第58話 アブソリュートVSバウト

 イヴィルを背負ったブルース達ブラックフェアリーは城を後にして城門へ向かっていた。

 自分達を逃すために囮となって城に残ったバウトのおかげで追手が少なくなり、戦力を減らすことなく、なんとかここまで戻ることができた。だが、イヴィルを倒したあの男が自分達に何もせずあっさり見逃したことそれだけが疑問だった。

 そしてその疑問はすぐに解けることになる。

 

「ブルースさん城門が閉じられています!」

 

 城門前に着くと開いていたはずの門が閉ざされていた。何人かで開門を試みるがびくともしない。

 

 (閉じ込められた⁈)

 

 これはまずい。

 完璧に罠だと確信した。初めは自分達が狩る側だと思っていたが今は逆の立場になってしまった。自分達は嵌められたのだ。

 

「そこまでです!」

 

 鈴の音のような澄んだ声が響き渡る。

 声の方を見ると、レオーネ王女が重装備の兵士達を連れてブルース達の後方に現れた。今この場にいるブラックフェアリー側の戦力は三〇〇も満たない。それに対して明らかに向こうはそれ以上の数の戦力を揃えている。

 

(なぜアイツが私達を逃したか今わかった。初めから私達は奴等の手の平の上にいた。逃げ場がないって分かっててあえて泳がされたってわけね……クソがッ)


「糞がっ! やってやるよ!」

「ブルースさん⁈ 男! 男の感じ出てます!」

 

 女性的な口調から男らしいドスの効いた声でブルースがレオーネを睨む。

瀕死のイヴィルを守らねばならない、窮地の自分達に興奮し、普段の様子から崩れるブルースに部下の兵がアワアワする。

 倍以上の兵力に囲まれた中、ブラックフェアリーの必死の抵抗が始まった。


 

 レオーネ王女は内心驚いていた。

 まさか本当にアブソリュート・アークの言う通りになると思わなかったからだ。

 ブラックフェアリーを城まで誘い出し、城門を封鎖して逃げられないようにする。

 単純だがとても効果的な作戦だ。

 それだけでなく、殲滅系のスキルをもつバウトを室内戦に持ち込むことでそのスキルを封じて弱体化させ、そこで賄っていた分の敵の兵力を抑え込み畳みかける。

 

 加えて、城という王国側にとって動きなれた場所が戦場になることで向こうに地の利があることなどの利点も兼ね備えている。

 本来、スイロク王国の貴族や、それに準ずる者であれば王城を戦場にするなど口にするだけで不敬だと非難される。むしろ誰も考えつかないだろう。

 だが、アブソリュート・アークは他国の人間であり、人質すら殺す非常にドライな考えをする彼は、良くも悪くも手段を選ばない。故に、何も考慮せずにもっとも効果的な一手を考えることができるのだろう。

 アブソリュート・アーク――恐ろしい男だと改めて感じる。だが味方である今、とても頼もしい。

 もし第二都市の時にアブソリュート・アークの同行を断ってなかったら、こんなことにならなかったのではないか。

 嫌な考えが頭をよぎるがそれを振り払いレオーネは目の前の敵に集中する。

 ここですべてを終わらせる。

 その決意を秘めレオーネ達は戦闘を開始した。

 

 ♢


 時を同じくして、玉座の間。

 アーク家次期当主アブソリュート・アーク。ブラックフェアリー序列二位喧嘩屋バウト互いに引かない怒涛の拳の応酬に、いつの間にか周りの者達は息を忘れて魅入ってしまっていた。

 嵐のように激しい攻撃を繰り出し、攻撃を回避せずすべて受け止めてみせるバウト。

 それとは対称にバウトの攻撃を紙一重で回避しながら確実にクリティカルな一撃を当てていくアブソリュート・アーク。

 男同士互いに譲れないものを懸けた拳と拳による一騎打ち。そこには悪だとか敵だのそういった煩わしいものはなく、ただ純粋に熱く胸にくるものがあった。

 辺りには多くの王国軍もといギャラリーに囲まれている。

 ある騎士が言葉を漏らす。

 

「凄いな……」

「ああ、あのバウトって野郎かなりの化け物だぞ。なんで拳の衝撃波だけで床と壁が割れるんだよ」

「それもだけどあのライナナ国から来たっていうガキだよ。さっきから何発か攻撃食らっている筈なのになんで平然としていられるんだ」

「――っ!」

「拳が空を切っただけど行き場の失った衝撃波が壁を破壊するほどの力のある一撃だぞ? 一体どういうスキルを持っているんだ?」


 驚きを通り越して呆れてくる。これほどの力を持つバウトもそれに立ち向かっているアブソリュート・アークもどうかしている。だが泥臭い拳の応酬に、男なら一度は憧れる超パワーを持つ2人。惹きつけるものが確かにそこにあった。

 彼等はただ2人の戦いに目が離せなかった

 

 ♢

 

 避けずに受けて殴られた箇所は赤く腫れ上がり、全身が熱を帯びたように熱い。それでも笑いながら拳を振るう姿は修羅を彷彿とさせる。

 闘いながらバウトは感謝していた。

 ようやく自身と対等に殴りあえるアブソリュート・アークの登場に――。

 コイツと巡り会わせてくれたすべてに心から感謝していた。



 バウトは幼い頃から恵まれた体格と強力なスキルを持っていた。スラムという貧しい場所で育ったが、この力のおかげで不自由はなく暮らしていた。スラムは弱肉強食の世界、敵対するものを撃退するうちに自分に歯向かう者はいなかった。そして近づいてくる者も――。

 それゆえバウトという男は孤独だった。バウトの力に恐怖し、まるで腫れ物を扱うように遠巻きにされてきた。

 バウト自身も周りとの力の差に悩んだ。

 手加減しながら闘うのは息苦しかった。

 何も考えず純粋に闘いたかった。

 自分のこの力に対等に渡り合える存在。

 それだけが望みだった。


 それが今、叶わないと思っていた最高の舞台の中にいることにバウトは歓喜した。びりびりと肌を突き刺す殺気に駆け引きを交えた激しい攻防。これこそバウトが求めていた喧嘩だ。


 (楽しいな。なぁお前もそうだろう? アブソリュート・アーク)


 初めて自分と対等に戦える相手を前にしてバウトは心の中でそう語りかける。返事はないが彼も心の中でそう思ってくれているような気がした。

 いつまで続けばいい、そう思っていた。

 

 だが夢のような時間は唐突に終わりを迎える。


 パァーーン‼︎

 

 何かが破裂したような音が室内に広がった。

 

「ぐっ⁈」

「誰だ!」

 

 バウトは出血する右腕を左手で押さえる。

 どうやら先程の発砲音はバウトに向けての攻撃だったようだ。

 

「見たか穢らわしい賊め! この先祖代々伝わる固有魔法『魔弾砲』の貫通力はどうだ! お前ら何をしている! 今だ! 全員やれ!」

 

 攻撃したのは筒のような魔道具を肩に担いだ宰相だった。

 

(俺の腕を破壊する威力……貫通に特化した固有魔法か。はっ、やはりそう簡単に望みは叶わないか。俺はただ、熱い闘いがしたかっただけなんだがなぁ)

 

「何をしている! 宰相である私の命令が聞けないのか!」

 

 周りにいる王国軍の騎士達がしどろもどろになりつつ、剣を抜きかけたその時――

 

「ダーク・ホール」

 

 アブソリュートの黒い魔力が宰相の足元にまで薄く拡張する。

 

 ズギャアーーン‼︎

 

 宰相の真下から黒い魔力の腕が放たれ強烈なアッパーをおみまいされた。

 

「グフん……」

 

 空中で何回か回転したのち背中からドサリと地に倒れ落ちた。

 まるで時間が停止したように周りは静まり返っている。

 シシリアン王子、そして周りにいる王国軍の騎士達は驚愕している。

 全員が見ている前でアブソリュート・アークが味方の、しかも宰相に手を出したのだ。

 アブソリュートは周りにいる騎士達を一瞥し、手を出すなという意味をこめて牽制する。

 バウトも一瞬、まさかのアブソリュートの行動に目を微かに見開く。

 

「邪魔が入ってしまった。すまなかった」

「お前が謝ることではない。それより味方のお偉いさんだろう? よかったのか?」

「味方ではない。それより腕をかせ。治療して仕切り直しだ」

 

 バウトはアブソリュートの漢気に身体が震える。

 敵である自分との勝負のためにここまでしてくれるなんて……。

 

「不要だ。元はと言えば己の油断が招いたことだ。このまま続けよう」

 

 バウトは片腕のまま構えなおす。

 己の油断による戒めの意味もあるが早く続きがしたかったのが本音だ。

 アブソリュートは呆れたのか小さく溜息をついた。

 馬鹿な男だと思ったのだろう。

 だがコレでいい。せっかく燃え上がってきた闘志が冷めないうちに闘いたい。

 右腕など不要。

 この場では熱い闘志だけあれよいのだ!

 

「……そうか。なら仕方ない『ダークホール』」

 

 先程の魔力の腕が地面から現れてアブソリュートの右腕を掴む。

 すると――

 

 バキィッ‼︎

 

 鈍く、顔を顰めたくなるような音が響いた。

 本人は痛みを見せないが間違いなく骨が砕けた音だった。

 アブソリュートの右腕がだらりと垂れ、腕から血が流れている。骨が皮膚を突き破り、ぐちゃぐちゃになっているのだろう。早く治療しなければ恐らく暫くは使うことができないだろう。

 

「っ⁈ 何をしている! 血迷ったか?」

「これで条件は同じだ。あとで見苦しい言い訳は聞かないからな」

 

 その言葉で腕が使えない自分に配慮し、アブソリュートが自身の腕を封じたことに気づいた。

 武者震いが止まらない。

 

「――ああ勿論だ。」

 

 一体この男はどれだけ自分を歓喜させれば気がすむのだろう。

 言い訳などするはずがない。いや自分に負い目を持たせないための方便だろう。

 彼奴は俺と同じ馬鹿だ。

 誇り高き馬鹿だ。

 アブソリュート・アーク、本当に出会えてよかった。

 

「恐らくこれが最後になるだろう。悔いは残さないことだな」

「ああ全力を尽くそう」

 

 短い言葉を交わして数瞬、両者は一斉に動いた。

 

「鬼殺し拳‼︎」

 

 左腕からの正拳突きを空に放つ。拳圧がアブソリュートを襲う。だが、それを避けることなく凄まじい拳圧を正面から受け切って距離をさらにつめた。

 両者、お互いの間合いに入る。

 アブソリュートの方がバウトより遥かに早い。

 それは分かっていたことだ。だからバウトはアブソリュートの左腕の動きに集中して攻撃を回避してからカウンターで全力の一撃を打ち込もうと考えた。

 アブソリュートが左腕を振りかぶり、バウトの顔面に向けて攻撃を繰り出す。

 

 (読んでいた!)

 

 当たれば致命傷になりかねない一撃を紙一重で避けることに成功した。

 

 (勝った――――)

 

 バウトは勝利を確信する。

 後はこの渾身の一撃を人体の急所である心臓に打ち込むだけだ。

 

「楽しかったぜ、アブソリュ――ゴホッ⁈」

 

 勝利を確信した瞬間、下から繰り出された衝撃でバウトの意識が揺らいだ。

 ここに来て警戒していなかった折れた右腕による一撃。この一撃はバウトの顎を砕きその衝撃は脳を揺らした。


「折れた腕で殴ってくるだと……」

 

 視界が揺れ、意識が朦朧とする。

 

「存外強かったな、喧嘩屋バウト」


(悪いなイヴィル……俺はここまでだ)


その声を最後にバウトの意識は途切れた。


 ♢

 

 バウトが倒れ、立っているのはアブソリュート・アーク。

 アブソリュートの勝利だ。

 一拍の間を置いて周りにいる騎士達は歓声を上げる。

強敵であるバウトを素手対素手の、しかも決闘という形で見事に倒したのだ。

 

 騎士から見たら、バウトは拳を振るう度に周りを破壊し剣を振るっても傷つかない化け物だった。だが、そんな何倍もの体格差がある化け物を相手に、若干の青年であるアブソリュートが勝利を掴むという奇跡に騎士達は興奮を隠せなかった。まるで物語の一端を見ているかのようだった。

 だが、湧いている周囲の空気とは裏腹にアブソリュートは難しい顔をしていた。

 

 喧嘩屋バウト……強敵だった。

 

(やはりパワー特化型の高レベルキャラに対して肉弾戦で戦ったのは頭が悪かった。いくらアブソリュート・アークが万能型オールラウンダーで肉弾戦でもそこそこ戦えるといってもステータス的に言えば魔法系に偏っているからな、正直かなり危ない橋を渡っていた気がする。魔法なしの縛りプレイだが勝てて本当によかった)

 

 正直魔法を使えばかなり楽な戦いだったと思う。

 しかし、高レベルの相手というのはなかなかいるものではない。そんな相手から肉弾戦に勝てたのだからこれから先、似たような相手と戦っても対処できる筈だ。

今回の経験は本当に貴重だと思う。これから、勇者やライナナ国と戦っていくならこの経験は必ず活きてくる。

 まだまだ強くならなければ――。



「アブソリュート・アーク……素晴らしい戦いだった。君がこの国に来てくれて本当によかった」

「そうか。だが、随分と城を壊してしまったな」

 

 アブソリュートとバウトの戦いで玉座の間は半壊していた。床に大きな亀裂やへこみができ、壁には大きな穴がいくつも空いていた。

 

「これくらい、勝利できるならいくら壊してもらっても構わない。……後は、レオーネが作戦通りやってくれれば――」

「王国軍の勝利になるな」

 

 撤退するブラックフェアリーを閉じ込め、殲滅する作戦。上手くいけばいいのだが……。

 そう考えていると玉座の間にレオーネが息を切らしながら入ってくる。

 すると彼女の口から驚愕の言葉が放たれる。

 

「お兄様申し訳ありません。敵を、逃してしまいました」

「なんだと⁈ 出入り口である城門は封鎖していた筈だ、一体何が起きた?」

 

 どうやらまだまだ戦いは終わりそうにはなかった。

 アブソリュートは内心で深くため息を吐かずにはいられなかった。


 ♢


 バウトとアブソリュートが戦闘を繰り広げているなか、レオーネ王女も着実にブラックフェアリーの面々を追い込んでいた。

 三〇〇人近くいたメンバーも半数ほどに削られ、倒すのも時間の問題である。

 なかでも最も活躍していたのがレオーネだった。

 王族にも関わらず前線にたち、失った自信を取り戻すように剣を振るい、敵を倒していく。

 

「悔しいけど……格下には通用するわね」

 

 だがレオーネ本人は上位種のオーガや、バウトといった格上との戦闘を思い出し自嘲した。バウトとの戦いの際、レオーネ王女は思うように剣を振れなかった。それは相手が強かっただけではなく、自分の心が問題であった。

 死の恐怖を乗り越えることができない弱い自分。

 それが途轍もなく悔しかった。

 

「王女様! 門がっ!」

「嘘でしょ……なんで!? なんで門が開いているのよ!」

 

 外側から厳重に封鎖されている筈の城門が開き始めたのだ。

 

(話が違うじゃない……!!)

 

 この作戦の根幹である敵の逃げ道をなくす。それがこの出来事ですべて無に帰す。

 ブラックフェアリー側も驚いたような様子だがこの機を逃しはしなかった。

 

「門が開いたわ! あんた達逃げるわよ!」

 

 メンバーの誰かがブルースの声に応えるように煙幕のスキルで騎士達の視界を奪う、その間にブラックフェアリーの面々が次々と城門を潜って城から逃げていく。

 まずい……騎士達は全身鎧を身に纏っているため、とっさの機動力がない。

 煙幕が消え、視界がはれる頃にはブラックフェアリーは撤退していた。

「至急追撃隊を編成して奴等を追ってください!」


 

「門が開いて逃げられた……か」

「城門の外側に見張りをつけていた筈なのですが……彼等もいなくなっていました。今、追撃隊を派遣して彼等の足取りを追っています」

 

 レオーネが悔しげに言う。

 どうやら内に潜んでいる鼠が悪さをしたようだ。

 奴等に加担する内通者が奴等を逃したのは間違いない。

 それも作戦を知る立場にいるというのだからかなり高位のものだろう。


(やはりアイツか……めんどうだな)

 

「気にするな、奴等の主戦力は捕らえた。次ぶつかれば必ずこちら側が勝つ」



 アブソリュートは拘束されているバウトを見て言葉を漏らす。

 

「お前のおかげで仲間達は助かったか……誇れ、喧嘩屋バウト。お前の犠牲は無駄ではなかったぞ」

 

 自らを犠牲にして仲間達を活かした戦士に心からの賛辞を送った。

 こうしてブラックフェアリーの王都攻略は失敗に終わった。勝者はスイロク王国軍――この勝利から彼等の反撃が始まった。

 




――――――――――――――――――――


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