第25話 模擬戦 下

勇者が止めに入ったティーチを突き飛ばしてアブソリュートに先制攻撃を仕掛ける。


「いくぞ、アブソリュート!ホーリーアウト」


ホーリーアウトは勇者のスキルを持っているアルトだけが使える魔術だ。勇者が敵と認識した者だけを狙ってダメージを与える広範囲攻撃でアブソリュートは現在範囲内にいる。


アブソリュートは実力を見るつもりで元から初手はもらってやるつもりだった。ダメージ量の確認をしたかったからだ。勇者のホーリーアウトがアブソリュートを襲う。


「やったか⁉︎」


勇者は手ごたえを感じていたが残念ながらアブソリュートを倒すまでにはダメージを与えられなかった。


(……思ったよりダメージ入るな。レベル差あるから大丈夫だと思ったがくらい続けるとヤバいな。)


「アブソリュート様⁉︎勇者テメェ模擬戦で担任に攻撃したあげく不意打ちなんて許されねえぞ!」


「勇者を止めないとですわ!」


「動くなっ‼︎これは私の戦いだ。1人を相手に複数で挑もうだと?私を愚弄する気か‼︎」


加勢に入ろうとするミスト達を静止させる。

アブソリュートは絶対に1人を相手に複数で挑む真似はしない。

それに、例えこちらが複数でやろうものなら他のクラスの奴らが勇者側に回る可能性がある。これ以上騒ぎを拡げるつもりはなかった。だが、クラスの連中は巻き添えを恐れて遠巻きに見てるか冷静に2人の戦いを分析するものに分かれている。戦いに手を加えるという考えは杞憂だった


「チッ!流石に倒せないか。ならこれならどうだ、俺は宮廷魔法士から指導を受けた事がある。魔法の力は宮廷魔法士の折り紙付きだ。『ホーリーランス‼︎』」


勇者はかつてウルとの対戦を経て剣だけでなく魔法の方も授業に取り入れていた。アブソリュートを倒すには剣では足りないと感じたからだ。勇者のスキルで強化された魔法は強力でありアブソリュートでなければ大ダメージである。


勇者が聖魔法で魔力の槍を展開し、アブソリュートに放つ。だが、アブソリュートには当たらなかった。アブソリュートは勇者の攻撃を避けながら速攻で勇者との距離を詰める。

アブソリュートはもう勝負を決めるつもりだ


「なっ⁈ホーリーアウ「遅い。」」



(勇者の攻撃でのダメージ量は知れたし、長引けばアブソリュートの格が落ちる。一撃で決めよう。)


勇者との距離を詰めたアブソリュートは勇者が魔術を使う前に身体に素手で打撃を加えた。アブソリュートはレベル差がある勇者が死なないように手加減はしたが、それでも強力な攻撃に勇者は吹き飛び勢いよく壁に叩き付けられる。


ドゴォォォォォォォォオオオン。


「終わりか?」


体感で骨二、三本は折った気がした。アブソリュートは決着がついたかに覚えたが意外にも勇者は立ち上がった。


(…決まったと思ったのにまだやるのか。予想以上に私自身が絶対悪のスキルで弱体化してたか?)


「ハハッ、全然痛くない、今のはちょっと油断したが、もうまぐれはないからな」


勇者は再びアブソリュートとの距離をつめる。勇者はアブソリュートとは近距離では危ないと判断して中距離から魔法と魔術を使って攻撃しようとする。だが、アブソリュートはそれが分かっていたのか勇者が魔法を使う前に懐に入り今度はさっきより力を込めて打撃を加える


バキッ、ドゴォォォォォォォォオオオン。


勇者の身体から骨の折れる音が聞こえる。再び勇者は壁に勢いよく叩きつけられた。


「グホォッッツ‼︎」


内臓にダメージが入り勇者は吐血する。流石に今度こそはと思ったがヨロヨロとまた立ち上がる勇者。見た目に反してその顔はまだ闘志に満ちておりどこか狂気を感じさせる。


(⁉︎嘘だろ、流石に今度はイッただろ。なんで立ち上がれるんだ?落ち着け、流石に弱体化云々の話ではない。今の勇者は異常だ。)


アブソリュートは一度落ち着き分析する。


(原作では彼奴は勇者のスキルしか持っていない筈だ。勇者のスキルはステータスを上げる効果はあったが回復等なかった。なぜ、あそこまで平然としていられるんだ。

…まて、もしかしてこれは⁉︎)


アブソリュートは戦いを見ていた聖女の方を見る。いつも微笑みを浮かべている彼女の笑みが今回はどこか怪しく見えた。


(あのクソ聖女やりやがったな。試合前に『扇動』のスキル使ってたのか。だから、試合前から理性失って公衆の面前で私を罵倒したり止めにきた担任をぶっ飛ばしたのか。)


聖女の『扇動』のスキルは味方の恐怖心を克服し、士気を上げるだけではない。脳のリミッターを外し自分が思う以上のパフォーマンスを可能にする効果とアドレナリンを常に分泌して痛みを消す効果もある。だが、デメリットとして脳のリミッターが外れることで理性も飛んでしまう。理性のとんだ勇者アルトは思ったことを何でもいってしまうようになり自分の感情に歯止めが効かなくなっている。



立ち上がった勇者がアブソリュートを怒りの籠もった目で睨みつける。


「アブソリュート、お前もしかして試合前に強化魔法を使ったな!この卑怯者め、そこまでして勝ちたいか!」


(いや、お前が言うな。それにこっちは手加減して強化どころか魔法も武器も使ってないんだぞ?全く酷い言われようだよ)


アブソリュートは勇者との試合に臨むにあたり自らに制約をかけていた。それは勇者や周りにアブソリュートの力を見せないようにするためである。もちろん、手加減の意味もあるがいつかは敵になるかもしれないクラスの奴等に手札を晒したくないと考えたからだ。


「俺はお前なんかに負けない。お前達アーク家がいるせいでこの国で苦しんでる人達が大勢いる。勇者の俺は助けなければならないんだ。皆んなやあの娘を……だからさっさと死ねぇぇぇぇぇぇぇぇ」


勇者はずっとかつて闘技大会で戦った獣人の少女が心に引っかかっていた。自分より幼い女の子が勇者の自分より高い戦闘力を持つに至るなんてどれほど過酷で辛い毎日を過ごしていたか。あの時の自分では少女を救えなかったが、成長した今なら彼女を救えるかもしれない。そして彼女を苦しめている元凶がすぐそこにいる。アブソリュートを倒して彼女を解放させる。理性を失ってもかつて救えなかった少女を救うことを心の原動力にしていた。



勇者が距離を詰めて何とかアブソリュートを魔法の射程に入れて攻撃しようとするがそれは叶わない。アブソリュートは高速で勇者の背後に回り腕を掴んで勇者の腕の関節を外した。


ゴキリッ‼︎


鈍い音が修練場に響いた。関節を外した後勇者の膝を破壊した。両腕、両足を使い物にならなくして勇者を転がした。立ちあがろうにも腕が使えず膝も破壊されている勇者はアブソリュートを睨むことしかできない。


「……弱いなぁ、言ってることは大層だが実力が見合ってなければただの理想だな。所詮は勇者のスキルを持っているだけのガキだ、お前は。勇者のスキルを持っていれば何をしても許されると思っている節があるが、それが許されるのは結果を出している者だけ。お前は義務を果たさず権利ばかり主張するただのガキなんだよ」


「うるさい!お前に何が分かるって言うんだ‼︎この悪党め、俺はお前を倒して皆んなやあの娘を救うんだ‼︎」


勇者は必死に起きあがろうとするが気力だけで身体はボロボロで動くことが出来なかった。


「………そうだ、私は悪党だ。この国で1番のな。そして悪党にお前は負けたんだ。……じゃあな正義の味方」


アブソリュートは打撃で勇者の脳を揺らして意識を刈った。勇者は気を失い動かない。勇者とアブソリュートの初戦はアブソリュートの勝利で終わった。


「私を殺して皆んなを救うか……私を殺しても変わらんよ。他の悪党が出てくるだけだ」


アブソリュートは呟くように言った。


一息吐きたい所だがまだやるべきことが残っている。 アブソリュートは頭を切り替えて戦後処理を行う。



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すみません。訂正です。

聖女のスキルは『先導』→『扇動』

スイロク王国『皇女』→『王女』


次からちゃんと言葉の意味を調べてから更新して

再発予防します。ご指摘ありがとうございます。


それと今週仕事の都合で更新が遅れる場合があります

特に更新日時は決めてないですが遅くなったらすみません。 


引き続き『悪役貴族に必要なそれ』をよろしくお願い申し上げます。






















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