第49話 光の剣聖VSイヴィル 2

 剣聖の解き放たれた魔力が込められた一撃が、部屋を、屋敷を白い光の魔力で埋め尽くし部屋にあるものすべてを蹂躙した。

 屋根と壁が崩壊し、外から見るとその部分のみがえぐれたようになった。高価な家具があった部屋は家具ごと粉々に破壊され、ただのがらくたとなって無残な状態であたりに散らばってしまっていた。

 

 宝剣ジュピター――固有魔法『チャージ』を宿した世界有数の宝剣の一本だ。この固有魔法は文字通り、魔力を宝剣に蓄積させて放出するシンプルなものだ。

 だがこの固有魔法の恐るべきことは他にある。

 

 それは容量に限界がないこと。

 

 この宝剣が出来たのはおよそ三百年前。

 持ち主を転々としながら受け継がれてきた魔力の蓄積。三百年蓄積された魔力、それがこの宝剣ジュピターの強みだ。

 剣聖となった日にこの宝剣を受け継いで早五年。

 その強力な一撃はあらゆる猛者を葬ってきた。少なくとも無事だった者はいない。

 その筈だった――

 

「糞が……痛ぇじゃねぇか」

 

 ダメージは食らっていたがイヴィルは確かに立っていた。着ていた衣服はところどころが破け、身体には無数の擦過傷がある。だが、あの命を刈り取らんばかりの一撃を受けてなお、五体満足のまま立っている。剣聖はイヴィルをみて改めて感じた。

 

 コイツは危険だと――

 

 剣聖は内心、イヴィルへの警戒度を上げた。

 

「驚いたぜ、目を瞑ったまま闘えるとは思わなかった。それに俺の能力もバレていやがる。どうなってんだ?」

「驚いたのはこちらもだ……まさか生きているとは。その鎖の能力か?」

 

 渡された情報に、奴の体に巻き付く鎖には魔力を奪う能力もあると書いてあった。まさか魔力攻撃の力をも吸収できるとは思わなかった。

 今の段階でも油断ならないのに、イヴィルの情報を知らずに戦えばさらに危なかっただろう。

 幻覚への対処もアーク家の者が教えてくれていなかったらどうなっていたことか。

 彼等にはまた借りが出来てしまった。

 

「……まさかそれもバレてるとはな。どっからか俺の能力が漏れてやがる? まぁどうでもいいか……」

 

 面白くなさげな顔をするが能力がばれていることに動揺している様子はない。

 それどころか先程よりも殺気が増しているようにも見える。

 まるでここからが本当の勝負だと言っているかのようだった。

 

「一つ聞きたい。何故このようなことをする? お前ほどの力があれば賊にならずとも輝ける場所はあった筈だ」

 

 精霊使いという希少な力に、何千人を束ねるカリスマを持ち合わせる彼が何故スイロク王国に牙を剥くのか知らなければならない。

 彼もスイロク王国の民であることに変わりはない。

 きっと反乱を起こしたのも何か理由がある筈だ。

 可能なら彼を救ってあげたい。剣聖はそう思った。

 

 だが――

 

「んなもん決まってんだろ。気に食わねぇんだよ」

「なっ……!?」

 

 イヴィルの答えは剣聖の思いを踏み躙る最悪の答えだった。

 

「お前ら貴族みたいな、どうしようもない豚共が糞みたいに威張ってんのが目障りなんだよ。雑魚が調子に乗ってっから、だから間引いてやってんだよ」

 

 気に食わない?

 それだけで彼は何千何百という命を奪っているというのか?

 罪のない人間を巻き込んで、これだけの事件を引き起こしたというのか⁈

 

「それが許されると思っているのか!?」

「ああ、思うね。この世は弱肉強食、それだけは何百年経ってもかわらねぇ世界の摂理だ。弱いから死ぬし、奪われ、そして蹂躙される。俺が求めるのは貴族達の政治も権力が通用しない、力のあるものが上にいく世界。それが俺の求める自由だ‼︎」

 

 楽し気にも取れるように語るイヴィルの答えに、剣聖のなかで先ほどの優しさに影が落ちた。

 やはりコイツは危険だ……。

 あまりに危険な思想の持ち主だった。さらに厄介なのは彼にはそれを実行できる力を持ち合わせていることだ。

 絶対に生かしておいてはいけない!

 

「もういい……なにも喋るな。耳が穢れる」

 

 剣聖は彼を救うことを諦めた。

 イヴィルという男は破綻している。私欲な理由で多くの人の人生を狂わせた狂人だ。

 彼は生きていてはいけない。

 せめてこれ以上被害がでないよう今ここで死ぬべきだ。

 

「お前は生きていてはいけない」

 

 剣聖はそう言って剣を構えた。

 

「いいや、俺は生きるぜ。俺の自由だ」

 

 剣聖とイヴィルの第二ラウンドが幕を開けた。



 両者は一斉に駆け出した。

 初めに仕掛けたのは剣聖だ。

 先程と同様に宝剣の輝きが増していく。そして全力で振り下ろした。

 

「『染め尽くす白』《ホワイトアウト》」

 

 魔力による剣撃が放たれる。

 先程よりも放出された魔力量よりも多い、強力な一撃がイヴィルを襲う。

 それに対してイヴィルは真っ向から受け切るつもりのようだ。剣聖との距離を詰めるため、構わず間合いに駆けていく。

 

「束縛の精霊。俺を守れ」

 

 するとイヴィルの身体に巻きついている鎖が鎧のように全身をぎちぎちに覆う。

 魔力を吸収する特性を活かし、全身に巻くことで防ごうとしているのだ。

 魔力を帯びた剣撃がイヴィルを襲う。

 全身が焼かれるような痛みと切り裂かれるような衝撃が同時にイヴィルの身体を蝕んだ。

 

「糞がぁ!」

 

 鮮血を散らしながらイヴィルは鎖の能力と気合いで剣聖の攻撃を受けきり一気に間合いを詰めた。

 

「なんと――⁉︎」

「くたばれぇ!」

 

 跳躍し勢いをつけたイヴィルの上段からの剣撃が剣聖に放たれる。

 

「甘い」

「っ⁈」

 

 その上段からの一撃を剣聖は受けたかと思うと瞬時に刃をそらして受け流した。

 達人の剣捌きにチッ、と大きく舌打ちを鳴らすイヴィル。

 力の行き場をなくしたイヴィルの身体が前のめりになり重心が崩れる。

 そこを背後から剣聖の刃が襲う。

 

「束縛する彼女メンヘラロック

 

 剣聖の刃が振り下ろされる瞬間にイヴィルの身体に巻きついている鎖が身体から離れ、背後にいる剣聖の一撃を身を挺して防いだ。

 鎖と宝剣がぶつかりあい甲高い金属音がその場に響き渡る。

 

「なるほど鎖自体が意志を持った精霊というわけか……ならば!」

 

 剣聖は宝剣でイヴィルの身体から離れた鎖を弾き飛ばした。厄介な鎖を引き離し次こそイヴィルを仕留めにかかろうとする。

 だが目の前にイヴィルの気配はなかった。

 気配を探すと自分から十メートル離れた場所にいる。

 剣聖の意識が鎖にいったその一瞬に距離を取ったのだ。

 イヴィルは先程の攻防を思い出して顔を歪める。

 短い打ち合いだったが、まさか自分と剣聖の実力がこれほど離れているとは思わなかった。向こうは無傷でこちらは満身創痍。

 しかも剣聖は視界を閉じていてあの実力なのだ。正直一人では勝てる気がしなかった。

 

 レベル50を超える者とそれ以下ではそこに大きな壁が存在する。打ち破るイメージの浮かばない巨大で分厚い壁だ。イヴィルは今その壁にぶつかっているのだ。

 

 (仕方がない、作戦通り確実に剣聖を潰す)

 

「悪いが場所を変えさせてもらうぜ。やる気があるなら追ってこい。精霊術『強化』」

 

 イヴィルは精霊からの強化を得て、領主の館から離脱した。

――剣聖は後に後悔することになる。どうしてあの場で倒せなかったのかと。

 


 イヴィルと戦い、剣聖は彼の評価を改めた。

 あの手札の多さ、想像以上の強者だった。

 視界を封じる魔眼に近い能力に、特殊な能力を持つ鎖。多様な精霊を使役している能力。

剣聖の必殺の一撃に迷いなく突っ込むことのできる度胸に、戦況を不利と見るや環境を変え仕切り直そうとするクレバーな分析力。明らかにただの賊ではない。

 

 それに彼の剣の構えや打ち込み方は明らかに指導者の元で何年も訓練を受けた者のそれだった。

 イヴィルとは一体何者なのだ?

 少なくともスイロク王国の騎士の中にはあのような者はいなかった筈だ。もしかしたら他国からの刺客という線もある。

 帝国には内側から他国を食い物にする闇組織があるという。そう考えるとますます彼を仕留めざるをえなかった。

 

「追おう」

 

 剣聖は目を開眼し、イヴィルの後を追うことにした。

 イヴィルは街の方に逃げ、姿を眩ませている可能性がある。

 だが、先ほどの戦いでイヴィルの気配は覚えた。

 スキル『気配感知』によってイヴィルの居場所は筒抜けだ。この気配感知は離れた相手を探すレーダーのような能力もある。

 気配は北の方へ移動している。

 イヴィルを追い街の方へ急ぐと街から喧騒と悲鳴が聞こえた。

 

 そこで剣聖は自らの愚かさを嘆いた。

 街にはまだ人が残っている。

 第二都市はスイロク王国の経済の要であり、ここが止まれば一日で数百億の損害がでるのだ。それに民にも生活がある。

 だから避難勧告を出しても市民のほとんど出て行こうとはしなかったし、領主もそれをしなかった。



 ああ、どうしてそんなことができるのだ。

 どうしてこの最悪な事態を考えつかなかったのか。

 あの男は……アイツは街の人間を人質に取ったのだ。



 第二都市にある住宅街。

 港町である第二都市の子持ち世帯が多く住む、広めの住宅が多く集まる場所。二階からは海が見えることから比較的人気が高いのも魅力の一つだ。

 早朝ということもあり、男は海にでて子供は既に起きて朝食を取っている時間だ。

 

「リンちゃーん。朝ご飯よー!」

「はーい!」

 

 呼ばれた子供は元気よく返事をして朝食のテーブルへと向かう。椅子に座るとまだ十歳にも満たない男児が、母親の作った料理を美味しそうに口一杯に頬張る。

 これはとある家庭の朝の風景。

 その平和を乱す者は突然現れた。

 

 チリン、チリン

 

 来客の知らせを告げる呼び鈴が鳴らされる。

 

「はーい!」

 

 忙しい母を慮って子供が来客を出迎える。

 取手を回してドアを開ける。

 するとそこにいたのは破れた衣服に全身血まみれの大怪我をした白髪の男がいた。全身に鎖を巻いていて、穏やかな朝の状況から現実離れした風貌を見て少年には奇抜なファッションの珍客が来た思った。

 

「えっ? えっ?」

 

 少年はこの異様な場面に困惑する。目の前には知らない大怪我をした男。どうすればいいか分からず慌てふためいた。

 男は少年の目の高さになるように屈んで声をかける。

 目が合うと、その男の目が怪しく光ったような気がした。

 

「おいガキ。光の剣聖に会いたくないか?」

 

 その言葉を聞いたのを最後に少年の意識は闇の中へ消えた。



――――――――――――――――――――

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次回は今日の夜ぐらいに更新します。


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