第51話 光の剣聖VSイヴィル 3

 


 光の剣聖はイヴィルを追い、街の方へと全速で向かうと街の至るところから火の手が上がっていた。

 街を警備していた騎士達は消火の対応に追われている。

 剣聖を見かけると民衆は彼の元へと集まっていった。

 

「これはなんの騒ぎだ!」

「剣聖様助けてください! 子供が、私の子供が連れさられたんです!!」

 

 ある家庭から子供が白髪の男に連れ去られたというではないか。まさか小さい子供を狙うとは……

 気配感知にはイヴィルは住宅街から離れて人気のない場所にいた。どうやら自分を誘っているようだ。

 

「私が必ずこの名にかけて子供を連れ戻します。どうか私を信じてください」

 

 子供の母親は泣きながら剣聖に何度も頭を下げる。

 剣聖は急いでイヴィルの待つ場所へと向かった。



 目的地につくとそこは街はずれの、辺りが木に囲まれた小さい森のような場所だった。そこにはイヴィルの他に十人以上の人の気配がある。

 たまたまそこに一般人がいたか、もしくは仲間を待ち伏せていて数で囲んで闘うつもりなのかはまだ判断がつかない。

 

「遅かったな。剣聖」

 

 森の中の少し開けた場所にイヴィルがいた。剣聖は咄嗟に目を閉じてイヴィルの目を見ないようにする。

 

「貴様、人質の子供を解放しろ」

 

 彼の隣にある気配が恐らく人質の子供だろう。

 

「いいぜ。ほらいけよ」

 

 イヴィルは素直に子供を解放した。

 

「なんだと?」

「なんだよ。いう通りに解放したぜ? なんなら手を出せないように向こうむいててやるよ」

 

 こんなに素直に解放するとは、思わず訝しんでしまう。だが、少年の気配は確かに剣聖の方へと向かっていてイヴィルはそこから動く気配はなかった。

 人質を助けられたことに内心安堵しつつ、助けた子供を心配し屈んで子供を迎える。

 

「怖かっただろう、もう大丈――⁈」

 

 不意に殺気を感じ剣聖は咄嗟に身体を横に逸らす。

 驚き目を開けると少年の手にはナイフが握られていた。少年はなおも剣聖を刺そうとナイフを振り回す。

 剣聖は少年からナイフを取り上げてイヴィルに向かって叫ぶ。

 

「貴様! これはどういうことだ‼︎」

「クハハハハ! ただで返すと思ったのか? 愚かだなぁ、光の剣聖」

 

 イヴィルは剣聖を嘲笑う。

 少年はなおも剣聖を刺そうと空になった手を剣聖に向かって繰り出している。明らかに様子がおかしかった。

 剣聖を見ているようで見ていない空虚な目。この症状に見覚えがあった。

「もしかして、洗脳されているのか?」

 

 剣聖はアーク家から貰った情報の中にあったイヴィルの能力を思い出す。

 

「お前のその目で子供を操っているのだな?」

「そうだ。今ガキの肉体の使用権は俺にある。『自分で首を絞めろ』」

 

  イヴィルの言葉に少年は自分の首に手を回し、締め始める。

 

「なっ!? やめろ!!」

 

 剣聖はそれを両手を掴み、阻止する。しかし少年はそれでも自らの首を締めようと無表情のまま抗っている。

 

「頼む、私はどうなってもいい! 子供は解放してやってくれないか?」

 

 剣聖はイヴィルに向かって懇願する。

 その態度に呆れたようにイヴィルが肩をすくめた。

 

「おいおい、天下の剣聖様がこんなことで頭を下げるとはな。そいつ他人の子供だろ? なんでそこまでする?」

 

 剣聖は少し悩んだ後、ポツリポツリと語り出す。

 

「私は十五年前の戦争で一人だけ生き残った」

「有名な話だな。それで?」

「私の力で生き残ったわけではない。仲間が、上司が国を頼むと私を生かしたのだ。私には彼等の願いに答えて一人でも多くの民を救う義務がある。だから頼む、この子を解放してやってくれ」

 

 目を開けて真剣な眼差しでイヴィルに頼むと懇願する光の剣聖。彼には戦場で散っていった数千人分の願いが背中に乗っている。生き残って彼等の代わりに国を守ろうと十五年奔走してきた彼の言葉の重みをイヴィルは感じた。

 二人の目が合い暫しの沈黙がうまれる。

 イヴィルには今この瞬間にも光の剣聖を洗脳することもできるがそれをしなかった。

 ただなにか思うことがあるかのように剣聖を見ていた。

 

「いいぜ。ただし条件がある」

 

 イヴィルは解放を受け入れる代わりに条件をだした。

 

「そのナイフで自分の腹を貫け」

 

 イヴィルは少年が持っていたナイフを指差し、最悪な条件を突きつけた。

 

「………………」

「ほら、どうしたよ? 早く刺せよ。それともそのガキに刺せって命じてやろうか?」

 イヴィルは剣聖を挑発するが内心失望していた。

 あれほど大層に義務だのなんだの言っていたくせに、体一つ張れない剣聖を口だけだと失望した。

 

 (所詮コイツもただの豚野郎か……)

 

 だが、それは誤りだったと知る。

 

「いや、必要ない」

 

 そう言うと剣聖は白銀の全身鎧をその場で脱ぎ、鍛え抜かれた上半身を曝け出す。口に布を噛ませ、そして自らの腹にナイフを突きさした。

 

「ぅぅぅぅ!」

 

 ナイフは剣聖の腹を深々と食い込み、そこの傷からダラダラと血が流れる。

 

「っ、ぐぅ…………これで満足か⁈」

 

 悲鳴を押し殺し、射殺すような目つきでイヴィルを睨む剣聖。

 重傷を負ってなおその迫力に息を飲んだ。

 イヴィルは指先をパチンと音を鳴らす。

 すると少年の意識が解放されて元に戻った。

 

「……あれ? 体が元に戻った」

 

 意識を取り戻した少年だったが、ここで自分がしでかしたことを思い出す。

 そして目の前で腹から血を流し苦痛に耐えている剣聖を見て青ざめて震えた。

 

「ぁ、ごめんなさい、剣聖様…………ぼ、僕が……」

 

 泣きながら剣聖に謝る少年を剣聖は優しく抱きしめた。

 

「大丈夫だ。私は大丈夫だから……無事で良かった」

 

 剣聖の言葉に涙腺が崩壊し、声を上げて泣きだす少年。剣聖は彼が泣き止むまで抱きしめ続けた。

 

「そろそろいいか?」

 

 イヴィルの一言で剣聖は少年を庇うように前に立ち剣を構える。

 

「君走れるか?」

 

 少年は首を横に振る。

 よく見れば少年は裸足だ。子供の足で街にいくには少し遠い。

 後ろの木に隠れろと指示しイヴィルの方を向く。咄嗟に目を閉じるが、その瞬間に見えたイヴィルがなにやら笑っているように感じた。

 その光景がどこか不吉に感じた。

 

「貴様……なにを笑っている」

「いやぁ、おかしくってよぉ。なぁ光の剣聖――」

 

次の瞬間、周囲に在った気配がゾロリと動くのを感じた。


「人質が一人だけだといつから錯覚していた?」

 

 その瞬間、閉じた瞼を見開く。イヴィルの後ろから十数名ほどの子供達が現れた。

 全員が先程の少年のように空虚な瞳でナイフを握らされている。

 

「貴様ぁぁぁぁぁ‼︎」

 

 その光景を見て剣聖は激高する。

 こいつはどれだけの人間を傷つければ気が済むのだ。

 

「安心しろ、ちゃんと解放してやるよ。全員分のナイフを体に刺したならな」

 


 全身から夥しい血を流した光の剣聖は、地に膝をつき満身創痍な状態ながらもなんとか息があった。

体には十数本のナイフが突き刺さっている。剣聖は見事にやり遂げたのだ。

 

「あっけない終わりだな……これでよく空間の勇者を倒せたな。まぁいい、すぐに楽にしてやるよ。じゃあな、光の剣聖――【死戦場】」

 

 イヴィルの目を見た瞬間、剣聖の意識が刈り取られ、気が付けば周囲の景色が変わっていた。

 森から荒れた平原へと場所が変わる。

 周囲には墓標のように突き刺さった剣や槍、血の匂いを運んでくる不愉快な風。そして、自分の足元やを埋めるように周辺には死体の山が転がっていた。

 急激な環境の変化に戸惑うが、この光景に既視感を覚えた。

自分はこの場所を知っている、ここは確かスイロク王国にある平原。

 十五年前、聖国との戦争の舞台になった場所。かつて己が死ぬはずだった戦場。

 

「うわあぁぁぁぁぁっ‼︎」

 

 気づけば剣聖はその場から逃げ出していた。

 十五年前のあの時のように――

 死体が転がる荒れた平原をただただ闇雲に走り続ける。

 一体誰から逃げているのか――分からない。記憶が思い出すのを拒否してしまっている。

 

「殺された――みんな殺された! 同期も! 隊長も! 仲間が全員目の前で彼奴に殺されたっ‼︎」

 

 フラッシュバックしていく戦争での光景。

 蓋をしていた記憶が次々と思い出していく。

 共に辛い訓練を乗り越えて騎士になった同期が目の前で寸刻みにされた。

 よく飲みに誘ってくれた上司の首がいつのまにか切り取られていた。

 蹂躙され、まるで虫が潰されるように多くの仲間が簡単に命を消した。

 

「ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 死から逃げるようにただ走り続けた。



 どれくらい走っただろうか。

 息を整え辺りを見る。

 剣聖は目を見開きその光景に絶望した。

 

「なんだと……最初と同じ場所⁈」

 

 先程見た死体の山に突き刺さった剣。

 どうやら同じ場所をぐるぐると回っていただけのようだ。だがそれすらも既視感があった。確か、過去にも同じように逃げ回って絶望した記憶があったのだ。

 そこで気づいた。

 この幻覚は過去の体験を再現し、追憶しているのだ。

 この敵を一人残さず逃がさないという強い意志が具現化したような技は覚えがある。

 

「これは確か奴の技だ。空間操作【神隠】」

 

 逃げた相手を操作した空間に閉じ込める奴だけの技だ。

 剣聖は思い出した。

 彼奴によって刻まれた恐怖と絶望を。

 絶対に敵対してはいけない彼奴の名前を。

 

「あいつが、そこにいるのか……」

 

 この事象の原因が姿を表す。

 何もないところから空間を破るようにして現れたのは一人の男。

 かつて世界最強とまで言われた偉大なる覇者。

 カオス・ミアフィールド

 

 そして、剣聖の背後にもう一人現れる。

 

「まさか、お前まで――」

 

 現れたのは漆黒の髪に黒い眼。貴族然とした質のいい黒い礼装を気にすることなく、全身を雨で濡れているかのように死人の血をその身に受けて滴らせた男。


 二人は揃うと一斉に剣聖へ襲いかかる。

 二人によって剣聖は一瞬で命を刈り取られ命を落とした。

 最後に視界の映ったのは、忘れたくても忘れることのできない者達の姿だった。

仲間を皆殺しにされ、トラウマを植え付けられた恐怖の象徴。

 空間の勇者カオス・ミアフィールド。

 そして、悪の支配者狂人ヴィラン・アークの姿だった。


 ♢

 

 決着はついた。

 森の開けた場所。そこに立っていたのはイヴィル。

 そして彼の前に地面うつぶせるように倒れているのは光の剣聖。

 イヴィルから見ている剣聖の最後は無だった。

 その目は空虚になり、一筋涙が零れ落ちたあと糸の切れた人形のようにそのまま崩れ落ちた。

 剣聖と呼び名を持つ者にして、なんとあっけない死だろうか。

 

 イヴィルはそれをただ無言で眺めていた。すると体に異変が起こる。

 胸の奥からなにやら力が湧いてくるのだ。この感覚はレベルアップだ。

 だが通常よりも遥かに力が湧き出る。


イヴィル

28才

スキル

・カリスマ v1 ……魅力に補正がかかる

・精霊の加護 v8……精霊に好かれやすくなる。好感度が上がると制限はあるが契約なしで精霊の力を行使できる。

               

ステータス

レベル :47→52

身体能力:98→102

魔力  :198→224

頭脳  :63→67


 使役精霊

 幻惑の精霊……幻覚再現(制限あり)

 束縛の精霊……拘束魔法(制限あり)

 飛翔の精霊……飛行魔法(制限あり)

 その他各属性の微精霊

 

 習得魔法

 闇(束縛の精霊によるペナルティで使用不可)

 技術

 精霊使い 剣士 拷問耐性 飢餓耐性



 レベルが50を超え、イヴィルは壁を一つ超えた。

 剣聖という強敵を倒して逸脱者となったのだ。


 

「お疲れ様でしたボス」

 

 どこからともなく声が聞こえてくる。

 気持ちのこもっていない労いの言葉にイラついたのか、もしくは声をかけた相手が嫌いなのかイヴィルは眉を顰めた。

 

「……なんのようだ豚野郎」

 

 声の相手は小綺麗なスーツをきた小太りの男。

 ブラックフェアリー序列七位武器商人レッドアイ。

 

「いやいや、流石ボス。まさか本当にあの光の剣聖に勝っちゃうなんて! いやいや私は信じていましたよ?    私、人を見る目だけはあるんですから。私一重で目は小ちゃいんですけど……くはー! いやー、貴方についてきて苦節三年長かった。私もうオッサンになっちゃいましたよ。って誰がオッサンですか! 私はまだ四十八ですよ。にしてもまさかあのチンピラ同然の貴方がここまでの偉業を成すとは。『チンピラの俺が怪しい武器商人にあったらいつの間にか国を乗っとってしまった件について』っていう小説がかけちゃうじゃないですか! よっ、世界一‼︎ なーんて、言っちゃって――――」

 

 揉み手をしながら調子よくおべっかをならべるレッドアイ。

 イヴィルもコイツは嫌いだが他国かどこか大きな闇組織にツテがあるらしく、そのおかげで安価で武器を大量に仕入れてくるため、非戦闘者であっても幹部の末席に置いている。

 普段は聞き流すこのおべっかが今は非常に鬱陶しく感じる。

 

「おい」

「――でも私はお尻か胸か論争に一石を投じたい! どちらも素晴らしい欠けてはいけないパーツであると! えっ私? 私は勿論へそ派です。だって胸もお尻も両手で掴めるのにおへそは一つしかないんですよ、泣ける! No. 1にしてオンリーワンそれがおへそなんですよ! 私のおへそみますか? もう男の子なんですから――グオッ」

 

 話を止めないレッドアイに痺れを切らして鎖で拘束するイヴィル。

 

「要件だけ話せ」

「はっ、はい。もしよければそれもらってもいいですか?」

 そう言って目線の先にあったのは剣聖の体だった。

 

「……なにに使うつもりだ?」

「あの方にお渡ししようかと」

(あの方……コイツが取引している相手か)

 

レッドアイは信用に関わるからと決して交渉相手の名前を出そうとしない。

 

「好きにしろ」

「おお、ありがとうございます! 安心してください。むしろこちらにとってプラスになることばかりですから。ああそれと、向こうの方も決着が着いたようですよ」

「そうか」

「ええ、向こうは皆殺し。酷いものですよ。それで周りにいる子供らはどうします?」

 

 イヴィルが洗脳し、剣聖との約束で術から解放した子供達が怯え、不安そうな顔でこちらを見ている。

 

「邪魔だ。街に行って捨ててこい」

「あら珍しい、ボスが殺さないなんて。もしかしてロリコン? きゃー! 私の貞操が狙われるー!」

「チビデブはロリじゃねぇだろ……テメェから殺してもいいんだぞ?」

「はい分かりました。捨ててきます、行ってきまーす」

 

 レッドアイは機敏に動くと、子供達を連れてその場から去っていった。

 何故殺さなかったのか?

 それは分からない。

 だが間違いなく剣聖の献身がイヴィルの心を動かしたのは間違いなかった。

 

「訂正するぜ、光の剣聖アイディール・ホワイト。お前は確かに英雄で豚野郎ではなかった」



――――――――――――――――――――


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次回は明日更新します。


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