第29話 ミライ家

勇者が事件を起こしてから日が経ち、今日はいよいよ勇者の後ろ盾のミライ家と勇者から被害を受けたアーク家の示談交渉が行われる。


アブソリュートは今回勇者からクラスメイトの前で名誉を傷つけられたのに加えて不意打ちを受けた。勇者といえど身分は平民であり、被害を受けたアブソリュートは高位貴族だ。本来なら勇者といえど処刑されてもおかしくはないが、王家からの懇願の末に処刑は出来なくなってしまった。


 そのかわりにアブソリュートは王家の宝物庫からいくつか魔道具を頂いた。これは今後原作イベントをこなしていくにあたり必要な物である。アブソリュートは基本的に自分や傘下の者達に関係ないイベントはスルーするつもりだ。だが、1年の間に死者を多く出すイベントがありアーク家派閥にも被害がでる可能性があった。今後原作通りに進んでいくにあたりどうしても介入しなければならないと考え今回は勇者の命を諦めて魔道具で手を打ったのだった。





【アーク家】


これから来るミライ家との示談の打ち合わせをアブソリュートとその父ヴィランは行っていた。


「ふむ。アブソリュート主導で進行するのは私は構わない。だが、落とし所に関しては本当にそれで良いのか?確かにミライ家にはダメージにはなるが外壁を強化するとなると周りの貴族からは反発があるぞ?」


ヴィランはアブソリュートの考える示談の内容に納得が出来なかった。アブソリュートはミライ家に対して慰謝料とは別にミライ家から取れる対魔石を使って外壁を強化しようとしているのだ。理由は将来国との戦いを想定してのものだが同じ景色をみていないヴィランには分からないものだった。


「いえ、王家にも許可をもらったので大丈夫かと。それに私は謝罪も重要ですが、何か形で誠意を見せてもらった方がいいと考えています。主犯の勇者にも大損害ですしこの方向に持っていきます。」


「……そうか。まぁ、アブソリュート主導で進めるんだ好きにしろ、ただし絶対に情けはかけるなよ。ミライ家が勇者の教育を怠らなければ今回のことは起こらなかったんだからな」


「えぇ、大丈夫です。悪が敵に情けをかけるなんて有り得ませんから。」


(8割聖女のせいだけどな。だが、勇者をミライ家から切り離すチャンスだ。絶対に切り離してみせる)



コンッコンッ



話しも終わりかけの頃、部屋のドアからノックの音がなる。


「入れ」


「お話の所申し訳有りません。ミライ家の方々がお見えになりました。」


外で控えていたマリアからミライ家の到着が知らされる


「そうか、応接室に通しておけ。では、私達もこの紅茶を飲んでから行きましょう」


(向こうに合わせる必要なんかない。焦らせるだけ焦らそう)


ヴィランはアブソリュートの意図を汲み取り共に一服してから示談に臨む。



【示談】


アブソリュート達は一服した後、ミライ侯爵の待つ応接室に向かう。


ライナナ国の貴族には大きく分けて3つの派閥が存在する。国王を支持している王派閥。王家に権力が集まりすぎるのを危惧して貴族に力を集めようとする貴族派閥。王派閥と貴族派閥の間に立ちバランスをとる中立派閥。


ミライ侯爵は王派閥に属しており、勇者とアリシアの婚約が決まってから派閥内での発言力と力が増したことで有名だ。


アブソリュートとヴィランが部屋に入る。中にいるのはミライ侯爵とアザだらけ姿のアリシアだった。ミライ侯爵とアリシアは中に入ってきた2人を見ると立ち上がり深々と礼をした。アブソリュート達は一瞬アザだらけのアリシアを見て硬直しかけたが何事もないように向かいの席につく。


「ミライ侯爵、アリシア嬢どうぞお座りください。」


アブソリュートは二人に座るように促し、二人は席に着いた。


(ミライ侯爵やりすぎじゃね?聖女抜きにしてもアンタの教育不足の過失のが大きいんだぞ。もしかして、アリシアに全責任持っていこうとしてる?流石に勇者は連れて来てないか…まぁ何するか分からないしな。)


初めに口を開いたのはミライ侯爵だ。


「アーク卿にアブソリュート殿この度は、勇者が愚かな事をしてしまい申し訳ない。特にアブソリュート殿には謝罪しても決して許されないことをしてしまった。本当は本人も連れてこようとしたが反省の色が見えず不快になるだけと思い屋敷にて軟禁しております。申し訳有りません。」


ミライ侯爵とアリシアが深々と頭を下げる。


「勇者といえどたかが平民が事を犯したのだ、ただで済むはずもあるまい。ミライ侯爵、貴方は勇者に一体何を教えてきたんです?証拠もないのに犯罪者呼ばわりしてきたんだ、まさかミライ家はアーク家を犯罪者だと教えていたのですかな?」


「いいえ、私はそんなことは教えてはいません。我が家では勇者の教育係は年が同じほうが良いだろうと勇者の事はアリシアに一任しておりました。」


(やはりアリシアに責任を被せてきたな、…屑が。)



「にもかかわらずこのような事が起こるとは…この愚娘が‼」


バチィィィィン


アリシアの頬を叩く鈍い音が響いた。勢いよくぶたれたアリシアは椅子から転げ落ちる。


「申し訳……ありません。」


ミライ侯爵がアリシアをもう一度叩こうと手を振り上げる


「貴様っ!謝ってすむわけ…「黙れ…」」


静かな低い声が部屋に響く。アブソリュートの威圧によりミライ侯爵は今まで味わったことのない圧力を全身に感じる。ミライ侯爵は未だ学生の身でこれだけの圧力を出しているなんて信じられなかった。自然と呼吸が乱れているように感じる。


「ここをどこだと思っているミライ侯爵。何故貴様の三文芝居を我々は見せられているんだ?これ以上茶番を続けるなら殺すぞ?」


「も、申し訳ありません……」


ミライ侯爵もあまりの圧力にアブソリュートが年下なのも忘れて丁寧に謝罪した。ミライ侯爵はアブソリュートの威圧で過呼吸気味になりながらも謝罪し席に着く。


「もういい、貴様の謝罪に価値などない。アーク家からの示談のための要求は3つ。


一つ目はアーク領の外壁を補修する為に必要な対魔力石を提供すること。

二つ目はミライ家と勇者はアブソリュートに慰謝料20億を払うこと。

これは最低でも勇者に半額は払わせろ。払い終えるまでは学園は停学だそうだ。

三つ目は勇者とアリシアの婚約を破棄すること。


以上3つを要求する。異論は認めないぞ?」


「そ、そんな…二十億だと⁉それに婚約破棄だなんて。この婚約は陛下が認めたものですよ!」


ミライ侯爵は狼狽える。アブソリュートは示談するにあたりアーク家の諜報員を使い、ミライ家の税収を調べ相場を無視して払えるギリギリの額を要求した。勇者に関してもいくら勇者のスキルがあっても、この額を稼ぐのは国家を救うなどの偉業を成し遂げない限りは不可能である。だが、ミライ侯爵が一番避けたいのは婚約破棄だ。勇者との婚約で今の派閥内での立ち位置を得ることができた侯爵にとってそれを破棄するのは失墜を意味している。


「本来なら勇者といえど処刑だぞ?王家の介入があったからこの程度で済んでいるんだ。あぁそうだ、慰謝料を全額払い終えたなら婚約破棄の解消をしてもよいそうだ。全く甘い裁定だ。それとミライ侯爵貴方を王の元へ移送させてもらう。これは王命だから拒否はできないからな。」


「な、何故私がっ⁉」


「なぜ?貴方はミライ侯爵だろう。さっきはアリシア嬢に責任を擦り付けていたが本来勇者の教育は後ろ盾であり後見人の貴方の責任で行われるべきものだ。なのに、貴方はそれを怠り将来国の戦力の要になるであろう勇者の教育に失敗した。故に責任を取らなければならない。言い訳は王家に聞いてもらえ。では父様ミライ侯爵の移送をお願いします。」


「ああ、アリシア嬢は任せたぞ」


父ヴィランは振り払おうとするミライ侯爵を無理やり部屋から連れだした。

邪魔者はいなくなりアブソリュートはアリシアに向き直る。


「示談はこれで終わりだ。こちらからの要求を一方的に突きつけた形だがな。後日王家のほうから内容証明とサイン入りの公正証書が届くだろう。まぁ加えてお前の父親は当主から最低でも降ろされるだろうがな。」


これはあらかじめ王家との交渉の際に決まっていたことだ。ミライ侯爵が要求を飲もうが飲まなかろうが結末は同じだったのだ。



「……そう。ごめんなさい…私がしっかりしてなかったから皆んなに迷惑をかけてしまったわ。私のせいなの全部。」


ミライ侯爵の張り手により口もとが切れて喋り辛そうにしながらアリシアは続ける。


「アルト君がアーク家に敵意を持ったのも私がちゃんと止められなかったからだし、貴方の侍女にちょっかいを出したのも私が見てなかったから。」


アリシアは立ち上がりアブソリュートと向かい合う。

アリシアの感情が決壊し涙を流しながら、徐々にアリシアの言葉に感情がこもっていく。



「…貴方を犯罪者呼ばわりしたのも、先生を…攻撃したのも……全部私が悪いんでしょ‼︎ねぇ!なんで私ばかりこんな目に遭うの⁉︎私何もしてないじゃないっ、何時も何時もアルト君が何かやらかすたびに私が怒られてきて、更には家同士の問題に発展したのも私のせい?ふざけないでよあんな力を持っている独善的な人、私の手に負えるはずないじゃない……。私には…無理よ…」


まるでこれまでの怒りを全てぶつけるかのような独白だった。


原作ではマリアの教育で勇者も今ほど酷くはなかった。それに加えてアリシアのメンタルもマリアが陰でフォローする形で成り立っていたのだ。今の世界でマリアは、ミライ家にいない。アリシアはずっと1人で背負って抱え込んでいたのだ。


アブソリュートはアリシアの独白を何も言わずに全て受け止めた。



「ごめんなさい。貴方は被害者なのに、私が被害者面しちゃって。」


アブソリュートはそんなことはないと言うかのように首をふる。その後アブソリュートはアリシアの手を取り回復魔法をかける。


「アブソリュート君?えっ回復魔法⁉︎」


いきなりの回復魔法に驚くアリシアにアブソリュートは言った。


「アリシア・ミライ。今回お前は悪くない。悪いのは暴れた勇者とそれを放任してきたお前の親。……そして私だ。」


「えっ?違うわ、貴方は悪くない!貴方は被害者よ」


アリシアは否定するが、アブソリュートは続ける。


「私にもっと圧倒的な力があれば勇者も手を出そうとは思わなかっただろう。馬鹿にも分かる形で明確に力を見せなければならなかったのだ。」


「そんな事……」


「だからな…アリシア・ミライ。お前は私を恨んでもいいんだ。」


「何を言っているの?」


アリシアにはアブソリュートの言っていることが分からなかった。


「全て私のせいにして楽になれと言っているんだ。私はこの国では悪だ。お前1人の恨み辛みぐらいなんてことはない。お前の向けどころのない感情も全て私のせいだと思えばマシになるだろう?」


アリシアは一瞬何を言っているのか分からなかったが理解した後、少し表情が緩む。


「ありがとう。でも遠慮するわ、何も悪くない貴方にあたるくらいならアルト君にでもぶつけるわ。……そうか最初からそうすれば良かったのね…1人で抱え込んで勝手に爆発して馬鹿みたい。」


アリシアは何か消化できたのか納得した表情を浮かべる

もう先程までの壊れそうなアリシアはそこにいなかった


「アブソリュート君って怖いしめちゃくちゃ嫌な感じな雰囲気してるけど、貴方を傘下の貴族が慕っている理由分かった気がするわ。貴方って結構いい人ね」


アリシアの言葉を聞きアブソリュートは嫌そうな顔をする。


「私がいい人だなんてお前頭大丈夫か?私はこの国では悪者だ。さっきの言葉もお前を思っての言葉じゃない。勘違いするな。回復魔法もお前の傷が見苦しかっただけだ」


アブソリュートの嫌そうな顔をしながら否定する様子が面白いと感じアリシアに笑みが溢れる。


「うふふっ。不思議ね、久しぶりに笑えた気がするわ。ありがとうアブソリュート君。」


「ふん。随分とつまらない日常送っているようだな。」


「ええ、…本当に辛い日々だったわ」


アリシアは思い返すように天井を見上げた。

しばらく間が空いた後、アブソリュートの口が開く。


「なぁ、アリシア・ミライよ」


「何かしら?」


少し間を空けて言葉を放つ





「お前、私の元にこないか?」





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


少し間が空いてすみませんでした。













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