第57話 喧嘩

「いい夢見ろよ豚野郎"死戦場"」


 両者の目が合ったことで発動条件が満たされ、アブソリュートは幻覚の世界へと誘われた。


 「ふん、夢の中で泣き喚け豚野郎」

 

 この技に絶対の自身を持つイヴィルは、もはや勝負がついたと目の前の男アブソリュートに止めを刺すためにゆっくりと近づく。

 だがその油断が命とりだった。

 幻覚にかかったのは時間にして僅か数秒。

 その一瞬がアブソリュートを倒す唯一のチャンスだった。

 アブソリュートは勇者を打ち破り幻覚を解いたのだ。

 そしてそれはイヴィルにも伝わった。

 

「っ⁈ ぐおぉぉ……馬鹿な――自信の最強の天敵を打ち破っただと⁉︎」

 

 強力な力には代償がある。

 自身の目をトリガーとして精霊の力を行使したイヴィルは、それが破られたことで眼球にダメージを受けてしまう。目の血管が切れ、血の涙が流れる。

 安価な発動条件の代わりに破られれば自身に返ってくる。

 これがイヴィルの【死戦場】だ。


「テメェ……一体どうやって――」

 

 玉座から立ち、片目を抑えながら膝をつき苦しむイヴィルを見下ろしながらアブソリュートは言った。

 

「幻惑の精霊、悪くない能力だ。だが残念だったな……確かに勇者はアブソリュート・アークの天敵だ。私を死に至らしめるほどのな。だが、それは奴が万の兵士と頼れる仲間を得てからの話だ」

 

 アブソリュートは精霊の力で自身を強化し、動揺しているイヴィルとの距離を一瞬で自分の間合いまで詰め寄り、最速の剣撃を放った。

 

「悪の剣撃ブレイドアーク

「ぐはっ!」

 

 精霊の力で強化されたアブソリュートの最速の剣撃。あまりの衝撃と威力でイヴィルの身体が吹き飛ぶ。扉を突き破り、身体が廊下の壁に埋め込み意識が刈り取られた。

 

「一対一でアブソリュート・アークが勇者に負けるわけがないだろ」

 

 時間にして僅か数分。

 この勝負は、相手の策を真っ向から打ち破って見せたアブソリュート・アークが格の違いを見せる形で決着した。


 ♢


 アブソリュート対イヴィルとの闘いの裏で行われている因縁のカード。

 

 ウル対バウト。

 

 互いに同じ拳を使う格闘スタイルで闘う彼らの勝負はバウトが有利とする形で進んでいた。

 初見では予想外の彼女の力に驚いたが、二回目になると体格とレベルの高いバウトが圧倒的に有利だった。

 あと十分くらい戦えば自分が勝つだろう。

 

 そう思っていた時――

 

 ドォォォォォォォン!

 

 突如玉座の間の大扉が吹き飛ばされ、中から飛び出してきたものが通路の壁に激しく叩きつけられる。

 中から飛び出してきた者は壁にめり込み動かなかった。その人物の正体は、先程玉座の間へと入っていったブラックフェアリーのボス、イヴィルだ。

 

「嘘だろ……なに負けてやがるイヴィル!」

 

 バウトは駆け寄るがイヴィルには聞こえていない。

 かろうじて呼吸はしているが暫くは戦えないだろう。

 中からもう一人出てくる。

 漆黒の髪に深紅の瞳を持つ人物。

 バウトはその者を見て衝撃が走った。

 

(もう一人強い奴がいると思ったがコイツか)

 

 自身の嗅覚が警鐘を鳴らしている。滅多に嗅いだことのない格の違う実力者だ。

 

「よくやったなウル。足止めご苦労。レベル70相手に獣化のスキルなしで渡り合えたなら上出来だ」

 

 ぼろぼろになり今にも倒れそうなメイドの少女に優しげな声で労りの言葉をかける男。

 その男がバウトをその赤い目で捉えた。

 

「さてそこをどけ喧嘩屋バウト。そいつの止めを刺す。それともお前が代わりに相手になるか?」

 

 その言葉にバウトは薄く笑った。

 


 ♢


 

 王国軍を犠牲者を出しながら振り切ったブルース達はイヴィル達の向かった玉座の間へと遅れてたどり着いた。

 だが、彼らが目にした光景は信じられない光景だった。

 

「嘘でしょ……なんで負けているのよイヴィル!」

 

 目に映ったのは敗北し、壁にめり込んだまま意識を失ったイヴィルの姿。そして黒髪に赤い目の男とイヴィルを背に敵と相対するバウトの姿だった。

 

「あの男は、あの時の――⁈」

 

 声に反応して赤い目の死神がコチラにむく。

 あの時腹を貫かれた痛みが頭の中によぎる。

 

「やはり生きていたか。存外しぶといな」

 

 かつて自分を殺しかけた男がまた自分に現れ、自分達の前に立ち塞がっていることに恐怖する。

 だが今はそれよりもイヴィルだ。

 ブルースはイヴィルの元へと駆け出す。意識はないが息はある。目や口に血が流れた後があるが問題は、身体についた大きく切り裂かれた傷から流れる出血だ。

 

「早く手当しないと!」

「ブルース! イヴィルを連れて撤退しろ」

 

 ブルースはイヴィルに肩を貸すようにして担ぐ。

 

「バウトは?」

「コイツと喧嘩してから行く。必ず追いつく、先に行け」

「……分かった。あんた達撤退するわよ」

 

 それ以上は何も言わずブルースはイヴィルを担いでその場から立ち去る。バウトの強さは誰よりも知っている。彼なら無事に帰ってくると信じてその場を預けたのだ。

 

「逃がすと思うか?」

 

 アブソリュートは背を向けて撤退していくブルース達に追撃を試みる。すると追おうとするアブソリュートの前にバウトが立ち塞がる。

 

「待てよ。喧嘩しようぜ?」

「……一方的なものになるぞ?」

 

 仲間を逃がすために自ら囮になったバウト。

 そのおかげでアブソリュートからの追撃はなかった。

 標的を仕留めきれずに逃走することは敗北を意味している。ブラックフェアリーを中心とした内乱の初めでの敗北。歴史を振り返るとこれは内乱が成功する最初で最後のチャンスだった。

 

 ◇


 (仕留め損なった)

 

 アブソリュートはブルースに担がれ去る、イヴィルを見てそう思った。

 身体ごと一刀両断する勢いで放った一撃だったがイヴィルの命を断つに至らなかった。

彼奴が体に巻いている鎖【束縛の精霊】が咄嗟に間に入りガードしたのだろう。

 

 詰めが甘かったか――。

 

 いや、それは違う。

 今回はイヴィルを褒めるべきだろう。

 反省を切り上げアブソリュートは目の前の男に視線を移す。

 身長二メートルを超える大柄の男。

 ブラックフェアリー序列二位喧嘩屋バウト。

 原作設定上の強さで限定すれば十本の指に入る男。間違いなく強敵だ。

 

「次はお前か?」

 

 【威圧】を込めて相手を睨む。

 だがバウトは威圧を意に返さず、嬉しそうに獰猛な笑みを浮かべる。

 

「あぁ、代わりに俺が相手しよう。さぁ喧嘩だ」

 

 拳を固めバキバキと音を響かせ挑発するようにこちらに殺気を振り撒くバウト。

 その姿は獲物に飢えた肉食獣を彷彿とさせた。

 

「下品な殺気だ」

 

 アブソリュートはこの会話中、周囲に魔力を展開している。いつでも戦闘が可能だ。

 両者が睨み合い、一触即発の空気で周囲が張り詰める。

 するとその空気に水が刺される。

 

 「いたぞ!」

 

 バウトの後方にある通路からぞろぞろと王国軍の援軍が現れ、バウトとアブソリュートを囲む。

 

 (おかしい)

 

 バウトやイヴィルといった別格の強さを持つ相手に兵力は無意味なため、最低限以外は"策"の為の人員に回していたのに。

 

 (一体どこから?)

 

 少し考えていると騎士の一人が先頭に立ち、現れた。

 よく見ればレオーネの馬車を護衛していた騎士だ。

 

「アーク卿、我らはレオーネ王女の命で応援に参りました!」

 

 どうやら現場指揮官であるレオーネ王女がこちらに回したらしい。恐らく戦場でバウトの強さを体感したゆえに居ても立ってもいられなかったのだろう。

 

 (全く余計なことを……)

 

 アブソリュートは内心で毒づく。

 

「いいぜ、何人でも相手になってやる」

 

 本来であればピンチととれる状況にバルトが鼻で笑うようにして言う。

 その中でアブソリュートは考えた。

バウト相手に騎士達は足手纏いだ。

 それにレオーネの指示で犠牲者を多く出せば、せっかく立ち直りかけているというのにまたメンタルが曇られたら困る。

 少し悩んだ結果、アブソリュートはある秘策を思いつき実行する。

 

「喧嘩屋バウト」

「なんだ」

「お前に決闘を申し込む」

「決闘だと?」

「お前風に言うなら喧嘩か? 一対一サシでやろう」

 

 バウトは驚いたような顔を見せる。

 数の優勢を自ら手放すアブソリュートが理解できないのだろう。

 それは味方でもそうだ。

 

「なっ⁈ 賊相手に何を言っているのですか⁈」

 

 騎士達はアブソリュートを非難する。

 敵に情けをかけるのかと。

 他の者ならば全員で囲んで殺してしまえと言うだろう。

相手は敵であり、情けの必要はないのだから。

 原作でもバウトは仲間を逃した後、勇者達に囲まれて戦った結果敗北し殺されてしまう。

 

 それでもアブソリュートが決闘を提案したのは犠牲を減らすため、そして己の矜持を守るためだ。

 アブソリュートには仲間の為に一人敵地で囲まれた状況にあるバウトが、未来の自分の姿が重なってみえた。原作においてアブソリュートを死に追いやった、正義の名の下に行われた数の暴力。

美学のカケラもないそれをアブソリュートは否定する。

 手段は否定したが、別に勇者を否定するつもりはない。

 

 だが、アブソリュート・アークならば例え同じ立場でもその方法は選ばない。原作の彼ならばきっと私と似たようなことをするだろう。

彼なら、自身との死闘を冥土の土産にバウトを殺した筈だ。

 私はアブソリュート・アークの名を汚すような真似だけは絶対しない。

 故に、今回の決闘だ。

 決闘を受ければその闘いは二人のものだけになる。他人が干渉できなくなるのだ。

 

「面白い――。いいだろう」

 

 バウトは乗ってきた。

 そちら側には利点しかない上、バウトの性格からして嬉しい申し出の筈だ。一対一で強者と闘える機会を逃す筈がない。アブソリュートはそこを突いたのだ。

 

「で? この喧嘩、何を賭けるんだ?」

「お前が勝ったのなら私は恐らく死んでいるだろう。お前を阻む壁はなくなるのだ。その時はお前達の目的を果たすなり味方の元へ急ぐなり好きにしろ」

「へぇ……いいのか?」

「アーク卿! そんな勝手な!」

「よい。私が許可しよう」

 

 玉座の間の最奥で避難していたシシリアンが護衛をつれてアブソリュートの元へ訪れる。シシリアンはアブソリュートの勝手な取決めを許可した。

 

 ではなぜ許可したのか?

 

 それは、アブソリュートは取決めに無抵抗だと言ってないからだ。アブソリュートは抜け道を予め用意していた。それに気付きシシリアンは許可したのだ。

 

「私がこの二人の決闘の証人となろう」



 二人は決闘の場を玉座の間へと変えた。

 その場にいた王国軍が二人を遠巻きにぐるりと囲み闘いを見守る。

 決闘をする二人が互いを睨み合う。

 

「ブラックフェアリー序列二位バウト。熱い時間にしようぜ」

「アーク公爵家次期当主アブソリュート・アーク。それはお前次第だ」

「アブソリュート・アーク死んでも後悔するなよ」

 

 挑発するように言うバウト。

 だがアブソリュートはその挑発を嘲笑うように言い返した。

 

「やれるものならやってみろ。私を殺せるのは勇者だけだ」

「「……………………………………」」

 

 互いに拳を構えたまた次第に口数が少なくなり静寂の間が続く。

 柄にもなく喧嘩屋バウトは慎重になっているようだ。

 

(仕方ない、先手はくれてやるつもりだったが、動く気がないのならこちらからいかせてもらおう)

 

 アブソリュートが動き出す。

 圧倒的なステータスから繰り出されるスピードで、一瞬でバウトの懐に入り込む。

 

(もらった)

 

 アブソリュートの拳がバウトの腹に繰り出されようとする時――

 

「待っていたぞ、アブソリュート・アーク」

 

 バウトのカウンターパンチがアブソリュートの攻撃より早く当たった。戦場にて何百人の騎士達を破壊してきた強力な一撃。

 ドォン! と、硬いものが衝突したような重低音が周囲に響き渡る。

 拳は確かにアブソリュートの身体に命中した。

 だが、アブソリュートはまるで効いていないかのように平然としていた。

 

「馬鹿な――――効いていないのか」

「元から先手はくれてやるつもりだった。次は私の番だな」

 

 アブソリュートはバウト両手でバウトの顔を掴み取り顔面に向けて頭突きをかました。


「ッ⁈ 野郎……」


 ブラックフェアリー最強の男喧嘩屋バウトと原作最強の悪役アブソリュート・アークの戦いの序盤は互いに一撃ずつもらう形になった。


 ここからさらに戦いは苛烈さを増していく。







――――――――――――――――――――


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