第18話 入学試験
トアと契約してから数日後、アブソリュートはこれから入学する王都学園に入学試験を受けに来ていた。
アーク家傘下の者達は一足先に会場に到着し、今は私達しかいない。傘下の者達はアブソリュートを囲うように席につき、クリスが仕切り場をまとめた。
「今後についてはまず、魔法・近接戦闘・筆記試験が実施され、その結果をもとにAからDにクラス分けが行われます。アブソリュート様は問題ないとは思いますが、傘下の私達が低い点数をとって足を引っ張らないよう既に通達しています。今年はミカエル王子や勇者の末裔に聖女様まで入学します。私達はあまり関わることはないと思いますが、何かあればアブソリュート様の名前に傷がつきます。皆さん気をつけてください。最後にアブソリュート様、お願いします」
クリスの言葉に皆が鷹揚に頷く。アブソリュートから言う事は特にない。
「ベストを尽くせ。それだけだ」
「「「はいっ!」」」
気合いの入った声が会場に響いた。それから、ぞろぞろ他の受験者も中に入ってくる。
その中には原作のヒロインもいた。
「アブソリュート様、あの修道服の方が聖女様のようです。何か不思議な雰囲気をしていますね」
クリスは聖女に魅入っていた。
あれがヒロインの一人聖女エリザか……。
聖女エリザは教会にて最高位の地位についており、回復魔法の上位互換のスキル『再生』を使う聖職者だ。
原作ではアブソリュートとの戦いにて致命傷を負った勇者を何度もスキルで癒してから前線に送り、その美貌とスキル『扇動』で兵士達の士気を上げ続けた影の立役者だ。
聖女エリザ……奴の危険度は勇者と同列だ。しかも、奴はあまり教会から出てこなかったからかなりの世間知らずだったはずだ。勇者の思考にハマる前にどうにかしなければな。
アブソリュートが考えこんでいると次は勇者の婚約者でありヒロインのアリシア・ミライが会場に入る。
「アブソリュート様、勇者さまの婚約者アリシア様ですよ。勇者さまはご一緒ではないようですね?」
アリシア・ミライ
ミライ家の令嬢であり勇者の婚約者。そして幼馴染でもある。原作では暴走する勇者に振り回される描写が目立ったが貴族の世界に疎い勇者のストッパーでもある戦闘スタイルは遠距離からの魔法攻撃と固有魔法である『魔弾』がメインだ。
(アリシアは学園で更に勇者に振り回されて苦労するんだろうなぁ)
アブソリュートはアリシアに同情しながらさっきのクリスの疑問に答える。
「クリス。勇者は学園の受験を免除されているから今日はここには来ないだろう。勇者は王族からの推薦という形で入学する。平民ではあるが勇者は準貴族という扱いだからな。っとそろそろ試験が始まるな、戻れ」
会話を切り上げ、すぐに試験官が会場に入り筆記試験が始まる。学園で習う範囲は既に抑えてあるので、筆記試験は問題なく終えることができた。
問題は受験者同士で行われる模擬戦だ。この試験では立ち回りや、魔法や剣の技術等が見られる。
受験者は場外に対戦相手を出すか、試験官が止めるまで試合が続く。対戦相手は基本的にランダムに選ばれるが、爵位が近い者同士になる傾向にある。
アブソリュートは自分の番が来るまで他の人の試合を見ていた。ちょうど今、友人のレディの対戦が行われており、クリスと観戦している。
「レディはアブソリュート様に魔法の指導を受けてから凄く強くなりましたね。 ほら、対戦相手を圧倒していますよ!」
レディの対戦相手は剣士で、レディとの間合いを詰めようとするがレディの氷魔術のスキルで放たれる氷柱が対戦相手を襲う。
剣で振り払うが永続的に放たれる氷柱が徐々に当たりだし、最後はレディの攻撃に圧倒されそのまま場外になり、試合は終わった。
「まぁレディなら当然の結果だな」
試合を終えたレディが笑顔でアブソリュートの元へ向かってきた。
「アブソリュート様! 私の活躍見てくださいましたか!」
レディが顔を近づけてアブソリュートに問いかける。
「あぁ、強くなったな」
お世辞ではない。初めて会った時からだいぶ強くなったと思う。レベルにして30ちょっとか。この世界でなら十分強者と言えるだろう。
「お褒めに預かり光栄ですわ! アブソリュート様の名前に恥じない戦いが出来たと自負しておりましたの。でも実際に褒められると私、火照ってしまいましたわ。アブソリュート様も頑張ってくださいましね!」
身長差か狙ってやっているのか、上目遣いで話すレディ。
可愛らしい顔に小柄な体躯も合わさりどこかあざとくも嫌ではなかった。
「……ああ。そうだな」
レディは、アブソリュートの褒め言葉に内心デレデレしながらアブソリュートの隣に座って会話を続ける。
「アブソリュート様の対戦相手は誰になるのでしょうか? カコ公爵家の方かミライ侯爵家のアリシア様あたりですかね」
それにクリスが答える。
「聖女様の可能性もありますよ。まぁですが、上位貴族の受験生はカコ家とアーク家以外は令嬢が多いですから必然的にカコ家の方になるのではないですかね」
(カコ家か……)
カコ侯爵家は、ミカエル王子の記念パーティーでクリスを含むアーク家傘下の貴族達に突っかかってきた者たちのリーダーだ。名をトリスタン・カコ。噂ではカコ家の中でも実力はずば抜けているが異端児と言われている。
原作でもあまり出てこなかったからどう絡んでくるか未知数だ。
そこで考え込んでいると次の試合にアブソリュートの名前が呼ばれた。
「アブソリュート様、頑張ってくださいね」
「ご武運をお祈りしておりますわ!」
クリスとレディの声援を受けながら試合会場にはいる。そこでアブソリュートは一足先に対戦相手を待った。
後から入ってきた対戦相手は、アブソリュートの予想を斜め上に裏切った。
「聖女エリザ……そしてアリシア・ミライ、それにカコ家の者だと?」
そう。対戦相手は聖女エリザとアリシア・ミライ、カコ公爵家のトリスタンだった。アリシア、トリスタンと聖女エリザもこの状況に驚くがまず先にトリスタンが語りかける。
「ごきげんようアリシアさんに聖女様にアブソリュートさん。私はトリスタン・カコと申します。それでこれはどういう状況か説明して頂けますか? 試験官様」
試験官が口を開く。
「確かに模擬戦は一対一で行うのがルールだ。だが、聖女様は戦闘に関してはサポートに特化しておりこれでは聖女様の真価を評価することができない。そこで特例としてこの対戦に関してはニ対ニで行うものとする」
確かにサポートに特化した聖女にはこの試験は厳しいだろう。それでダブルバトルか。なるほど、だが組み合わせはどうなるか。
「ペアに関してはアブソリュート・アーク、アリシア・ミライ。トリスタン・カコと聖女様の組み合わせで行う。ルールに関しては審判が試合を中断するかペアの二人が場外にでた時点で終了とする」
なるほどアリシアとペアか。助かるな……私が聖女と組んだら聖女の力を見ることが叶わず終わってしまう。
前半アリシアに戦わせて聖女の力を見るか。
そう考えるとアリシアがアブソリュートに話しかける。
「……話すのは初めてね。アリシア・ミライよ。それで役割はどうする? 私は魔法しか使えないから遠距離からの攻撃になるけど」
「そうか、なら私の剣の間合いに入るまでトリスタンを魔法で攻撃しろ。私がトリスタンを相手している間は何もしなくていい」
アリシアは不思議そうな顔をして尋ねる。
「いいの? 聖女は戦えないから貴方がトリスタンと戦っているときに私が魔法で援護した方が確実だと思うけど?」
確かにアブソリュートが提案したやり方は、前半アリシア後半アブソリュートと一対一を繰り返していくやり方だ。二人でトリスタンを潰せばすぐに終わる可能性が高いだろう。だが、それでは聖女の援護力を見ることが出来ないではないか。それだけは避けなければならない。
「ふん。いくら聖女が援護しようと戦うのはトリスタン一人だ。それを二人がかりで潰すのはあまり美しいやり方ではないな。場面ごとに役割を分けて一対一で戦うのがいいだろう」
それに加えてアブソリュートは原作の自身の最後を思いだした。
数万単位の兵力を持って殺される自身の最後を――
そういった思いから、数で相手を押しつぶすやり方をアブソリュートは好きになれなかった。
アブソリュートの答えにアリシアが驚く。
「……ごめんなさい。私、貴方を誤解していたわ。確かに誇りある上位貴族の私達がやることではないわね。分かった、貴方のやり方に従うわ。誇りを持って戦いましょう!」
アリシアはアブソリュートに賛同した。
「あぁ、それと聖女には当てるなよ?」
「ふふ、分かっているわ。さぁ初めましょう」
そうして二組はむかい合い審判の合図を待つ。
「始め!」
試合開始と共にトリスタンが駆け出す。
「ファイヤーボール」
アリシアの魔法がトリスタンを襲うがトリスタンは避ける気配がない。そこで聖女が動く。
「『防御力上昇』《プロテクト》、『自動回復魔法』《リジェネヒーリング》」
聖女は付与魔法を使いトリスタンを援護していく。それに厄介なのがトリスタンのアリシアの魔法に恐れなく向かっていく闘争心だ。
(もしかして聖女のスキル【扇動】を使って恐怖心をなくしているのか? やはり危険だな)
人間は恐怖心により脳にストップがかかるがあのスキルはそのストッパーを外している。【扇動】を使うことによりリスク度外しに危険な行動をとらせる事が可能なのだ。
「なんなの、あいつ⁈ 魔法をくらいながら進んでくるなんて!」
違う。
トリスタンは魔法をくらいながら進んでいるのではなく剣で切り捨てながら向かってきているのだ。
(魔法を切り捨てるほどの剣術、いやスキルか? 見事だな。成長したら魔法特化のステータスであるアブソリュートの天敵になるだろうな)
アリシアは連続して魔法を使うがトリスタンは止まらない。
そろそろアブソリュートの間合いに入る。
「……そろそろだな。交代だ」
アブソリュートは剣を抜きトリスタンに向かって斬りかかる。
二人の剣が交じり合う。
トリスタンがアブソリュートに語りかけた。
「おや、ついにアブソリュートさんの登場ですか? 貴方の噂は聞いていますよ、なんでも大変優秀なのだとか? 私ゾクゾクしてきました、さぁ切りあいましょう!」
鋭く速いトリスタンの太刀。
明らかに学生で収まるレベルではないのが分かる。
思えばアリシアに対して彼は一度も剣を振るっていない。それだけトリスタンとアリシアの差があるってことか。
(縦、横、縦、突きとみせかけて刃をかえして下から。いろいろやってくれるな。決まった型ではなく、色んな流派をかじっているのか?)
縦横無尽に襲い掛かるトリスタンの攻撃を剣で受けながらアブソリュートはそう分析していた。
「凄い、凄い! ここまで僕と打ち合えるなんて、なんてめでたい。今日は二人の記念日だ」
(なんの記念日だよ! 私は記念日にこだわる人間が一番嫌いなんだよ)
トリスタンの猛攻が続くが聖女のスキル【扇動】の影響か、冴えていた剣術が曇り始める
アブソリュートは適当に打ち合いつつ聖女とトリスタンの分析を続ける。
「ところで何故アリシアさんと一緒に攻撃しないんです? 二人でなら僕を倒せるかもしれませんよ?」
「聖女の援護があろうと戦うのはお前だけだろう? 二人がかりは美しいやり方ではない」
そう答えると、トリスタンは一瞬呆けた顔をするが意味が吞み込めると獰猛な笑みを浮かべた。
「アハハハハハハハ! 貴方はやはり最高だ。ですが、それを敗北の理由にしないで下さいねぇ!」
トリスタンがギアを上げ攻め立てるが、アブソリュートは余裕をもって対応する。しばらく二人の打ち合いが続いた。拮抗状態に焦りを感じた聖女が動く。
「トリスタン様、援護します! 『聖女の祝福』」
聖女がさらに支援魔法をトリスタンにかける。トリスタンのスピード、パワーが増す。
だが、レベル差のあるアブソリュートにはそんな強化は効かない。アブソリュートは聖女の強化魔法をあらかた観察を終えていた。
今のところ、スピードとパワーが上がっただけで他は対して変わってないな。強化したスピードにトリスタンが対応できていない。まぁ初めてのタッグだし仕方ないだろう。
(それにしても、身体強化の魔法は大したことはないが、これが大勢に使えたとしたら厄介だ。そして恐怖心をなくすスキルか)
アブソリュートは聖女エリザの危険度を上げた。
集団戦において機能する聖女エリザの力はいずれ自分に届きうる。そう認識した。
「もう終わりにしよう」
あらかた力をみたアブソリュートは決めにかかる。斬りかかってきたトリスタンの剣を光速で弾き、腹に蹴りを入れて場外に出す。
「グッ……」
「剣の腕は見事だったが、少し精細さを欠けていたな。次は学園で本当の一対一で勝負をしよう」
場外のトリスタンを見下ろすように告げた。
「ははっ、手加減されてこれでは、まだまだ修行不足でしたね。参った」
「なんの事やら」
場外のトリスタンにそう言い終えると聖女の方を向く。
残りは聖女だ。
すると聖女は両手を挙げて降参の意を示した。
「そこまで! 勝者アーク、ミライペア」
審判の判定をもって試合が終了した。
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