第30話 恋とか愛だとか

それはいきなりの告白だった。


「お前私の元に来ないか?」


アリシアは初めは何のことか理解出来なかったが、徐々にその意味を理解すると顔が熱くなっていくのが分かった。


「えっ、え?それってどういうことかな?ちょっと意味が分からないんだけど…」


(まさか私告白されてるの⁉︎あのアブソリュートに!いやでも、ただの派閥への勧誘かもしれないし。)


アリシアはアブソリュートが回りくどく勧誘しているのかと勘違いするがアブソリュートの答えはシンプルなものだった。


「そのままの意味だアリシア・ミライよ。ミライ家当主の座も勇者も全て捨てて私の元へ来いと言っている。できれば婚約の形が1番こちらとしても都合が良い?」


(こ、告白だったぁぁぁぁぁああ‼︎嘘でしょ、何で私何かに?)


アリシアは幼い頃から勇者の婚約者として育ち恋愛というものを体験していなかった。肝心の婚約者である勇者もいつも振り回されてばかりで正直異性として見たことは一度も無かった。


「何で私なのかな?アブソリュート君って公爵家の次期当主だし他にいくらでもいるんじゃない?」


「…本気で言ってるのか?」


「うっ…。」


アリシアは答えられなかった。


アーク家は評判が悪すぎて婚約者も中々決まらないほどに人気がない。現当主であるヴィランも跡継ぎを残すために他国から嫁を貰ったがアブソリュートを産んだ後早々に離縁されたという噂もあるくらいだ。アブソリュートに浮いた話がないのも理解できた。

しかも本来貴族間の婚約は爵位が近い者同士で行われるので下位貴族が中心のアーク派閥では正妻を務められるものはいない。


原作でもアブソリュートに婚約者がいたという描写は無かった。国中から嫌われていたアブソリュートの嫁になろう者など派閥にも他国にも居なかったからだ。幼いころからアブソリュートの全てを知り苦悩を分かち合ってきた獣人の女の子を除いては。


「まぁ、別に他意はない。ただお互いにメリットのある話しだと思って提案しているんだ。お前は勇者と家から解放され精神的に楽になる。

 まぁ、私と同じ嫌われ者になるだろうがお前を害するものがいたら私が守ろう。証拠として今学園で私の傘下の者達に何かしようと思う者はいないだろう?

 私としても早々に婚約者が決まると助かる。今、厄介な所からせっつかれていてな。そういうわけだ。」



精神的なストレスからの解放、アリシアにとってはとても魅力的な言葉だった。


「ねぇ、ひとつ聞かせて。アブソリュート君は私の事をどう思ってるの?もしかして好きとか…?」


(もし好きとか言われたら…どうしよう。自分で聞いといてすんごいドキドキする!)


「お前に恋愛感情は持ち合わせていない。だが、1人の人間としての強さや魔法のセンスは評価している。将来英雄になれる素材だ。」



「ふ、ふーん。そうなんだ、まぁ嬉しくないこともないけど、そこは好きだって言うところだと思うな!」


あっさり恋愛感情はないと否定され、少し思っていた回答とは違っていたがアリシア・ミライ個人を見て評価してくれたことは素直に嬉しかった。


「それでどうする?」


アリシアは考える。アブソリュートのことは今では素直に尊敬してるし顔も偏見なしでよく見たらめちゃくちゃイケメンでかなりタイプではあった。だが、まだ心残りがある。


「…ミライ領はどうするの?次期当主の私がいなくなればミライ家にはまだ幼い妹しかいないわ。」


アリシアはミライ家の次期当主であり、本来婿を取らなければならない身だ。恐らく父が当主の座から降りたら隠居している先代の祖父が代理を務めるだろう。だが、それも何時まで続くか分からない。自分が嫁に行くことで将来統治するものがいなくなるのは見過ごせなかった。


「言っただろう?全て捨てて私の元へ来いと。」


ミライ家は見捨てろと言っているようだ。確かに全て捨てればアリシアだけは救われるだろう。だが、アリシアはそんな事を望んでいなかった。


「……ごめんなさい。私いけないわ、確かにアルト君やお父様の事で辛い思い出ばかりだけどそれでもミライ領は私の領地であり私は貴族よ。領民を捨ててまで1人だけ幸せになろうだなんてそんな無責任な事は出来ない。派閥にしてもミライ家にも派閥があるからアーク家の下にはつけないわ。」



「お前は分かっているのか?勇者との婚約破棄は彼奴が慰謝料を払い終えると解消になる恐れがある。彼奴はあの大金を払い終える為の能力を持っている。そうしたらまた勇者の尻拭いに奔走する日々に戻るだけだ。それでもいいのか?」


「分かってるわ。それでも貴族に生まれた身として私にはミライ領に尽くす義務があるわ。領地を守る貴族として当然の義務よ。」


自分の故郷であるミライ領に家臣達や領民、それにまだ幼い妹。アブソリュートの元へいくことで失うものを考えたら逃げる選択肢などアリシアにはなかった。


覚悟のこもった瞳でアブソリュートの目をみる。


「…そうか。お前がそう決めたのならもう何も言うまい。」


「……やけにあっさり引き下がるのね。」


もう少し粘るかと思っていたので少々拍子抜けしたというか残念なような複雑な心情になる。


「提案といっただろ?別に断られたからといって私が、困るわけでもない。だが、さっきも言ったように勇者は慰謝料を払い終えるとまたミライ家の元に戻るだろう。その時また我々に何かするような事があれば次はこの程度では済まさないからな。」


圧を込めてアブソリュートは忠告する。アリシアは強い圧力を肌に感じ唾を飲み込んだ。


「まっ、もし勇者が何か悪さを企んでいるようなら一度アーク家に知らせろ。そうしたらお前の命は助けてやる」


「流石に10億の返済をアルト君が出来るとは思わないけど…そうね、肝に銘じておくわ。」


その会話を最後にアーク家とミライ家の示談は終わった






アーク家での示談から数日が経った。


アリシアの父は勇者の教育を怠たったことが今回の騒動の原因だとして当主交代をいい渡されその後ミライ家の別邸へ軟禁され、ミライ領についてはアリシアが学園を卒業するまで引退した祖父が代理で統治することになった。


そしてアリシアは王家から公正証書が届いたタイミングで勇者と婚約破棄について話しをした。


「さてアルト君、私と貴方は婚約破棄。私が学園を卒業するまでに10億の慰謝料を払うことで婚約破棄の解消が決定したわ。慰謝料は国の方で立て替えてくれるようだから国に返済する形になるし、もちろん学園も慰謝料を払い終えるまで停学だから。何か言いたいことはあるかしら?」


国は慰謝料という名の鎖で勇者を縛ることができた。

勇者は今後、返済するまで体よく国から使われることになるだろう。


アリシアの向かいに座る勇者は目を閉じて噛み締めるように話しを聞いていた。勇者アルトは示談前までは、反省の色を見せずに喚いていたが今の様子を見るに少しは現状を理解してきているのかもしれない。


「…ごめん、アリシア。あの時は何かおかしかったんだ。体がいつもより調子がよくて頭も異常なくらいスッキリしてたけど不思議なくらい高揚感を感じて理性が働かなかったんだ。自分を抑えきれなかったんだ!」


「…貴方もしかして変な薬やってる?」


「やってない!とにかくあの時は正常じゃなかったんだ。あんなに早くアブソリュートに喧嘩を売るつもりはなかった。賛同者を集めるって言ってただろう。それだけでも理解してくれ!もしかしたらアブソリュートの奴が何か仕組んだのかもしれない。」


少しは反省したように思ったが、この後に及んでまだ苦しい言い訳を並べる勇者にアリシアは頭を抱えた。


「貴方分かってるの?貴方は無関係の人間に手を出し、不意打ちを行ったのよ!勇者の貴方が攻撃したら相手に重傷を与えるの分かってるのよね?。それに反則してまで勝ちに行こうとするなんて貴方に誇りはないの?

 アブソリュート君にだって証拠もないのに犯罪者扱いして今後貴族の間やクラスで彼がどういう目で見られるか考えたことある?

 正直、貴方の事心底見損なったわ。アブソリュート君の事は皆んなは悪だと言うけれど貴方と違って勝負には真摯だし誇り高い人よ!これ以上彼を侮辱するなら許さないわよ。」


アリシアのあまりの剣幕に勇者は言葉を失った。長い付き合いだがここまで怒った彼女を見たのは初めてだったからだ。


「……ティーチ先生については悪かったと思ってる。でも俺はアブソリュートを倒したらこの国はさらに良くなると思ったのも事実だ。アーク家は悪だ。幼い子供を、奴隷にしたり違法な金利での金貸しに怪しいクスリ皆んなアーク家が関わってるって噂だ。俺もこの目でアーク家で苦しめられてる女の子を見て確信したんだ。誰かがやらなきゃならなかったんだ。」


「アーク家が悪かどうかはこの際どうでもいいわ。でもねアルト君、アーク家が人々を苦しめていたとしてそれを正すのは国の仕事よ。貴方1人の裁量でどうにかしていものではないし、勇者の力は自分勝手に行使していいものではないの。怪我人を出してそれは分かったでしょう」


勇者は押し黙る。自分勝手に力を行使した結果人を傷つけて周りの人間を不幸にしてきたのだ。これでは散々悪と言ってきたアブソリュートと変わらないと気付いたのだ。


「私達は償わなければならないの。貴方にはこれから屋敷を出て冒険者として活動してもらうわ。10億は普通にやってたら到底稼げる額ではないけど冒険者なら依頼によっては返済も夢ではないわ。勿論監視はつくし許可なく国外に行こうものなら今度こそ命が危ないわよ。

冒険者として国に貢献しなさい。それが貴方にできる償いよ。」


「アリシア……俺は…」


「話しは終わりよ。出て行って」

 

拒絶するように勇者の言葉を遮る。これ以上会話をする気はない、そう言っているように感じた。勇者はそんなアリシアの雰囲気を察し、出て行こうとする。


「………悪かったアリシア。元気でな」


顔を見せずにアリシアに背を向けたまま別れを告げて勇者は屋敷を去った。


勇者が出ていくのを部屋から見届け、一人残っているアリシアはようやく肩の荷が降りたのか脱力した表情をしている。ふと思い出すアルトと過ごした日々。


「……長い付き合いだし、別に嫌いではなかったけど好きでもなかったわね。めちゃくちゃ迷惑な弟って感じ。でもこれで精神的に楽になるわね。もうアルト君の首輪は王家が握ってるし冒険者になって問題を起こしても私には何にも関係ないんだから。」


今回の結末はアリシアにとって都合の良いものになった。理不尽に責任を押し付ける父といつも尻拭いさせられる勇者どちらも排除されたのだから。


「もしかして知ってて2人を追い出してくれたのかしら?……流石にそれは考えすぎかしらね。」 


アリシアはアブソリュートの事を思い出す。すると胸の内が疼くように温かい気持ちになっていく。


「『全て私のせいにして楽になれ』か…。優しい言葉ね、そんな事出来るわけないのに。思えば異性に優しくされたのって初めてじゃないかしら。…あんなに長い時間一緒にいたっていうのにアルト君そういうところよ…」


アリシアはアブソリュートが言ってくれた言葉が思い出としてずっと胸に残っていた。


「婚約か〜、やっぱりした方が良かったかな?」


口に出してはみたが、やはりアリシアにはアブソリュートと婚約は出来なかっただろう。責任感の強いアリシアに全てを捨てる事はできはしなかったのだ。

 仮に捨ててアブソリュートの元へ行ったとして後々、罪悪感に押し潰される日々が待っているだけだった。





アリシアはあの事件以来の登校をした。

教室に入ると心配してくれた友人達に囲まれて、心配ないと伝える。


そうこう対応している内にアブソリュートが教室に入る。アブソリュートが入る時は毎回クラスがピリつくが今のアリシアはそれどころではなかった。


(あっ、アブソリュート君だ。どうしよう、挨拶してもいいのかな?一応久しぶりの登校だし、顔見せるだけでもした方がいいよね)


アリシアがアブソリュートに近づき声をかける


「おは「ご機嫌よう!アブソリュート君」


挨拶をしようとするアリシアに割り込んできたのは、 

クリスティーナ・ゼンだった。


「朝からうるさいと思ったらまたお前か…」


「えぇ、えぇ、私ですよ。今日こそは私と勝負して下さいますよね?」


アリシアは動揺していた。 


(えっ⁈あのクリスティーナさんが名前で呼ぶなんて…しかも君付けって…。自分の傘下でさえ家名でしか呼ばないくらい他人に興味無さげなのに、あの2人いつの間に仲良くなったの?)



「やらん。そんなに暴れたいならミストを貸してやるから2人で遊んでこい。」



「アブソリュート君…友人は大事にした方がいいですよ?まぁ、いいわ。また後で誘いにきますね」


それだけ言ってクリスティーナは自分の席に戻っていった。アブソリュートは自分の元へ来たアリシアの存在に気づく。


「次はお前か、アリシア・ミライ。何の用件だ?」


アリシアは固まっていた。嫌われているアブソリュートにも気さくに話しかけてくれる人が身内以外にいたことにショックをうけたのだ。


(私だけだと思ったのにな…)


アブソリュートに対してジト目で声をかけた。


「アブソリュート君って女たらしね」 


「…?何のことだ?」



アブソリュートはいらぬ誤解を受けるのだった。



その後、アリシアは勇者と父の手から解放されたおかげでストレスの少ない日常を送ることができた。















勇者が戻ってくるまでは…………

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