新章 ガラスの王女

第42話 プロローグ

【スイロク王国第三都市セルリアン】


 ライナナ国に隣接し、友好国として長年の付き合いのあるスイロク王国。四つの都市で構成され、大きな港を持ち貿易国として全国から人の往来がある。土地の規模は大陸の中でもっとも小さい小国だが、海上資源が豊富で国としては非常に恵まれた国だ。


 スイロク王国を構成する四つの都市の中で最も多様な人間が住む都市それがセルリアン。獣人、流民、平民、貴族、あらゆる立場の人間が共に生活しているある種平和の象徴のような都市だった。


 そして今日は国の祝日である終戦記念日。15年前に起きた聖国との戦争で散っていた兵士達を弔うとともに、生きて国を救った英雄光の剣聖を讃える日だ。

 例年通りなら街中には屋台が並び、さらに光の剣聖の偉業を唄う吟遊詩人の元には多くの人々が聴きに来る。

 

『一国を滅ぼした空間の勇者、その魔の手がスイロクにまで伸びる。

 戦場にて次々と屈強なスイロク軍を空間ごと切り裂き斬殺する勇者。

 触れることなく相手を切り殺し、力のままに戦場を蹂躙していくその姿はまさしく世界最強。

 誰もが勇者の力に絶望した時、一人の騎士が立ち上がる。世界最強を前に国を守る為、決死の想いで騎士は立ち向かう。


 恐怖する心を殺し、家族を国を守る為に、ただ一振りに全てを捧げた。

 己の全てを賭けた一撃は勇者の予想をはるかに超えた。奇跡の一撃が勇者を切り裂き、勇者の片目を奪う。


 己の敗北を悟った勇者は騎士を讃え、二度とスイロクの前に現れる事はなかった。

 そうしてスイロク王国に平和が戻ったのだ

 世界最強を破り国を救った英雄。


 後に"光の剣聖"と呼ばれるその男の名はーー

 『アイディール・ホワイト』


 スイロク王国の民なら誰しも一度は聞いたことのある物語。歌を聞く民衆から当時を知る大人からは感謝、戦を知らぬ若者からは憧れの感情が生まれる英雄譚。

 吟遊詩人がうたい、民は胸を躍らせ街は盛り上がるのが毎年のことだ。

 


 今日も例年通り活気で賑わう――そのはずだった。


「い、いやあぁぁ、やめて……」


 今行われているのは平和だった街とはかけ離れた非日常の蛮行。

 都市に住む女性が武器を持ったならず者に慈悲をこう。ならず者は嘆願する女性の姿を下卑た視線で見下ろし暴行を加えた。


「いやあぁぁぁぁ‼︎」


 街の往来での出来事、それを誰も止めようとしなかった。

 それもそうだ。

 なぜなら、今街中で同じことが起こっているのだから。 


「誰かあぁぁぁ!!」


「いやあぁぁ、あなたぁぁ!!」


「頼む、娘だけは助けてくれ!」


 街中で喧騒と悲鳴が聞こえる。

 平和だった街が一日も立たずに崩れ去ろうとしていた。

 混乱で逃げ惑うことしかできない人達。

 捕まった女は慰み者にされ、止めに入る男は皆殺されていく。街の警備隊などとっくに壊滅し死体がいたる所に転がっている。

 

「ちくしょう、なんで…………なんで封鎖されている第四都市の門が空いてんだよ!!」


 騒ぎの元凶――それは第四都市スマルト、別名スラム街とも呼ばれる都市から数千にも及ぶならず者達が封鎖された門を突き破り出てきたことから始まった。


 ならず者達は武装し、鎮圧に来た兵士達を数で撃退し街中で蛮行を繰り広げていた。


「領主様、剣聖様……誰でもいいから早くコイツらを追い出してくれ」


 第三都市に住む者は早く援軍がつくことを切に願う。

 だがこれ以上騒ぎを抑えるための戦力が回されることはなかった。


「なんで誰も助けに来ないんだよ! 領主や騎士達はなにをしてるんだ‼︎」

 

 応援の兵士や騎士が来ることもなく街は壊れていくことを許容していく。

 それを意味するのは――この都市の上層部が機能していないということだ。

 

 ♢


 混乱を極める第三都市の中で唯一静寂な場所、それは皮肉にもこの都市の領主であるゾウ・エレファンの屋敷だった。

 都市を一望できる街の外れに建てた一際大きな屋敷。大国の上位貴族と比べても遜色ない土地の広さと屋敷の品格を物合わせていた。


 そしてこの屋敷の主人はこの都市を守護する騎士達の長にして都市を統治する文武両道。


 名をゾウ・エレファン。


 スイロク王国では魔法の名手として知られる。

 見た目はだらしなく肥えた腹とこれでもかと言わんほどに身に付けた装飾具で着飾った格好をしているのが特徴の一目で領主と分かる中年の男。

 そんな形をしているので初見の者は悪い印象を抱きがちだが第三都市に住む者からの評価は悪くはない。

 

 そして街で第四都市から流れてきたならず者が暴れている時、彼は屋敷にいた。

 鎖で縛られた状態で――


「何故だ……何故魔法が使えん!」


 鎖で簀巻きにされた状態で魔法を使おうと試みるが発動しない。魔力を行使しようとする度に力が吸い取られていくように脱力感を覚える。


「俺の鎖は魔力を奪う。自慢の魔法も魔力がなけりゃ使えないだろ?」


 男は領主を嘲笑うかのように見下ろしている。

 領主は悔しげに地に臥していた。


「見ろよ、豚野郎。お前の飼育している家畜が狩られる様子をよ」

 

 場所は領主の執務室。

 部屋に居るのはニ人。白髪に全身を鎖で巻いている男。そして周りにはこの男によって殺された屋敷に使える者達の遺体。

 

 領主は髪を掴まれ屋敷の窓に顔をぶつけられる。領主の目に映るのはならず者達に荒らされている第三都市の惨状だった。

 街には火の手があがり、悲鳴や喧騒が屋敷にも届いていた。

 大事な物を目の前で壊されたかのような絶望感が領主を襲う。


「あ、あああぁぁ!」


「ほら、街の奴らに謝れよ。街が大変なのにブクブク太ってごめんなさいって」


 街や部下、そして己の尊厳。

 領主の大事な物が目の前で壊されていく。

 男は領主の感情が壊れていく様子を見て楽しんでいる。

 その姿はまるで人を誑かし貶める悪魔の様だった。

「ぐうぅぅぅ!」


「汚い泣き声だな。なあ今どんな気持ちだ? 教えてくれよ」


「頼むぅ……助けてくれ……」


 自分を拘束し、煽り蔑むような言葉を浴びせる男に嘆願する領主。

 屋敷にいた者は皆この男とその仲間に殺されてしまい、もう縋ることしか彼には許されなかった。

 領主の尊厳は壊れ、残すは命だけとなった。

 

「ああぁ? 誰をだよ」


「金なら幾らでもやる……だから命だけは――ぐぅ」


 縛っていた鎖がさらにキツく締め上げられ最後まで言い終えることが出来ない。さらに拘束がキツくなりドサリと地面に叩きつけられる領主。

 男はそれを冷めた目で見つめていた。


「こんなに早く壊れるとは。やはり領主とは名ばかりのただの豚だな。もういい『束縛の精霊』……絞め殺せ」


「まっ――――」


「『束縛する彼女』《メンヘラアウト》」


 その声と同時に領主の拘束は極限にまで強まる。

 バキ、ボキ、ゴキ、ブシャァァ――――

 噴水のように血液を撒き散らし領主は死亡した。

 

「死に際まで汚ねぇ豚野郎だったな……」


 使い捨てのゴミを見るように何の感情を込めることなくそう言葉にした。

 

「ちょっとぉイヴィル! 他に殺し方あったでしょう! 服に脂が着いちゃったじゃない」


 領主の返り血が服についたことに男の仲間が詰め寄りながら抗議する。

 イヴィルと呼ばれる領主を殺した男と共にこの部屋を制圧した人物だ。

 女性の口調に長い髪を後ろで束ねた男。

 一見女性のように見える美しい顔立ちをしているが身体つきは男性のそれであり紛れもない男だ。


「近寄るな"ブルース"。男臭いんだよ」


「酷い⁈」


「遅い。あまりもたもたするなイヴィル。第三都市はおわりだがまだ二つ都市が残っている。戻って次に備えるぞ」


 二人が話している間にもう一人の仲間が合流する。

 2メートル以上ある体格に鎧のような厚い筋肉が特徴の男。その肉体には無数の傷跡が刻まれており、多くの修羅場をくぐり抜けてきた猛者の風格があった。

 巨漢ゆえに覗き込むようにして部屋の外から二人を待っていた。


「遅ぇのはお前だ"バウト"。ちゃんとこの都市の常備兵を殲滅してきただろうな?」


 遊撃として単体でこの都市の常備兵が在中している砦を攻めるよう指示されていたバウトと呼ばれた男。

 

「無論だ。弱者が束になったところで造作もないことだ」


 バウトと呼ばれた男の体には血に塗れていた。それの殆どが返り血を浴びただけ。

 彼の言葉の通り砦にいた騎士や兵士は一人残らず全滅していた。監視していた者曰く、砦はまるで災害に遭ったかのように崩壊し瓦礫の山と化していたそうな。

 

「ちっ、バケモノが……死ね」


「味方なのに酷い言い草ね」


「いや……最高の褒め言葉だ」


 ニヤリとどこか嬉しげに笑うバウト。

 皮肉が通じず、面白くなさそうな顔をしてイヴィルは会話を止めた。


「戻れ"束縛の精霊"」


 領主を縛っていた鎖を回収する。鎖はまるで蛇の様にくねくねと動きイヴィルの身体に巻き付いた。

 回収し終えたイヴィルは部屋を後にし、二人はその背中を追従する。

 三人の足跡とジャラジャラと鎖が擦れる音だけが屋敷の中に響いていた。


「行くぞ……スイロク王国は俺達が奪う」


「ええ♪ ボス」


「……お前が望むならそうしよう」


 大量の死体を背に三人は屋敷を後にした。


 今回の騒動は第三都市だけに止まらずスイロク王国史上最大の内乱として歴史に残ることになる。僅か千人ばかりの人間によって全ての都市を混乱に招き入れられた災害として人々の記憶に刻まれた。


 死傷者 数千人

 被害総額 数千億


 そしてその主犯達の名前は――

 

 "ブラックフェアリー"


 スイロク王国を根城とする闇組織。

 結成僅か数年でスイロク王国最大の闇組織であり第四都市の支配者だった"ギレウス"を破った新興勢力だ。

 ギレウスに代わり第四都市を支配し、スラム街では子供から年寄りまで組織の末端として利用している。 

 

 

「震えて待て豚共。次の標的は"王女"だ」

 

 第三都市の陥落はまだ序章に過ぎない。

 これからさらに激化していくことをまだ誰も知らない。


 第三都市セルリアン陥落



スイロク王国第一都市王都シアン

国王寝室


 第三都市の陥落から一日、現在国王に代わり対策を講じていた王太子シシリアンは訃報の知らせを受け、国王の元へ訪れた。

 王太子シシリアン――身体が弱く持病を患っているがそれ以外は非の打ちどころのない優秀な男だ。真面目で努力も怠らず、国王が倒れた後も大事なく公務をこなす能力もある。

 

 シシリアンはノックもせず勢いよく父の寝室に入る。

 

 今、目の前にいるのは既に息絶えた姿の父。

 スイロク王国15代国王ライアン・スイロク

 享年55歳。

 数ヶ月前から突如吐血するようになりやがてベッドの上から出ることができなくなり、大木の様に力強かった身体は今では枝のよう細くなっていた。

 シーツは血で汚れ、吐血した跡まである。

 どれだけ苦しい最後だったかはいうまでもなかった。


 医師の見立てでは恐らく毒物を盛られた可能性があるらしい。初めはただの体調不良と判断していたが徐々に悪化し、気づいた頃には上位の回復魔法でも完治できないほどに侵食されていた。

 犯人は見つかっていない。

 だがこのタイミングによる国王の死去、今回の内乱と無関係とは思えない。

 今回の騒動は闇組織の人間が主導しているらしく内部にも潜り込んでいる可能性があった。考えることは山積みだ。

 シシリアンは父の亡骸の元へいき語りかける。


 「今までお疲れ様でした。後の事はお任せください」


 シシリアンは父の亡骸に向かい静かに冥福を祈る。

 正直父のことはあまり好きではなかった。

 父らしいことは何もせずただ公務しかしてこなかった。話したことすら数えるぐらいしかない。

 だが自分も公務をこなしているうちに国王としての責任、重圧を知り悪い感情は消えていった。


 父は15年前は聖国との戦争を経験し、その後の火消しに奔走していた。実質敗戦国である我が国が今もこうして無事なのは国王である父の功績といっていいだろう。

 大変な時期をおさめていた国王として尊敬できる。

 といっても自業自得ゆえに起きた戦争なのだが……。


「次は我の番だな」

 

 スイロク王国を守る為、やらなくてはならないことがある。

 その為にーー

「申し訳ないが、"あの方"を頼ろう」


 執務室に戻りシシリアンは文書を2通したためる。


「この文書を至急"ライナナ国の王"に届けよ! もう一通は"我が妹"へ渡せ」


 友好国ライナナ国に留学している妹。

 城内に危険を察した父が留学という形で避難させたがこの内乱を鎮圧するには妹の力が不可欠だ。

 王女でありながら類い稀な才能でこの国上位の力を持ち、周囲からは次期剣聖へとの呼び声が高い彼奴の力が――

 

「レオーネをスイロク王国へ連れ戻せ」

 


 ――――――――――――――――――――

 お世話になっております。まさこりんです。

 この度『悪役貴族として必要なそれ』が書籍化・コミカライズすることになりました。

 書籍発売日は4月28日です。

 https://amzn.asia/d/fBvsChc

 是非是非手に取って頂けたら嬉しいです。


 

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る