第53話 バウトVSレオーネ?

 レオーネとの戦いを求め天幕に入ると、そこにはテーブルにあるお菓子を口いっぱいに放り込んでいる獣人のメイドがいた。

 

「メイド……聞いていた話と違うな」

 

 バウトは目の前の光景に僅かに動揺した。

 王女と思っていた相手がじつはメイドで少女?

 いやメイドに扮したレオーネ王女か。

 確か年は十五くらいと聞いていたが、思っていたよりも遥かに幼く見える。いや、女性はメイクしだいでいくらでも歳は誤魔化せると聞いたことがある。相手を油断させるための罠かもしれない。

 

「ぱくぱく、むくむく」

 

 それに己の嗅覚はこの娘を強者だと認めている。

 この状況でひたすら食に没頭できるのも大物だからだろう。

 とりあえず戦えば分かるか。

 

「失礼する。レオーネ王女」

「むしゃむしゃ、ちゅるちゅる」

「俺と手合わせ願いたい」

「もぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐ」

 

〈ブチンッ〉

 

 ガシャン!

 

「あっ……」

 

 イラついたバウトはお菓子の乗っているテーブルを蹴り倒した。地面には大量のお菓子が地面に散乱する。バウトはそのお菓子を踏みつける。

 

「ウルのお菓子……」

「俺と手合わせ願いたい」

 

 メイドは俯き震えてる。

 見込み違いか……そう思った瞬間――。

 

「ふん! ふん! ふん!」

 

 その小さな体から放たれたとは思えないほど重く鋭いパンチの連打がバウトを襲った。

 

「ぐおおォォォォォォ!」

 

 咄嗟にガードに入るが予想外の威力に身体が天幕から出てしまう。ガードした腕にジンジンと痛みが広がっていく。

 

「俺が押し出された⁈」

 

 予想外の不意打ちだった。

 だがそれ以上に目を見張る威力がそこにあった。

 

「よくもウルのお菓子を……絶対に許さないの」

 

向けられる強者からの殺気にバルトは身体が歓喜していた。

 久しぶりに本気で暴れられると。

 メイドはバウトに向かって駆け出してくる。

 

「ふはははっ! いくぞ、鬼殺し拳!」

 

 バウトは力強く正拳を突き出し、拳圧でメイドを攻撃する。だが、メイドはより姿勢を低くすることでそれを回避する。

 空を切ったバウトの拳圧で天幕が中の二人を置き去りにして勢いよく吹き飛んだ。

 二人の通常の身長差は二倍近くある。

 メイドが姿勢を低くしたことでよりお互いの体高に差が広がり、目標物をとらえ損ねた拳は空を切り大きな暴風を生んだーーそして他にも効果がある。

 

「――⁈ 消えた!」

 

 目線の高いバウトからはメイドが消えたように錯覚した。その隙をついてメイドはバウトの懐まで距離を詰めた。

 

「下か⁈」

「遅いの!」

 

 メイドの全力の拳がバウトの鳩尾へと突き刺さった。

 初めて味わう苦しみに膝が崩れ落ちてしまう。

 

「ぐうぅぅ、砕!」

 

 メイドは瞬時に距離をとり、寸でに放たれたバウトの攻撃をかわす。

 

「むぅ〜固すぎて手ごたえがなさすぎるの」

「くくっ、くくくく、ふはははははははは」

 

 バウトは歓喜の笑い声を上げる。

 

「これだ! このような闘いを望んでいた! 感謝する、レオーネ王女想像以上だ‼︎」

「レオーネ王女? 何言ってるの?」

「先程の身長差を活かしたクレバーな身体運び。相当実践経験を積んでいるな、レオーネ王女!」

「だから、レオーネ王女じゃないの。耳悪いの? ご主人様に直してもらえるよう頼んであげようか?」

「それにその無駄の動きのない体術! 良い師に恵まれているな! 光の剣聖は体術も教えているのかレオーネ王女‼︎」

「いやだから、違っ――」

「なによりレベルが高い! スイロク王国の王族がこれほどレベルが高いとは思わなんだ。さぁ続きを始めようレオーネ王女――命をかけて!」

「……私ってじつはレオーネ王女なの? なんか頭痛くなってきた」

 

 バウトはひとしきり笑った後、先ほどまでの雰囲気とはうって変わり真剣なものへと変わった。

 先程まではなかった殺気が針のようにメイドの肌に突き刺さる。

 メイドの耳と尻尾の毛がザワリと逆立ち、獣人特有の獣の本能がバウトによる殺意と危険を鋭敏に感じ取った。


「コイツ……かなりヤバい?」

 

 バウトを強敵と判断したウルは袖口から仕込んである武器を取り出し装着する。それは杭のような鋭い突起のついた凶悪なデザインのメリケンサックだった。

 本来の機能である殴打に変わり、刺突に特化している。それゆえより殺傷にも長けており、明らかにウルはバウトを殺す気だった。

 

「随分物騒な武器だな」

「さっさと終わらせて帰りたいから、これで終わらせるの」

 

 二人はバチバチと睨み合う。

 一触即発の空気の中、ふとそこでバウトの数十メートル後方にグッタリと倒れている本物のレオーネ王女の姿がウルの視界に映る。その時、アブソリュートとの約束を思い出す。

 

『レオーネ王女を連れて帰れ』

「…………………………」

「ん? なんだやらないのか?」

 

 ウルから闘気が揺らぎ、不思議に思ったバルト声を掛ける。

その問いかけに返さず、アブソリュートの命令を思い出したあと少し考え、ウルは撤退を決めた。

 

「やっぱ戦うの止めるの。面倒だから追ってこないでね」

 

 メリケンサックをしまい戦闘モードから切り替えると、バルトの横を通り抜け倒れているレオーネ王女を背負い、その場から姿を消した。



 バウトは二人が去っていくのをただ見守っていた。

 

「退き際も弁えているか……やはりさすがだ。レオーネ王女」

 

 二人が去ったあと、遠くからブルース達が来るのが見える。

 恐らく合流されるとキツいと判断したのだろうとバウトは考察した。

 

「お疲れバウト。なんかいい顔してるわね」

「あぁ、レオーネ王女は想像以上だった」

「えっ、そんなに? 確かに強かったけど、貴方が満足するほどだったかしら」

 ブルースとバウトの思い描いているレオーネ王女は同じではない。故にそれに気づいていないバウトはブルースに苦言を呈した。

「お前の目は節穴だな。がっかりだ」

「えぇぇ……」

「ああ、レオーネ王女。次は決着をつけよう」

 

 これで全ての戦いが終わり王国軍の敗北が決定し第二都市はブラックフェアリーの支配下に置かれた。



 ウルが撤退に成功した頃、アブソリュートは城の部屋の中で寛いでいた。

 豪華な作りをしたソファに座ってひたすら読書に邁進する。正直、レオーネ王女達には悪いが休暇と思っていた。

 

「アークさん、そんなに寛いでいていいんですか? シシリアン王子から国王を殺害した犯人を突き止めるよう言われているんでしょう?」

 

 交渉屋がだらけているアブソリュートを見かねて声をかける。

 そう、アブソリュートはレオーネ王女に同行を拒否された結果、シシリアン王子から国王を毒殺した犯人を探せと言われていたのだ。

 にも関わらず、アブソリュートが何もせず部屋で余暇を満喫しているのには理由がある。

 

「そんなもの無理に決まっているだろう。探すだけ時間の無駄だ」

 

 アブソリュートは諦めていたのだ。

 いくらシシリアン王子からある程度裁量をもらっていたとしても、他国の人間であるアブソリュートには見せられないものは当然あるわけなので、そんな情報が不足している中で無駄な足掻きをしたくなかったのだ。

 

「それに私の見立てでは犯人はかなり高位の人物で、協力者も大勢城にいる筈だ。証拠隠滅も口裏合わせも完璧だろう。それでも強いて容疑者を上げるなら、宰相。またはシシリアン王子の自作自演、そしてその婚約者のビスクドール、大穴で外部からの暗殺者ってところか」

「なるほど……大変興味深い意見を聞かせてもらったよアーク卿。だが、できれば寛ぐなら自分の部屋に行ってくれないかい? ここは一応執務室で、君に見せられない書類もあるんだが……」

 

 大きな執務用の机からシシリアンは困った顔をして言った。

 そう、アブソリュートが寛いでいたのは与えられた自室ではなく、シシリアンが仕事をしている執務室だったのだ。

 シシリアンをサポートしているビスクドールも容疑者扱いが不愉快だったのか、鋭い目つきでこちらを睨んでいる。

 

「断る。一応護衛という名目で城に残っているのだ。私の間合いからは決して出さないぞ。少し離れたところを犯人は狙っているかもしれないからな」

 悪びれることもなく、本を読みながらアブソリュートは答える。

 原作では暗殺はなかったが、アブソリュートとしてストーリーに干渉しているためイレギュラーが起こる可能性も充分ある。

 だからこそアブソリュートは万全を尽くして警護に及んでいるのだ。

 

「この部屋には僕とビスクドールしかいないから平気だよ」

「忘れたのか? その女も容疑者の一人なのだぞ?」

「貴方いい加減にして下さい。怒りますよ」

 

 ビスクドールは声に僅かに怒気を含ませる。

 

「気を悪くしたか? だが今の私は疑うことが仕事なのでな。嫌なら聞き流せ」

 

 部屋の空気が悪くなる。

 シシリアンは苦笑いを浮かべるしかなかった。

 すると部屋の外がにわかに騒がしくなる。

 ドアをノックする音が部屋に響く。

 念のためにアブソリュートがドアを開けると、顔に焦りの色をにじませる執事の一人がそこにいた。

 

「シシリアン様! レオーネ様がお戻りになりました!」

 

 急報は出陣していた筈のレオーネ王女の帰還の知らせだった。

 


――――――――――――――――――――

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