第38話 クリスグループ

 「…!…!…!」


 天幕を張り終えた後、精霊のトアから緊急信号が送られてきた。この信号はクリス達に向かって大量の魔物の襲来を意味していた。

 少し遅れてクリス達のいる方向から空に魔法が上がる。


「ミスト私は15分ほど席を外す。それと結界を厳重に張っておけ。何かあれば予定通りレディに魔法を空に上げさせろ!」


 「えっ?アブソリュート様!」


 それだけ言い残してアブソリュートは目にも止まらぬ速さでクリス達の元へ駆けていった。


【クリスside】


 クリス達Bクラスのアーク派閥グループも夜に森の中を彷徨くのは危険と判断して野営の準備を進めていた



 テントを張り終え、夕食を食べ終えた後。 


 クリス達は焚火を囲んでまったりとした時間を過ごしながら、今日の事を振り返るように会話をしていた。

 

 そんな中木々の向こうから誰かがやってくるような気配がした。

 クリス達はさっき迄のなごやかな空気とは一変張り詰めたものに変わる。


 警戒するクリス達の前に現れたのはまるで舞踏会にいるかのように髪を巻いている少女だった。


「貴方は…ゼン家のクリスティーナ様ですね?」


 初めに切り出したのはクリスだ。


「ご機嫌ようアーク派閥の皆様。ええ、私はAクラスのクリスティーナ・ゼン。こんな所で奇遇ですね」


 クリスティーナは優雅にお辞儀をして答える。


 ゼンと言えば上位貴族の公爵家であり当主はライナナ国の宰相を務めている家だ。クリス達は上位貴族相手にあまり良い思い出がないので警戒心が高まる。


「初めまして、このグループの代表クリス・ホサです。ゼン公爵家の方が1人で一体何の御用でしょうか?」


「そう警戒しないでいいわよホサ。ただ近くを散歩していたら友人の傘下の者達がいたから声をかけただけよ。他意はないわ」


「魔物がいる森を1人で散歩ですか、それはそれで怪しいと思うのですが…それに友人?レディやオリアナのことですか」


(Aクラスにいるアーク派閥ならレディやオリアナが妥当だけど、見た感じ2人と相性は悪そうだ。

レディは計算高い女、クリスティーナ様はガツガツいく女みたいな感じで正反対の性格。オリアナはクリスティーナ様のような我の強そうな人とは口きかないだろうし、もしかしてミストかな?)


「いいえ、アブソリュート君のことよ」


       シーーーーーーン


 アブソリュートの名前を出した瞬間空気が凍りついたかのように静かになり、クリス達の警戒心はMAXになる。警戒した理由は1つ『アブソリュートに友達が居るはずがない』。

 アブソリュートのスキル『絶対悪』は周りの人間全てに作用する。あの嫌悪感を上回るほどの感情を抱ける人はそういない。それに傘下である自分達さえ友人認定されてるか怪しいのに、あの心の壁の厚いアブソリュートに友人がいるはずがないのだ。


「嘘ですね。アブソリュート様からは貴女の事を聞いた事は一度もありません。本当の目的は何ですか?あんまりしつこいとアブソリュート様を呼びますよ」


 まるで警戒心の強い女が何かあるとすぐ警察を呼ぼうとするかのごとく、アブソリュートを呼ぼうとするクリス。


「…そんな理由で呼んだら怒るんじゃない?後、本当に友人よ?空いてる時間とかよく話をするしとても仲良くさせてもらっているわ」


 クリスティーナの発言に間髪入れずに突っ込むクリス。


「嘘ですね。アブソリュート様は休み時間は本を読んだりして、ゆっくり過ごしたい感じの人なんです。貴女に口を開く筈がありません!」


 クリスはある意味でアブソリュートの1番の理解者である。裏の国防に携わる事意外はほぼアブソリュートのことを把握している。好きな食べ物から休みの日の過ごし方、屋敷の使用人の名前までしっかりとリサーチしているのだ。余念がない。

 実際、クリスの言っている事は当たっている。アブソリュートは何かと絡んでくるクリスティーナを初めは無視していたがあまりにもしつこいので嫌々対応しているのが現状である。


「本当なのに…まぁいいわ、別の目的があるのも事実ですしね。貴方達の口からアブソリュート君の事を知りたいのよ」


 クリスティーナの目的を知りクリスの目が鋭いものへと変わる。


「アブソリュート様が言わない事を私達に話せと?そんな簡単に口を割るやつアーク派閥にはいませんよ」


「そうじゃないわ。貴方達から見たアブソリュート君の事を知りたいのよ。彼あまり自分の事を喋らないじゃない?」


「アブソリュート様は寡黙な方です。ペラペラと自分を吹聴して回るような人ではありませんよ。質問を返すようで申し訳ないですが何故アブソリュート様について知ろうとするんです?」


 クリスの問いにクリスティーナはクスリと笑みを浮かべて答える。

「ふふっ、単純な理由よ。彼がどういう人間かを見極めるためよ」


「見極めてどうする気ですか?」


「どうもしないわ。私は友人としてライバルとして彼のことを知りたいだけよ。それで納得して貰えないかしら?」


 彼女の話を聞きクリスは考える彼女が信用できるかどうかを。

 クリスが考えをまとめていると後ろに控えていた同じグループの獣人の女子がクリスティーナの目の前に立つ。


「おいおいっ‼︎さっきから黙って聞いてたら、見極めたいからボスについて話せだぁ?嘘ついてんじゃねぇぞ、テメェ何のつもりだオラァ!ぶち殺すぞっ!」

 

 この粗暴な口調をしているのがアブソリュート様に次ぐアーク派閥の問題児ウリス・コクトだ。虎の特徴である鋭い爪と黄と黒の耳を併せ持つ獣人の彼女はかなり喧嘩っ早い性格をしており、あの器の大きいアブソリュートでさえたまに眉を顰めるほどだ。自分より爵位の高い貴族相手に平気に殴りかかるし、教員にも噛み付く問題児だが戦闘面に関してはAクラスにも劣らない頼りになる存在だ。


 ウリスの実家コクト家は『蟲』という闇組織を運営しており、その上にアーク家がいるので彼女はアブソリュートのことを尊敬の意を込めてボスと呼んでいる。


「ちょっと!ウリス落ち着いて!」


 クリスは何とか彼女を落ち着かせようとするが一度スイッチの入ったら止まらないのがウリス・コクトだ。


「…貴女は確か以前ウチの派閥の者を痛めつけてくれたウリス・コクトね。噂に違わぬ狂犬ぶり…いや狂猫ね。貴女本当に貴族なの?」


 クリスティーナの言葉に額に青筋を立てたウリスは彼女の胸ぐらを掴み、凄むように睨みつける。


「テメェさっきから喧嘩売ってんだろ…あーしはなぁ、同じ派閥でもねぇのにボスに付き纏う奴とあーしを猫扱いする奴には容赦しねぇぞ」


 凄むように睨みつけるウリスに対して毅然とした表情のクリスティーナ。


「…コクトその手を離しなさい。アブソリュート君の派閥に手荒な真似はしたくないけど、そっちがやる気なら私も上位貴族として格の違いを見せつけなければならないわ」


「やってみろよ、糞女」


 2人は睨み合い空気が張り詰める。

 クリスは睨み合う2人の間に入って、何とか2人を仲裁しようと試みる。


「ストーーーップ!2人共落ち着いて…」

 

「皆んな!魔物がきた‼︎準備して」


 見張りをしていたグループのメンバーが魔物の襲来を告げる。


 爆発寸前だった空気が魔物の襲来で一変する。 

 クリスティーナやウリスも睨み合うのを止めて臨戦体制に入る。

 

「チッ!先に魔物から片付けるか…それで魔物の数は?」


「とにかく沢山!いきなり現れて既に私達囲まれてる」


 ウリスが辺りを見まわすと確かに魔物の大群に囲まれていたのだ。


「ああん?どうなってんだ?」


 いきなり現れた魔物の大群に驚くウリス達。

 

(見張りが気づかず魔物の大群が現れるなんてあり得るか?それにこの数はこれは非常事態だ)


 クリスは現状を非常事態と判断して空に魔法を打ち上げた。


「非常事態と判断したので救援を呼びました。これで先生たちやアブソリュート様が来てくれる筈です。クリスティーナさん申し訳ないですがそれまで力を貸して貰えませんか?」


「えっアブソリュート君が?」


 クリスティーナはアブソリュートの名前を聞くと少し考え込んでから言った。


「構いませんが条件があります。貴方達がいては戦えないので二手に別れましょう。私が貴方達の逃げる道を作るので貴方達は撤退しながら追ってきた魔物の対処をして下さい」


 無謀にも思える条件にクリスは目を見開く。


「えっ?何を言ってるんですかクリスティーナさん。いくらAクラスの貴女でも無茶ですよ」


「いらない心配よ、私殲滅なら得意分野なの。

『バーニング』」


 クリスティーナが発動した波のような大きな炎が魔物の大群に襲いかかりどんどん魔物の大群を飲み込んでいく。圧倒的な火力と炎の量で魔物達を焼き払い結果、クリス達の逃げ道を作ることに成功したのだ。


「分かったでしょ?私は加減が出来ないから間違って燃やしても困るわ。ほら道が出来たから早く行きなさい」


(凄い威力の魔法だ…固有魔法かな?確かにこれなら1人でも応援が来るまで耐えられるかもしれない。だが…っ!)


「悪いけどあーしも残るからクリス、後宜しく」


「ウリス⁈」


「どうせ、この女1人残したら後々ボスや派閥に響いてくるとか考えてるんだろ?だからあーしが残ってやるって言ってんだ。それにコイツがホントにボスの友人の資格があるのかあーしが見極めてやるよ」


 その通りだった。クリスティーナ1人残して自分達が逃げて彼女に何かあった場合、責任はアブソリュートに行くのが目に見えていたが故にクリスは迷ってしまっていた。


「あら、貴女も行ってくれた方が邪魔が入らなくて楽なのだけれど?」


「テメェの理由なんか知るか!魔物は半分に分ければいいだろうが!あーしより先に全部倒したらボスについて話してやってもいいぜ?」


「そう…ならいいわよ。貴女の勝負受けてあげる」


「ウリス…」


「クリス何悩んでやがる!今はテメェがリーダーだろうが!しっかりしやがれ‼︎」


 ウリスに背中を押されて、決断する。


「すみませんクリスティーナさん、ウリスをよろしくお願いします。行こう皆んな」


 クリス達はクリスティーナに背を向けて走り出した。

横からクリス達に魔物が襲いかかろうとしていたので、クリスティーナは炎でバリケードを作ってクリス達の避難のサポートをする。クリス達が無事逃げ切ったのを確認してから、彼女は再び魔物の大群と対峙した。


「こいつら殲滅したら演習一位間違いなしね。アブソリュート君も私を無視できなくなるんじゃないかしら」


「ハッ、やってから言いやがれ」


「そのつもりよ。それではコクト尋常に対戦願いしますわ」


 2人は互いに背を向け合い魔物に向かっていった。 


(一応危なくなりそうなら助けてあげれるように見ておかないといけないわね。他派閥であってもノブリスオブリージュは忘れてはいけないわ)


 クリスティーナは自分の勝利を信じて疑わない。何故なら自身が1番だと確信しているからだ。







 クリス達Bクラスのアーク派閥グループは現在二度目の魔物の大群と遭遇し何とか撤退を試みようとしていた。魔物の目的はクリス達だ。魔物の半分以上がクリスティーナ達を避けてクリス達を追ってきていた。何度か抗戦しつつその度に怪我人を抱え現在追い詰められていた。

 ダメかと諦めかけた時、ようやく救援が駆けつけた。


 救援に来たのはアブソリュート・アークだ。


「トア、魔法の出力を上げろ」

 

『ダーク・ホール』


 アブソリュートが来るまでクリス達の元へついていた精霊のトアが魔法を補助し闇の魔力がさらに大きく膨れ上がる。先程までクリス達を追い詰めていた魔物達が一瞬で魔力の腕に捕まり闇の中に引きずり込まれていった。


「お前ら生きているか?」



 クリス達はアブソリュートが来たことが分かると張り詰めていた糸が切れたように崩れ落ちる。


「アブソリュート様来てくれたんですね!」


「あぁ、それより早くここから離れるぞ?もう少しで本部に着く、クリスよく耐えたな」


「ありがとうございます。ですがクリスティーナ様とウリスが僕達を魔物から逃す為にまだ森の中にいるんです!」


「あの女とウリスが?」


(何故クリスティーナがクリス達と?いや、クリスティーナは原作でこの演習で命を落とした。もしかしてクリス達を守るために…)


「アブソリュート様お願いします。クリスティーナ様とウリスを助けて下さい」


(…私はクリスティーナが死ぬのを分かってて放置した。だがクリスティーナが私の傘下を助けたとあらば今からでも助けに行くべきだな。まぁウリスがいるなら初めから行かない理由はないか)


「話は分かった。お前らは急いで本部に向かえ」


 アブソリュートは急いでクリスティーナ達の元へ向かった。  





 クリスティーナとウリス初めは数千いた魔物の大群から何とか生き残っていた。魔物の半分以上はクリス達の方へ流れたが残りの魔物を2人で殲滅したことになる。


 魔物と戦った後ウリスは大の字で仰向けで寝転び、その近くにクリスティーナは腰を落としていた。


「貴女のそのスキル?反則じゃないかしら…あんなの使われたら勝負にならないじゃない。私の獲物も奪っていくし…」


 クリスティーナはウリスが戦っている姿を思い出す。身体のサイズが数倍になり魔物達を見下ろしながら蹂躙していく姿を。


「ああ?ただの『獣化』のスキルだぜ?いちゃもんつけんじゃねぇよ。まぁ、久しぶりに使ったら理性とびそうで結構やばかったなぁ。あーしはしばらく動けねぇし気づいたら終わってたから、この勝負引き分けでいいぜ?」


 勝ち誇った顔で気分良く笑うウリスを見て、呆れてため息をつくクリスティーナ。


「ハァ、貴女の反則負けよ。それより獣化のスキルって…使うと皆んなあんなに大きくなるものなの?」


「さぁな、あーしの周りの奴らはそこまで大したことはねぇな。種族や力によるのかもな。ただ…」


「ただ?」


「ボスの所にいる獣人のメイドはあーしより遥に強くてデカくなるぜ。そいつには気をつけることだな…彼奴はあーしらとは格が違う」


「流石に嘘でしょう?」


 ウリスは肩をすくめるだけで何も言わなかった。


 正直クリスティーナはウリスをいくら威勢が良くても下位貴族だと下に見ていた。だが、蓋を開ければ半分以上クリス達の方へ流れたとはいえ千に近い魔物を倒したとあってはその実力を認めざるを得なかった。



「強そうなのがあらかた向こうにいったからってのもあるだろうけど早く終わったわね。彼ら大丈夫かしら」


「まぁボスが向かってるなら大丈夫だろ」


「凄い信頼ね…それじゃあ私達も移動しましょうか。おぶってあげるから感謝しなさいウリス・コクト」


 移動しようとクリスティーナが立ち上がった瞬間、事は起こった。


「貴女達やりすぎだよ」


 ザシュッ!


「いっ⁈」


 何者かが後ろからクリスティーナを斬りつけた。背中が熱く、痛い……。血の流れる背中に手を回すと、ヌルリとした感触が伝わる。傷は浅くなく、その場で膝をついてしまった。


 後ろを振り返ると、そこには見覚えのある顔があった。


「貴方は…聖女の護衛の…?貴方がどうして私を…」


 切られるまで彼の気配に全く気づかなかった。まるで先程いきなり魔物に囲まれた時のような違和感を覚える。


「エヴァンだ。クラスメイトの名前くらい覚えておいて欲しいね。クリスティーナ様」


 エヴァンと名乗った聖騎士は地面に膝をついたクリスティーナを見下ろしている。ウリスの方にも抵抗出来ないように他の聖騎士3人が骨を折るなどしていた。


「悪いけど弱い人の名前は覚えるつもりはないの……それで何故こんなことを?」


「さぁな。俺は命令に従うだけだ。悪いけど抵抗しないでくれ」


 答える気はないようだ。聖騎士エヴァンは再び剣で切りつけようとする。


「糞女殺れ!殺されるぞ!」


「くっ、ファイヤーボール」


 クリスティーナは咄嗟に抵抗しようと魔法を放つ。放たれた魔法は聖騎士エヴァンに直撃するも、炎の中で体を燃やしながら潜り抜けクリスティーナに再び一撃を与えた。気力で何とか耐えていたクリスティーナの身体はこの一撃で限界を迎え地面に倒れた。


「糞女‼︎」


「あり…えない。炎をくらいながら攻撃してくるなんて。命が惜しくないの…」


 聖騎士エヴァンは事前に聖女のスキル『扇動』を受け脳のリミッターが外れており痛み度外視の行動を可能にしていた。

 そしてクリスティーナは咄嗟に抵抗したものの人を殺した事のない彼女は無意識のうちに手加減してしまい威力の弱い魔法を使ってしまった。結果エヴァンに攻撃を許してしまったのだ。


 エヴァンと他の聖騎士はクリスティーナとウリスの上に馬乗りになる。どうやらすぐに殺さなかったのは初めから弄ぶ気があったからのようだ。

 本来教会の掲げた正義の為に己を律し続けるのが聖騎士だ。だが聖女のスキルで理性をなくし、魔物を放ち人を手にかけるストレスが精神に影響した結果タガが外れてしまい本能に走ってしまった。


「残念だったな、アーク派閥に味方しなければ貴女の番はまだ先だったのに。せっかくだ、楽しませてもらうぜクリスティーナ様」


 血が流れ意識が朦朧として身動きが取れないクリスティーナ達に、聖騎士達は欲望のままに覆いかぶさった。






 クリスティーナは朦朧としながら思い出した。 


 クリスティーナの父親はライナナ国の宰相を務めており多忙を極めていた。娘に構うこともなく仕事に勤しんでいる父やパーティーやお茶会に出てばかりの母を見て自分に興味がないのだと悟ってしまった。


 泣いても、駄々をこねても使用人達が困るだけで両親は気にも留めなかった。


 自分に興味のない父を振り向かせる為にクリスティーナは1番にこだわり続けた。幼いながらに結果を出すことで関心を引こうとしたのだ。


 幸いな事にクリスティーナには才能があった。やればやるほど魔法の腕は上がり学力も身に付いていく。

 ミカエル王子の婚約者候補を集めたお茶会を開いた際、同年代の令嬢とは比べ物にならないテーブルマナーや言葉遣いで一気に差をつけ婚約者候補筆頭にまで上り詰めることもできた。


 だが、変わらず両親は自分に見向きもしない。幼い頃に両親によって注がれる筈だった愛情は依然空のままでクリスティーナの心に空洞が出来てしまった。


 満たされない心に苛立ちクリスティーナは傘下の貴族達にも当たるような嫌な子供になってしまい両者の間に溝ができてしまった。この時クリスティーナは本当に1人になってしまったのだ。


 それでもクリスティーナは己を高め続けた。だが、クリスティーナにも心境の変化が起きる。


 ミカエル王子の10歳の記念パーティーで傘下の貴族を庇うアブソリュートの姿を見て心境が変わっていく。

アブソリュートのことは昔から知っており、少し嫌な感じはしたが同じ公爵家で偶に出たパーティーでは同じ1人ぼっちのどこか同族だと感じていた。

 そんなアブソリュートが傘下の貴族を庇う姿を見てから偶に出るパーティーで彼の周りに人がいる所を見る事が増えた。最初は2人その後徐々に数は増えて彼は人に囲まれるようになった。


(彼1人ぼっちじゃなくなった。孤独が終わったんだ)


 クリスティーナが同族の彼に抱いた感情は素直に良かったという思いだった。そして人に囲まれてるアブソリュートの姿を見て其方の方が良いとも思った。


 もう理想の両親を追うのはやめて自分も彼のようになりたいと思うようになった。だが、15才になった今でも周りとの溝は埋めることができずクリスティーナは1人のままだった。


 学園に入学してアブソリュートと再会した。依然彼の周りには人がいる。クリスティーナは知りたかった。どうやってアブソリュートは変わったのか。それとも周りが変わったのか、自分に何が足りなくてどうすればいいのか。


 それからクリスティーナはアブソリュートに絡んで来るようになった。勝負を挑んだり、何か問題が起きたらフォローを入れたり休み時間は話かけたりと積極的に交流を図った。純粋に彼の力を見て力比べをしたい気持ちもあったがそれよりもアブソリュートの事が知りたかったのだ。


 彼は初めは相手にしてくれなかったがしつこく食い下がって行くうちに面倒そうにしながらも相手してくれるようになった。もう友達と言えるのではないだろうか。だが彼は自分の事をあまり話さない。


 だからクリスティーナはアーク派閥の傘下の者から聞こうと考えた。同じクラスのレディ・クルエルはアブソリュートの事になるとヒステリーになるのでダメだ。

 オリアナ・フェスタは話しかけても頑なに口を開こうとしないし、ミスト・ブラウザに至っては信用出来ないので論外だ。


 だからBクラスのアーク派閥に接触することにした。幸いにも演習にてBクラスのアーク派閥と決められた進路が隣だった。クリスティーナのグループはゼン家の派閥で構成されていても仲は冷え切っているので途中で抜けても問題なかった。少し寂しかったが今はそれがありがたかった。


 その後Bクラスのアーク派閥と接触して口論になり、魔物の大群がきたりクラスメイトに斬りつけられたりして、現在死にそうになっていた。


 原作では学園でも自分と同じずっと1人のアブソリュートの事が気になり彼について知ろうとアーク派閥に接触し魔物の大群に襲われ、アーク派閥を逃して1人応戦している所を聖騎士に嬲られ殺されてしまう。



 そして今、原作通り女として人としてあらゆる面で殺されようとしている。だが、抵抗しようとしても身体がもう動かない。


(私は1人のまま死ぬのだろうか。両親は私が死んでも何も思わないだろう。使用人達は多少は惜しんでくれるかもしれない。傘下の皆んなはざまぁみろとか思うのかなぁ。

アブソリュート君はどうだろうか?結局彼の事は最後まで分からなかった。私は友人だと思ってるけど、彼はどう思ってるのかな…私の死を多少は惜しんでくれるだろうか。そうだったら嬉しいわ)


「貴様ら何をしている」

 

(アブソリュート君の声が聞こえる)


 声の後、上に乗っていた重い物が消えて、冷たくなりかけていた身体から体温が戻ってくる。いつの間にか身体の痛みも消えて呼吸も楽に出来る様になった。


 痛みがなくなり落ち着いたからか少し眠くなってきたクリスティーナは重い瞼をゆっくり閉じて眠りに落ちた。


 



 





 







 

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