4.出張
富樫は、五岳山営業所で、再度、調査を始めた。
前回、田代本部長からの指示で、監査を実施した時と同じ、二階の小会議室だ。
五営業所を監査して、本社へ戻った当日だ。
専務室で、田所本部長と飯田社長が同席して、来客の対応をしていたようだ。
越智課長と富樫の二人が、専務に呼び出された。
専務室へ入ったが、もう社長も来訪者も居なかった。
田所本部長から、五岳山営業所の内部調査を指示された。
五岳山営業所で起こった、浅水病院の不正取引についてだ。
営業担当の竹井MSから、営業事務課に昨年五月分の請求書の訂正依頼があった。
請求書に記載されている入金額が、病院で支払った金額より百万円少ないという苦情だった。
それで、浅水病院の請求書を確認していた。
四月の請求金額、約六百万円に対して、五月の請求書に記載された入金額は、約五百万円だった。
何ヶ月か遡って、確認してみた。
年に何回か、請求金額より少ない金額で入金になっているが、ほとんどの場合、請求金額の全額入金だった。
ここで一つ、会社の特殊な事情を考慮しなければならない。
製薬メーカーの企画する、拡売コンクールというものがある。
特定の薬品について、単月あるいは期間を区切って、納入個数あるいは、納入先軒数を競うのだ。
全国で実施する場合もあれば、地域ごとで実施することもある。
優秀な成績のMSには報奨金、会社には拡売リベートが入る。
中には、報奨金目当てで、架空売上をしてしまうMSもいる。
架空とまでは云えないまでも、拡売期間まで、得意先に依頼して納入実績を確保する。
拡売期間が終了した翌月、返品処理する。
そんな企みをしていれば、請求金額の全額を入金している得意先でも、その拡売品目分の請求金額は入金されない。
それを回避するために、半年程度、拡売対象になった薬品の返品分を納入分から控除して、実績を確認する。
今回の不正はどうだったかというと、確かに拡売対象の薬品が、大量に納入されていた。
拡売対象品と同額が請求金額から差し引かれて入金になっている。
ただし、翌月には、返品処理されている。
だから、報奨金の対象からは外れている。
昨年の五月というと、木崎MSが担当していた。
竹井MSは、前任者の木崎MSから、昨年の六月に、浅水病院を引継いで担当している。
木崎は、昨年六月に、まだ三十九歳だが、自己都合で退職した。
早原事務長は、栗林市にある同業他社で潮薬品の営業部長をしていた。
早原は、営業手腕もあったのだろうけど、浅水院長と親しく、潮薬品から引き抜かれた。
早原事務長は、昨年五月に退職した。
その後、早原と同じく潮薬品で営業企画部長だった、野上氏が事務長に就いた。
野上は、早原の後輩に当たる。
調査内容を社員には内密にするという事だ。
そんな面倒な事は無理だ。
富樫は、入社して七年になる。
どこの営業所へ行っても知った顔はいるし、世間話に付き合わされることは多い。
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