第16話 愛しい貴方へ

ライナナ国王城


 王城内にいたミカエル王は伝えられた化け物の討伐報告を聞き愕然とした。


「全滅だと……⁉︎ バカな、ありえん」 


 いくら相手が化け物であろうと、アブソリュートの時と同じように数で押せば勝てると踏んでいたが、結果は惨敗だった。


「何故だ……私達はあのアブソリュートに勝ったんだぞ⁈ あの化け物はアブソリュートに勝ると言うのか」


 もちろん獣化したウルがアブソリュートと戦っても勝てはしない。 

 王国軍がアブソリュートに勝てたのは、アブソリュートのスキル【絶対悪】の効果で聖の力を持つ勇者に対して弱体化していたこと。勇者が殺されそうになるたびに優秀な兵士が肉壁となり、それを阻止していたこと。聖女が勇者の致命傷を何度も回復したのに加えて、その美貌とスキルで兵士達の士気を高めていたこと。

 このすべての要素があり奇跡的に勝利することができたのだ。 

 このすべての要素を持たない今の王国軍が敗北するのは必然であった。


「それで化け物は消えたときたか……あれは一体なんだったんだ……獣人か? いや獣人のスキルであそこまで強力なのは聞いたことがない。

勇者やこの国の者達に恨みがあるものか……他国からの侵略も視野に入れなくてはな」


 ミカエル王は一瞬頭によぎった可能性を即座に否定する。アーク家でアブソリュートに仕えていた、武闘大会でも優勝したことがある奴隷の少女の可能性を。


「アブソリュートが死ぬ時にそばに居なかったのだ。愛想を尽かせてどこかへ消えたのだろう」


 ミカエル王は頭では否定するが、妙な感がその考えを捨てきれなかった。

 そしてーー


「国王様! 獣人の女が城の人間を殺して回っています。すぐに脱出を!」


 ミカエルの勘は間違っていなかったことが証明された。 



 その頃ウルは正面扉から王城に入り、見かけた人間を殺しながらミカエルの元へ向かっていた。


(もうすぐ、すべて終わるの。そうしたらようやくご主人様の所へ逝けるの)


 ウルはアブソリュートと共に戦えなかった。だからアブソリュートを殺した者達を自ら殺すことで清算しようとしているのだ。


 自ら命を絶つ前に


歩きながらこれまでのことを思い出す。 

初めて会った時は凄く怖かったこと。

侍女の仕事の時にお菓子をくれたこと。

ウルの頭を撫でてくれたこと。

学園で勇者に絡まれたウルを守ってくれたこと。

何度もおいしいお店に二人で行ったこと。

二人で愛し合ったこと。

子供が産まれたこと。

 楽しかった思い出ばかりくれた愛しいアブソリュートのことを思いながら、ミカエルのいる部屋に手をかけた。そこにミカエルは怒りの表情でウルを待ち構えていた。


「まさか、お前が勇者や王国軍を倒した奴だというのか?」

「だったら?」

「何故だ? アブソリュート一人殺しただけで十万の国民を道連れにするなど、こんなことになんの意味がある! 貴様のせいでライナナ国は終わりだ。答えろ、奴隷!」


 ミカエルは怒り狂っている。アブソリュート一人殺しただけで、少なくとも十万以上の人間がウルによって殺されたのだから。

そんな彼を嘲笑うようにウルは鼻で笑った。 


(ご主人様一人殺しただけで? くだらない)


 ミカエルにとってはたった一人かもしれない。だが、ウルにとってはその一人がすべてだったのだ。


「ウルはこれからご主人様の元へ逝くの。なのに、ご主人様を殺した奴らがのうのうと生きてるなんて許せないわ。貴方達は死んであの世でご主人様とウルに土下座するの」

「狂っているな……だがお前、俺を舐めすぎだ、王族の俺には最強の固有魔法が使える。固有魔法『絶対無敵装甲』《キングオブシールド》発動」

ミカエルの身体を光が包み込む。その光は純白で重装な鎧へと変わりミカエルの身体に装着された。

「俺の固有魔法は物理攻撃、そして中級以下の魔法は全て無効になる。獣人は物理主体で戦うからな、お前には攻撃手段がないだろう。さぁいくぞ」


 物理無効化はウルにとって最大の弱点といえるだろう。だがウルは今回元から物理攻撃で済ませるつもりはなかった。

 ウルの足元を中心に闇の魔力が部屋全体に広がる。


(ご主人様、お力お借りします)


「ダーク・ホール!」


 ウルは何度も見てきたアブソリュートの得意魔法を使った。魔力の多いアブソリュートに比べたら威力や範囲は弱いが、それでも充分有効だ。

 闇の魔力から生み出される魔力の手がミカエルを闇に引きずりこんでいく。


「な、それはアブソリュートの魔法⁈ 何故お前が! くそ、離せ‼︎ なぜ、死んでまで俺の邪魔をする、アブソリュートォ!」

「二年前の戦いでご主人様は死んだ。でもまだアーク家にはウルが残っている。お前はご主人様に負けたの」


 ミカエルの顔が歪む。 

 だが頭部以下はすでに闇の中へと沈んでいた。


「くそおぉぉぉぉおお! アブソリュートォ!」


 アブソリュートへの呪詛に近い狂った声を最後にミカエルは闇の中に消えた。 

 これで最後の相手だった。

 主人の雪辱を果たした余韻に浸り、静かに涙を流す。

 二年前共に戦えなかったことをどれだけ悔いたことか。

 たった一人で、すべてを敵に回した彼はどれだけ辛かったことだろうか。


「うぅ、ご主人様……貴方の……勝利です」 


 嗚咽の混じった声でそう呟いた。

 ウルはアブソリュートの敗北を自らの勝利で上塗りした。

 主人の、いやアブソリュートの誇りを守ったのだ。


 ミカエル死亡



 ウルはミカエルに勝利した後、王都を歩いていた。死ぬ前にアブソリュートと何度も歩いた道を、思い出をなぞる様に歩いた。そこで大好きだったスイーツのお店を見つける。まだ店は開いているようだった。


「ごめんくださいなの」


 怖い顔の店主が迎える。

 何も変わっていない店主や店内にどこか安堵してしまう。


「んっ? あぁ久しい顔だな。いらっしゃい」


 店主もアブソリュートの事を知っているだろうが何も言わずに迎えてくれる。


「イチゴのタルトと、モンブランをお願いします」


 モンブランはよくアブソリュートが食べていた商品だ。


「食べていくのかい?」

「持ち帰りでお願いします」 


 店主はウルの顔を見て悟ったのか、何も言わずに商品を包んでくれた。


「お代はいらんよ。……なぁ、別にアンタまで逝かなくてもいいんじゃないか?」


 店主が最後に問いかける。


「ありがとうございます。でも、あの人のいない世界はやっぱりつらいの……ここのスイーツいつも美味しかった! ありがとう」


 そういい残して店を後にする。





 ウルが向かったのはアーク家だった。

 討伐時に踏み荒らされた領内は景観が変わり知らない町の様だった。

 だがその中で唯一変わらないのがアーク家である。

 討伐軍も流石に証拠や重要書類のある屋敷までは壊さなかったようだ。

 中は封鎖されていたが、鍵は変わっていなかったためそれを使って中に入る。

 もちろん中には誰もいない。ウルはかつてのアブソリュートの部屋に入り、二人分の紅茶とスイーツを並べた。

 ウルは自分の分のタルトと紅茶を飲み干して部屋を眺める。何年も見てきた部屋だが、入るのは久しぶりだった。この部屋にいるとあの頃に戻ったような気分になる。

 少し感傷に浸り、ウルはアブソリュートの椅子の向かい立つ。


「ご主人様、私もこれから貴方の元に向かいます。死んだらどうなるかは分からないけど、もし向こうの世界でまた会えたら、次も貴方を好きになりたいの!」


 ウルは涙を流しながら二回目の告白を告げ、自らの心臓にナイフを突き刺した。

 最後は望みどおりアブソリュートの事を考えながら死ねるのだ。

 ウルは満足していた。 

 体に力が入らなくなり体は地面にたおれた。





 ウルの視界が白くなり、死が近くなることにつれて知らない世界が広がっているように見えた。

 ただ白い景色が広がる純白の世界。気が付くとウルはそこにいた。 


『……』


(ご主人様⁉)


 その世界のどこかからアブソリュートの声が聞こえた気がした。 

 長年連れ添ってきた主人の声を忘れるはずなかった。

 ウルは声の元へ駆け出した。

 はやる気持ちを抑えきれずにただ声の主の元へと。


『……』


(間違いない)


『……』


(貴方が亡くなってから、色々ありました。子供が生まれ、その子供が貴方を失った悲しみを埋めてくれることもありました。でも、自身が幸せだと思うたびにあなたの事をおもいだして……そのたびに会いたくて仕方なかった)


『……ル』


(ああ、ご主人様)


だんだん近くなる自身を呼ぶ声。


(……お帰りなさいませ。ご主人様)


あふれる涙を抑えきれず、声の主の胸へ飛び込みーー








 ウルの命は消えた。



 その後、王族や貴族を多く失ったライナナ国は帝国に取り込まれ、長い時間をかけて民主国家へと変貌した。

 そしてその国を率いる人物の名前はウリア・アークである。


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