第41話 エピローグ

【アリシア視点】


 アリシアのグループは総勢7名の女子のみで構成されている。グループの中心になるのは勿論アリシアだ。


 アリシアは派閥内に収まらず他派閥や他クラスでも人気が高い。勇者と過ごす間に培われたその面倒見の良さとあのアブソリュートすら受け入れる人柄の良さで令嬢カーストのトップ層に君臨している。勇者の婚約者というブランドがなくてもその地位は揺るがなかった。



 アブソリュート達が生き残りをかけて奮闘している間アリシア達女子グループは伸び伸びと演習を楽しんでいた。

 原作では勇者やレオーネ王女が加わり波乱の演習になったのだが問題の2人はグループにいない。今は全員で火を囲って談笑しながらゆったりとした時間を過ごしていた。


「アリシアさんは勇者様のこと今はどう思っているんですか?やっぱり離れて寂しいとか思います?」


「ちょっと貴女デリカシーがないわよ」


 勇者との婚約破棄の話題は皆気を遣って話さなかった。それが話題に出たことにより雰囲気が少しピリついた。


「あはは、大丈夫よ。そうね家が決めた婚約だからそういった感情はなかったわね。向こうも私をそんな風に見てる感じはしなかったし、離れても意外と寂しくはなかったかな」


 悪くなった雰囲気をかき消すように苦笑いしながら答えるアリシア。事実勇者と離れてから、彼女は平和な日々を過ごしている。平和すぎて落ち着かないほどだ。


「そっかー、確かに女心分かってなさそうでしたもんね。勇者様は今冒険者をしてるんでしたよね?」


「えぇ、一応王家の方からの報告でソロでBランクまでは一気に上がれたらしいけど、それ以上はやっぱり今の実力だと厳しいみたい。……全く、今のままだと一生飼い殺しにされると分かってるのかしら。だからあれほど訓練は真面目にしなさいって言ったのに…スキルに胡座をかいてサボってばかりで、ホントにアルト君は…」


 アリシアは今はいない勇者の事を考え始めると止まらなくなる。冒険者のランクは冒険者ギルドの試験と評価によって決まる。短期間でBランクまで上がるのはかなり優秀な部類に入るが、それが勇者だと話が変わってくる。

 いくらまだ学生といえど勇者なら最低でもAランクにはなっていないと話にならない。頭を抱えてボヤくアリシアをグループのメンバー達は苦笑いしながら見つめていた。


 話を変えるようにグループの1人が話す。


「まぁ、勇者様の話は置いといて皆さんはクラスの中で誰がタイプ何ですか」


 その言葉を聞いて他のメンバーはニヤリとする。この手の話は女子の鉄板ネタであり全員が食いつく話題だ。


「私は断然ミカエル王子派!カッコいいし性格も良いなんて完璧じゃない!」

「いやいや、それならトリスタンさんだって負けてないでしょ。あの剣以外に興味がない感じストイックで素敵だわぁ」

「えー、でもトリスタンさん2学年上の婚約者に頭が上がらないらしいですよ。イメージと違くないですか?」


「私は生徒会長のベルベット先輩ですかね。いつも凛としていて憧れちゃいます」


 それぞれが思い思いの男子の名前を上げていく。そんな中アリシアは黙り込んでいた。


「アリシアさんは誰なんですか?」

「……えっ!?」

 突然自分に振られて驚くアリシア。だが直ぐに平静を取り戻す。

「わ、私は……ア…」


 アリシアは一瞬でかけた名前を飲み込んだ。自分と彼は結ばれないし自分からそれを拒んだのだから。


「…アルト君以外がタイプかしら?」


 無理矢理誤魔化したがこれについては闇が深そうなので誰も言及することは無かった。



 それから暫くして教員がアリシア達の前に現れ演習の中止が伝えられる。


 少し名残り惜しかったが彼女にはとても良い思い出となった。

 









【レディ・クルエル視点】



 波乱の演習から数日挟み登校日を迎える。


 登校日の朝、レディは身支度として初めに母親譲りの純白の長髪を櫛き髪型のセットを行う。こういう事は普通の貴族ならよっぽど生活が苦しくない限りは侍女に任せてしまう場合が多い。

 だがレディの場合、想い人には常に美しい自分を見て欲しいと思い自分で納得のいくまで手入れを行うようにしている。侍女に任せるより自分でやった方が時間もかからないし、どうすれば輝けるかは自分が1番よく分かっているからだ。


 いつものように髪をセットするため大きな鏡に座り鏡に映る自分を見つめる。鏡に映る自分はいつもより憂鬱な顔していた。


 原因は分かっている。演習中にあろうことか気絶してしまい仲間や想い人であるアブソリュートに多大な迷惑をかけてしまったからだ。気絶する前の事は記憶にないが今回の失態は一歩間違えば死人が出ていたのだ。


 到底許される事ではない。


 それなのに仲間は気絶した自分を心配し、アブソリュートも気にするなとしか言わない。いっそ責めてくれれば楽になれるのに仲間達はそれを許さなかった。


(これが罰というなら仕方ないですわね。ああ私はなんてことを…。あろう事かアブソリュート様にまで迷惑をかけるなんて。これではせっかく積み重ねてきた好感度が無駄になってしまいますわ)


 レディは大きなため息を吐き鏡の前にいる自分を見つめる。

 桜色の唇に白い肌、毛質は細くさらさらとした長髪の白髪、同年代の令嬢と比べると頭2つ抜けて優れた容姿…いつもと変わらない筈の見た目が本人には少し暗く見えた。憂を帯びているといえば聞こえはいいだろうがいつもの自分ではない雰囲気に違和感を感じてしまう。


(酷い顔をしてますわね。お母様が男にだけは溺れるなと言っていた事も今なら理解できる。アブソリュート様の事で一喜一憂して…ホントに何しているのかしら)


「はぁ……ダメですわね。こんなことではまた失敗をしてしまう。しっかりしないと」

 鏡の前で自分に言い聞かせるように呟く。



 こんな状態でアブソリュートに会うのは躊躇われる。今の醜い自分を見せたくない。

 そう思いつつもやはり会いたいという気持ちは抑えきれず、いつもより時間をかけて髪をセットしてからメイクを施し部屋を後にした。



 




 登校してレディはいつものようにAクラスの教室に入る。先日の演習の件もあり教室には空席が多い。聖女を含めた教会グループは全員欠席。それにレオーネ王女の姿もない。

(あれ?アブソリュート様もいない…どうしたのかしら。珍しいですわね)


「ご機嫌よう、オリアナ…後ミストも。アブソリュート様がいないようですけど何か知ってる?」


 2人と軽い挨拶を交わしアブソリュートについて聞いてみた。


「今日はまだ見てないっすね。遅刻じゃないんすか?」


 ミストが答えるとオリアナも首を横に振っている。


 アブソリュートがいない事にレディの表情が暗くなる。言葉にはしないが内心ストレスで心中は荒れていた。


「アブソリュート様が遅刻する筈がないでしょ!発想が陳腐すぎるわ。だから貴方はいつまで経ってもミストのままなのよ…」


 レディは心の中で毒づいた。


「いや声に出してましたからね。後、人の名前を悪口みたいにいうのやめましょうや」


 そんなやり取りをしている間に、時間となり担任のティーチが教室に入る。数日しか経っていない筈なのにどこか懐かしく感じる。


「よう、お前ら。演習は波乱だったと聞いている。残念な事に犠牲者が出てしまったが、それでもお前らとまた会えた事を嬉しく思う」


 クラスの全員を見て悲しい顔でティーチは言った。今回の演習での犠牲者はAクラスに所属するライナナ教会の聖騎士達だ。クラスの者達も惜しむような顔をする者がちらほらいた。


「加えて残念な知らせがある。レオーネ王女が緊急な要件で帰国するそうだ。またこの学園に戻るかは分からない。本人もお前らに別れを告げられない事を惜しんでいたそうだ」


 いきなりの知らせにクラスが騒めく。


(いきなりですわね…スイロク王国が危険な状態なのは知っていたけど、避難させていた王女を呼び戻すってことは問題が解決したか、もしくは……)


 レディは不意にミストの方を見る。演習終わりの際、1番レオーネ王女と仲が良かったのは彼だ。アブソリュートが見守ってやれと言っていたのでもしかしたらかなりいい感じの仲になっていたのかもしれない。


 ミストはいつも通りの飄々とした顔に見えるが、長い付き合いのレディからすると少し寂しそうに見えた。


「それと残念な知らせはもう一つある…」


 これ以上にまだ何かあるのかと生徒達に不安が広がる

 

「"アブソリュート・アークに無期限の停学処分"が下った」



「「「え?」」」


 いきなりの知らせにレディの頭が混乱する。


「アブソリュート様が…どうして…もしかして」


 レディの頭の中をある可能性がよぎりそう考えると顔から血の気が引いた。


「私の…せい……」

 


「私は正直この処分※納得※※※ない。原因はレ※※※※※から※※※※、※※を※※※※※※※※※※※※※※※※※※※」



動悸で心臓の鼓動が速くなり呼吸も乱れる。ティーチがの言っている言葉が聞き取れず視界も徐々に霞むように歪んでゆきレディは気を失った。



 


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