第35話 襲撃
謎の衝撃音が響き何事かと動揺していたミスト達に木々の向こうから気を失ったレディを担いで戻ってきたオリアナはミスト達に言った。
「ミスト、結界が破られた!やばい魔物がこっちに向かって来てる!」
「おいおい、マジすか…」
(よりにもよってアブソリュート様がいない時に…。それにブラウザ家の結界を破るほどの魔物ってなんだよ!)
ブラウザ家の固有魔法『結界生成』はあらゆる効果を持った結界を作成できる。今回作成した魔物避けの結界は魔物が入らないように外側をかなり強固に作成していたのだ。
頑丈さに信頼を置いていた結界を破るほどの魔物がいる事にミストは動揺を隠せない。
「オリアナ、レディは大丈夫すか?意識がないようですけど?それと何があったのか詳しく教えて下さい」
「…遠くからでよく見えなかったけど人型の魔物が岩?のような物を結界の外から私達に投げて結界を壊したの。私もレディちゃんも何とか回避できたけどレディちゃんはその時バランス崩れて頭打っちゃって」
「なるほど…状況は最悪っすね。レディが倒れたら空に魔法を放てる人がいないっす。これじゃあアブソリュート様や先生を助けに呼べない…」
「オリアナ聴いてほしい。アブソリュート様は今出られてて15分ほど戻らない。だから俺達だけでどうにかしなきゃいけないっす」
「そんな……なんで…」
ミストの話を聞きオリアナは顔を絶望感で顔を青くする。アブソリュートがいたならこの状況でも何とかなっただろうがいまはそれがいないのだ、無理もない。
森の奥から何かが近づいて来る気配を感じる
気配のする方を見ると先程オリアナが通ってきた方から2メートルを超える黒い肌をした巨大な人型の魔物が姿を見せる。ミスト達が合流し状況を確認している間に魔物はオリアナを追ってミスト達の元へ来てしまったのだ。その魔物は逃げたくなるほどの威圧感をだしており、その実力差を肌から感じさせる。魔物は赤い眼でミスト達を嘗めるように一瞥した。
まるでアブソリュートの威圧を受けた時のような圧力を感じミスト達は即座に武器を構え魔物の方へ振り向く。
「何すかあの魔物は?」
ミストの呟きにレオーネ王女が答える。
「アレはオーガです…それも"上位種"の…。何年か前にスイロク王国で討伐された個体を見たことあるので間違いありません」
オーガの"上位種"と聞きミスト、オリアナ、は息を呑む。
人型の魔物は人間に近いほど知能が高く、知能の高い魔物は強くなる為に他の魔物を喰らうようになる。その過程で生まれるのが"上位種"だ。通常の魔物と姿が変異し能力が飛躍的に上がる。
通常のオーガでもその強さはライナナ国の騎士1人分である。それの"上位種"ともなるとその強さは想像に難くない。
「レオーネ王女様、レディを連れてここから離れて下さい。オリアナはマリアさんを呼んできて欲しいっす。」
この状況でオーガから逃げて脱出するといった考えはない。相手は魔物であり確実に追ってくるだろう。ならここでマリアが来るまで時間を稼ぐのが得策だと考える。マリアはあのアブソリュートが王女の護衛の為にと連れてきた実力者だ。ミスト自身もマリアとは過去に何度か模擬戦をしてその実力を理解している。上位種の魔物でも彼女なら勝てる筈だ。
(時間稼ぎぐらいならできる筈…こういう時の為にアブソリュート様に鍛えてもらったんですから)
レオーネ王女を後方に置いたのは何かあったらアブソリュートの責任問題になると考えたからだ。
ミストはレオーネ王女に後方待機をお願いするが、それに逆らうようにレオーネ王女は剣を抜く。
「いいえ、貴方だけに戦わせません。レディさんはウチの侍女に任せますのでご心配なく」
「イヤイヤ、貴女に何かあるとアブソリュート様の責任になるんすよ」
「大丈夫ですよ、何かあったらちゃんと庇いますから。それに非常時には身体を張って民を守るのがスイロク王家と教えられています。貴方達は民ではないですが今日共に戦った戦友、1人で戦わせはしないわ」
ミストは今日一日同じグループとしてレオーネ王女の戦いを見ている。確かに正々堂々やればミストよりは 強いだろう。
ミストは頭をガシガシ掻きながら考え結論を出す。
「ーあぁっもう!自分の命を最優先でお願いしますよ。貴女の命がこの中で1番重いんですから。では、魔物はマリアさんが来るまで俺とレオーネ王女でやりましょう。オリアナはマリアさんを呼んできて下さいっす」
「…了解」
「一応頭の隅に置いておきますよ。あとブラウザさん時間稼ぎ何て言わず倒す気持ちで臨まないと死にますよ!」
ミストとレオーネ王女はオーガと向き合い、その2人を背にオリアナはマリアを呼びに駆け出した。
初めに動いたのはレオーネ王女だった。オーガに向かって駆け出し仕留めにかかる。オーガの身体を横から剣で切りつけ意識をレオーネ王女自身に集中させる。
オーガの赤い瞳がレオーネ王女を捉える。次の瞬間、オーガはレオーネ王女の元へ距離を詰めその剛腕を振り下ろした。
「「ーっ!」」
レオーネ王女は瞬時に地面を蹴って回避する。オーガの剛腕が地面に振り下ろされ凄まじい衝撃が空気を伝って離れた位置にいるミストに伝わる。
「レオーネ王女、無事ですか?」
「私はいいから、自分の心配をして下さい!」
レオーネ王女はミストに叫び返した。
「一撃当たっただけで死んじゃいますね。とりあえず地道に削っていきましょう!今度は俺が気をひくんでその隙に攻撃してください」
ミストはオーガの注意を引くように距離を詰めてナイフで足を切り付けレオーネ王女も援護するようにオーガの死角をついて自慢の剣捌きで何度も斬りつけ確実にオーガにダメージを与えている。
(流石ですね…俺なんかより遥かに強い、嫉妬しちゃいますね。それにしてもこいつさっきから俺の攻撃の時だけ全く動かない?…まるで俺なんか初めから眼中にないようなそんな感じがする…。何か魔物らしくなくって不気味っすね)
オーガが動いた。オーガは切り付けたミストを一瞥もせずにレオーネ王女に狙いを定める。
「レオーネ王女!コイツ貴女を標的にしてます」
なんとか対象をこちらに変えようと後ろから何度も斬りかかるが皮膚が硬くどうしてもダメージが通りづらい。オーガは止まる気配はなく直進する。
「大丈夫です、『強化』発動」
レオーネ王女はスイロク王家固有魔法の『強化』で強化した身体能力と努力で磨いた剣捌きを用いて戦闘をする。強化種のオーガと比べるとパワーは劣るが強化を使えば充分渡り合える。
固有魔法で身体を強化したレオーネ王女がオーガを迎え撃つように駆け出して上段の構えから振り下ろすようにオーガの身体を切り裂いた。切り裂かれたオーガの身体から血液が吹き出す。レオーネ王女自身も手ごたえを感じ終わったと思ったがまだオーガは死んではいない。オーガはレオーネ王女に対して無造作に剛腕で薙いだ。
「ぐっ…」
オーガの攻撃が身体に当たりレオーネ王女が弾き飛ばされる。
「レオーネ王女ッ⁈」
「…大丈夫だから…自分の心配をしなさい」
剣を支えになんとか立ち上がるレオーネ王女。
身体を強化していたので見た感じ大怪我はなさそうだ。だがダメージは受けているのでまだ充分に動くことが出来ない。
ミストはレオーネ王女がオーガにつけた傷を観察する。かなり深く切り込まれていて決して浅くはない。
(あの傷なら一気に決められるのでは?)
ミストは勝負所と判断してレオーネ王女とオーガの間に入り、レオーネ王女が付けた傷にナイフを深く突き立てる。先程とは違い確かにダメージを与えている感覚がする。
(いける!オーガを倒せる!このままいけば…)
オーガはミストを敵として認識していないがレオーネ王女の前に立ち塞がるミストを排除しようとミストに向けて何度も拳を振り下ろす。
ミストはオーガの攻撃をギリギリで回避しつつ命懸けで何度もナイフを突き立てる。だが、何度も致命傷を与えられてもなおオーガは生きていた。
何度も攻撃しているとナイフがオーガの筋肉の繊維に挟まり抜くのに一瞬手間どってしまった。その間にオーガがミストめがけて拳を振るう。
(あっ避けれない…死んだ)
オーガの攻撃がゆっくりに見えるが身体が動かない。ミストはただ自分の死を待っていた。
「危ないっ!」
オーガの攻撃がミストに当たる瞬間レオーネ王女がミストの身体を庇うように突き飛ばした。
だが、ミストの代わりにレオーネ王女がオーガの攻撃をもろに受けてしまった。
ミストはレオーネ王女の元へ駆け寄り身体を担いで、オーガから距離をとる。
レオーネ王女は内臓にダメージを受けたのか口から吐血しているが強化の魔法を使っていたので命の心配はない。だが腰を強く打ったのでうまく立つことができず地面に身体を委ねたままの体勢になっている。
「レオーネ王女⁈なんで…何で俺を庇うんすか!自分の命を優先してっ言ったのに!俺みたいな悪人…助ける価値なんて…」
レオーネ王女はミストに力なく笑う。
「…ブラウザさんあまり自分を卑下しないで下さい。貴方はアークさんの幸せを心から願える優しい人です…悪なんかじゃありませんよ」
ミストはレオーネ王女の言葉に胸を痛める。
(違う、俺はそんな綺麗な人間じゃない…俺みたいな死体処理するだけの汚れた人間を助ける価値なんてないのに…)
傷ついた2人の前に立ち、止めを刺そうとするオーガ。
流石にダメージを受けたレオーネ王女を庇いながら勝てる相手ではない。オーガが拳を振り下ろし、ミスト達が覚悟を決めた瞬間、いきなりオーガの身体が2つに切り裂かれ絶命する。
いきなりの展開に頭がついていかないミスト達に声がかけられる。
「遅くなってすみません。オリアナさんから状況は聞いていますが大丈夫ですか?」
その声の主はマリアだった。遅れてオリアナの姿も確認する。全身が血塗れの姿で一瞬驚いたが声の主がマリアと分かると安堵でミストは身体の力が抜けていく。
「ありがとうございます、おかげで助かりました。マリアさんこそ大丈夫ですか?血塗れじゃないですか」
「ここに来るまでに今闘った黒いオーガと何体も戦闘になりまして…お見苦しい姿で申し訳ありません」
(あれだけ苦戦した上位種を何体も?…やっぱ半端ないですねマリアさん)
「俺は大丈夫ですけど…レオーネ王女が俺を庇って負傷しました。すみません」
自分を庇って怪我をしたレオーネ王女を見ると罪悪感で潰れそうだった。
マリアは倒れているレオーネ王女の元へ駆け寄り傷の具合を確認する。
「見たところ腰を痛めてるようですが命に関わる怪我ではないようですね。この状況です、生きているなら幸運でしょう。それより早くこの場を離れましょう。魔物の大群が此方に向かってきます」
「魔物の大群って?」
「私もここに戻る前に魔物と何度も戦っていました。どうやらアレは第一陣のようなものであちらの大群が第二陣のようですね。あれだけの数がいきなり現れました…黒いオーガ同様に何の予兆もなく」
ミストとマリアは何の予兆もなく現れた魔物の大群や上位種の出現に違和感を覚える。
(上位種の魔物が何体もこの森にいたとは考えにくいっすね。それにこの追い討ちをかけるようなタイミング…あまりにも作為的だ)
「早く撤退しましょう…流石にあの数では守りきれない」
ミストは状況を確認しようと近くで1番高い木を使って木の1番上から辺りを見下ろす。するとミストの糸目がわずかに見開きその瞳が驚愕に揺れる。
「これは……凄い数の魔物が集まっている。あれだけの数が一斉に襲ってきたらひとたまりもないですよ」
ミストの視界には数百を超えるの魔物の群れが見える。確認を終え急いで木から降りる。
「この数を怪我人を守りながら相手するのは私でも無理です。私が殿を務めますので全員撤退を」
マリアは額に汗を滲ませながらミスト達に告げる。この状況で1人であの数を抑えるのはマリアといえど厳しい。
(レオーネ王女は必ず生きて返さねばならない。それにはマリアさんの力が必ず必要、殿にする訳にはいかないっすよね)
ミストは覚悟を決めて行動に移した。
「結界生成」
魔物の大群とミストが結界内にマリア達が結界外に追いやられる。
「この結界は発動者を中心にして獲物を閉じ込める為の結界っす…魔物の群れは俺が結界で抑えます。マリアさんはレオーネ王女達を連れて本部まで退避して下さい。幸いにもここから本部までそう離れていませんからそれぐらいの時間稼ぎぐらいは出来る筈です」
「ミストっ!貴方だけでこの数を相手にするなんて無理よ!貴方死ぬつもりなの!」
オリアナがミストに向けて叫ぶ。
「死ぬつもりは毛頭ないすけど、ここは誰かが殿を務めないと被害が酷くなりますよ。それなら結界で魔物を閉じ込めることのできる俺が1番この中だと適任です。それに1番強いマリアさんにはレオーネ王女の護衛、オリアナはレディを担がなきゃいけないでしょ?レオーネ王女が死んだらアブソリュート様の責任になるんですから無事に送り届けて下さい」
「ブラウザさん…止めて下さい。皆で逃げましょう…」
何とか引き留めようとするレオーネ王女
「あの数を逃げきるのは厳しいっすね。それにさっき助けてもらったんですから借りは返さないと。なぁに大丈夫っすよ、後10分もすればアブソリュート様も戻ってくるはずですから勝算はあるつもりっす。でも…もし俺に何かあったらミストはカッコよかったって皆に伝えておいでください。ほら、行った行った」
共に戦った仲間を犠牲にしてしまう。レオーネ王女は自分の無力さが悔しかった。
「…ミスト、貴方がカッコよかったなんて…皆に伝えるのは私には無理。私嘘はつけないから…だから必ず生きて帰ってきて」
軽口を残して気を失ったレディを背負いその場を離れるオリアナ。
「ミストさんご主人様は必ず来ます。ですが危なくなったら迷わず逃げて下さい…御武運を。…皆さん行きますよ!レオーネ王女様!ミストさんの献身を無駄にしないで下さい」
アブソリュートが来る事を信じてやまないマリアはレオーネ王女を担ぎその場を離れる。
「…ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
マリアに担がれながらレオーネ王女は涙を流しながら絞り出すように何度も謝罪する。
レオーネ王女の声は足音とともに森の奥へと消えていった。
レオーネ王女達が無事に離脱できたのを確認してからミストは此方に向かってくる魔物の群れに向き直る。
先程のような上位種はいないがどこか統率されているように感じている。
「強がっては見たものの……流石にこの数は詰みっぽいですね。10分もちますかね?まさかこんな所で死ぬかもなんて思わなかったっすけど、仕方ないっすよね。アブソリュート様の言葉を借りるなら『悪が死ぬ場所を選べると思うな』って所ですかね」
アブソリュートならこの状況でもピンチとは思わずに乗り越えるのだろう、そう思うとミストの表情が緊張した顔から苦笑いに変わる。
(アブソリュート様のように殲滅とはいきませんが最低限時間稼ぎぐらいはしませんとね)
「スキル『霧』発動」
ミストは自身のスキル『霧』を使い結界内に濃い霧を発生させる。このスキルに関して使い勝手が悪くミストは目眩しぐらいしか使い道がない為あまり使用しないが今はこのスキルを授かったことを心から感謝した。
「さぁ、足掻きましょうか」
一対数百、ミストの孤独な戦いが始まった。
ミスト・ブラウザ
15才
スキル
・霧発生v5… 辺りに霧を発生させる。
レベルにより範囲が広くなる
固有魔法
『結界生成』…自身を基点に効果を持った結界を作成
ステータス
レベル :25
身体能力:50
魔力 :24
頭脳 :45
習得魔法
風
技能
隠密 証拠隠滅 ナイフ技 剣術
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます