第44話 アブソリュート参戦

 レオーネ王女に知らせが届いてから数日後、アブソリュート・アークは国王から呼び出しを受け王城へと赴き直々に依頼を受けた。


「スイロク王国王家からアーク家への依頼だ。スイロク王国で内乱が起きた。首謀者はスイロク王国の闇組織ブラックフェアリー。ボスの名前はイヴィルと言うらしい。アーク家の代表として現地へ赴き討伐の補佐をするのが今回の任務だ」


 任務の内容を聞きアブソリュートはこれが原作イベントであることを察した。

 このイベントはスイロク王国イベント。舞台はスイロク王国、勇者が演習を通じて友達となったレオーネ王女を助けるために国を超え、共に戦うイベントだということを。


 敵は闇組織ブラックフェアリー。僅か数年でスイロク王国の裏を支配した新興勢力。数は少ないが幹部が実力者揃いで何度も苦戦を強いられていたのが印象的だった。

 先日の演習が魔物との戦いならこのイベントの敵は人間。悪意を持った人間との戦いを制して成長していくイベントとなる。

 だが、なぜその話がアブソリュート、ひいてはアーク家に来るのかが分からず頭を悩ませた。


「スイロク王国王家からの依頼? これはどういうことですか?」


 いくら友好国とはいえ名指しでアーク家を指名してくる理由が分からない。確かに当主であるヴィランは世界でも有数の実力者と言えるだろう。だが、ライナナ国ならSランク冒険者である『竜人』や『灼熱公』の方が名が通っている。

 彼等を越えて悪名高いアーク家を呼ぶとなるとよほど信頼を寄せているのが分かるが過去になにかあったのだろうか。


「あぁ、説明しよう。スイロク王国が十五年前に聖国と戦争をしていたのは知っているな?」


 アブソリュートは頷く。

 聖国とはライナナ国やアースワン帝国に並ぶ大国の名称だ。

 当時スイロク王国は聖国と戦争をしていた敵国を援助していた。聖国は兵の質も弱いばかりか国の指導者である教皇はお飾りの幼い少女だった。敵国はそれを好機とみて戦争を仕掛けたのだ。


 それは実質、二か国対聖国との戦いだった。いくら大国といえども戦力の質が劣る聖国では勝ち目はないように思えたが、結果は聖国が勝利を納めた。


 勝利の要因となったのはたった一人。人類のレベルの限界と言われるレベル50を越えた超越者。空間を支配するスキルを持ち、戦争を仕掛けた敵国を一人で壊滅させたその偉業をもって人々から大陸最強とまで言われた男。

 『空間の勇者』カオス・ミアフィールド。


「十五年前も同様にライナナ国はスイロク王国を助けるべく援軍を出した」

「まさか……」

「それがお前の父。ヴィラン・アークだ」


(マジか……。十五年前なら私が生まれる前か? まぁあの父なら普通の戦場なら無双して帰って来るだろうけど。達人並みの剣術に固有魔法で魔力消費なしで高位精霊を使役できる怪物だ。私なら戦場で会いたくない)


 以前固有魔法の継承戦で確かに勝ちはしたがヴィランにはアブソリュートを殺す気はなかった。もし殺す気があったなら結果はもう少し変わっていたかもしれない。


「スイロク王国は空間の勇者によって出陣した騎士五千が死亡。多大な被害を受けたがヴィランも戦いに参戦したことで勇者を撃退。その活躍もあり、戦争は終戦し平和を取り戻した。スイロク王国はアーク家を高く評価するともに信頼しているのだ。故に此度の要請に至るわけだ」

「………………」


 聞いたことのない父の偉業に内心素直に賞賛した。

(よく撃退出来たな……。原作の番外編で見たことあるが、空間の勇者は攻撃すれば空間捻じ曲げて防御するから当たらないし、攻撃は空間ごと切るから防御不能のチートキャラだった筈。ウチの親が凄い)


「お前が知らないのも無理はない。両王家は事実を公表しないし、ヴィランも口にしないからな」


 アーク家はライナナ国の悪でなければならない。

 故にアーク家の活躍を公表すれば、アーク家の力や発言権が増しライナナ国の光と闇のバランスが逆転しまう。王家はそれを恐れているのだろう。


 だがーー


「お言葉ですが、スイロク王国は父であるヴィランが来ることを望んでいる筈。父は別件で今は不在です。私が行っても向こうもよい目はしないでしょう」


 ヴィランはアブソリュートが演習に行った頃に別任務に出ている。二週間は戻らないと言っていたから恐らく間に合わないだろう。

それならばアブソリュートにという話になるのだろうが、【絶対悪】という相手への印象が最悪になるスキルを持つアブソリュートに、他国へ行くのはあまり向かない仕事だ。

 国王もそれは理解していた。


「それは私も承知している。だが、ヴィランは今帝国に偵察に行っているのだろう? 戻るのはまだ先の筈だ。恐らくこの内戦は短期で決着が着くはず、現状裏で動ける人材はお前だけだ」


 国王の読みは当たっている。

 原作で書かれたこの内戦の進行は思いのほか早い。というのも、もし自分が内戦を起こしたとしても短期で決めようとするだろう。時間をかければかけるほど闇組織の人間には不利になるのだから。

 国対闇組織――人の数や資金も違う。本来なら戦いにすらならないのだ。


 原作のアブソリュート・アークの最後のようにーー


「行ってくれるか?」

「…………………………」


 アブソリュートは珍しく渋る表情を見せる。

 それも仕方がない。なぜなら、このイベントは鬱イベントだからだ。

 このイベントでは故郷が荒れ、大切な人が亡くなったレオーネ王女が曇っていくのだ。 

 正直あまり仲がよくないアブソリュートには荷が重い。だが、アブソリュートが行かなければレオーネ王女は死ぬ。  

 そして、スイロク王国はブラックフェアリーに乗っ取られる。その好機を近隣諸国は黙っていないだろう、そうなれば戦争になることは避けられない。


(正直このイベントだけは行きたくない。だがレオーネ王女がいなければ演習でミストやレディが死んでいたかもしれない)


 レオーネ王女は演習でアブソリュートの仲間であるミストやレディを守るために戦った。

 彼女が居なければミスト達は死んでいただろう。アブソリュートにしてみれば助けられた形になる。

 その借りを返すと考えれば重い腰が上がるというものだ。

(目には目を歯には歯を、借りができたらきっちり返す。悪人であってもそこだけは守るつもりだ。だって私はアブソリュート・アークなのだから)


「分かりました。アブソリュート・アーク、アーク家代表として援軍に向かいます」

「おぉ、そうか。感謝する、レオーネ王女は2日か前にもう出発したそうだ。アブソリュートも準備を整えしだい直ぐに向かってくれ」

 アブソリュートの答えを聞いて安堵する国王。

 だが、アブソリュートは不審な言葉を聞いた気がして表情を曇らせた。


「……もう出発したと?」

「あぁ、きっと居ても立ってもいられなかったのだろう。気持ちは分かる」


 アブソリュートの額に若干冷や汗が滲み出る。


(確かレオーネ王女って馬車で帰宅しているところを襲われるはず。 子供を人質に取られ、動けないところを勇者のスキルで乗り切るイベントの序盤。もしかしてヤバいんじゃないか⁈ )


「今すぐ出発します」

 

 任務を承諾し、急いでその場を後にした。

 こうしてアブソリュート・アークの参戦が決まった。




 アブソリュートのスイロク王国イベントの参戦が決まった。

 王との話を終え、アブソリュートは馬車の待機所で待たせている奴隷兼侍女のウルと奴隷兼使用人(仮)の交渉屋の元へ向かった。


「ご主人様お帰りなさいませなの!」

 アブソリュートが戻ってきたのが嬉しいのか尻尾を振りながら主人を迎えるウル。


「お疲れ様です。すぐに屋敷に戻りますか?」


 それに対して交渉屋は淡々とした感じで接している。

 元は敵で、それを半強制的に従わせているのだからアブソリュートも気にしてはない。

 アブソリュートの中で交渉屋の評価は低い。

【転移】という、自分の意志のまま自由自在に転移させれるレアスキルを持っていなければとっくに殺していただろう。

 ただ便利な男、そう認識していた。


「これから、私はスイロク王国へ行く。ウルは屋敷に戻れ、交渉屋は一緒に来い。馬車ごと転移させろ」

「えっ!? スイロク王国に行くんですか? 今から?」

「転移する場所はライナナ国とスイロク王国の国境付近で、王都に繋がっている山道だ」

「えぇ……、凄いピンポイントじゃないですか。そもそも何しに行くんですか」

「お前には関係のないことだ。……いや、あるかもしれないな。今スイロク王国では闇組織ブラックフェアリーが内乱を起こしている。私の目的はレオーネ王女を守ること、そして敵組織の主戦力である幹部の抹殺だ」

「っ⁈」

「ご主人様! ウルも行きたい‼︎」


 アブソリュートの発言に顔を硬らせる交渉屋。それに対してウルは目を輝かせながら手を上げアブソリュートにアピールしている。


「駄目だ。これから行くのは本当の戦場だ。お前にはまだ早い」

 

 ウルの嘆願をアブソリュートは一蹴する。

 ウルはアブソリュートから見ても戦闘に関して破格の才能を持つ少女だ。アブソリュートという、この世界でトップクラスの実力者の元で学び修行したのだ。5年前から遥かに成長している。

 アブソリュートがウルを止めたのは、子供を戦場に連れて行きたくないという善意ではない。現時点において彼女では敵わない力を持つ人物が敵の中に二人、いや原作通り進めば三人いるからだ。


 ウルは奴隷契約を結んでいるが故、アブソリュートを裏切ることは決してない。今後のアブソリュートの破滅回避のためにも、唯一原作にいないことから信頼できるウルをここで失うわけにはいかない。


「ご主人さま! ウル、もっと強くなってご主人さまのお役に立ちたいの‼︎」

「……私の役に立ちたい?」

「はいなの! 役に立ちたいの!」



 ウルは真っ直ぐな目でアブソリュートを見つめる。

 強い意志を秘めた力強い瞳、彼女は本気だ。本気でアブソリュートのために力をつけたいと思っていることが理解できた。

 アブソリュートはそれを内心驚いていた。

 アブソリュートとして生まれて15年、【絶対悪】という他者から嫌われるスキルを持つ彼は、他者から何かをしてもらうことなど滅多になかった。


 良好な関係を築けていてもウルとアブソリュートは奴隷と主人の関係。内心恨まれていても仕方ないとそう思っていた。



(もしかしたらウルとは奴隷と主人ではなくもっと違った関係に今後なれるかもしれないな。よし、連れて行くか……。それにいい機会かもしれない。スイロク王国イベントではウルの上位互換にあたる男がいる。アイツと戦えばウルは一気に成長するだろう。そう考えると悪くはない)


 若干押し切られる形でだが同行を決める。

 内心ウルを危険に晒せていいのかと葛藤もあった。

 だが、アブソリュートの表情に曇りはなかった。


「……分かった、好きにしろ。だが私の指示には従え」

「はい! ありがとうございますなの!」

「あの、自分の意見は……」

「貴様に意見など求めていない。お前は私の言う通りに動け。もし断るようならお前を殺す」

 ウルとは打って変わりアブソリュートは冷たく言い放つ。交渉屋はアブソリュートの発言に内心恐れおののいた。元々敵だった交渉屋を生かしているのは彼のスキルに利用価値があるからただそれだけだ。利用価値がないなら殺す。先程の言葉にはそういう意味が込められていた。


「……はいはい、分かりましたよ」


交渉屋の男はブツクサ文句を言いながらも大人しく従う。

 だがその目に反抗心が宿っていることをアブソリュートは見逃してしまった。

 それが後に被害を生むことを彼はまだ知らない。


「それじゃあ早速向かうぞ」


 そうして三人は馬車ごと転移させ先に向かったレオーネを追いかけた。




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X始めました。

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@Masakorin _


電撃大王にてコミカライズ連載中です。

そちらの方も是非ご覧になってください。


次話は明日の夜に投稿します。


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