第47話 出陣
作戦会議を終えた翌日。
レオーネ王女が出陣するこの日は雲ひとつない晴天であった。アブソリュートは、彼女に同行するウルを見送るため城門前に来ていた。
そこには出陣する騎士およそ一〇〇人がいる。
闘いに参加する騎士はこれより遥かに多いが、残りは事前に準備をさせるため前日に出立していた。
本来ならアブソリュートもそこに加わる筈だったが、まさかレオーネがメンバーから外してくるとは彼も思わなかった。最初の人質イベントでの印象が悪すぎたのだ。アブソリュートは後悔はしてないがただただ残念というか……まじかぁ、という気持ちでいっぱいだった。
それでもウルをレオーネの側に置くことには成功したことで最低限の布石は打てたといえる。これでレオーネ王女を含めたスイロク王国軍の全滅しそうになった場合ウルがレオーネ王女を連れ帰れば最悪の事態は回避出来るはずとそう考えていた。
(それでもブラックフェアリーの幹部たち相手では不安が残る。念のためウルによく言い聞かせておかねば)
「いいかウル。お前にはこれからレオーネ王女に同行する」
「はいなの! でもなんでご主人様いかないの?」
「本当は私がいくはずだったのだがレオーネ王女からお前は来るなと言われてな」
「ご主人さま可哀想なの……。あの王女許さない!」
同情されてしまったアブソリュート。
(ウルに同情されると少し惨めに思えるな)
「私は気にしていない。それよりもお前にいくつか指示をする」
「はいなの! ビシッ」
姿勢を正し、元気よく返事するウルにアブソリュートは内心安堵した。
(よい返事だ。これなら大丈夫だろう)
「一つ、お前は戦わないこと。決して矢面に立たず、生き残ることを前提とした行動を心がけろ」
(こんなところでウルを失うわけにはいかないからな。なにかあっても逃げに徹したら獣人のウルなら逃げ切るだろう)
「二つ、全身に鎖を巻いた男に気をつけろ。見かけたら即時離れろ。そいつと目を合わせるな」
「三つ、レオーネ王女だけは生きて連れ戻せ。アイツを死なせるわけにはいかない」
(とりあえずこれぐらいかな。あまり多すぎるとウルが覚え切れないだろうしな。――あっそうだ。まだこれを渡していない)
「それとウル、光の剣聖という男にあったらこの手紙を渡せ」
アブソリュートは懐から封筒を取り出しウルに渡した。
(今渡した手紙には敵幹部についての情報が書いてある。さてこれで物語にどう影響するか見ものだな)
「はいなの! では行ってきます!」
「ああ」
そうしてアブソリュートはウルを見送った。
初めてのお使いを頼む親はこういう漠然とした不安を抱くのだな、とその背を見て感じた。
♢
日が正午をまわるころ、レオーネ達討伐軍は第二都市に到着した。
この第二都市はいわばスイロク王国の経済の要と言って差し支えない。もっとも大きい漁港を持ち、他国の船が行き交いする貿易の要といえるこの都市が落とされれば国の経済が停止すると言っても過言ではない。それ故になんとしてもここで食い止めなければならない。
到着したレオーネ達討伐軍は第二都市の外、門付近に駐屯地を設立し敵の動きを待つことにした。
レオーネ王女も自身の天幕の中でいつでも動けるように待機していた。
首脳陣の推測では早ければ数日以内で動きがある筈だと考えられる。なぜなら敵にはリミットがあるからだ。
本来都市攻めには大量の人員を割いる。交通路を遮断して、物資の搬入を滞らせ兵糧攻めをする形で相手を弱らせるための長い時間。そして、都市の周り取り囲む戦力が必要だ。
だが、敵であるブラックフェアリーはそのどちらも持ち合わせていない。
ブラックフェアリーと王国軍の兵力の差は歴然であり、たとえ彼らにドラゴンがいたとしても光の剣聖がいる王国軍の勝利は揺るがない。加えてコチラには友好国からの援軍や物質の援助も期待できる。時間をかければかけるほどコチラが有利になるのだ。
それゆえ、時間も兵力もないブラックフェアリーはなにかしら奇襲をかけて短期決戦で決めるしかないのだ。
第三都市襲撃の際は祭日という、上から下までの人間が気が緩んでいる時を狙っていた。
(私達討伐軍は敵の侵入を防ぐ)
万一、既に内に何人か潜り込んでいても一応都市内にも在中している軍もいるし、対応はできる。
今できることはした。あとは敵を狩るだけだ。
「王女様、お休みのところ失礼いたします!」
緊迫した気持ちを静めるようにひとつ深く呼吸をしたところ、天幕の外から伝令の兵士が声を張り上げた。
「剣聖様が王女様とお会いしたいとお見えになっております」
「剣聖が⁈ 早く通してください!」
「承知致しました」
レオーネの声に若干歓喜の色が見られた。
伝令が剣聖を通すためにこの場を去ると、レオーネは喜びを露わにソワソワしながら剣聖を待っていた。
少しすると外から「失礼します」、と静かに、それでいて威風ある声が聞こえると白髪をオールバックに流した体格のよい中年男性が中へ入ってきた。
優し気であるが風格のある面立ちをしており、片目には深く斬り込まれた傷が印象的だ。白銀の鎧で身を包み、腰には『光の剣聖』の象徴ともいえる〈宝剣ジュピター〉を帯刀している。
彼こそがスイロク王国『救国の英雄』。
光の剣聖アイディール・ホワイトその人だ。
「お久しぶりです。シシリアン様」
低くされど優しげな声音で挨拶をする剣聖。
「もう、私はレオーネです。お久しぶりです! 先生!」
スイロク王国へ戻ってきてから過去一、明るい笑顔と元気な声で挨拶を交わすレオーネ王女。
非常時ではあるがこうして二人の師弟は再開を果たした。
♢
レオーネに剣を指導する者を選定する際、国王は国で一番の剣の腕を持つアイディール・ホワイトを指名した。
当時救国の英雄として名を馳せていた彼だが、この指名については彼はなんと一度固辞したのだ。
自分にそのような腕はないと、まだ修行中の身で人に教えられるほど技術を納めていないとそう言ったのだ。
謙虚は美徳だが時には卑屈に見えることがある。
それを言われた国王は、『お前に腕がないならこの国で頼める者は誰もいないではないか』と言われ、アイディールは渋々引き受けたという過去がある。
渋々とは言ったが師弟の関係は良好だ。
光の剣聖にもレオーネと歳の近い娘がいるが、レオーネのことも実の娘のようによくしてくれた。
今は騎士を引退し、剣の道を極めるべく修行の日々を送っている。本当にストイックな人だ、と周囲は頭が上がらなかった。
そして、今回は国の非常事態と聞いて第二都市の守護を引き受けたのだった。
二人は天蓋の中に設置されている簡素な作りの椅子に座り、テーブルを挟んで向かい合うと久しぶりの歓談に花を咲かせた。
「名前を間違える癖は相変わらずですね、先生?」
「はは、失礼しました。四カ月ぶりですか? 最後に会ったのは王女様を見送った時でしたね」
「はい、またお会いできて嬉しいです!」
「ライナナ国はどうでしたか?」
「短い間でしたがとても楽しかったです。命に関わる事件もありましたが……よければ聞いてくださいませんか?」
「ええ、聞かせてください。そのために来たのですから」
レオーネはライナナ国であったことを嬉々として光の剣聖に話し始めた。
初めて行った大国ライナナ国のこと、学園であった出来事、演習で死にかけたことなど忙しなく、少し早口になりながらも剣聖に語った。
光の剣聖は時々相槌を打ち、一生懸命話すレオーネを優しげな顔で見つめ、話を聞いている。
その光景はまるで親子が会話しているようだった。
レオーネが一通り話し終えるところで剣聖は話しだす。
「王女様、どこか無理をしていますね」
「? そんなこと――」
「闘いが怖いですか?」
「ッ⁈」
レオーネは図星をつかれ一瞬身体がこわばってしまった。王族としてこの反応はまずいがどうも光の剣聖の前では王族の仮面が剥がれてしまう。
「別に隠さなくていいです。ここには私しかいませんから」
「…………………………はい」
暫く黙ったあとレオーネは自らの胸中を告白した。
ライナナ国で初めて命のやり取りを経験し、闘う決心が揺らいでいること。命の重みを知ったことで他者の命を預かるその重みに潰されてしまいそうになっていること。
抑えきれない涙を交えながら彼女は不安を暴露する。
これまで言えなかったすべて負の部分を剣聖に語った。
「先生…………私はどうすればいいですか?」
縋るような目でレオーネは剣聖を見つめる。
剣聖は少し考えたあと答えた。
「それはどういう問いですか? どうすれば不安を克服し戦えるようになるかという問いですか? それとも、どうすれば闘いから逃げられるのか。と、いうものでしょうか」
「それは…………」
「前者であれば心配はいりません。闘いとは誰かしら少なからず不安は抱えているものです。それは私も例外ではありません」
「先生ほどの方でも怖いのですか?」
レオーネは意外そうな顔をする。
世界最強を撃退した救国の英雄の彼でも、不安を持っているというのが意外だった。
そのレオーネの言葉に剣聖は微笑んで頷く。
「ええ、怖いです。なぜなら闘いにはリスクが付き纏うからです。例えば、私とゴブリンが戦った場合どのようなリスクが考えられますか?」
「死亡と部位の欠損です」
「そうですね。他にも傷口を負ったことで病になったり、捕まって洞窟の中で私の貞操が奪われたりというリスクもあります。闘いに絶対はありえない以上我々にはリスクという不安はつきものです」
途中、彼の例え話に少し笑いそうになったが確かに先生の言葉通りだと思った。
リスクがある限り不安はつきもの。それを抱きながらもがくしかないということになる。レオーネの場合そのリスクに他人の命も乗せられているために余計に重く感じるのだろう。
「次に後者の場合ですが――――」
先程までの優しげな顔から一変し、厳しい表情に変わる。
「貴女にそれは許されません。貴女には王族として国民を守り闘う義務があります。闘いからは逃げられません」
氷を呑んだように、ヒヤリとした感覚が先ほどまで高揚していた少女の気持ちを現実へと引き戻す。
「…………」
初めから分かっていたことだ。
だが尊敬している剣聖から言われたことで、返って腹を括ることができたかもしれない。闘うしかないということが分かったのだから。
そんなレオーネの頭を優しくなでる剣聖。
いつの間にかいつもの優しげな表情に戻っていた。
「でも、大丈夫です。貴女一人で闘うわけではありません。私達大人が貴女を守ります」
「先生……ありがとうございます」
その言葉にまた目頭が熱くなったが、グッと堪えるレオーネ。
「それでは私は持ち場に戻ります。また後ほどお会いしましょう」
「はい、先生。次に会う時は久しぶりに稽古をつけてください」
「ふふ、いいですよ。ではまた」
椅子から立ち上がり、別れを告げると剣聖はレオーネの元から去っていった。
剣聖がレオーネ王女の天幕からでて駐屯地を後にしようとしていた時、一人の獣人少女のメイドが彼の前に立ち塞がる。
幼い顔立ちや身長から察するにまだ十五にも満たないだろう。だが、剣聖は彼女を警戒した。
多くの強者を見てきた剣聖の目は誤魔化せない。
彼女は強い。
「何者だ?」
腰にある宝剣に手を掛ける。
「主人からお届け物です」
「主人? 誰のことだ」
獣人のメイドは懐から家紋の入った徽章を取り出した。
「その家紋は……アーク家か!」
剣聖は警戒を解いた。アーク家の当主とは面識があるため敵ではないと理解したからだ。
警戒を解いたのがわかるとメイドは剣聖に封書を渡した。
「『信じるも信じないも貴方次第。自分で決めろ』と仰っていました。では」
そう言い残し一礼するとメイドは去っていった。
「さすがヴィラン・アーク。アーク家にあの年であれほどの実力者がいるとは。彼女がここにいるなら王女様の心配はいらないか」
そう感嘆しつつ、剣聖は渡された手紙の中身を読む。
その内容を見て表情が真剣なものへと変わっていく。
「これは…………さて、どうするべきか」
手紙の内容に困惑しつつも、それを懐にしまい迷いのない歩みで剣聖は駐屯地を去っていった。
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