魔物強襲
第30話 悪とは
1人の男がいた。
男は国の中で悪を成すのが役割だった。違法紛いの事も行うが一番の悪徳は人を殺す事だった。国の黒の部分を全て背負い、誰にも知られることなく国を乱す悪人を殺していく。
男が悪人を殺す理由それは、国からの命令であり自分以外の悪を滅ぼし統制することが家の役目だったからだ。
闇組織のトップでもある男は争いの日々であった。
どれだけ陰で人を救っても、国の為に汚名を被っても、家や派閥の為にその力を振るおうとも、男の周りや後ろを付いてくる者は殆ど居なかった。別に誰かに認めて欲しかったわけではない。
だが、自分のしていることが無意味だと、そう感じることが恐ろしかった。男は王家や傘下の者達、そして自分が独りとなった元凶のスキルを憎んだ。
だが、自分以外の全てを憎み、嘆いた末に男は気付いた。いくら嘆き他人やスキルを憎んでも無駄だと。
それに気付いた男が求めたのが、圧倒的な力だった。
全ての悪を圧倒する力を求めて、男は自身の身体を限界まで痛めつけ、得られる限りの力を得ようとした。
必要としていたのは、ただの力ではない。
誰もが恐れを成し逃げ出す、圧倒的な強さを男は求めた。
己を鍛え上げ、どんな苦痛にも耐えてきた。
力を付け悪に立ちはだかる男は、悪を殲滅する。
悪意を圧倒的な力で捩じ伏せ、国を領地を1人の理解者を守る為に奔走した。
だが、男がどんなに強くなろうとも男の理解者はおらず、むしろその強さを恐れて国からも危険視される。
そして最後はこの世の全ての罪を背負わされ男は国から討伐される。
男が人知れず国の為に戦ってたことは誰も知らない。
それ故に実績を、改竄し黒い部分だけを公表することで男は国の敵となった。
「何故だ――!!」
悪と戦う為に身に付けた力を、今は守ってきたはずだった同じ国の者に奮っている。
血を纏った剣を下ろし、返り血を浴びたまま男は慟哭した。
アブソリュートは長い夢から目を覚ます。
「……またこの夢か。原作で語られなかったアブソリュートの人生…ホントに反吐がでる。」
アブソリュートはたまに変な夢を見る時がある。自分と同じ姿をした人間の人生のような内容であるが、あまりのリアリティにそれは原作のアブソリュートの人生を見ているのではないかと仮定している。
「私と同じ歳の頃から人を殺してきたんだ、死が日常にあるせいで罪悪感を抱くことなく人を殺してきたんだろう。前世の記憶を持つ私とは違うし、むしろ原作のアブソリュートの方がこの世界では正常だろう。
だが、私はどうしても国の為だからと原作のアブソリュートのように人を殺すことを割り切ることができない。あんなに人を殺しておいてどの口が…何をしているんだ私は…。」
アブソリュートは前世の価値観とこの世界の価値観に揺れていた。
今のアブソリュートは国の命令という大義を持って人を殺してきた。原作のアブソリュートと同様に悪や敵を殺す時に容赦のない残虐さを持ち合わせているが、前世の価値観が足を引っ張り人を殺すことを罪だと認識してしまっている。
故に『私は悪だ』と何度も自分に言い聞かせ、自分の行いを正当化しないようにしていた。
『あなたって意外といい人ね』
アリシアから言われた言葉を思い返すたびに何度も
心の中で否定する。
(いいや、私は悪だ。嫌々だが人を殺すし、自分や仲間以外が死んでも何とも思わない。国からの依頼だったとしても人を殺す事は悪だ。)
久しぶりに見た夢のせいで最悪な気分で朝を迎えた。
その日学園が休みのアブソリュートは久しぶりに
アーク領に帰還した。理由は父から話があるとの事
なので恐らく裏の仕事の依頼だと推測される。
裏の仕事を好まないアブソリュートは足取りを重く
しながら父の待つ部屋に向かう。途中で久しぶりに会う
年老いた使用人達がアブソリュートに礼をし帰宅を祝う挨拶をしていく。
(ホントいつ来ても中年と老人しかいないなこの家は。
少子高齢化を嫌というほど突きつけてくる。むさ苦しいし帰りたい…)
心の中で文句を垂れながらも父の待つ部屋のドアを
ノックする。
「アブソリュートです。ただいま戻りました。」
返答を待つと中から執事が出てきてアブソリュートに
部屋に入るように促す。
「よくきたなアブソリュート。まぁ座りなさい。」
アブソリュートは父の向かいにあるソファーに座る。
執事が入れてくれた紅茶を飲んで一息ついてからアブソリュートは口を開く。
「それで依頼はなんですか?」
「相変わらずせっかちだな。まぁその話は後でいいだろう。それより先に話したいことがある。アブソリュート、前に話したハニエル姫との婚約考えてくれたか?」
アブソリュートは王太女であるハニエル姫との縁談を
以前より王家から受けていた。またその話かとアブソリュートは顔を顰める。
「またその話ですか…。私はハニエル姫との婚約はするつもりはありません。どうせ、私を王家に縛る為の婚約でしょう?私にメリットもない婚約なんて御免ですね」
「メリットがないなんてそんな事はないぞ?
ハニエル姫と婚約すればアーク家派閥の地位が上がる。
それにお前も使える権力が増えるし、表立って私達を非難する声も減るだろう。」
何故か父は婚約に肯定的な姿勢を見せる。
だが、現在闇組織の手綱も裏の国防の任務もアブソリュートが基本的に担っているため父であり当主のヴィランであってもこの婚約を勝手に決める事はできないのだ。
「ハッ!地位?権力?私がそんなものいつ欲しがりましたか。
それに私達は悪だ。今更地位や名誉等必要はない筈です。」
王家との婚約の話となると面倒な事この上なかった。
だから、アリシアとの婚約ができれば王家から縛られることもなく安全に裏の国防の任務からおさらばできると考えていたが断られた為にこうして面倒くさい対応をする羽目になっているのだった。
ヴィランはアブソリュートの答えを聞き終えため息をつく。
「まぁお前の気持ちも分かるがな。だが、今回の婚約の話は国王は本気だぞ?嫌だろうが、その内顔合わせがあるかもしれないからな。その時はちゃんと来いよ?
さて、では本題に入るか。」
アブソリュートは父から指令を受ける。
「スイロク王国の闇組織『ギレウス』が新興勢力の『ブラックフェアリー』との勢力争いに負けてライナナ国に根城を移した。それでアーク家の傘下に入りたいと打診してきている。話次第では殲滅してこい。」
スイロク王国は現在闇組織の動きが活発化していて
民間人も昼も1人で出歩けないくらい危険である。
その原因として貴族と闇組織が癒着していて殲滅できずにいるのがスイロク王国の現状であり現にライナナ国へレオーネ王女を留学という形で避難させている。
「なる程理解しました。ですが、疑問があります。ギレウスの奴らは一体どうやってライナナ国に入ったんです?」
ライナナ国は表では警備隊が裏ではアーク家の傘下が入国を厳しく管理している。他国の闇組織の人間が一気に大勢が中に入っているなど考えられなかった。
(考えられるのは2つ。アーク家傘下の者達が手引きしたか、スイロク王国で交渉屋を使ったかだな…。恐らく後者だろう。)
交渉屋……裏の世界では有名な異名だ。闇組織を中心に自らを交渉人と名乗って活動しているが、金次第でどんな仕事でも行う男だ。
転移のスキルを持っており捕まえようともすぐに逃げられてしまう厄介な奴だ。原作では学園の試験で行われる大規模遠征試験で大量の魔物を放ち、多くの死者を出した主犯だ。
「我が家からは手引きはしていない。あんな潰れかけの組織等価値はないからな。傘下の者達もアーク家を敵に回してまでギレウスを入れようとはしないだろう。恐らくあの交渉屋を使ったな。全く忌々しい奴だ。」
父ヴィランもアブソリュートと同じ判断を下した。
(転移を使ったタイミングによっては捕まえられるかもしれないな。原作でも転移を使えなくなった所を勇者に見つかって殺された訳だし。
最悪まだその場に残ってるだけでも充分だ。切り札はある。)
本来なら大規模遠征試験の時になんとかしようとした相手がのこのことやってきた事に幸運を感じた。
「一応そこら辺も含めて聞き出してから始末します。では行ってまいります。」
「あぁ、そうだ。それと2週間ほど私も任務で遠出する。何かあれば執事に預けておいてくれ。」
「承知しました。」
アブソリュートは『ギレウス』の詳細な情報を受け取り行動を移す。
【ギレウス視点】
ライナナ国王都から南に離れたフラワー領にある酒場
にて、いつもならガラガラだった酒場が柄の悪い男たちで埋め尽くされていた。
男達はスイロク王国から逃げてきた闇組織ギレウスの
メンバーである。
闇組織ギレウスのリーダーのオリオンは苛ついていた。
かつてスイロク王国の1番の勢力を誇っていた闇組織派閥だったギレウスが新興勢力『ブラックフェアリー』との争いに負けて他国にまで亡命する結果になってしまった。
プライドの高いオリオンにとって屈辱以外の何者でも無かった。
「クソッ…、絶対にこのままでは終わらせねぇ。
この国で力を蓄えて絶対に復讐してやる…」
「もちろんです、ボス。ですがこれからどうしますか?
交渉屋を雇ってライナナ国に入れたのはいいですが……生憎何千といたメンバーも50しか残っていません。
今後の方針を考えましょう。」
メンバーの1人がオリオンに方針を決めるように求めた。酒を飲んでいたオリオンだったが頭の中はクリアだった。部下の質問に対して返答する。
「……悔しいが、今の俺らにはどうすることもできねぇ。だからこの国の闇組織の傘下に入ろうと思う。
この国の闇組織はアーク家って言う上位貴族の庇護下にあるらしい。貴族様が守ってくれるならこの国でもやりたい放題だ。庇護の下で力を貯めて復讐してやる」
「大丈夫ですか?正直今の俺らにアーク家が迎え入れるだけの価値があるとは思えませんが…」
築き上げてきた地位も財産も仲間の多くを失ったギレウスはただのチンピラの集まりと言っても過言じゃなかった。
「大丈夫だ。ライナナ国にくる前に貴族から見た目の良いガキを攫ってきただろう、それを献上する。それに俺らは腐っても元スイロク王国の裏を占めていたギレウスだ。そこいらのチンピラより役に立つし、スイロク王国についての情報も持ってる。無下にはしないさ。糞、交渉屋の野郎…金払ったんだから交渉までやって帰れよ。」
そう話を進めていると部下の1人が血相を変えて酒場に戻ってきた。
「ボスッ!アーク家を名乗る者が来ました。」
「何っ⁈人数は?」
「1人です。男が1人。」
(とりあえず第一関門はクリアだな。俺らを殲滅するなら頭数を揃える筈、アーク家も迎え入れる気があるってことか?)
殲滅も視野に入れていたオリオンは密かに胸を撫でおろした。
たが、それは間違いだったと早々に気づく事になる。ギレウスのメンバーで満たされた酒場の空間に1人の男が入ってきた。男が酒場に足を踏み入れた瞬間に、ギレウスのメンバーに途轍もない圧力が降りかかる。
(何だこの圧力…只者じゃねぇ。何度も修羅場を潜ってきた俺が震えてるだと⁈)
あまりの圧力に動けないギレウスのメンバーをよそに男は口を開く。
「お前らがギレウスだな?私はアーク家からきた者だ。用件は聞いている。アーク家の庇護を得たいんだってな?」
リーダーであるオリオンは乾いた唇を舐めて何とか返答をする。
「は、はい。俺達はこれでもスイロク王国では長年頂点を張ってたんだ。絶対に役に立ってみせます。」
機嫌を損ねるとヤバイと感じたオリオンは必死に自分達の有用性をアピールする。
「……一つ聞かせろ。お前達どうやってライナナ国に入った。もしや交渉屋を使ったのではなかろうな?
いつ依頼して、いつ別れた?」
アーク家の男は矢継ぎ早に問いかける。
「はっはい。ライナナ国は警備が固いので3日前に交渉屋に依頼し全員転移が終わった段階で…昨日別れました。…不味かったでしょうか。」
オリオンは何か男の逆鱗に触れたのではないかと冷汗を流す。男は何か考えこむように口を閉じ酒場の空間がさらに張り詰める。
「そ、そうだ!アーク家の方に貢物があるんです。お前らアレを持ってこい。」
オリオンは部下に指示し貢物を持ってこさせる。
アーク家の男はそれを見て眉間に皺を寄せる。ギレウスの者達が連れてきたのは10を過ぎた位の双子の子供だった。
恐らく暴行を受けたか、2人とも傷だらけで片方は虫の息だった。
「スイロク王国から攫ってきた双子の姉妹です。珍しい事に2人共オッドアイでこの麗しい見た目、将来高く売れるでしょう。ギレウスは人攫いをメインにやってきた組織です。きっとアーク家の利益になってみせます!」
(交渉屋の話ではアーク家には奴隷商はあっても人攫いはしていないって話だった。俺らの入れる隙はある筈だ。)
「…そうか、話は分かった。お前らの熱意も有用性も伝わった。」
「ではっ‼︎」
ギレウスのメンバーは庇護を得られると思い笑みを浮かべる。
「その上で伝えよう。不採用だ。」
「えっ⁈」
気づけばギレウスのメンバーがいた居酒屋は闇の魔力で覆われていた。
「お前らは悪として相応しくない」
ダークホール
千を超える魔力の腕が酒場中から生えてきてギレウスを襲った。
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