第34話 野外演習

 


ライナナ王国南部エレエメ領。

 ここはライナナ国の中でも魔物が最も多く生息する魔境となっている。


 学園を出発してから、エレエメ領まで揺られ続けること約半日程。

 ようやく目的地の森の前に到着し、次々と生徒達を乗せた馬車が停まっていく。


 「着いたか…以外と早かったな。」


 公爵家用の馬車は居心地が良かったので時間が過ぎるのを早く感じる。だが、表情はいつもより険しく見え周りの生徒も萎縮してしまっている。


 「ご主人様、怖い顔をしてますよ。」


 「生まれつきだ放っておけ。」


 同じ馬車に乗っていたマリアに指摘され緊張している事に気づき少し肩の力を抜く。


 (ついに来たか。命が懸かっている場面は何度体験しても慣れないな。)


 「全員、中央に集合!」


 引率の教師の号令で生徒達が集まる。

 

「事前に説明したように、これから君たちにはこの魔物の生息する森で魔物を狩ってもらう。期限は三日間だ。途中、怪我などで演習の続行が不可能だと判断した場合には空に魔法で合図を出せ。私達教師はここの本部にて待機しているからいつでも駆けつける。

それと大物を倒したグループには特別に成績を上げることを約束しよう。だが、功を焦って無茶をすることだけはするな。あくまで今回の目的は森の中での実戦と魔物の討伐だからな。質問が無いなら演習を開始する。

森に入るルートはトラブルにならないよう教師陣であらかじめ決めておいた。それぞれのグループに割り振られたルートで進むように。以上、演習始め!」


 教師が号令を出すと、生徒たちはそれぞれ自分の班の元へと向かうために散っていった。

 

「アブソリュート様、お待たせしました。」


 教師からの説明が終わり、他の班と同じようにアブソリュートも班のメンバーが集まるのを待っていると、Bクラスのアーク派閥のクリスがこちらに来る。


 「いいや、直前に悪いなクリスよ。お前らはどこのルートで森の中に入る?」


 アブソリュートは魔物の襲来に備えてすぐに動けるように身内の位置を把握しておきたかった。ルートによっては進行速度を上げねばならないし重要な事だ。


「僕らはFルートですね。」


「Fか…私らはDだからそこまで遠くはないか。」


 およそ数キロ程しか離れていない事に安堵するが逆に考えればまとめて襲われる可能性があるという事だ。油断は許されない。


 「クリス、念の為に言っておくが異変を感じたらすぐに魔法を空に上げろ。私が瞬時に其方に向かう。」


 「ありがとうございます。では言ってきますね。」


 離れていくクリスにアブソリュートは気づかれないように精霊のトアを付けておく。これでクリス達の位置や危なくなったらトアの力を使ってアブソリュートがくるまで耐えられる。



 「アブソリュート様、俺らも準備出来ましたよ。」


 「あぁ、分かった。レディ何かあればお前が空に魔法を上げて異変を伝えろ。私とお前以外は魔法は得意ではないからな。マリアはレオーネ王女から離れるな。ミストとオリアナは先頭だ。行くぞ。」


 アブソリュート達は森の中に足を踏み入れたのだった。





 ライナナ国物語の世界の魔物は大きく分けると2種類に分かれる。

 それは人型と異形型だ。人型の魔物は姿や大きさが人間に近いほど危険度が上がる。それはオーガやドラゴンニュートン等、人型に近い魔物ほど知能が高くなるからだ。知能が高くなるにつれ人型は力を求めて人間だけでなく魔物も襲うようになる。魔物が強くなるには戦って食らうことが効率的だと理解するからだ。 


 逆にそれ以外の異形型の魔物はサイズが大きいほど危険度が上がる。知能は人型と比べて劣るが純粋にサイズが大きいほどパワーがあるので危険だからだ。加えて本能によって動き群れを形成し数も多い為此方も厄介である。


 アブソリュート達の入った森に危険度の高い魔物はあらかじめ討伐されている。だが、弱い魔物でも人間には害になる存在だ。

 この野外演習には身をもってそれを体験する事も目的の一つなのである。


 教師達によってDルートを進んでいたアブソリュート達は何度も魔物に遭遇し戦闘を繰り返し、現在は20匹ほどのゴブリンの群れと戦闘をしている。


「レディ、魔物そっち行ったぞ!」

 自慢のナイフ捌きで魔物を1突きで仕留めるミスト。


「了解ミスト!アイスランス!」

 遠距離攻撃で魔物を狙い打つレディ。


「…こっちも終わった…。」

 格闘術を駆使して堅実に魔物を仕留め近距離が苦手なレディの護衛もこなすオリアナ。


「私も終わりました。まだ入って間もないのに随分と魔物が多いですね」

 圧倒的な剣捌きで一番の討伐数を記録したレオーネ王女。


 森に入ってアブソリュートグループは魔物の多さに戸惑いながらも順調に討伐を進めていた。

 アブソリュートを除いて。 


(…流石にこのレベルだと何匹いても楽勝っぽいな。それにしても教会の連中は流石にまだ魔物は放っていないか…。私なら夜に放って油断してるところを狙うな。それまで大丈夫かな?

 しかし、正直レオーネ王女の事は心配してたけど結構強いな。レベルじゃなく技術や練度が高い感じがする。恐らく幼い頃から真面目に訓練を積んできたのだろうな。 

 ……暇だな。闘おうとしたらミスト達に経験積みたいから後ろでゆっくりしとけって言うからずっと見てるけど、ここまで何もしなかったら正直申し訳なく感じてきたわ。

 魔物退治は人殺しほど良心は傷まないけど、ゴキブリを殺した時のような忌避感を感じるから初めは正直ありがたい申し出だったけどここまで空気だとは…。

 レオーネ王女も何か言いたげな顔してるし…)


 ミスト達に言われ後ろで待機していたアブソリュートだったが戦場を共にし良い関係性を築いている仲間達をみて疎外感を感じ非常に居心地が悪い。


 「アークさんも次からどうですか?見てるだけでは退屈でしょう?」


(心なしかお前も戦えと言われてるように感じるのは気のせいではないよな。側から見たら傘下にだけ戦わせてる嫌な奴だもんなぁ)


 「そうだな次からは私も…「いやいや、この程度の魔物は私達だけで充分ですわアブソリュート様。暫くは私達に華を持たせて下さい」 


 「そうっすよ。アブソリュート様がやったらすぐ終わるから演習にならないし俺らに任して下さい」


(コイツら血に飢えてるのか?ウチの奴らはいつからこんなに好戦的になったのやら。)


 「…そうか。だがお前ら疲れてないか?次魔物が出たら変わるぞ?」


 「大丈夫ですよ?アブソリュート様はどっしり構えてて下さいまし。雑魚くらい私達が相手しますわ。あっ水飲みます?」

 

 アブソリュートが気を遣ったと思ったのか逆に気を遣われてしまった。

 

 「…なら好きにしろ、だがはしゃぎ過ぎてバテるなよ?」


 アブソリュートグループはそのまま進み戦闘を繰り返していった。だが余りにも魔物が多いので本当はもう少し森の奥に行く予定だったが1日目はあまり進めずに終わる事になる。


 森に入ってから数時間が経過し、空も暗くなってきたのでこれ以上の探索は危ないと判断して明るい内に見つけておいたキャンプ予定地でアブソリュート達はキャンプの準備を初めた。


 レディとオリアナは薪や水の補給。


 マリアは辺りを警戒


 レオーネやメイドで天幕の設置


 アブソリュートの魔法で辺りの木々を薙ぎ倒してスペースを確保


 ミストはブラウザ家の固有魔法『結界』を使用して、魔物避けの結果を張ってもらっている。


 「…!…!…!」


 天幕を張り終えた後、精霊のトアから緊急信号が送られてきた。この信号はクリス達に向かって大量の魔物の襲来を意味していた。

 少し遅れてクリス達のいる方向から空に魔法が上がる。


(ようやく動いたか。私達の方にはまだ来ていないし、ミストの結界があれば15分は稼げる筈だ。距離はそんなに離れていないし全力で行けば間に合うな)


「ミスト私は15分ほど席を外す。それと結界を厳重に張っておけ。何かあれば予定通りレディに魔法を空に上げさせろ!」


 「えっ?アブソリュート様!」


 それだけ言い残してアブソリュートは目にも止まらぬ速さで駆けていった。

 その場に取り残されるミストと天幕を張っていたメイドやレオーネ王女。





「行っちゃいましたか、仕方ない人っすね…」


(アブソリュート様は魔法の上がった方に向かっていったな。このタイミングでグループを離れるなら恐らく救援に行ったのだろう。アブソリュート様が行かなければならないほどならかなり危険な状況だと理解できるし、何の躊躇いなく動いたのだからアブソリュート様は恐らく何かしら異変の情報を掴んでいた?)


 ミスト達はアブソリュートからは何も知らされていない。無用な混乱を招かないためか、それとも自分達が信頼されていないからなのかは分からない。

 長い付き合いの自分らに相談してくれなかった事に一抹の寂しさを感じる。


「あのブラウザさん。少しいいですか?」


 仕事を終えたレオーネ王女がミストに声を掛ける。


「何すか?王女様」


「アークさんの事なんですが、貴方達はどう思っているんですか?」


「ん?どういう意味合いですかね?」


「正直私はあまり彼にいい感情を持っていません。

勇者を倒す程の実力、それは認めています。ですが先程まで彼は自分で戦わず貴方達に戦わせてましたよね?正直言って失望しました。あの力がありながら貴方達を盾にして踏ん反り返っている彼に!」


「……」


 ミストは何も言わずにレオーネ王女の話を最後まで聞いている。


「もし彼によって苦しめられているなら私が力になります。今日一緒に戦ってみて貴方達は悪い人ではないと思いました。

 他国ではありますが、私は王女です。貴方達を救う助けができるかもしれません」


 話を聞き終えようやく口を開くミスト。


「えっと、王女様?その話はレディやオリアナにもするつもりですかね?」


「ええ、貴方の意見を聞いてみてから聞こうと思っています」



「んー…。それは止めといた方がいいすよ?

アーク家派閥の女子組は皆んなアブソリュート様に盲目ですから、悪口言ったら暴れちゃうかもっす」


 ミストの予想は当たっている。もしレオーネ王女がミストではなくレディに先程の話をしていたとしたら修羅場になるのは確定だろう。


「分かりませんね。あんな扱いを受けて何処をしたっているのやら。

 それでブラウザさん質問に答えてもらっても?」


「んー…」


 アブソリュートをどう思っているか。単純なようで難しい質問に感じる。

 レオーネ王女はアブソリュートの『絶対悪』のスキルも重なって悪い印象しか持っていない。ミストは今更彼女のアブソリュートへの誤解を簡単に解けるとは思っていない。

 ミストはあまり口がうまい方ではないので素直な気持ちを語ろうとする。


「…英雄ですかね?」


「英雄?」


「いや、なんでもないっす。アーク派閥は皆んなアブソリュート様のことは好きっすよ。勿論俺も含めて。

 戦闘だって俺たちが進んで引き受けたことっす」


 勿論これは本心だった。


「何故庇うんですか?私なら助けられるかもしれないのに」


「嘘かと思うかもしれませんけど、一応本心っす。

レオーネ王女、アブソリュート様は戦いが嫌いなんですよ」


「はぁ?」


 レオーネ王女にとっては寝耳に水な話だった。

冗談のような事を言われたので理解が追いつかない。


「えっ、?いや何を言うかと思えば嘘ですよ?勇者を倒すほどの力を持っていて戦いが嫌いなんて」


 レオーネ王女の疑問にミストは苦笑いしながら答える。


「別に力持ってても戦いが嫌いな人はいるでしょうよ。アブソリュート様は正にそういうタイプの人です。身内や家の為に仕方なく力を使ってるんです。

まぁ、本人は認めないだろうし俺の憶測ですけどね。」


「少し自分の話をしますね。俺らアーク派閥は皆んなこの国ではグレーな仕事をしている貴族です。この国はそういう仕事に対して風当たりが厳しいんで貴族の間で俺らは嫌われてるんすよ。初めて王都のパーティーに行った時なんて高位貴族の子息達がお前らは汚らわしいって言って俺らを囲ってリンチっすよ。酷いもんでしたよ…」


「同じ国にいる貴族なのに…酷い話ですね」


 レオーネ王女は同情し顔に悔しさを滲ませる。


(真面目で善良な人っぽいすね。まぁ人としては好ましいと思いますけどね)


「この国だとそんなもんですよ。

 んで、そんな俺らを助けてくれたのがアブソリュート様っす。

 俺らも最初は怖くて正直アブソリュート様の事は苦手でした。同い年なのに威圧感凄くて恐いし、嫌な感じがするしで誰も近寄りませんでした。なのに、アブソリュート様は俺らを大勢の貴族の子息達から守ってくれました。アブソリュート様を孤立させてた俺たちをですよ。

 『今後は私の側を離れるな』とまで言ってくれて、こんな俺らの為にいまでも自分を盾にして守ってくれてんすよアブソリュート様は…」



「…貴方達がアークさんを慕っているのは分かりました。それでも貴方達に戦わせるのは間違っていると思います。仮に貴方が言うように戦いが嫌いだとしてもです」


 ミストは困った顔をして頬をかき話を続けた。


「さっきの話の続きなんすけどね、アブソリュート様が俺らを守ってくれた時から結構交流が増えたんすよ。

俺もそっから家の事情でアブソリュート様の側にいる事が増えて、それであの人を近くでずっと見てきました。

いっつも眉間に皺寄せて、嫌そうな顔で周りの為に戦うアブソリュート様の姿を。戦う時だけなんですよ…あの人があんなに感情を表にだすのは。

…だから、皆んなで話し合ってせめて俺らで代われる範囲の戦いは俺らでやるように決めたんすよ。アブソリュート様が少しでも嫌な思いしないように」


 ミストはアブソリュートの事を誰よりも見てきた。

怖くて無愛想でよく面倒な事にはミストを身代わりにするが、誰よりも繊細で優しい。

 そんなアブソリュートがミストは好きなのである。


「…何故私にそこまで話してくれたのですか?」


「こんなこと言うとアブソリュート様に怒られるかもしれませんけど、あんなに優しい人が嫌われたままでいるのが俺は悔しいんです。

 俺はアブソリュート様には幸せになってもらいたいんですよ。それだけです」


「……本当に慕っているんですね。正直意外でした。

ブラウザさんは意外と忠臣なんですね」


 レオーネ王女が1番最初にミストに声をかけたのは彼が忠誠とは程遠い見た目や振る舞いをしていたのが大きい。

 にも関わらず意外な忠誠心を持つミストに対して評価を大幅に変えるのだった。


「よく裏切りそうって言われますよ。でもアブソリュート様は人を中身で判断する人なんで見た目で判断せずに接してくれます」


「確かに先程の私のように人を先入観だけで判断するのはいけませんね。アークさんが帰ってきたらもっとお話してみようと思います。

 すみません、貴方の主人を悪く言うような事をしてしまって」


 「そうしてくだ…」

 


 ズドォォォォォォォオオオオオン!


 ミスト達の近くで謎の音が響く。


 「こ、これは何の音です!」 


 レオーネ王女が、狼狽していると木の向こうから人影がこちらに向かってくる。


 「ハァ…ハァ…、ミスト!結界が破られた!ヤバい魔物がこっちに向かって来てる!」


 慌てて戻ってきたのはいつものマイペースな口調とは変わり焦りを感じさせるオリアナと気を失いオリアナに担がれているレディの2人だった。

 


 


 


 


 

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