第44話 アブソリュート対ブラックフェアリー
「どうして貴方がここに……」
人質を使った敵に対して打つ手なく諦めかけたこの状況で現れたのは、世界にその悪評を轟かせるアーク公爵家次期当主――アブソリュート・アーク。
レオーネのクラスメイトであり、悪という存在を嫌う彼女にとって苦手な人物でもある。
「貴様ら、大人数で道を塞ぐなど何を考えている。邪魔だ、失せろ」
「……………………」
大勢の視線が集まっているなか、それに怯む事なくアブソリュート・アークが言い放った。何人もの命がかかった状況で場違いな発言であるが、それを誰も指摘できなかった。
なぜなら全員がアブソリュート・アークを警戒しているからだ。
ブラックフェアリーもスイロク王国側も、いきなり現れた謎の嫌悪感を抱かせるこの男をどちらサイドの人間なのか識別できずにいる。
「アブソリュートさん……」
「演習ぶりだな。レオーネ王女」
「姫様、お知り合いですか?」
「ライナナ国でのクラスメイトです。恐らく敵? ではないかと思います。多分……違いますよね?」
レオーネが自信なさげにそう答える。
それも仕方ない。アーク家は貴族だが、裏の顔は闇組織を束ねている裏の人間という認識だからだ。
先ほど敵ではないと言ってしまったが『いや、私は敵だ』と否定されても驚かないだろう。
「いっておくが、レオーネ王女の敵ではない」
「……本当ですか?」
「あぁ、我が家紋の誇りにかけて誓おう」
「………………」
互いの視線が数瞬交わったあと、レオーネ王女は安堵の表情を見せる。
一瞬張り詰めた空気が弛緩する。
だが、すぐに元の状態に戻る。
「ふぅん。貴方結構いい男ね、なんとなく嫌悪感が凄いけど。一応聞くけど私達の敵ってことでいいかしら?」
「どちらの味方というわけでもないが、お前達の敵ということには違いない」
「あっそう。一応言っておくけど此方には人質がいるから。妙な真似したらこのガキ殺すわよ」
ずっとアブソリュートを警戒していたブルースが人質を見せつけながら言い放つ。
そこでレオーネは現実を再認識した。
(アブソリュートさんが来たといっても人質をとられては動きようもない)
現状は何も変わっていない。それを思い知らされ苦悶な表情をするレオーネ。
「アブソリュートさんは逃げてください。これはスイロク王国の問題です……貴方を巻き込むわけにはーー」
自分だけでなく他国の貴族であるアブソリュートまで巻き込みたくはなかった。
幼い子供を人質に取られれば、善良な者ならその時点で真っ当な判断が困難になり、敵の思う壺だ。
だが、アブソリュートだけはこの状況下で表情を変えなかった。
「人質か……なるほど。国民を守る義務のあるレオーネ王女にはなかなか効果的だ。見殺しにするのも後々尾を引く可能性もあるからな」
淡々とレオーネの現状や彼女が動けない理由を明確に述べるアブソリュート。
人質に全く動じていない。
それどころかどこか他人事で興味があるのかすら分からないような雰囲気を感じさせる。
それがなぜか嫌な気がして、レオーネを不安にさせた。
「そうよ、だから貴方も――――」
「だが、それは彼女が人質に価値を見出しているから有効なんだ」
(価値を見出しているから……まさか⁉)
その言葉でレオーネにはアブソリュートが何をするつもりなのか察してしまった。
他国の人間であるアブソリュートはあの人質に価値を見出していない。彼はあの人質の子供を殺そうとしているのだ。
「【ダークホール】」
「やめっ――」
グサッ――
「えっ?」
地からでた黒い腕が人質の子供ごとブルースの身体を貫いた。
瞬間、場が静まりかえる。
誰もこの一瞬の出来事を理解できていなかった。
人質の子供は心臓部を貫かれ即死。
ブルースはまだ息はあるが致命傷には変わりなかった。
「嘘……でしょ。あ、なた人質ごと……良心がないわけ?」
信じられないというような目でアブソリュートを見るブルース。
いくら他人といえども子供を人質にとられているのにも関わらず、躊躇いなく人質ごと殺しにくる人間がいるだろうか。
「だからなんだというのだ」
「……⁈」
「良心だと? そんなものこの
既にこの手は汚れているし、悪として生きると決めているのだ。いまさら人質ごときで迷うものか。あまり私をなめるな三下」
ブルースは目の前の男の発言に乾いた笑いを浮かべるしかなかった。
「覚悟……がんぎまりってわけ。ないわぁ…………」
魔力の腕が消えるとブルースは崩れ落ちるように倒れた。
その光景を目の当たりにして賊達の間に動揺が走る。
「う、嘘だろ? ブルースさんが……」
リーダーを失った賊達はもはや戦意はなくなっていた。勇者ならば戦意がなくなった相手をこれ以上相手にすることはないだろう。だが、この場にいるのは悪役アブソリュート・アークだ。
甘さなどない。
敵は皆殺しだ。
「次はお前達だ」
死刑宣告のように冷たく無機質に告げられる。
既に周囲にはアブソリュートの魔力が展開されていた。
「【ダークホール】」
この一言を開始の合図とするアブソリュートによる蹂躙が始まった。
♢
アブソリュートによって生み出された大量の腕が賊達に襲いかかる。
レオーネは恐怖で身体を震わせながらその光景を眺めていた。
その光景はまるで地獄のようだった。
血液特有の鉄の匂いがあたりに充満し、吐き気を催してくるほどに悲惨だ。
木になった果実をもぎ取るようにアブソリュートが生み出した腕が賊の頭部を捻りきり、大量の手に掴まれた賊の手足は壊れた楽器のように不愉快な音を響かせながら砕かれていく。
「ひぎゃああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――‼︎」
どうして……
「うでぎゃああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――‼︎」
どうしてこんなに残忍なことができるのか。
「た、助けっあぁぁぁぁぁっ――――」
これではまるで殺戮を楽しんでいるようではないか。
あの手を大量に生み出す魔法はかなり強力だ。百人以上いる敵をものともせず、この場を支配している。これほどの力を持っているなら何故子供を殺したのか。
彼なら人質を救い出せたのではないか――
そう頭によぎった。
殺戮は僅か一分も満たずに終わりを告げた。
敵がいないことを確認したアブソリュートが振り返る。
「終わったか。大事はなっ―――」
パァン!
敵を殲滅しレオーネに向き直った瞬間、レオーネはアブソリュートの頬を叩いた。
乾いた音が静寂していたこの場に響いた。
「何をする。レオーネ王女」
「貴方は……自分が何をしたか分かっているのですか!」
涙を流しながらアブソリュートに詰め寄るレオーネ。
「何をしたか? 敵を殺しただけだ。何の問題がある?」
淡々と述べるアブソリュート。
なにもわかっていないその態度がレオーネを更にイラつかせた。
「人質ごと‼︎ 殺す人がどこにいるというのですか! なんの罪もない子供を殺すなんて……貴方は人でなしです! どうして……」
レオーネは亡くなった人質の子供を抱き抱え、涙を流す。その亡骸は思っていたよりも軽く、そして小さかった。
助けられた命なのに……どうして……
「どうして殺したのですか!」
人質ごと敵を殺したアブソリュート。
慈悲も倫理観のカケラもない行動にレオーネは怒りを滲ませる。
(子供がこんなところで死んでいいはずがない。彼なら人質を守りながら闘えたはず……なのに)
涙を流しながら問い詰めるレオーネに対してアブソリュートは淡々と告げる。
「どうして殺したか? お前を守るためだよ。現に人質をとられて状況は手詰まりだったのだろう?」
「…………」
言葉が出なかった。
アブソリュートの言葉を否定出来ずただ睨むことしかできない。無力な自分が悔しかった。
「お前は疲れている。馬車に戻って頭を冷やせ」
「まだ話は終わ―――」
「王女様、私も彼に賛成です。馴れない戦いで見えない疲れもあると思います。後のことは私どもに任せてどうかお休みください」
激昂するレオーネ王女の言葉を遮り、騎士がアブソリュートに同調した。少し冷静になり周りを見ると他の騎士達もコチラを心配そうに見ていた。
「………………分かりました。」
あまり感情的になっている自分を見せたくないと思ったレオーネは、子供の亡骸を置き彼の言葉通り馬車の中へと戻った。
「…………う、うぅ」
あまりの自分の無力さに涙が溢れてくる。
外に聞こえないようにレオーネは声を押し殺し静かに涙を流した。
◆
馬車の中に戻る彼女の背中をチラリと見た。
レオーネ王女を救うことには成功したが彼女との関係性が悪化してしまった。
元々仲が良いわけではなかったが、これがイベント攻略に影響が出ないことを願わずにはいられない。
「御協力ありがとうございました。姫様に代わりお礼を申し上げます」
騎士の一人がアブソリュートに頭を下げ、礼を言った。
「不用だ、私はアブソリュート・アーク。ライナナ国アーク公爵家次期当主だ。スイロク王国国王代理であるシシリアン殿下からの要請を受けた。これも仕事の範囲内だ」
アブソリュートは騎士に国璽の入った密書を提示する。これでアブソリュートが嘘を言っているわけではないと証明できる筈だ。
「……確かに。要請を受けてくださったこと重ねてお礼申し上げます。ですが――」
騎士はアブソリュートを睨みながら続ける。
「なんの罪もない人質の子供を貴方が殺害した件、あれは問題です。確かにあの状況下では仕方ないのかもしれませんが、先ほどの闘いぶりを見るに貴方ならば救えたのではありませんか?」
騎士はこう言っているのだ、『貴様わざと殺したな』とーー
「仮に、故意に殺害したとなればこれは問題です。のちにライナナ国へ正式に抗議することになりますよ」
騎士はアブソリュートに怯むことなく抗議する。
「なんの罪もないか……」
そう零すと、アブソリュートはその人質だった子供の亡骸の傍らに腰を下ろす。そしてその子供が着ていた上着を剥ぎ取った。
「これを見ろ」
「えっ? こ、これは…………」
上着を取られた子供の身体は普通ではなかった。異様な程に肋が浮き出ているのに腹はまるで風船のように大きく膨れ上がっている。
これは栄養失調によるものだ。それも数日でこうなったのではなく慢性化している。
これはスラムの人間によく見られる腹水という症状で、これを見て騎士は自分達が謀られていたことを理解した。
「服で着飾っていたがコイツはアイツらと同じスラム街の人間だ。つまりあいつらの仲間だ」
「人質もグルだったのか…………」
騎士は怒りで声を振るわしながらそう言った。
「私はそれを予測うえでコイツを殺した。コイツを見逃してもデメリットしかないからな。レオーネ王女ならコイツを馬車に同乗させかねないし、その結果コイツに不意をつかれでもしたら目も当てられない」
実際に原作でも似たようなことが起こった。なんとか人質ごと勇者はレオーネ王女を救ったが、気が緩んだところをあの子供が忍ばせたナイフでレオーネ王女を殺そうとする。幸い常に臨戦態勢のマリアによってことなきを得たが、この意外な展開は読者全員の記憶に刻まれた。
アブソリュートは初めから人質を敵だと知っていた。
だから躊躇いなく殺したのだ。
「こんな子供まで敵だなんて…………」
「アイツらはスラム全体を支配しているからな。嫌でも逆らえないだろう」
アブソリュートは周囲を見渡すとあることに気づいた。
「おい、この集団のボスの遺体はどこだ?」
「あの独特の喋り方の奴ですか? それならこの辺に……あれ?」
ブラックフェアリー序列四位ブルースの遺体が見当たらないのだ。彼はアブソリュートによって心臓(または鳩尾)を魔力の腕に貫かれた。
致命傷の一撃の筈だった。確かにアブソリュートはあいつの体を貫いた。動ける筈がないのだ。
それなのに死体がないのはおかしいではないか。
(もしかして生きていたのか? 彼奴のスキルは【擬態】。周囲に同化して逃げたか……いや、おかしい。アイツは腹から出血した、逃げたなら少なからず血痕が残る筈だ。それすらなくこの場から消えた。どうやったか知らないが私の失態だ)
アブソリュートは内心で毒づく。
どこかで慢心していたか。
まさか自分が相手を逃すとは思わなかった。
(まぁいい。あの程度の男はいつでも消せる)
心の中でそう結論づけると、視界の端でなにやら不審な動きをしている交渉屋が目に映った。どうやらシャベルのようなもので死体を道の脇に寄せているようだ。
「交渉屋、何をしている」
「いや、死体が邪魔だから退かしているんですよ」
「……そうか」
一瞬、交渉屋が犯人かと思ったがすぐにその考えを否定した。コイツは原作でも金と自分の命にしか興味のなかった男だ。ブルースを逃してコイツにメリットがない。
「アークさんの魔法でいつもみたいに吸収して綺麗に片付けてくださいよ」
「別に今回は証拠隠滅の必要がないからいいだろ。わざわざ他国の奴等に手の内をみせる必要はない」
(とはいえ絵面が酷いな。百人というバラバラ死体を散らしておくのはやめとくか……)
さすがに丁寧に並べて出発の時間が遅くなるのは嫌なので、ダークホールで作った大量の手を使い死体を道の脇に積み重ね片付けていった。
遺体の処理を終え、馬車に戻るとウルが頬を膨らませて馬車の前に待機していた。
「何故頬を膨らませている、ウル」
(なんだ? 置いて行ったことが嫌だったか?)
何を怒っているのか皆目見当がつかないアブソリュートは直接問いかけた。
「あの王女、ご主人様をぶったの。ご主人様に助けられたくせに…………」
どうやらレオーネ王女の態度に不満があるらしい。
主人のために怒ってくれていることが少しだけ嬉しかった。
「ウル、私は気にしていない。彼女も襲われた後だ、混乱していたのだろう」
そう言ってポンっと軽くウルの頭に手を置いた。
「むぅ……………………」
自分の為に可愛く頬を膨らませてくれるウルを見て和んだのち、アブソリュートたち一行はスイロク王国へとむけてその場から離れていった。
♢
スイロク王国第三都市領主の邸。
主を殺された屋敷は、主犯であるブラックフェアリーによって占拠され第二の拠点として活用されている。
その屋敷にある会議室にブラックフェアリーの幹部である四人が揃っていた。
円卓に座っている幹部達。
ブラックフェアリーの構成員は僅か七名。末端のメンバーも含めるとかなり増えるが、ブラックフェアリーの本体と呼べるのはこの七名だけだ。
序列一位にして組織のボス。精霊使いイヴィル
序列二位 喧嘩屋バウト
序列六位 無音のジャック
序列七位 武器商人レッドアイ
この場にはいないが序列四位『消失のブルース』も幹部に名を連ねている。その他の空席は滅多に顔を出さない、もしくは出せないメンツなのでこの場にいないことを誰も咎めることはなかった。
「今日はなんの集まりだイヴィル。ついに第二都市を責めるのか?」
筋肉隆々、体についた数々の傷跡が常人ではなく武人を感じさせ、大きさも通常の男性の倍もある大柄な男が問いかける。彼が序列二位喧嘩屋バウトだ。
イヴィルはバウトの問いに対して苛立ちを見せながら答える。
「ブルースがやられた件についてだ。レオーネ王女の暗殺をあのバカがしくじりやがった」
レオーネ王女の暗殺を任されていたブルースが失敗したのは皆聞いていた。
部下からの情報曰く、大量出血したブルースがいきなり空から降ってきたと。
ギリギリではあったが幸い命は助かったようで、傷も回復薬を飲んで回復したらしい。
「情報提供者の話では大した護衛は居なかった筈ですよね? ブルースさんはなんと?」
幹部の一人であるレッドアイが尋ねた。
「あのカスはショックで記憶がねぇらしい。ムカついたから拷問部屋に送っておいた。まぁ、レオーネ王女が予想以上に強かったんだろ、あんな豚野郎でも一応光の剣聖の弟子らしいしな」
レオーネ王女はスイロク王国でも五指に入る実力者だと皆認識していた。だが、まさかあの兵力差を殲滅できるほどの実力者だとは思っていなかった。
それぞれの中でレオーネ王女の評価が上がっていく。
「それなりに数は揃えていたのだろう? にもかかわらず戦力差をものともせず生き残ったか。レオーネ王女……戦場で会うのが楽しみだな」
喧嘩屋バウトがニヤリと笑みを浮かべる。
ずっと黙っていたシノビ装束の男、ジャックが挙手をして発言した。
「ボスに言われた通り、戦闘のあった場所を見てきた。確かに全員殺されていた。それだけじゃない……まるで見せしめのように意図的に遺体を積み上げて放置していた」
「ほう……」
この場にいるもの全員がその報告に興味を示す。
死体を火葬などの処理するのではなく意図的に放置したとならばそれは何かしら意味があっての事なのだろう。
恐らくそれはジャックが言ったように見せしめを兼ねた我々へのメッセージ。
「イヴィル……」
「ああ……それは自分達に手を出せばこうなるっていう、言わば王国側の警告だな。面白い、生温い奴ばっかだと思ったが意気のいい豚野郎もいるもんだな」
イヴィルは愉快そうに不敵な笑みを浮かべると円卓にいるメンバーに指示を出した。
「いくぞ。次の標的は第二都市だ」
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ファンアートが欲しくてなら自分で描こうと思ってイラストを描いているのですが難しいですね。だからクロッキーから始めました。
いつかイラストも描ける作家になりたいです。
X始めました。
是非フォローをよろしくお願い申し上げます。
@Masakorin _
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