果は引き分けだろ、何勝った気でいるんだよ。まぁいいや、言うだけ言ってみろや」


「昔はアブソリュート君って派閥の中でも1人のように見えたのだけれど、どうやって貴女達と和解したの?」


 クリスティーナは知りたかった。自分と同じ1人だったアブソリュートの環境が変わった理由を。

 ウリスは前で腕を組み少し考えてから答える。


「ん〜、上手く言えねぇけど、ゆっくり時間をかけてが答えになるんじゃね?」


 ウリスは続けた。


「あーしらの場合は皆ボスを誤解していた。だからそれに気づいた奴が頑張ってあーし達のボスへの誤解を解こうとしたんだよ。そいつが頑張ってくれたおかげで時間は掛っちまったけど誤解は解けたって感じだな」


「そうだったんだ……周りが変わったのね」


 時間をかけても傘下達との関係を修復することが出来なかったクリスティーナ。きっと今のままでは変わる事ができない。アブソリュートの場合、周りが変わっていったのなら、自分の場合は、自分が変わらなくてはならない、そう感じた。


「ありがとう。おかげで答えは出たわ」


「そうかい。あぁ後ボスから伝言だ」


「アブソリュート君から?聞くわ」


「『今回はウチの者が世話になった。礼として、お前が望んでいたように一度だけ相手してやる』だとよ。お前これ、いやらしい意味じゃねぇだろうな?」


 アブソリュートの伝言を聞き目を見開き、頬を緩ませるクリスティーナ。アブソリュートと戦うことはずっと望んでいた事だ。こんなに嬉しいことはない。



「ウリス、私だ。入るぞ」


 天幕の外からアブソリュートの声が聞こえ中に入って来た。


「目覚めたのか、クリスティーナ・ゼン」


 変わらずぶっきらぼうなアブソリュートがおかしく笑いそうになるクリスティーナ。


「ええ、おかげさまで。話は聞いたわ、助けてくれてありがとう。それでいつ勝負してくれるの?」


 待ちきれない様子のクリスティーナを見て溜息を吐くアブソリュート。


「起きたと思えばそれか。まぁいい、いつでも構わない。全力で手加減してやるから安心してかかってこい」


「そう?なら今からやりましょう」


 クリスティーナはそう言うと身体を起こしてベッドから降りる。


「止めておけ…ふらふらだぞ?」


 アブソリュートの言葉に強がるように笑うクリスティーナ。


「いいえベストコンディションよ、それに今からでないとダメなの。私はあの聖騎士達によって殺されかけた。今戦わないと今後心が戦いを拒否して戻れなくなってしまう…そんな気がするわ」


 クリスティーナは覚悟を秘めた瞳でアブソリュートを見つめる。これはただの力比べではなくあの死の恐怖を払拭する為に必要なものだ。


「……お前がいいなら何もいうまい。出るぞ、ついて来い」


「えぇアブソリュート君、尋常に対戦願いますわ」




 そして2人は戦う場所を森の中に移して存分に戦いつくした。クリスティーナの炎をアブソリュートは正面から全て受け切ってみせた。実力の全てを出し切ったクリスティーナだったがアブソリュートに大敗することになった。だが、クリスティーナの表情は明るかった。 

 同年代と戦い初めての敗北だったが聖騎士との事件を忘れるくらい濃い時間だった。あの恐怖を乗り越えることが出来たと確信した。この戦いをクリスティーナは生涯忘れないだろう。



「対戦ありがとうございました」


 魔力を使い果たして地面に仰向けに転がっているクリスティーナ。周りの木々は焼け焦げ戦いがどれだけ苛烈なものだったかを物語っていた。


「ああ」


 それだけしかいわないアブソリュート。クリスティーナはいつものことなので気にしなかった。


「流石私の友人ね、結局傷ひとつつけられなかった。悔しいわ」


「誰が友人だ…まぁ、確かに私には通じなかったがお前の火力には驚かされた。誇っていいお前は強い」


 どこまでも上からな発言だが、アブソリュートが人を褒めている所を見たことがないクリスティーナは素直に嬉しかった。だが、聞き逃せないこともある。


「ありがとう嬉しいわ。後、友人は貴方よアブソリュート君」


 アブソリュートは嫌そうな顔をして反論する。


「勘違いするな私は…」


「私は貴方の派閥の者達を身体を張って魔物から逃したわ」


 クリスティーナはアブソリュートの言葉を遮り、お前には借りがあるだろというかのようだった。アブソリュートも借りがあるのは分かっているので睨むだけで反論はしない。


「まぁ私の一方通行の可能性も考えてたけど…やっぱりという感じね。ならここでいうわ、私と友達になりましょう。友人なら借りなんていらないでしょ?」


 クリスティーナの申し出に眉を眉間によせるアブソリュート。嫌がっているというより何かを考え込んでいる様子だった。しばらく無言の時間が続き溜息を吐くアブソリュート。クリスティーナはそれがアブソリュートが折れたかのように見え期待を寄せる。



「……クラスメイトからだな」


「なんでよっ‼︎」


 その後2人はなんとか妥協点を模索して話し合いは収まった。


 こうしてクリスティーナとアブソリュート友人(仮)になった。2人が本当の友人になれるかどうかが分かるのは仮にこのまま原作通りに進んでいくとしたら、全てがアブソリュートの敵にまわった時に分かることだろう。


「ぼっち同士仲良くしましょうアブソリュート君」


「…一緒にするな」


 





 こうしてアブソリュート達の演習は終わりを迎えた。

 



 







 

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