第53話 ガラスの王女
レオーネ王女の帰還を知ったアブソリュートは彼女のいる医務室へと向かう。話ではかなりの重体と聞き、この城の重い空気感からして恐らく作戦は失敗したのだろう。
医務室へと向かう道中、見覚えのある姿が目に映る。
「あっ! ご主人様!」
ウルだった。
アブソリュートを見つけたウルはパタパタと尻尾を振りながら主人に向かって走ってくる。
「ただいま戻りました!」
元気よく帰還を告げるウル。
見たところ大きな怪我等はないようだ。
「よくレオーネ王女を連れて戻ってきたな」
「えへへ」
褒めると嬉しそうに笑顔を見せるウル。
「戦場はどうだった?」
「気づいたら蹂躙されてたの! 地面もボコボコになってて、災害が起きたみたいになってました!」
「……そうか」
話を聞く限りそれをやったのは喧嘩屋バウトだな。ブラックフェアリーの中でもっとも厄介な男だ。彼奴のスキル『大地讃歌』は大地を振動させ地割れを起こすヤバい効果を持っている。
加えて彼は高レベルのパワー特化型の拳闘士だ。原作において勇者、マリア、アリシア、聖女、レオーネと王国軍が協力し策を弄してなんとか勝てた怪物だ。
(原作では彼奴のスキルを封じてこちらに有利な状況を作ったから勝てたんだよな。……やはり私が行っていればな)
たらればを言っても仕方がない。
「私はレオーネ王女に用がある。ウルは部屋に戻って少し休め。少しだが菓子も用意してある」
「わぁ、ありがとうございます。ご主人様!」
ウルはウキウキしながら部屋へ向かう。
それを見送ったあと私はレオーネ王女の元へ向かった。
◇
意識不明の重体で戻ってきたレオーネ王女は医務室に寝かされ治療を受けていた。
「
先ほどから幾度か回復魔法を受けるレオーネ。だが、傷が酷いのか顔色が悪いままだった。
シシリアンは手を握り妹の無事を願う。
「はぁはぁ、私では応急処置が限界です。通常の回復魔法や回復薬で完全に治らないほど酷い手足の複雑骨折に内臓にいくつかダメージが見られます。上級の回復魔法でないとこれ以上は……」
「……そうか」
シシリアンは傷ついた妹の姿をみて顔を曇らせる。
上級回復魔法はレベルの高い回復魔法使用者が世界でも多くないため貴重だ。小国であるスイロク王国には使い手はおらずシシリアンはライナナ国の聖女エリザを派遣を要請するか考えるがそれまでこの国が無事かどうか怪しかった。
深刻な雰囲気が流れるなか、医務室に一人の男が入ってくる。
「邪魔をする」
入ってきたのはアブソリュート・アークだった。
「なんですか貴方は! 今は治療中です。出て行ってください!」
部外者の立ち入りに憤慨する神官。
それをシシリアンは手で静止させる。
「容体はどうだ?」
「悪いね……これ以上の治療は上級クラスの回復魔法でないと厳しいらしい。少なくともスイロク王国ではそんな人は知らない。ライナナ国の聖女エリザならあるいは……って感じかな」
疲れ切った顔でそう答える。
自分も身体が弱いのに他人の心配とは……兄妹だな。
「上級なら問題ないんだな?」
「……何をするつもりだ」
アブソリュートは寝ているレオーネの手を握る。
「ちょっと貴方! 何を――」
「黙っていろ。
先程の回復魔法とは比にならない魔力がレオーネ王女を包み込む。すると傷ついたレオーネの体が回復していく骨は元の形に戻り、内臓にダメージを受け血の気を失った顔色もみるみると良くなっていった。
「ははっ、これは凄い!」
「ちょっとどいて! 嘘でしょ……本当に上級回復魔法⁈ 高レベルかつ回復魔法の才能のある人しか身につけられない筈なのに……」
レオーネの顔色が戻ったことを確認すると、信じられないといいたげな顔でアブソリュートを見る神官。
シシリアンはそれを面白そうな顔で見ていた。
「彼はライナナ国からきてくれた援軍アーク卿だ。貴族だから口の利き方に気をつけた方がいいですよ」
シシリアンの言葉に顔を青くする神官。
「も、申し訳ありませんでしたー‼︎」
「うせろ」
「ひっ、失礼しましたー!」
コントのごとき颯爽と去って行った。面白い神官だ。
「でも目を覚さない、レオーネ……」
「レオーネ王女がこの状態だということは、第二都市はどうなった?」
シシリアンはその問いに首を横に振ることで答えた。
つまり陥落したと。
「防衛していた王国軍は壊滅。少しは帰ってきたけど、問題はメンタルだ。恐らくすぐには戦えない。加えて、領主を守っていた光の剣聖は敵に連れ去られたらしい」
アブソリュート内心で舌打ちをする。
(糞っ! 剣聖が負けるなんて……原作通りになってしまった。あのイベントが発生してしまう)
相手の情報を頭に入れ正面から戦えば光の剣聖が負けるわけないとアブソリュートは考えていたがどうやら敵は想像以上に強敵のようだ。
(いや、これは私の失態だ。敵は小国とはいえ原作のアブソリュート同様に一国を敵に回した奴等だ。格上の対策などあって然るべきだった。……だが今はレオーネ王女だ)
「レオーネ王女のことは私に任せろ。王子は王子のすべきことをしろ。やるべき仕事が残っているだろう?」
「……そうだね。悪いが妹を頼むよ」
シシリアンが部屋から去り、医務室にはアブソリュートとレオーネの二人になる。
「………………」
「行ったぞ。そろそろ狸寝入りは止めろ」
「…………なぜバレたのですか?」
アブソリュートの指摘に観念したのかレオーネは目を開け、上体を起き上がらせた。
「会話に反応していたからな。自分の名前が出るたびに反応していたからバレバレだ。それで、なんで狸寝入りをしていた?」
「……言いたくありません」
「目を覚さなければ闘いに行かなくてすむからか?」
レオーネは目を見開きアブソリュートを見る。どうやら図星のようだ。
「貴方……どうして」
「お前のような心の折れた人間をたくさん見てきたからな。あとはただの憶測だ」
「……私は民を守りたかった。だからこの国に帰ってきたんです。でも――」
レオーネは声を震わせながら精一杯言葉にしようとしていた。
アブソリュートはそれを黙って聞いていた。
「私は何一つ守れなかった。貴方が殺した人質の子供も私が強ければ守ることができた。私が負けたせいで多くの国民が傷つくことになる」
「……今回は相手が悪すぎた。お前はよくやったと思うぞ」
「っ⁈」
アブソリュートの慰めが気に障ったのか、レオーネは突如アブソリュートの服を掴んで自身に寄せ、睨み付ける。
「心にもないことを……どうせ、心の奥では口だけの女と嘲笑っているのでしょう? あれだけ貴方を否定したにもかかわらず、何も守れなかったのだから……」
「…………」
「私だって、本当は怖いのにそれを押し殺して頑張ったんですよ! 皆が私に期待するから、それに答えようと必死だった! なのに……何も…………守れなかった」
(……原作と同じ展開だ。流れはかなり違うが、結局は同じ結末に集約している)
レオーネは良くも悪くも善良で普通の少女だ。だが王族として生まれた彼女は普通に生きることを許されなかった。生まれた時から彼女には王族としての責務、国民の命、期待、これらの重圧が載っていた。
これまでは自分が背負ったものに気づかないように生きてきたが、運命はそれを許さない。『ライナナ国物語』の原作イベントで主人公と共に彼女は己の器以上の働きをして責務をまっとうしようと足掻いた。
だが、彼女は最後鬱イベントによって、己の守ってきた者達により心が壊されてしまうのだ。
今回アブソリュートはそれを変えようとした。
だが、原作はやはり覆すことは容易ではないようだ。
鬱イベントが始まることは確定し、これからレオーネ王女には更に困難や苦痛が待ち受けるだろう。
それでもアブソリュート・アークのすべきことは変わらない。
私が全て背負おう。
これから来る彼女の痛みを罪をすべて――。
「レオーネ王女。まだ闘う意志は残っているか?」
「……無理です。私は戦えません」
下を向いたまま否定するレオーネ王女。だがアブソリュートは知っている。原作の彼女はどんなに壊れても、他人のために剣をふるうほどに根っからの善人だということを。
アブソリュートは俯いた彼女の頭を両手で挟み顔を上げさせる。彼女の弱った瞳に力強いアブソリュートの姿が映る。
「いや、お前はまた戦う。目の前に守るべき存在がいる限り何度でもな」
「……………………」
「もし少しでもお前の心に闘う意志が残っているのなら、私が力になってやる」
「えっ?」
「私のすべてを使ってスイロク王国をお前を救ってやる」
♢
アブソリュートの協力の申し出に裏があるのではとレオーネは勘ぐってしまう。
「信じられません。貴方にはなんの得もないのに、どうして……どうしてそこまでしてくれるのですか?」
レオーネは困惑した。
悪党で知られるアブソリュート・アークが自分を助ける理由が見当たらない。
だが思えば、アブソリュートは初めからヤケに協力的だった。援軍の依頼も当主不在を理由に断ることも出来たのに受け、賊の集団からレオーネを助け、敵の情報を惜しげなく開示しレオーネ達を助けた。
一体何故――
「私が協力する理由? ああ、それはお前がミスト達を助けたからだ」
「ミスト達を助けた……って演習の時の?」
レオーネはそう言われて思い出す。気絶したレディ・クルエルを背に上位種のオーガと戦った時のことを。
「ああ。お前はさっきなにも守れなかったと言ったが、お前の善意で私の仲間は救われた。だから助けようと思った。それが理由だ」
「分かりません。私のほうこそ彼らには助けられたのに……」
「お前がどう思っているのかは知らない……だが、お前の他人を救いたいと行動する善意がこのアブソリュート・アークの心を動かした。だから私はここにいる」
「――――ッ」
レオーネの顔に一筋の涙が流れる。
ずっと誰かを守る為に必死だった。それが役割だと理解していたし納得もしていた。
だがレオーネの献身に感謝するとはいえ彼女に報いようとするものはいなかった。
嬉しかった。
危険を承知で他国にまで駆けつけて、あんまりな態度をとっていた自分を助けるといってくれたことが。
初めてだった自分の行いを認めてくれた人は――
「それにな、私は悪だがこうも思う。貴女のような善人はきちんと報われるべきだと」
普段冷血なアブソリュートがこんなにも心のこもった言葉をレオーネにかけることで彼女の心の氷を溶かしていく。
普段無口で冷血な彼を知っているからこそ、この熱い言葉が本心からくるものだと理解し胸に刺さるのだ。
「レオーネ王女もう一度聞く。貴女の心にまだ闘う意志はあるか?」
「…………」
「それでもまだ立ち上がれないというのなら――すべて私に任せろ」
力強い言葉だ。
彼なら本当になんとかしてしまうのではと思わせてくれる。
だがそれではいけない。
「……闘います」
レオーネは燃え尽き始めていた闘志を再び燃やし、再び闘うことを誓う。
「私に力を貸してください!」
♢
真っ直ぐアブソリュートの目を見つめるレオーネ王女。そこには先程の弱々しさはもうなかった。
「無論だ。だが、既に第二都市も敵の手に落ちた。状況はかなり悪いぞ」
「分かっています。でも何か考えがあるのでしょう?」
「ほう」
何か吹っ切れたのか急に逞しくなったレオーネ。
(ここにきて一皮むけたか)
「あぁ。これにはレオーネ王女の力がいる」
「私に出来ることならなんでもします」
「それは頼もしいな」
レオーネ王女からの協力を得られたアブソリュートは作戦の概要を伝えた。
(これからが本当の闘いだな。早く来い悪役共――ここからはラスボス《アブソリュート・アーク》が相手だ)
♢
第二都市陥落の知らせを受け、緊急に開かれた宮廷会議は荒れに荒れる。
派遣した王国軍は壊滅。第二都市は反乱分子の手に落ちた。
加えて、もっとも王国側の士気を下げたのが英雄である光の剣聖が敗北し、生死不明の状態であることだ。
民には情報を統制しているからなんとか混乱は免れているが、それもいつまでもつか。
「全戦力をもって叩き潰すべきだ!」
「既に一度軍を派遣して敗北しているのに本当に勝てるのですか?」
「他国へと亡命という選択肢もあるのでは?」
「祖国を捨てる気か! 恥を知れ!」
混乱を極める会議室だったがある人物が入り、その場の空気が変わる。
その場に現れたのは重傷の身で帰還したレオーネ王女だった。
「王女様⁈ お身体は大丈夫なのですか?」
「ええ、アブソリュート・アークの回復魔法で元通り回復しました。これでまた戦えます」
そう答えるレオーネ王女を見て周りの者達は感嘆な声を上げた。明らかに出発前のレオーネ王女とは面構えが違っていた。今の彼女には戦う王族としての自信と覇気を感じる。
妹が纏う空気の変化にシシリアンが驚きに見つめていると、レオーネが真っ直ぐと兄に視線を移した。
「お兄様、今の状況を教えて頂けますか?」
「あ、ああ。王国軍が敗北したことで第二都市はブラックフェアリーに占領された。加えて光の剣聖が敵のリーダーに敗北して行方が分かっていない」
「……………」
辛そうな顔をみせまいと歯を食いしばり耐えるレオーネ王女。本当に強くなったとシシリアンは内心成長を喜んだ。
「奴等の次の目的は王都だ。だからその対策を練っているのだが、収拾がつかないがつかず今に至る感じだ」
「なるほど、ありがとうございます。まず前線に立つ身としての意見を聞いてください。"戦いましょう"そして勝つのです」
はっきりと、そしてブレない意志を感じさせる言葉に周囲の顔色が明るくなる。
周りにはレオーネ王女に賛成する者が過半数を超えている。
そこに宰相が口を割って入ってくる。
「さすが王女様。私も戦いたい気持ちはあります。ですが王女様、戦うといいましても王国軍の主力は敗北したせいで壊滅しました。今の私達に勝てる算段でもおありなのですか?」
嫌味な言い方でレオーネを攻める宰相。
だいぶ周りの顰蹙をかっていた。
「はい。私に考えがあります」
そう言ってレオーネ王女は作戦内容を皆に説明した。
皆あまりの内容に開いた口が塞がらないようだった。
「ちょっと王女様! さすがにその作戦は承知できません」
「そうです! あまりに危険すぎます」
レオーネからの作戦に反対の声が上がる。
「皆さんのお気持ちも十分理解できます。ですが、戦場で刃を交えた身として言わせて貰えばブラックフェアリーは本当に危険なのです。皆さん、一人で千人以上を相手にする化け物に平地で勝てると思っていますか?」
「むぅ……」
「実際に私達は敗北しました。彼の殲滅系のスキルは危険です。ですが、私が先程言ったあの作戦なら彼のスキルを封じることができます」
「確かに…………」
「悪くは、ないのか?」
ポツポツとレオーネ王女を支持する者が増えていく。
時間が経つにつれて他に代案もないので、最終的にレオーネ王女の案に決まった。
「この作戦には皆さん一人一人の力が必要です。皆さん協力をお願いします!」
「「「はい!」」」
「むぅ……」
「宰相も協力してくれますよね?」
「わかりましたわい。我が家に伝わる最強の固有魔法を見せてやるわ。死ぬ気でこい賊どもっ!」
皆の意見がまとまり対策が決まった。
ブラックフェアリー来るまでに時間がない。
各自、急いで準備をしに動き出した。
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