第59話 光の剣聖回想

 十五年前、スイロク王国に一人の英雄が誕生した。その男の名はーー

 アイディール・ホワイト。

 後に『光の剣聖』と呼ばれ、大陸最強候補の一人に数えられる男である。

 その男が英雄と呼ばれる理由。それは聖国、いや『空間の勇者』からスイロク王国を救った事が起因している。



 ドンドンと王宮に相応しくない音が響きわたる。


「国王様! 緊急です!」


 国に使える内務官の一人が紙を持って王の執務室に飛び込んできた。


「何事だ」


 スイロク王国十五代国王ライアンは咎めるような声で内務官に声を掛ける。

 六十代という、国王にしては高齢ながらも長年国を治めてきた貫禄がそこにはあった。


「こ、これをっ!」


 手渡されたのは国璽の押された正式な文書であった。国王はその文書に目を通すとあまりの内容に驚愕の表情を浮かべる。


「ばっ、馬鹿な……」


 その文書に書かれていた内容を要約するとーー


『スイロク王国はリ・オールド共和国に協力し、我が国の内乱誘発に並び、戦争における物資の提供し援助を行いました。 直接的関与はなくともこれを敵対行為と見做し、『戦線布告』を致します。  

 聖国 教皇 大聖女コスモス』


 文書の主は『聖国』の大聖女。

 まだ十代にも満たず一国を預かる者。

 だがそれは問題ではない。

 問題はその背後にいる世界最強の傑物だった。

 私達は触れてしまったのだ。

 空間の勇者の逆鱗に。

 国王はワナワナと震えながら文書を床に落とす。

 この文書はこれは紛れもないライナナ国、アースワン帝国に並ぶ大国『聖国』による戦争の始まりを告げる知らせだった。




 戦場となったのはスイロク王国にあるとある平原。

 そこに走っている人影があった。


「はぁ……はぁ……はぁ」


 走っていたのは騎士の鎧を脱ぎ捨てインナーのみの男だ。

 男の名前はアイディール。

 彼はスイロク王国の辺境に位置する村の木こりの三男坊だった。誰からも期待されず、家業を継ぐ長男のスペアのスペアだった彼は長男が家業を継ぐと同時に剣を携え王都へと旅立ち、騎士としての道を歩んだ。


 彼には天から授けられたとしか言えないスキルに剣の才能、その二つが後押しし、武器を持てば不敗の天才だった。


『剣を持てば彼に勝る者はいない』


 誰もがそう話し、初めは否定してもいつしか彼自身もそう思うようになった。

そんな時、彼に転機が訪れる。

 ある時、スイロク王国は聖国に敵対していた国を陰から援助していたことが明るみとなった。そのため、聖国、いや【空間の勇者】の怒りを買ってしまい戦争が起きてしまった。


 勿論、当時騎士として名を馳せていた彼も出陣した。大陸最強と言われる空間の勇者を自分が討ち取ると仲間達を鼓舞して戦場を駆け回った。

 だが、アイディール・ホワイトのいた軍は彼を除き壊滅した。


 空間の勇者のスキル『空間操作』で纏まっていたはずの騎士達はいつの間にか孤立させられ、分散した兵は次々と討たれていった。

 彼自身も空間操作により孤立し、同じ場所をぐるぐると駆け巡っていた。

 辺りは戦場とは思えないほどの静けさ

 なによりおかしいのは一万もいた味方が誰一人として見当たらないこと

 アイディールは戦場である平原から少しそれた森林地帯に迷い込み味方を探して歩き回っていた。


(おかしい……ここは確かに戦場のはずだ。なのに敵も味方も誰もいない、まるで俺一人が別空間にいるかのようだ)


 しばらく走り続けるとようやく同じ所から抜け出し、しばらく歩くと人影が見えた。そこにいたのは今回の戦争の主犯、空間の勇者だった。

 それだけではない。

 彼の周りには数多くの仲間達の屍が倒れていた。

 なかには見覚えのある者もいる。

 

「スイロク王国騎士五千人目確認。排除する『空間操作』《エリアスキル》・再起動リブート

 

 抑揚のない平坦な語り口で彼は言った。

 感情を感じさせない冷えた語り口だ。

 アイディールは剣を抜き構える

 

「騎士・アイディール参る」

 

 空間の勇者に向け走り出した。

 彼が空間の勇者に立ち向かえるのは自身が最強であるという自負がある。

 自分こそが真の世界最強だと信じているから。

 

空間操作エリアスキルキルムーブ

 

 空間の勇者は何もない空間で剣を振るう。

 空振りではない、ただそこにある見えない何かを切っているように見えた。

 するとアイディールのスキル気配感知が発動した。


 (何かくる⁈)


 走っていた彼は咄嗟に身体を翻し地面へと転がった。

 一体何が起こったのか。

 それは彼の身体が知っていた。

 彼の左の視界がぼやけて見え、その後はアイディールの左目から足首までの左半身が鋭利なもので切り裂かれたようにぱっくりと裂けていたのだ。

 

「ぐ、うおおぉぉぉぉ‼︎」

 

 裂けた体から鮮血が飛び散った。


(危なかった。避けなければ目の前の死体のように問答無用で切断されていた)


 正確には完璧には避けることは叶わなかった。

 だが皮一枚ぐらいの差で致命傷には至らず奪われたのは片目だけですんだともいえる。

 だが、これは紛れもない幸運なのだ。

 なぜなら避けることすらも叶わず命を奪われた者達がそこら一帯に倒れているのだから。

 そんな幸運を感じることなくアイディールは現状に危機を募らせる。


(見えない斬撃に避けたにも関わらずこの威力、アイツ――思った以上にヤバイ)


 空間の勇者は仕留め損ねた獲物を再度狩るために動き出す。

 

空間操作エリアスキルキルムーブ

 

 空間の勇者は追撃するようにも剣を横に振るう。

 アイディールはほぼ反射に近い速度で身体を地面スレスレに身体を伏せた。

 空間の勇者の斬撃はアイディールに当たることなく後ろにある木々に直撃する。

 すると――

 ズシャァァ‼︎

 まるで災害が起きたような音を後ろから聞こえる。

 それは後ろにある木々が奥にあるもの含めて全て切断されていた音だった。

 斬撃の当たった木々は全て切断され木に囲まれた環境から一部平原が見えるまでその攻撃は届いていた。

 地形すらも変えかねない広範囲に及ぶ強力な一撃。

 振り返りそれを見て全身が震え立つ。

 武者震い?

 いいや、恐怖で震えているのだ。


「ハハッ……」

 

 乾いた笑みが出てくる。


(何が最強だ、私はとんだ井の中の蛙ではないか)


 スイロク王国で少し腕が立つ自分が世界最強?

 いいや違う……気付かされた。

 たった一人でスイロク王国軍を壊滅させ、一振りで地形すら変える圧倒的な力。

 世界最強は紛れもなく目の前の男。

 ――空間の勇者だった。

 アイディールは初めて恐怖を覚えた、目の前の圧倒的な強者に。

 空間の勇者がこちらをずっと見ている。

 二度も攻撃を避けたアイディールを興味深そうに。

 その冷たい眼差しがアイディールを貫いた。


(怖い……あの無機質な目が怖い)


 その瞳にはまるで感情を感じさせずただ冷たいものでそれがとてつもなく恐ろしかった。


(ヤバい……身体がぶるって動けない)


 恐怖が全身をこわばらせる。

 動かなければ死ぬことを理解しているにも関わらず、ガチガチに全身が震え体を動かすことすら叶わなかった。

 その光景は食物連鎖上位の獣に睨まれた小動物。

 死の運命に雁字搦めにされた哀れな獲物だった。

 そんな獲物を狩る死神の一撃が襲い掛かる。

 

空間操作エリアスキルキルムーブ


 防御不可の不可視の斬撃が振り下ろされた。

 動けないアイディールにはもう防ぐ手段がない。

 脳裏に走馬灯が駆け巡る。

 これまでの人生が映像のように駆け巡り最後に映ったのはまだ幼い愛娘の顔だった。


(あぁ、娘ともう一度会いたかった)


 命を諦めかけたある時――

 ガキィィィ‼︎

 二人の間に黒い人影が割って入り空間の勇者の攻撃を剣で受けきった。


「あ、貴方は?」


 現れたのは黒髪黒目の男。

 身につけている鎧には見たことのない家紋が埋め込まれていることから、貴族ということが分かる。

 それもその上等な装備と力からおそらく上位の――。

 

「私のスキルを受け止めた? 貴方は何者?」

 

 空間の勇者は短く問いかけた。

 その問いに男は答えた。

 

「ヴィラン・アーク」

 

 世界最強の勇者とライナナ国最恐の悪、決して交じり合うことのない二人が初めて邂逅した瞬間だった。

 


 

 これが後の光の剣聖アイディールと、アブソリュートが生まれる前、狂人と呼ばれ恐れられていた頃のヴィラン・アークの出会いだった。

 

「アークって確かライナナ国にそんな貴族が……」

「スイロク王国からの救援で援軍として来た。まぁ、もう殆ど終わっているようだがな」

 

 ヴィランは周りに散乱しているスイロク王国の騎士達の遺体を見わたしそう言った。

 アイディールは援軍と聞いて僅かに安堵する。

 だが、相手は世界最強の勇者油断はできない。

 空間の勇者はヴィランに問いかける。

 

「疑問。先程私のスキルをどうやって無効化した?」

 

 防御不可だった勇者による攻撃。それをヴィランは何のことなく受けたのだ。表情に変化はないが雰囲気は明らかにヴィランを警戒していた。

 

「いいぜ。冥途の土産に教えてやるよ。【精霊召喚】」

 

 ヴィランの詠唱後、魔法陣が現れ一体の精霊が現れる。

現れたのは天秤をもち冷たい雰囲気を感じさせる美しい女性の精霊。

 

「こいつは【秩序の精霊】。コイツは契約者に対するスキルの効果を無効化する。つまり今のお前は一般人という訳だ」

 

(スキルの無効化……なんという強力な精霊なんだ。これで空間の勇者の強みを消したぞ)

 

「精霊使いか、理解した。だがスキルが使えないなら力で押し通るまで。再度警告する。ヴィラン・アーク貴様は排除対象ではない。速やかにこの場から立ち去れ。さもなくば排除する」

 

 勇者が何もないところからもう一本の剣を取り出した。

 聖属性の白い魔力を帯びた剣、それは覚醒した勇者のみが使える聖剣だ。

 だが、そんなことを気にした様子もなくヴィランは怒気を込めて言い放つ。

 

「俺からも一つ警告してやる。俺に指図するな、埋めるぞコラ‼︎」

 

 一触即発の空気が流れる。

 二人の殺気がぶつかり合い、ビリビリと肌に感じた。


(凄い……この人、世界最強の男に啖呵を切ってる。ヴィラン・アーク――とんでもない男だ)


 スイロク王国軍の全滅、この光景をみて誰がその元凶に啖呵を張れるだろうか。

 だがそれも当然だ。

 なぜなら目の前の男も紛れもなく"最恐"なのだから。

 

「気をつけてください。あの勇者空間系のスキルを使います。転移でかく乱もあり得ますよ」

「黙れ、俺に指図するな。死ね」

「ぐはッ!」


 鳩尾にヴィランの蹴りが入りアイディールは悶絶する。

 情報を共有しただけにも関わらずそれを暴言と暴力ともに突き返した。

 

 当時のヴィラン・アークは王族や貴族など気に食わない者全てを傷つける姿から『狂人』と呼ばれ恐れられていた。

 触れる者全てを傷つけるその姿はまるで刃物。それを人の身で行う有様は紛れもない"狂人"であった。

 どうやらこの貴族もかなり無茶苦茶な人のようだとアイディールは恐れ慄く。

 そんなアイディールをよそに二人は既に戦闘体勢に入る。

 

「「…………………………」」

 

 二人は睨み合い、場が静寂に包まれる。

 そして――

 合図もなしに二人の死闘は幕を開けた。


 ♢

 アイディールside

 

 俺は二人の戦いをこの目で見て改めて体が動かなくなる。それは先程の恐怖ではなく目を奪われたゆえのものだった。

 ヴィラン・アークと空間の勇者の戦いは、正直二人の戦いは次元が違っていた。

 強い……そしてあまりにも速すぎた。

 目で追うのも辛いほどだ。


 二人が剣を振るうたびに大地が裂け、地形が変わっていく。強さの次元を超えた超越者対超越者の、神話を彷彿とさせる戦いがそこにはあった。

 空間の勇者は世界最強の名に恥じない実力者だった。

 あの強力な空間操作のスキルもそうだが、レベルが段違いに高い。一国を滅ぼしたのも納得の実力だ。


 ヴィラン・アークも精霊の力で勇者のスキルによる攻撃封じ剣術戦に持ち込んだ。とんでもない隠し球を持っていたものだ。

 スキルによる攻撃を封じられた勇者とヴィラン・アーク二人の実力は拮抗し戦いは長引くことになる。

 二人の死闘はなんと三日も続いた。

 長い死闘の末、両者ともにぼろぼろになりヴィラン・アークは来ていた装備がほとんど破壊され全身が切り傷があるものの致命傷はないようだ。

 対する空間の勇者は初めの機械的な印象は変わらずだが初めの頃より明らかに動きのキレがなかった。


 ダメージはヴィラン・アークの方が大きいだろうが消耗しているのは明らかに動きに精細さを欠いた空間の勇者だった。

 互いに手札や体力を使い果たしながら戦いその結果は――


「オラァァァアア‼︎」

「なん……だと――」


 ヴィランが勇者の聖剣を弾きトドメを刺そうと切り掛かった。

 ヴィランの剣が空間の勇者の顔を切りさき――

 彼の右目を奪ったのだった。

 空間の勇者は距離をとり失った右目をなぞりながら告げる。

 

「不覚……これ以上は厳しいですね。続きはまたいずれ――また会いましょうヴィラン・アーク」


 そう言い残すと彼は一瞬で消えるようにこの場を去った。

 恐らく転移を使って撤退したのだろう。

 二人の戦いはヴィランが勇者の片目を奪ったところで勇者が撤退し、幕を閉じた。


「二度とやるか――バケモンが」


 そう毒吐くもこの戦いの勝者は紛れもなくこの男だった。

 最強対最恐を制したのはライナナ国最恐の悪。

 ――ヴィラン・アークだった。


 

 

 ♢


 空間の勇者との戦いが終わった後、スイロク王国と聖国は停戦を結ぶことになり、戦争は終結した。

 あの日唯一生き残ったアイディールは空間の勇者を撃退した功績を讃えられ、爵位と領知を授かり英雄として大々的に発表された。

 

「何故だ……空間の勇者と戦い、スイロク王国を守ったのは貴方なのに……何故僕だけが賞賛されて貴方には褒美や労いが何一つないんだ、おかしいだろ!」

 

 アイディールは叫ぶ、自分は空間の勇者と戦い、運良く生き残っただけの男だ

 真に賞賛されるべき人間は他にいるというのに。

 

「気にするな……というのも可笑しな話か。はっ、お前はお前で身に覚えのない偉業で囃し立てられいい迷惑だろうからな。これから大変になるぞ」

 

 目の前の男は意地の悪い笑顔を浮かべながら言った。この男は友好国であるライナナ国から援軍として来てくれた恩人、空間の勇者と闘い追い返した本人だ。

 アイディールはそれに瞬時に言い返した。

 

「そんなことはどうだっていい。だが、真の功労者が、命を賭して我が国を守ってくれた恩人が、本当の英雄が……報われないなんてあってはいけないでしょうが! 我が国はそこまで腐敗しているのか!」

「いや、これはスイロク王国ではなくライナナ国の問題だ。俺の家門が闇組織と繋がっている噂は他国でも知っているだろ? 故に悪が英雄視されるなんてあってはならない。ライナナ国の王が手を回しているのだろう」

「悪人だろうが関係ない! 貴方は一人で俺を……国を救ってくれた。俺達のために戦い、血を流してくれた、それを知っているのに何もできないのが……」

 

 ーー悔しい。

 アイディールは苦悶な顔でそう言った。

 ヴィランは困った顔をしながらアイディールに言う。

 

「変な奴だ、お前は。そうだな、ならお前が覚えていて欲しい。ここであった事を、何を守り闘ったのかを」

 

 若きアイディールはその言葉に深く頷く。悔しいが今の自分に出来ることはそれだけだ。だがいつか必ず恩を返そう……そう誓った。

 

「あぁ、絶対に忘れない。あの死闘を……貴方の献身を決して忘れない」

 男はアイディールの言葉に満足したのか背を向けてこの場を去ろうとする。

 

「俺は!」

 

 アイディールは男の背中に向けて叫んだ

 

「俺は強くなる! 貴方から預かった英雄の名に恥じないように! ……ヴィラン・アーク、もしまた会えたら、その時は手合わせ願いたい」

 

 スイロク王国を救った男、ヴィラン・アークは彼の言葉に背を向けたまま手をあげて了承し去っていった。

 その後、アイディール・ホワイトは壮絶な修行を経ることで全国から剣豪の集まる『剣聖杯』を勝ち抜き『剣聖』の称号を経る。

 そして、光の剣聖として知らぬ者がいないほどその名前を轟かせ――


 彼は本当の英雄となったのだ。




――――――――――――――――――――

少し早いですが明けましておめでとうございます。

皆さまお待たせして申し訳ありません。



ご報告があります!

皆さまのおかげで書籍第三巻の発売が決定しました。

皆さま本当にありがとうございます。

三巻からが描きたかった内容が多いのでとても嬉しいです。

三巻では新キャラから今まで出たキャラまでめっちゃでます!

こちらは既に書き上がっているので楽しみにしていただけたらと思います。



X始めました。

是非フォローをよろしくお願い申し上げます。

@Masakorin _

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